下町食堂の賄い姫

栗木 妙

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 秋も深まり、収穫祭の時季がやってきた。
 収穫祭は、無事に作物の収穫を迎えられたことへの感謝を豊穣の女神へ捧げる、という意味合いを持った、国をあげての祝祭である。
 王都で行われているそれは、毎年とても豪勢で華やかだ。
 祭りの主会場である王宮前広場では、国王様の差配と、お貴族サマ方の出資により、様々な料理が酒と共に民衆に振る舞われ、のみならず、広場を囲むようにして様々な飲食店の露店も立ち並ぶ。まさに食の祭典というに相応しい賑わいである。
 その一切の取り仕切りを実質的に任されているのが、王都の飲食店業者組合だ。
 王都に飲食店を構えるウチも当然ながら組合の一員であり、裏方のお手伝いが割り当てられることとなる。
 というワケで私も、広場での振る舞い料理の配膳担当として、午前中いっぱい、つい今しがたまで働いてきたところだった。焼き菓子の類が並べられた一角に回され、調理担当から持ち込まれるそれらを、補充してはなくなり補充してはなくなり…を、もはや何度繰り返したことだろう。今後しばらくはこの甘ったるい香りを嗅ぎたくはないな…と、ちょうどウンザリしかけてきたところで、交代に来てくれた次姉と入れ替わった。
 その足で私は広場を出る。
 せっかくだから何か食べてから…と考えなかったわけじゃないけど、ちょうどお昼時も過ぎた頃合いで広場の人だかりも最高潮に達しており、なんとなく気分が引けてしまったのだ。
 どうせなら、もうちょっと時間が経って人出が落ち着いてくるのを待とう、帰り際にお持ち帰りできそうなものを何か見繕ってウチで食べようかな、なーんてことを考え考え、広場を出て目抜き通りへ足を向けた。
 やはり王都の収穫祭は、新年祭、夏至祭、などと並ぶ大規模な祭典であるから、その人出を当て込んで、わざわざ外国からも商人が店を出しにやってくる。その中でも飲食店は広場の周辺を取り囲むように出店されるが、そのほかの飲食物以外を扱う店は、広場から繋がる目抜き通り沿いに店を広げる。祭り当日の目抜き通りは、そういった露店のために一部区間で馬車の往来が止められるから、文字通り隙間なくギッシリと、大通りを埋めるように様々な露店がズラリと立ち並んでいる様は、なかなかに壮観だ。
 私は昔から、そういった露店を覗くのが好きだった。
 ここ王都しか知らない、王都から出たことのない、そんな狭い世界の中で生きている私も、そういったお店を覗くことで異国の風を感じられる。見たことのない世界の片鱗を味わうことが出来る。
 こんなちっぽけな私でも、どんな場所にだって行けるような気分にさせてくれるから……だからお祭り事があるたびに、露店を見て回っているのが常だった。
 だから今回も同様。
 買い物目的ではなく、あくまでも見て回るだけ、というのが残念な限りだけど。
 それでも、散歩だと思えば悪くない。
 もの珍しさにあちこち目を奪われつつ、私は露店と露店の隙間を縫うように歩いていた。
 そこでフと、そのひとを見つけた。
 それは骨董品を扱っている店なのだろうか。雰囲気からして東方の国のものと思われる、なにやら古そうな壺やら器やらが並んでいる店先で、床の上の何かを熱心に見ているらしい蹲った人影。その前に大きく広げられていたそれは、何かの古典書物なのだろうか。巻紙の装丁を施されているその書面に規則正しく並ぶのは、まさに角ばった文様のような、見たことのない文字だった。――本当に文字なのかどうかは知らないけど。
 散らかしているのかと思うくらい店先で幾つも巻紙を開いては、手元に引き寄せて熱心に見入って、別のものと見比べて、…なんてことを何度も繰り返しているらしきその人影に、私は無言で近寄った。
 そして無言のまま、その蹲る隣に、私もしゃがむ。
「…楽しいですか?」
「楽しいよ」
 尋ねてみた途端、およそ楽しくも何ともなさそうな声音で即答だけが返ってくる。視線は見入っている手元の書物から全く動かない。――うん、間違いなくこれは私のこと認識してないな。まあ仕方ないけど。
「よっぽど面白いことが書いてあるんですね」
「うん、興味深いね」
「そもそも、それ何ですか?」
 そこで、はた…と、紙をる手がふいに止まった。ようやく隣に誰かが居る、ということに気が付いたらしい。
 こちらを振り返ったその瞳を見つめ、私はにっこり笑って挨拶した。
「こんにちは、アルフォンス様」
「アルでいいから」
 まさに条件反射のようにお定まりのやりとりを交わしつつ、ようやっと隣にいたのが私だと気付いてくれたその当人――アルフォンス様が、驚いたように少しだけ目を瞠ってみせる。
「――ていうか、なぜ君がここにいるの?」
「私だって、普通にお祭り見物くらいしますよ」
「そういう意味ではなくて……」
 少しだけ言いよどみ、普段どおりの無表情ながら、少しだけ困ったように視線が動く。
 そうやって何を言えばいいのかと言葉を出しあぐねているアルフォンス様を眺めているのも面白いんだけど、あまり困らせちゃうのも申し訳ないなと、だから私の方から口を開いた。
「広場で裏方のお手伝いをしてきた帰りです。ついでに露店見物でもしようと思って歩いていたら、アル様を見かけたので声かけてみただけです」
「そう……言われてみれば、君、なんだか甘い匂いがする」
「朝からずっと焼き菓子に囲まれていましたからね。――あ、アル様も広場で何か食べました? 今年のお料理は、どれもアタリですよ」
「いや、僕はずっと露店を回っていたから……」
「何かお探しだったんですか?」
「うん…まあ、そうだね、掘り出し物とかを」
 言って、そこで思い出したように店の奥を振り返ると、そこにいた店主らしき男性に向かってアルフォンス様が何事か語りかけた。――てか、それ何語!? 何を喋っているのか、私には全く理解できないんだけど……!
 言っている内容が難しすぎて理解できない、という比喩ではなく。文字通り、この国のものではない言語を、アルフォンス様は喋っているのだ。
 床に広げられたままの書物らしきそれらを指さしつつ何事か交わされている言葉は、売買の交渉なのだろうか。しばしのやりとりの結果、広げられたうちの一つを店主が掴み、奥でがさごそと何か作業しはじめた。おそらく、持っていったそれを包んでいるのだろう。
「…あれ、買うんですか?」
「うん。あれだけが唯一本物だったから」
「本物……」
「ほかにも、写本としては良く出来ていたのも幾つかあったけどね。でも、そっちは今すぐ購入しなくてもいいかな、と」
「なんでわかるの、そんなこと……?」
「一応、その分野の専門家だから」
 そういえば…と、そこで改めて思い出す。
 そういえばアルフォンス様、学者さんだったんだっけ。あらゆる文書の公的認可を司る機関である王国公文書院、そこを取り仕切っていらっしゃるエライ人なんだよ、って、そんなことを義兄から聞いたような気がする。――つまり、文書鑑定の専門家、っていうことなのか?
「『掘り出し物』って、こういうこと……」
「そうだね。こういうところで、ものすごい貴重な書物が埋もれていたりすることもあるから。それで、祭りのたびに露店は覗くようにしてる」
「いま買ったのも……?」
「うん、多分だけど、ヘタしたら、あちらの国の国宝級のお宝」
「こここここ、国っっ……!!?」
「勿論、専門家を集めて詳しく鑑定してみるまでは断言できないけど。でも十中八九は間違いないと思うよ」
「…………」
「この国とは、外交も疎遠だからね。あちらには魅力的な産業も沢山あるのに、いざ交易しようとすると不利になることも多いようでさ、何とか国ぐるみで条約でも結べないか、なんてことを、酒の席でよく父や兄が愚痴ってたよ。だから、これが本物だと鑑定されれば、いいキッカケになるんじゃないかな。譲り渡す代わりに何らかの交易権でもぶん取れるといいよね。――まあ、そこはあくまで外交官の手腕によるけど」
「…………」
「使えないなら、それはそれで公文書院の秘蔵にするだけだし。僕には何の損にもなることはないしね。良い買い物ができたよ」
「…………」
 そう何気なく発されたあまりにも壮大すぎる別世界の話に、私の頭は付いていけず、途中から絶句してしまっていた。
 ――どんだけだ、このひと……!!
 普段それらしいとこ全く無いから、すっかり忘れ果てていたが……そうだった、腐ってもこのひと、お貴族サマなんだったよ! どエライ人なんだったよ! と、そのことを今まさに思い出した。
 たかだか一平民でしかない私は雲の上の世界のことなんて全くもって知らないけれど。そのわりには、お貴族サマに対して、平民の上にアグラかいてふんぞりかえってるだけ、というイメージしか持っていなかった。そもそもそういうものなんだ、としか思っていなかった。それがアタリマエなのだと受け止めてきた。
 でも、違うんだ……そもそも民の上に立つ立場を持っている、ということは、この国のために為すべき役割を持っている、ということと同じなんだ。
 そういうことなんだ、と……今この場でアルフォンス様を見ていて、おぼろげながら理解できた気がした。
 遅まきながら、このひとってナニゲにスゴイ人なんだなあ、と、ぼんやりながら尊敬した。――と同時に、親しみやすいと感じていたアルフォンス様が、どこか遠くへ行ってしまったみたいで……それは少しだけ淋しくも感じてしまったけれど。
「…どうかした?」
 あまりにも私が黙りこくっていたものだから、少しは心配になったのだろうか。店主から包まれた書物を受け取ったアルフォンス様が、ふと私の方を覗き込みつつ、そんな問いを投げてくる。
 慌てて私は「何でもないです」と返し、努めて普段通りの笑顔を取り繕った。
「それよりアル様、外国語とか喋れるんですね……びっくりしました」
「専門外だし、そこまで堪能でもないよ。――今のは、相手がカタコト過ぎて埒が明かなかったから仕方なくだよ」
「それでもすごいです、外国語を学ぼうとする時点で」
「書物を読む必要に迫られなければ、好き好んで憶えたりしないよ外国語なんて。――そんなことより……」
 言いながら立ち上がったアルフォンス様に、つられて私も立ち上がる。
「君、なんで一人なの? 連れは?」
「いませんよ、連れなんて。ウチの店でお手伝いに出せるのなんて、一人がイイトコですもん。なにせ祭りの人出で、お店も掻き入れ時ですしね」
 だから本当なら、私も早く戻って店を手伝うべきなのだろうが。とはいえ、やっぱりちょっとは祭りの雰囲気も味わいたくて、『明日みっちり働いてもらうから今日は好きにしていいわよ』という長姉の言葉に甘えさせてもらったのだ。
 一人でお手伝いに来ていたのだから帰る時も一人で当然でしょ? と、言外に言ったのが伝わってくれたのかどうなのか、そこでおもむろに深々としたタメ息を吐かれる。
「本当に君は、危機感が足りてないね……」
「は……?」
 自分が何を言われているのかがわからず、咄嗟にそんなマヌケな声を上げるしかできない。
 しかし、呆れられているらしいことだけは、ハッキリとわかった。――アルフォンス様はどこまでも普段通りの語り口だったけど。
「こういう祭りの時は、普段にも増して人が多くなる分、物騒にもなっているというものだろう。それを、うら若い女性が一人でふらふら歩いていて、どうして無事で済むと思うの?」
「やだなあ、大袈裟ですよ……」
「よりにもよって、こんな異国の露店ばっかりが並んでるところを一人で歩いてるような君が、そんなことを言える立場かな? 人買いにでも攫われて外国で売り飛ばされるのがオチだよ?」
「まさか、そんなことあるはず……」
「なに言ってんの。この国には奴隷制が無いから実感も湧かないんだろうけど、それでも世の中では、人身売買が全く無い、って国のほうが珍しいんだ。特にサンガルディア人なんて、そのテの市場に滅多に出ないし、珍しいから高く売れるよ。君が今やっているのは、そういう輩に“どうぞ攫ってください”って自分を差し出しているようなものなのだと、少しは自覚してくれないかな。祭りのたびに行方不明者が出ているって事実、まさか知らないわけじゃないだろう?」
「…………」
 ――まさか、常にぬぼーとしている昼行灯のようなアルフォンス様から、そんな真っ当なお説教をされるとは思ってもみなかったよ……。
 言われた物騒な内容はもとより、そのことにも驚いてしまう。
 しかし、言われたことは理解できるし、そんなことになったら怖いなあ…とも思うのだが、自分にも降りかかってくるかもしれないこと、という実感が、やっぱりどうしても湧いてこない。
 人買いにも選ぶ権利ってものがあるだろうし、こんな平々凡々な私なんかじゃ、売れなさそうで誰も攫わないよね。――とはいえ、しかしアルフォンス様の口ぶりだと、サンガルディア人というだけで物珍しがられて攫われる、なんていう事実もあるみたいだし、ここは反論せず素直に受け止めておいたほうがいいだろう。
 そうはいっても、ただ一方的にやりこめられてしまうだけ、だというのも、それはそれで、なんか悔しい。
「アル様こそ、お貴族サマのくせに、お一人で出歩いてるじゃないですか。そっちの方が、よっぽど危ないんじゃ……」
「僕は、ちゃんと護衛を付けてる」
「ほえ?」
 どこに? と、咄嗟にキョロキョロしてしまったら、アルフォンス様の後ろ、少し離れた場所に立っていた男性と、ふいにばっちり、目が合った。その人に軽く頭を下げられて、慌てて私も頭を下げる。――おおぅ、こんな近くに護衛の人いたんだね……全っ然、気が付かなかった……。
「これでも君よりは危機意識はあると自負しているけど?」
 唯一の抵抗も封じ込められた私は、したがって「ご心配かけて申し訳ありませんでした」と、そうしおらしく頭を下げるしかなかった。
「それにしても君、毎年こうやって一人で祭り見物なんかしてるの?」
「去年までは、家族とか友人とか、誰かしらと一緒でしたよ。でも今年は、お手伝いのこともあったし、特に仲の良かった友人はお嫁にいっちゃったし、だから誰とも予定を合わせられなくて」
「そう。何かある前に僕と会えたのは幸運だったね。――送っていくよ」
「え……?」
「当然だろう? こんなところに君ひとり放り出していけるわけがない」
「でも、アルフォンス様こそ、まだ掘り出し物とか探しに行かれるんじゃ……」
「それらしい店は、もうひととおり回り終えたから、僕の用は済んでる。そこは気にしなくていいよ。――それで、君はどこへ行くつもりだったの?」
「…………」
 思わず答えに詰まってしまって、そのまま口を噤んだ。
 別に、行くあてなんて無い。私は祭りのたびにしてきたように、異国情緒あふれる露店の隙間を、目的もなく歩きたかっただけだ。この国には無い珍しいものを見て、知らない土地に想いを馳せてみたかっただけだ。
 しかし、そんなことアルフォンス様に言っても、かえって迷惑をかけてしまう。
 アルフォンス様はお優しいから、私がそれを告げれば、きっと『なら僕も付き合うよ』なんてことを言ってくれちゃうに違いない。
 そこにずぶっと甘えてしまうのは、やはり違うな、と思った。
 私がアルフォンス様を引きずり回せば、それだけアルフォンス様ご自身の時間を奪うことにもなるし、また、護衛の方の負担をより大きくしてしまうことにもなる。たかだか私のワガママのために、そんなことになるのは申し訳なさすぎる。
 この場合、帰宅する旨を伝え、王宮前広場まで送っていただくのが、最も良い方法だろうか。広場までなら、まだそこまで距離も離れていないし、もともと帰り際に戻るつもりだったし。それに、目抜き通りが露店で塞がっている分、裏道に人通りが流れているから、そこの人出に紛れられれば問題ない。人目がある分、そうそう物騒な目に遭うこともないだろう。それに、いざとなれば乗合馬車も使える。帰宅の道のりにまで心配をかけることもないはず。
 もうちょっとくらい見て回りたかったな…という名残惜しい気分を何とか押し隠し、私は改まったようにアルフォンス様へ向き合うと、笑顔で「もう帰るところでした」と告げた。
「広場まで送っていただけますか? そこで、幾つかお料理を貰ってから家に帰ります。ちゃんと人通りの多い道を選びますから、あとはご心配なく」
「そう……」
 しかしアルフォンス様は、それをひとこと呟くように応えたきり、『わかった』という了承の意を返してくれることもなく、ただじっと私を見下ろしているだけ。
 何か変なことでも言ってしまっただろうかと、少し困ってしまった私も、何も言えず、ただその視線を受け止めていることしかできなかった。
 やおら、アルフォンス様が息を吐く。
 そして言った。呟くように。
「…君は、嘘が下手だね」
「え……?」
 一瞬、自分が何を言われたのかがわからなかった。
 わからないから訊き返そうとして……だが、私がそれを言葉にして出す前に、アルフォンス様の方で先に、口を開いた。
「帰ったあと、何か家で用事でもあるの?」
「…いいえ、特に何も」
「なら、まだ時間はあるよね。少し付き合ってくれないかな」
「それは、どういう……」
「もともとの用は済んだからね、気分転換に、このあたりを少し見て回りたいと思っていたところだったんだ。――君も、一緒に来ない?」
「…………!!」


 ――やばい、不覚にもきゅんときた。


 だって、どう考えても……アルフォンス様の今のセリフ、もっと露店を見て回りたかったなあ、という私の名残惜しい気持ちを、全部まるっと見通したうえでくれたとしか思えないもの。
 どうしよう、すごく嬉しい。もちろん、申し訳ないと気が引けてしまう気持ちもたっぷりとあるけれど、でもそんなのが霞んでしまうくらい、不謹慎にも私の中は、ものすごく嬉しい、って気持ちだけで一杯になってしまってる。
 嬉しすぎて……どうしよう、涙まで出てきちゃいそう。
「…嫌なら、無理にとは言わないけれど」
 あまりに私が黙りこくってしまっていた所為か、何やら誤解したらしきアルフォンス様のそんな言葉に、慌ててぶんぶん首を横に振って応える。嫌なんかじゃない、てことを、ちゃんと伝えたくて。――何か言ったら一緒に涙まで出てきちゃいそうで、咄嗟に言葉が出せなかったのだ。
 だが、あまりにも一生懸命ぶるぶる首を振り過ぎて、どうやら周囲への注意がおろそかになってしまったようだ。
 そこで突然、背後から肩のあたりにドンと衝撃が伝わってきて。おそらく背後から来た通行人が擦れ違い様にぶつかっていったのだろうが、それで前につんのめった私は、首をぶんぶん振っていた所為でか咄嗟に上手いことバランスがとれず、そのまま倒れ込みそうになってしまった。
 うわ転ぶ…! と、間もなく膝あたりにくるであろう衝撃を覚悟したと同時、がっしと力強く何かに受け止められた気配を感じ。
「…大丈夫?」
 耳元に響いたその言葉にハッと我に返ると……転びかけた私を咄嗟に支えてくれたらしいアルフォンス様の胸の中、がっちり抱きしめられている自分に気が付いた。
「や…やだ、ごめんなさい……!」
 とんだ失礼を…! と、慌ててその腕の中から身体を離そうとするも、なのに私を抱えた腕は、容易く外れてはくれない。
 おもむろに背中に回されていた手が腰のあたりに落ち、まさにエスコートでもしてくれるかのような仕草で、「行くよ」と、そのまま歩き出すことを促される。
「また転ばれても困るし、僕から離れないで」
「………ハイ」
 我ながら消え入りそうな声だったが、どうにか絞り出して、返事を返す。
 ――こんな女性らしい扱いとかされちゃったら……ホントもう、どんなカオしていいのかわかんないよ……!
 頬が熱い……自分じゃ見えないけど、絶対に顔が赤くなってるよね、と、わかってしまうから尚更、顔を上げて真っ直ぐアルフォンス様を見られない。
 でも、これだけは伝えておかなければ…! と、顔は上げられないなりに意思表示はしようと、アルフォンス様の服の裾をくいくいっと引っ張って気付かせる。
「…どうかした?」
「あの……ありがとうございます、アル様」
 アルフォンス様は何も返してはくれなかったけど……腰に回された手が、そこを軽く、ぽんぽんと叩いた。
 まるで、気にするな、と言ってもらえたみたいに感じられて、少しだけ胸がじんわりとなる。
 そんなアルフォンス様のくれるさりげない優しさが、嬉しいなあ…と、素直に感じられた。
「アル様……」
「なに?」
「あとで広場で、美味しいもの、一緒に、食べましょう、ね……?」
「…そうだね」
「アル様の好物とかも、教えてください……私、お昼に、作りますから……」
「それは楽しみだな」
「私も……すごい、楽しみ」
 そこで自然と、自分の口からフフッと軽く笑い声が洩れた。
 知らず知らずのうちに笑顔が戻ってきていたことに、見えなくても気付く。
 だからようやく、改めて私は顔を上げ、隣を歩くアルフォンス様を見上げた。
「アル様に『美味しい』って褒めてもらいたいから……だから、もっと知りたいです。アル様のこと」



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