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*22 栄養学事情 *

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 栄養成分表を受け取った俺は、その足で次の仮住まいとなるベルガラの渡り鳥亭に向かった。事前に話をつけていたので、チェックインもスムーズ。俺を見たおかみさんは
「細っこいねえ、アンタ。ちゃんと食べてるのかい?」
「もちろん、食べてますよ」
 食べ歩きも好きなので、お勧めの店があれば教えてほしいと言うと、怒涛の勢いでいくつかの店の名前を上げられた。俺が知っている店もあったが、知らない店もあったので、近いうちに行ってみようと思う。
 適当なところで話を切り上げ、部屋に行く。荷物を片付けた後は、ベッドに腰掛け、早速栄養成分表をパラ見する。
 ざっと見た限り、地球の食べ物と栄養成分的には変わらないみたいだ。違うところは、【属性】の表記があるところである。この【属性】は、俺の〈鑑定〉記録と一致していた。当たり前と言えば、当たり前だが。
 続いて、俺宛ての手紙を読む。差出人は、ルブランさん。誰それと思ったが、こっちに来ている栄養学の研究者の一人らしい。内容を簡単に要約すると「ファンタジー要素があるせいで、苦労している。今はちょっとでも多くの情報がほしいので、協力を頼む」ということだった。
 俺にできる範囲での協力は惜しまない。とりあえず、〈鑑定〉記録がある程度たまったら、複製魔法で写しを作って、先方へ送ろうと思う。協力しますよ、という返事は後で送ろう。まずは、ファンタジー栄養学を学ばねば。
 何が悩ましいって、【属性】と魔物食材、ダンジョン産の食材である。手紙を読んだだけでも、どうなってんだ!? って頭を抱えている様子がありありと想像できた。
 ただ、あちらは研究のプロである。素人の俺とは違う。食材を〈鑑定〉すると出てくる【属性】だが、漢方で出てくる五行と一致しているケースが多いという。五行っていうのは、「木」「火」「土」「金」「水」のこと。陰陽道とかに出てくる考え方の一つだ。
「へえ、そうなんだ……」
 五行とか、マンガでそんな単語を聞いたような、っていうレベルである。ちっとも詳しくないが、さすが俺。実は、薬膳の本もいくつか持って来ている。過去の俺、よくやった。
 というわけで、早速、薬膳の本と成分表を見比べてみた。
「あ、ほんとだ。大体、一致してる。でも【属性】に「金」と「木」はないんだよな」
 それだけじゃなく、食材が持っている【属性】は、人の体内に入ることによって、どういう効果があるのかも不明ときたもんだ。魔力過多症の原因と考えられているものの、なんでそうなるかは、分からないらしい。なんだ、それって感じだよな。とにかく、魔法関係は分からないことだらけなのだと泣きが入っていた。
 このほか、魔物食材の栄養はどうとか、ダンジョン産の食材はどうで、魔物と家畜の交配種の場合はこうでとか……そりゃあ、事典になりますわあ、というレベルだ。
 こっちで栄養学の研究をする人は大変だなぁ……。素人の俺にできることは、せっせと〈鑑定〉結果をデータとして送ることくらいかなあ……。
 と、いう訳で、俺はファンタジーっぽい食材を〈鑑定〉しては、ノートに書き写す、という作業に没頭した。
 せっせと〈鑑定〉しまくったせいか、最近は、【属性】の表記が「火強」とか「火弱」になってしまったのである。たぶん、スキルレベルがアップしたんだろうけども、なんだよ、「強」とか「弱」って! となったのも事実。
 また、同じ魔物でもダンジョンが違うと【属性】が「空」や「空強」という違いがある。なんでだよ?! となって、夢中で調べてたら、あっという間に十日ほど時間が経っていた。
「……ちょっとこもりすぎた。忘れられたら困るな」
 こりゃ、イカンと、タリーの台所へ向かったのだが……
「なんだ?」
 店の前に人だかりが。何かあったのだろうか? 人垣をかき分けて、ちょっとずつ店のほうへ近づいていく。誰か聞きやすそうな雰囲気の人はいないかと探していたら、何度か店で見かけたことのある人を発見。
「シュオ。この人だかりは、なんなのかご存知ですか?」
「ん? あぁ、あんたか。シュオ。なんでも、タリーの台所でまた酔っ払いが暴れたらしいんだよ。今、騎士様が事情聴取をしてるってさ」
「また?」
 俺が眉をひそめると、その人は肩をすくめ、
「半年くらい前にも、窓ガラスを割られまくったんだよ。なのに、まただろ? しかも今度は店の中まで荒らされるらしくて……オルレアもとんだ災難続きだよなあ」
 何だよ、それ。
 俺は居ても立っても居られなくなって、人垣をかき分けて、店のほうへ急いだ。周りの人に嫌そうな顔をされながらも、進んで、進んで店の前、人垣が途切れた空間の中心に、しょんぼりと耳を垂れ下げたオルレアの姿を見つけた。
「オリー!」「オルレア!」
 ん? 誰かと声がかぶった? まあ、いいや。人垣を抜けて、店へ近づくと
「スバル!」
 ぴょんと耳を跳ね上げたオルレアが、俺に近づいてくる。俺からも彼に駆け寄り、
「店が荒らされたんだって!? オリーは無事?! 怪我は!?」
「店を閉めた後だったから……ぼくは大丈夫。でも……っ……」
 泣き崩れそうになったオルレアを慌てて抱きしめ、身体を支えた。うっくひっくと、嗚咽を漏らす彼の背を、俺は無言で撫でる。
 店の前に四十前くらいの騎士が面白くなさそうな顔をして立っているのと、その後ろで牛野郎が柔道の構えみたいなポーズで固まっているのが見えたが、無視だ。無視。
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