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小話『もっと話をしてみました』[1]
しおりを挟む『そもそも…。』
「――そもそも、初めてお会いした時、なんであんなこと言ったんですか?」
思い出したように訪ねてみると、あまり動かない表情の中、アルフォンス様がどことなくばつが悪そうな色を見せる。
アルフォンス様の人柄がわかってくるにつれ、改めて考えてみれば、多少の違和感はあったのだ。『嫁と使用人なら、どっちがいい?』なんていう冗談を、このひとが言うなんて。
「あれは、その……」
言い辛そうに語尾が淀み、やや眉根が寄る。
「君の料理が美味しかったから、普段からこういうものを食べたいなって思って、だから、店の厨房を任されているわけでもないのならウチで働いて欲しいな、という意味で……それは嘘じゃないよ?」
「はい、そこは疑ってないですよ? ありがとうございます、嬉しいです」
訊いてるのはその先のセリフですよーと、にっこり笑顔で言外に促すと、まだ少しだけ躊躇いをみせつつ、それでも意を決したように、アルフォンス様は口を開いてくれた。
「昔、兄に言われたことがあったんだ……」
「はい……? お兄さん……?」
「成人を迎える前くらいの頃だったかな……これから社交の場に駆り出されることも多くなるだろうから、って、色々と心構えらしきものを懇懇と説かれたことがあって。そのとき、唐突に指摘されたんだよね、『おまえは絶対に悪い女に騙される!』って」
「――はい……?」
「僕は勉強漬けの毎日しか送っていなかったようなものだから、ほとんど部屋に閉じこもりきりだったし、家族以外の人間の前では極端に口数が少なくもなってたし、よっぽど人前に出すのが心配だったんだろうね。こいつ家名に泥を塗るような真似とか仕出かしやしないだろうな、って。結構、口を酸っぱくして言われたよ。――社交の場に出れば、こっちが黙っていても、あちこちから声をかけられる。だが、おまえ自身に魅力があって人が集まってくるわけじゃない、どいつもこいつもファランドルフの名前に寄ってきているだけだ。少しでも仲良くなって都合のいいように利用してやろう、って魂胆のヤツばかりだから、決して自惚れるんじゃない。特に女は、目的がはっきりしている。あらゆる美人が良い顔して近寄ってくるけど、その目的は、おまえじゃなくてファランドルフの嫁の座だ。そんな頭の軽い女には絶対に引っかかるんじゃないぞ。嫁にするなら、ウチと利害が一致する家の娘か、でなければ、浪費癖の無い賢い淑女を選べ。…そんなような内容だったかな」
――それは……なんとも、すごい言いようだなあ……。
アルフォンス様のお兄様とやらがどんな人かは知らないし、どういう意図でもってそれを諭したのかは、私の知る由もないけれど……とはいえ、そこにお貴族サマのシビアな社交界事情などが、どことなく垣間見えてしまったような気もして、ちょっとだけ肝が冷えた。
「でも、そんなこと言われたって、相手が良い人間か悪い人間かなんて、パッと見でわかるわけないじゃないか。特に僕なんて、人付き合いをおろそかにしながら生きているようなものなんだから、余計にわかるわけがない。だったら、最初から社交の場になんて出なければ何も問題ないだろう? って、そう文句を言ったら、今度は『出なくていいワケなんかあるか!』って怒られた。出たくないが通るならそれはそれでいいけど、それが通らない場合も必ずあるから、と。そこまで言われてしまったら逃げ場も無くて、だったら僕にどうしろというのさ? と不貞腐れたら、『悪い女に引っかからないための秘策を授けてやる』って言われたんだ。こいつは損得なく本気で自分を想ってくれているんじゃないか、と、ちょっとでも心動かされるような女性がいたら、『持ち帰る前にまずはこれを訊いておけ』って教えてもらったのが―――」
「ひょっとして……それがアレ、ですか? 例の『嫁と使用人なら、どっちがいい?』っていう……」
アルフォンス様、こっくり首肯、深々と。
「兄が言うには、――それを聞いて即答で『嫁』と答える女は、その通り、嫁の座しか見ていないから信用するな。逆に『使用人でいい』などと即答するような女は、一見したら謙虚なようにも思えるが、その実、使用人として傍に仕えながら愛人の座を狙っているような強かな女だ、これも信用するな」
「うーわー……」
「そもそも僕は自分の周辺のこと以外に興味がなかったからね、そう口を酸っぱくして言われたところで、話半分にしか聞いてなかった。社交だの何だのに駆り出されるようにはなったけど、近付いてきた誰かを面倒だと思うことはあっても、心を動かされるようなことなんて、一度だって無かったしね。だから、そんな秘策なんて、授けられたところで使ってみたことも、これまで全く無かったんだ。近寄ってくる人間の大抵は、こちらが相手にしなければ自分から去っていくし。それでも食い下がってくるしつこい人間には、僕の大学での研究内容を知っているかと問答らしきものを振ってみれば、皆そこで一様に用事を思い出して立ち去ってくれるから」
――えーと……なんか、それはそれで可哀相だなあ、その問答とやらをふっかけられた人……絶対、相手が答えられないことミエミエな、意地の悪~い問い掛けとか、したんだろうなこのひと……。
「君を、そういう人間と同類だと思っていたわけじゃないよ? ただ、今までがそんなふうだったし、このさきもずっと、僕は誰にも心動かされることなく生きていくと思っていたんだ。それが今になって、君の料理に心を動かされて、君を自分の手元に置いておきたい、って、そんなことを初めて思えて……きっと、自分でも戸惑っていた部分があったんだろうと思う。それで、ふいに兄の言葉が思い出されて、つい口をついて出てしまって……」
本当にごめん、と、消え入りそうになる語尾の先で俯くように頭を下げた、そんなアルフォンス様に向かい、私は努めて優しく「顔を上げてください」と告げる。
「アル様が謝ることじゃないです。そもそも、アル様に悪意があって言ったわけじゃないってことも、ちゃんとわかっていますから。私としては、あの言葉の理由がわかってスッキリできましたし、それで満足です」
でも、――と。
ふいにむずむずと訊きたくなってしまった疑問を、そこで唐突にアルフォンス様にぶつけてみたくなってしまった。
「もしも、あのとき私が、アル様の言葉に“嫁”か“使用人”かで答えていたら……アル様、その後ウチの店に通ってくれました?」
あのとき……私は、なんだその二択? って、一瞬ポカンとしてしまったけど、次の瞬間には『なんですか、その冗談!』と、失礼にも言った当人の目の前で、ぷぷっと吹き出してしまったのだ。その前に告げられた『ウチに来ない?』からの一連のセリフが、料理の味を気に入ってくれたがゆえの冗談かと思い込んでしまったのである。
だから当然、その話はその場で立ち消えてしまうこととなり……アルフォンス様も、このことについてそれ以上なにも言及してくることもなかったから、ああやっぱり冗談だったんだね、と、その場の皆で納得して終了、と、あいなってしまったのだった。
「――あのとき、君が、どちらかを選んでいたら……?」
少しだけ驚いたように目を瞠り、オウム返しにそれを呟いたアルフォンス様が、しばし考えるように口を噤む。
「たぶん、この店には、それきりだったろうな」
それから、柔らかな微笑を、口の端に載せた。
「あのとき君が、どちらかの選択肢を選んでいたとしたら、いずれにせよウチに来てくれることになっただろう? ――でも、そうであったら、君をこんなにも愛しく想うことには、ならなかったかもしれない」
ふいに、アルフォンス様の指先が私の頬に触れる。
そのぬくもりに身を任せるような気持ちで瞼を伏せ、「私も…」と、軽く笑って返した。
「きっと私も、あの流れでアル様のお屋敷にお仕えするようになっていたとしたら、アル様のこと『変わったお貴族サマだなあ』くらいにしか思わなかったんじゃないかなあ」
「…それはヒドイな」
苦笑まじりの、そんな呟きが聞こえてきたと同時、続いて唇のうえにぬくもりがもたらされる。
「実は、あのあと僕も少しだけ考えた。――そういえば、選択肢のどちらも選ばなかった相手は何なのか、その場合の解答は教えてもらっていなかったな、って」
「…答えは、出ました?」
「うん……君が、くれた」
目を開くと、すぐ近くからこちらを見つめる優しいまなざしが、そこにある。
改めて、私このひとのこと本当に好きだなあ、って……そう、感じられた。
【終】
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