上 下
4 / 28

*4 家族と絶縁する方法 *

しおりを挟む
 一瞬、彼の言葉が理解できなかった。
「移住、した……?」パチパチと大きく瞬きする俺へ、彼は笑顔で言った。
「後に、です。向こうとこっちに別れるよりも、簡単に縁切りできますよ」

******************
 
 そんなやり取りからスタートした、俺の異世界移住計画と人生の再設計。
 俺は本当に運が良かった。
 いやあ、人に話を聞いてもらうって大事なんだな。

 ある時は──
「今になって、なんで心の相談窓口とか電話しなかったんだろうって……」
「思いつめている人ほど視野が狭くなって、目に入らないって言いますよ? 最悪のケースは免れたと、ポジティブに考えましょうよ。過去を振り返ってダメ出しするより、疫病神との縁切り計画を優先させましょう」
 疫病神との縁切り計画。なるほど、うまいこと言う。
「普通の人間が、疫病神の相手をするのは大変ですよ。正気じゃなかったでしょうし」
 チャールズさんはうんうんと頷いていた。

 また、ある時は──
「……その、こんな理不尽な仕打ちに耐えてる俺、なんてかわいそうなんだ、っていう……気持ちもあったことに気づいてですね……」
 自分で、自分を憐れんでいたんだ。だから、地獄から抜け出したいと思っていても、抜け出そうとはしなかった。ナルシシズム的な気持ちもあったのだ。うん。恥ずかしいな。
「そう思えるようになったのは、正気に戻った証拠ですよ。自己防衛システムが働いていたんだと思って、旧システムから新システムにバージョンアップさせましょう」
 チャールズさんは、とてもあっさりしている。そして、前向きで現実的だし、切り替えが早い。過去を顧みるのは、短時間だけでいいとばかりに
「さて、縁切り計画のほうですが──」と、ある程度話を聞いてくれたあとで、話題を切り替えてくる。こうしたい、ああしたい、っていう話を否定もせずに聞いてくれる人のなんとありがたいことか。
 いやあ、ほんと、頭が上がりませんわ。チャールズ様々である。
 それでも、一か月を過ぎる頃には、ほとんど愚痴をこぼさなくなった。
 愚痴ってる時間が、もったいないと思うようになってきたからである。なんたって、分からないことだらけなのだ。常識がひっくり返るんだから、聞きたいことは山のようにある。
 例えばスキル。日本語に訳せば、能力とか技術といった言葉になるだろう。ミーヌスラジアへ移住するにあたって、移住者は好きなスキルを一つか二つもらえることになっている。
 あちらは学歴社会ならぬ、スキル社会なのだそう。その一方でスキルレベルというものがないので、スキルを持っている、持っていないで評価が大きく変わってくるという。
 俺みたいに成人している場合は、よりシビアにスキルを見られるそうだ。
 そのため、向こうでどんな仕事に就きたいと考えているか、日本でのキャリアや資格なども考慮に入れてしっかりと考えたほうがいいとのことである。
「例えばの話ですけど、魔法を使う職業とかは──?」
「どういう魔法の使い方をするかによって、チャレンジしてみてもいい職業とそうでない職業に別れます。ぶっちゃけ、未経験の職業を選ぶのはやめておいたほうがいいです」
 分かりやすい例で言うと、お医者さんが回復魔法のスキルを選び、あっちでも医療関係に従事したい、ということであれば「それは良い選択ですね」となるそうだ。
「でも、医療関係の仕事に従事したことがなければ、あまりおすすめはしません。おすすめしないだけで、やめたほうがいいとは言いませんけどね。異業種への転職なんて、珍しい話ではないので。単に、日本で異業種に転職するのとは勝手が違うのですすめないだけです」
「なるほど……。その……実は妹がスキルのカタログを見ながら、『なんで〈聖女〉スキルがないのよ!?』と叫んでたもので……」
 そんなマンガじゃあるまいし、という気持ち半分、でもひょっとしたら……という気持ちも半分。結果、好奇心が勝ったわけだ……。ちょっと恥ずかしいな~と思いつつ聞いてみたわけだが……
「あるわけないだろ。そんなモン」
 はい、一刀両断! そんなモン、と来ましたか。チャールズさんは妹を鼻で笑い、
「宗派によって扱いは違いますが、『聖女』は役職や称号ですので、〈聖女〉なんてスキルはありません。まあ、もしかしたらトップシークレット扱いで、〈聖女〉というスキルがあるのかもしれませんが……そんな高尚なスキルをタダでもらおうだなんて、ド厚かましい」
「ごもっとも。……ん? 宗派? ってことは──」
「どこの宗派でも構いませんが、出家しないことにはスタートラインにも立てませんね。ちなみに、役職としての聖女は遅くても七歳くらいから修行を始めると聞きますし、称号は死後に贈られる場合がほとんどです」
 奈美恵が、出家? ナイわ。ナイナイ。絶対に無理。タイミングを見て、聖女になるには出家しなきゃならないらしい、ってことは伝えてやろう。お前と離れたいと思ってるが、不幸になればいい、とまでは思ってないからな。
 さて、移住してから家族との縁を切るつもりでいる俺は、家族への態度を少々改めることにした。
 それは、チャールズさんの相談員としてのスタンスを真似ること。彼だけじゃなく、他の相談員さんも同じ。
 基本、聞かれたことしか答えない。なかなかシビアである。でも、大人なんだし自分の人生は、自分で責任を持つべきだよなと、俺は納得。
 相談員の皆さんと違う点は、聞かれてもはぐらかすこともあるし、聖女の件のように聞かれなくても伝える場合もある。何度も言うが、離れたいだけで不幸になれ、とは思ってないからな。
 まあ、俺の移住後の計画なんて、あの二人は興味がないらしく、あんまり聞かれることもなかったんだが……。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

朔の生きる道

BL / 連載中 24h.ポイント:1,853pt お気に入り:145

お飾り公爵夫人の憂鬱

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,939pt お気に入り:1,835

愛人候補で終わったポチャ淫魔君、人間の花嫁になる。

BL / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:39

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,119pt お気に入り:2,475

【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

BL / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:472

いっぱい食べて、君が好き。

BL / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:49

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,244pt お気に入り:1,357

処理中です...