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*5 家族と絶縁する方法 *
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家族の移住計画はかなり心配なのだが、二人は俺の気持ちを鼻で笑い飛ばしてくれやがる。
いい年した女が「聖女になる」なんて妄言を口走ってるんだから、いろんな意味で心配だ。奈美恵の相談員は、何て言ってるんだろう。あと、母さんがどうするつもりなのかも謎。
まあ、縁を切るんだし、人のことより自分のことだ。
あっちに行ったら、俺は飲食店を開こうと考えている。
中学の頃、俺は将来は飲食店の経営をやってみたいと思うようになっていた。高校に入学し、大学受験について考えるようになる頃は、その気持ちをさらに強くしていた。
進学先は、管理栄養学科。調理師の専門学校とかも考えたんだが……今の時代、中高生でも普通に「最近、栄養バランスが~」なんて話題にするからな。だから、栄養士か管理栄養士の資格は、飲食店開業にあたって武器になるんじゃないかって思ったんだ。
大学は無事卒業して、管理栄養士の資格も取得。本当は、飲食店業界で働きたかったんだが……女どもの猛反対似あい、断念。今思うと、なんで反対されたのか……。それでも食品に携わる仕事がしたかったので、某総菜メーカーに就職。
「原田さんの場合、管理栄養士の資格は間違いなくスキル化すると思うんですよ。それと、経歴を考えると、〈料理〉か〈調理〉もスキル転化しそうな気がしているので……。俺としては、いきなり開業はリスクが高すぎるので、まずは飲食店で二~三年働いてから、独立してみては? と思うのですが……」
「あ~、確かに。そうですね。そうします」
次は、移住先をどこにするかだが──おすすめされたのは、クァンツィーアという国だ。チャールズさんの出身国でもあるらしい。ここでチャールズさんが異世界人だと知らされて、びっくりした。外国の人じゃなかったんだ。
それはともかく、クァンツィーアである。この国は、獅子の獣人族が王様なので、国民は獣人族が多め。
「ですが、大きな国なので獣人族以外の種族も多いですし、治安も良いほうですね。また、日本と同じく四季があるので、過ごしやすいと思います。町は、クァンベトゥーリアを推しますね。俺の地元です」
「その理由をうかがっても?」
「北に山があって、南には海。貿易港があるので、外国産の食材も手に入りやすいこと。また、近くにダンジョンが六つもあり、その中には食材に特化したルォノ・ダンジョンもあります」
というわけで、俺はここに住むことに決めた。ところが、
「はぁ?! なんで、クァンツィーアの王都じゃないの!? 王都が流行の最先端なのよ!?」
妹がケチをつけてきた。今まで「あっそ。あんたのことなんかどーでもいいし」みたいな感じだったのに、なんで急に……。
「流行の最先端とか、どうでもいいし。俺は、クァンベトゥーリアで飲食店をやるんだ」
「魔法の世界に行って飲食店って、おにーちゃんてば、バカじゃないの!?」
「なんでだよ? 廃業のリスクはあるけど、やってみなくちゃ分からないじゃないか。それに、そうならないように開業セミナーを受けるわけだし」
俺は手元にある、チラシやパンフレットを指さした。どれも飲食店開業セミナーの案内だ。
「違う世界の知識が通用するわけないでしょ! バカじゃないの?!」
「うるさいな。そんなこと、実際に向こうに行ってみなくちゃ分からないだろ? それに、いきなり開業するわけじゃないしな。あと、王都じゃ、ダンジョン産の食材が手に入りにくいらしいから、手に入りやすいクァンベトゥーリアにするんだ」
「ぐっ…………」言葉を詰まらせた奈美恵は、
「は~。ヤダヤダ。つっまんない人生。聖女になったあたしに、タスケテ~なんて言ったって助けてあげないわよ~?」
大げさに肩をすくめる奈美恵からは、小者臭っぽいものがする。母は目を吊り上げて
「その通りだわ。妹をあてにするなんてみっともない真似はやめてちょうだい」
いや、奈美恵をあてにしてるのは母さんのほうじゃないのか? 一瞬、何言ってんだと思ったが、まあいい。
「尼さんをアテにしたら、バチが当たるだろ。最初っからアテにしてない」
開業セミナーのパンフレットに視線を戻して、素っ気なく答えた。やっと、教えてやれるチャンスが来た。これで、計画を見直してくれるといいんだが。
「なによ、おにーちゃんのくせにって……ねえ、ちょっと、尼さんってどういうことよ!?」
「どうって、聖女は尼さん? 女司祭? なんて言うのかは知らないけど、出家しないとなれないらしいから」
チャールズさんから教えてもらったことを伝えれば、奈美恵は「は?」と固まった。母も「え?」と固まる。俺は、もう一度、こんどはゆっくりめに、
「尼さんに金貸してくれ、なんていう訳ないだろ」
大事なことだから、二度言いました。その後、たっぷり三十秒ほど経ってから、
「だったら、あたし……癒しの天使になるわ! 冒険者を癒しまくって、冒険者界のアイドルになるのよ!」
…………………は? ……奈美恵。お前、アタマは大丈夫か?
俺が真顔になっている横で、母は何度か瞬きをしたあと「まあ、素敵! 奈美恵ちゃんなら、大人気アイドルになれるわ!」と拍手。
いや、無理だろ。っつか、正気?
「……なあ……奈美恵。それって、どうやって稼ぐつもりなんだ?」
「冒険者なんだから、パーティを組んで、ダンジョンを攻略するに決まってんでしょ」
当たり前のことを聞かないでよ、と奈美恵は鼻を鳴らす。母も「全くだわ」と頷いているが、無理だろ。
なんたって、向こうに冒険者っていう職業はないんだぞ?
探索者っていう似てる職業はあるけど、チャールズさんが秒で「やめとけ」って言ったヤツだ。
「癒しまくって、ってことは回復職に就くつもりなんだろうが、それでも、荷物持って、一日中歩き回らなきゃならないってことは分かってるよな?」
「何言ってんの? あたしは癒しの天使! アイドルなのよ? 荷物くらい、信者が持ってくれるに決まってるじゃない」
ふふんと胸をはる奈美恵。その自信はどこから……いや、まあ、いいか。俺には関係ない。なんか、悲惨なことになりそうな予感しかしないが、もう好きにしてくれ。
いい年した女が「聖女になる」なんて妄言を口走ってるんだから、いろんな意味で心配だ。奈美恵の相談員は、何て言ってるんだろう。あと、母さんがどうするつもりなのかも謎。
まあ、縁を切るんだし、人のことより自分のことだ。
あっちに行ったら、俺は飲食店を開こうと考えている。
中学の頃、俺は将来は飲食店の経営をやってみたいと思うようになっていた。高校に入学し、大学受験について考えるようになる頃は、その気持ちをさらに強くしていた。
進学先は、管理栄養学科。調理師の専門学校とかも考えたんだが……今の時代、中高生でも普通に「最近、栄養バランスが~」なんて話題にするからな。だから、栄養士か管理栄養士の資格は、飲食店開業にあたって武器になるんじゃないかって思ったんだ。
大学は無事卒業して、管理栄養士の資格も取得。本当は、飲食店業界で働きたかったんだが……女どもの猛反対似あい、断念。今思うと、なんで反対されたのか……。それでも食品に携わる仕事がしたかったので、某総菜メーカーに就職。
「原田さんの場合、管理栄養士の資格は間違いなくスキル化すると思うんですよ。それと、経歴を考えると、〈料理〉か〈調理〉もスキル転化しそうな気がしているので……。俺としては、いきなり開業はリスクが高すぎるので、まずは飲食店で二~三年働いてから、独立してみては? と思うのですが……」
「あ~、確かに。そうですね。そうします」
次は、移住先をどこにするかだが──おすすめされたのは、クァンツィーアという国だ。チャールズさんの出身国でもあるらしい。ここでチャールズさんが異世界人だと知らされて、びっくりした。外国の人じゃなかったんだ。
それはともかく、クァンツィーアである。この国は、獅子の獣人族が王様なので、国民は獣人族が多め。
「ですが、大きな国なので獣人族以外の種族も多いですし、治安も良いほうですね。また、日本と同じく四季があるので、過ごしやすいと思います。町は、クァンベトゥーリアを推しますね。俺の地元です」
「その理由をうかがっても?」
「北に山があって、南には海。貿易港があるので、外国産の食材も手に入りやすいこと。また、近くにダンジョンが六つもあり、その中には食材に特化したルォノ・ダンジョンもあります」
というわけで、俺はここに住むことに決めた。ところが、
「はぁ?! なんで、クァンツィーアの王都じゃないの!? 王都が流行の最先端なのよ!?」
妹がケチをつけてきた。今まで「あっそ。あんたのことなんかどーでもいいし」みたいな感じだったのに、なんで急に……。
「流行の最先端とか、どうでもいいし。俺は、クァンベトゥーリアで飲食店をやるんだ」
「魔法の世界に行って飲食店って、おにーちゃんてば、バカじゃないの!?」
「なんでだよ? 廃業のリスクはあるけど、やってみなくちゃ分からないじゃないか。それに、そうならないように開業セミナーを受けるわけだし」
俺は手元にある、チラシやパンフレットを指さした。どれも飲食店開業セミナーの案内だ。
「違う世界の知識が通用するわけないでしょ! バカじゃないの?!」
「うるさいな。そんなこと、実際に向こうに行ってみなくちゃ分からないだろ? それに、いきなり開業するわけじゃないしな。あと、王都じゃ、ダンジョン産の食材が手に入りにくいらしいから、手に入りやすいクァンベトゥーリアにするんだ」
「ぐっ…………」言葉を詰まらせた奈美恵は、
「は~。ヤダヤダ。つっまんない人生。聖女になったあたしに、タスケテ~なんて言ったって助けてあげないわよ~?」
大げさに肩をすくめる奈美恵からは、小者臭っぽいものがする。母は目を吊り上げて
「その通りだわ。妹をあてにするなんてみっともない真似はやめてちょうだい」
いや、奈美恵をあてにしてるのは母さんのほうじゃないのか? 一瞬、何言ってんだと思ったが、まあいい。
「尼さんをアテにしたら、バチが当たるだろ。最初っからアテにしてない」
開業セミナーのパンフレットに視線を戻して、素っ気なく答えた。やっと、教えてやれるチャンスが来た。これで、計画を見直してくれるといいんだが。
「なによ、おにーちゃんのくせにって……ねえ、ちょっと、尼さんってどういうことよ!?」
「どうって、聖女は尼さん? 女司祭? なんて言うのかは知らないけど、出家しないとなれないらしいから」
チャールズさんから教えてもらったことを伝えれば、奈美恵は「は?」と固まった。母も「え?」と固まる。俺は、もう一度、こんどはゆっくりめに、
「尼さんに金貸してくれ、なんていう訳ないだろ」
大事なことだから、二度言いました。その後、たっぷり三十秒ほど経ってから、
「だったら、あたし……癒しの天使になるわ! 冒険者を癒しまくって、冒険者界のアイドルになるのよ!」
…………………は? ……奈美恵。お前、アタマは大丈夫か?
俺が真顔になっている横で、母は何度か瞬きをしたあと「まあ、素敵! 奈美恵ちゃんなら、大人気アイドルになれるわ!」と拍手。
いや、無理だろ。っつか、正気?
「……なあ……奈美恵。それって、どうやって稼ぐつもりなんだ?」
「冒険者なんだから、パーティを組んで、ダンジョンを攻略するに決まってんでしょ」
当たり前のことを聞かないでよ、と奈美恵は鼻を鳴らす。母も「全くだわ」と頷いているが、無理だろ。
なんたって、向こうに冒険者っていう職業はないんだぞ?
探索者っていう似てる職業はあるけど、チャールズさんが秒で「やめとけ」って言ったヤツだ。
「癒しまくって、ってことは回復職に就くつもりなんだろうが、それでも、荷物持って、一日中歩き回らなきゃならないってことは分かってるよな?」
「何言ってんの? あたしは癒しの天使! アイドルなのよ? 荷物くらい、信者が持ってくれるに決まってるじゃない」
ふふんと胸をはる奈美恵。その自信はどこから……いや、まあ、いいか。俺には関係ない。なんか、悲惨なことになりそうな予感しかしないが、もう好きにしてくれ。
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