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序章

28:アスモデウス

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 俺はダンジョンを他の三人に任せ、早速バスに乗ってショッピングモールへ、そして走って工房へと駆け込んだ。

「はあ、はあ…あのー、すみませーん」
「はいはーい…お客さん、本日は何用で?」

 奥から、黒髪の女の人が出てきて対応をしてくれた。どことなく綾さんに似ているが、色々とボリュームが違った。その上普通のシャツの上に羽織を着ていて、どことなく気怠そうな雰囲気も醸し出している。

「あ、えっと…黒永さんにオーダーメイドの依頼を出した者なのですが。完成品を受け取りに来ました」
「ああ、あいつのお客さんね。りょーかい、ちょいとお待ちを」

 作業場の方へ入っていって、「ネネ!アンタにお客さんだよ!」と声をかけた。すると奥の方からがしゃんっ!と音がする。

「師匠!本名で呼ばないでって言ってるじゃん!」
「だあらっしゃい。小狐なんて大層な名前つけやがって、アンタにはまだ早いっつーの。それに、寧音と比べて二文字も多いからそもそも呼びたくないのよ」
「ああもう、師匠は今日休みの日なんだろ!表に出ないでちゃんと休んでろよ!」
「おっとっと」

 しばらくすると、黒永さんだけが顔をひょっこりと出した。若干顔が赤い。

「…神野君。どうか今のは忘れてほしい」
「…わ、分かりました。あ、それよりも装備の方は?」
「もちろんちゃんとできてるよ!こっちへおいで」

 と、作業場の方へ招かれたので、黒永さんの後ろをついていく…のだが。

 作業場に行く手前に、二階へ行く階段があるのだが、そこから腕がにょきっと伸びてきて、俺の首をグイッと引き寄せてきた。当然俺はバランスを崩すが、後頭部に柔らかいものが当たって倒れずに済んだ。

「アンタが神野圭太?」
「えっ、ちょっ」
「師匠、何してんの?」

 そこにいたのは、先ほどいなくなったと思っていた黒永さんの師匠だった。

「これが綾のお気に入りねえ。ふーん、ちょっとチビだけど悪くないじゃん」
「いや、急に何を…」
「ああ、ごめんごめん。前から気になってたもんでね。綾の男なんでしょ、アンタ」
「違いますが」

 俺は思わず真顔になって答えた。

「まあ細かい事は気にしなさんな。それよりも綾が世話になってるみたいで。ほれ、これやるよ」

 そう言って、名刺を渡された。『鈴野 涼』という名前だ。一級鍛冶師という文字もある。

「私の名刺。いつかアンタが一級冒険者になったら、私に話を持ってきなよ」
「あ、ありがとうございます」
「師匠?俺のお客さんに何吹き込んでんの?」
「じゃ、またな~」
「逃げんなこら!この人は私のお客さんなんだぞー!」

 黒永さんが額に血管を浮き出させながら抗議の声を上げるが、鈴野さんは満足したのか手をひらひらさせながら階段を上っていった。

 っていうか、今私って言わなかったか?

「…あの…」
「…はっ」

 黒永さんが顔を赤くして固まった。

「ごほんごほんっ…全く…ごめんね、首苦しくない? あの人ってあのナリで天然ちゃんだからさあ、子どもみたいに行動が唐突なんだよ」
「ははは…そのようで」

 とりあえず、名刺はしまっておこう。いつか世話になる日は来るのだろうか。

「それよりも、ほら、こっちおいでよ!君たちの装備はもうできてるんだからさ!」

 そう言って連れていかれた先には、俺が頼んでいたものがずらりと置いてあった。

 刀、人用の防具、槍、小さめの防具、そして大盾。

 まず、俺の装備として頼んだ刀と防具だが、刀の方はかなり和風な作りだ。これまでのSFみたいな見た目をした刀とは違い、ちゃんと鍔もあり、柄の部分には柄巻きがされてあった。

 防具は上は赤と黒を基調とし、下は白いインナーズボンに足甲。こちらも和風テイストで、動きやすさ重視で色々スマートになってはいるが、足軽のイメージに近いか。

 額当てもあり、そちらは何故か鬼の角みたいな装飾がされていた。どうやらマジックアイテムらしく、防御力を大きく上げる効果があるらしい。

「刀の方は《黒刀 幻夢》。ゴブリンシャーマンのメダルで魔法を強化する効果を持ってる。当然刀としての性能も十分で、かなり丈夫に作らせてもらった。
防具の方は《赤鬼》シリーズ。近接のステータスにプラスをする効果がある」
「これが俺の新しい装備…」

 思わず生唾を飲んだ。物凄くワクワクする。早くダンジョンに行きたいと強く思った。

 そして、次に鬼月の装備。

 槍は穂先が両刃で、柄は青黒い。装飾は最低限で押さえられていて、穂先の根元に黒い布が巻き付けられている。

 防具は俺のものよりも重厚なプレートで覆われていた。所々にとげとげしい装飾が施されていて、見るからに堅牢そうだ。頭はすっぽりと顔まで覆い隠す兜となっている。

 盾に関しても、鬼の顔の様な装飾となっていた。黒色で、金属光沢は一切無い。

「槍は《黒槍 鴉》。ちょっとした幻惑効果を持っていて、フェイントが成功しやすくなる効果を持っているよ。造りも丈夫に作ったから、ちょっとやそっとじゃ壊れない。
鎧は《青鬼》シリーズ。とにかく硬くするための効果を詰め込んでみた。こっちも簡単には壊れないように力を入れさせてもらったよ。
最後に盾だけど、《大黒盾 重鬼》。ホブゴブリンのメダルを使用して、装備した者に怪力を授け、身体全体の重量をアップさせる効果を持つ」

 これ、俺と鬼月の鎧で対になってるのか。ちょっとくすぐったいが、あいつとはまだ二、三週間の付き合いとは思えない程、相棒として絆を深めてきた。これくらいお揃いにしても全く見劣りはしないだろう。

「ありがとう、黒永さん。期待以上の装備です」
「へへ、そうだろ?俺も会心の出来だと思ってる。壁もちゃんと超えたし、これは一歩成長かな」
「壁ですか?」

 壁、とは、何か課題でもクリアしたのだろうか?

「ああ、壁って言うのは、こっち側の専門用語って言うか…ほら、ダンジョンの武器の性能と、鍛冶師の武器の性能ってさ、二つの性能の関係性をグラフにして現すと、右肩上がりのXになるのは知ってるだろ?」
「最初はダンジョンドロップ装備よりも人が作った装備の方が強くて、ダンジョンの難易度が上がっていくとその関係性が逆になる、って話ですよね」
「そうそれ!で、壁って言うのはそのXのグラフを超えることにある。鍛冶師なら誰もがぶち当たる大きな課題って訳。俺のは、そうだな…中難易度ダンジョンの武器ドロップなら超えてくれたかな、って感じ」

 庭にあるダンジョンは低難易度ダンジョンなので、その一つ上の難易度ってことか。まあ今はアスモデウスの所為で難易度跳ねあがってるかもしれないから比較にはならないが、少なくとも攻撃はちゃんと通用するだろう。

 これなら、アスモデウスに挑んでも問題は無いだろう。早速持ち帰って準備を整えなければ。

「黒永さん。早速持って帰っていいですか?すぐ使いたいので」
「了解!ちゃんと使える状態で整備してあるから、すぐにでも使えるよ!」
「ありがとうございます。あ、魔素スタンドってありますか?マジックバッグ持ってきてるんですが」
「一回500円貰うけどそれでもいいかい?」
「はい」

 俺はマジックバッグに装備を入れて、お礼を言って工房を出た。

 バスに乗って家に帰ってきた。爺ちゃんと婆ちゃんに声をかけて、そのまま早速ダンジョンへと潜る。

 仮拠点に辿り着くと、丁度三人がウェーブを終わらせた直後なのか休憩に入っていた。

「ただいま、戻ったよ」
「あ、おかえりなさい、圭太君!」
『ケイタ!おかえり!待ってたゾ!』
「鬼月、ほら、お前の装備だ」

 鬼月がすぐに飛びついてきたので、俺はすぐにマジックバッグを開けて、鬼月の装備を出してやった。

『うわ~、凄いなァ!これが僕の新しい装備なんダ!』
「後で改めて黒永さんにお礼に行こうな」
『うン!』

 鬼月は早速目を輝かせてうっとりと装備を一つ一つ確認していた。気持ちは分かる。

「で?装備が強化されたってことは、すぐにダンジョンボスに挑むってことよね?」

 鬼月を微笑ましい目で見ていた要さんが、俺に顔を向けて話しかけてきた。気づけば陽菜も鬼月もこっちを見ている。

「もちろん。皆もそれで良い?」
「依頼主の判断に従うわよ」
「私も大丈夫です!」
『了解しタ』

 という訳で、俺達は早速準備に取り掛かったのだった。



28:アスモデウス



 アスモデウスは遺跡の真ん中で寝そべっている。まるで土曜日の父親みたいな風情だが、あれでかなりの曲者だってことは既に分かっている。

 その上、奴はウェーブで戦う俺らの事を観察していただろう。手の内は完全に分かっているはず。ならば、それを超える必要がある訳だ。

「こんにちは、デカブツ。今日はいい天気らしいわね。まあアンタの所為で中々外に出れないんだけど」
『…』

 堂々と遺跡の中に入って、アスモデウスに話しかけたのは要さんだった。その後ろには鬼月もいる。

『…ゲームには飽きたカ?』

 アスモデウスが喋った。当たり前のように。

「あの単調作業、まさかゲームのつもりだったの?」
『全てがゲームだ…我が今ここにいるのも、ダンジョンがこの世界に現れたのも、全部盤上で行われる我らが神々の遊戯に過ぎなイ』
「ふーん、だとしたらよほどセンスが無いのね、その神ってやつは。っていうか、何長ったらしく蘊蓄騙ってんのよ。モンスターの癖に」
『貴様の様な小娘の蓮っ葉な頭では、我の言葉など到底理解できないだろウ。自分の住んでいる世界が、ただの遊戯盤だと知った過去の人間どもは、それはもう絶望して死んでいったというのニ』
「うーん、何言ってんのかよくわかんないわね。とりあえず死ねば?」
『死ぬのは貴様だろうに、小娘…しかし、四匹いた筈だが。他の奴らはどこに行っタ?』
「アホね、言うとでも思う?」
『いや。殺して聞き出そウ』

 アスモデウスの目が赤く光り、次の瞬間には要さんの足元で血のような炎が噴き出し、爆発が起こった。

「誰が死ぬかっての!」

 次の瞬間、黒煙の中から要さんが飛び出した。杖による連撃は凄まじく、一瞬で6連撃を叩き込む。そして次の瞬間には身体中に白い罅が走り、爆発を引き起こす。

 アスモデウスの恐ろしい視線による爆発は鬼月によって完全に防がれていた。

『久しぶりだナ、アスモデウス。今日は復讐をしにきたゾ』
『知らんな、誰だ貴様は…』
『名前など知る必要もなイ。今から死ぬ奴に教えても無駄だろウ?』
『ほざくな、ゴブリン風情が…ガァ!?』

 次の瞬間だった。空から緋色の落雷が降り注ぎ、アスモデウスに直撃。凄まじい爆発を巻き起こしたのだ。

 仕掛け人は俺と陽菜だ。俺が陽菜を連れて上空まで跳び、奴の魔力感知外から魔法を練ってもらい、落下して射程圏内まで入って即座に魔法を使ってもらった。

 奴は要さんの魔法攻撃や、鬼月の守護方陣に気を取られていた。反応が遅れたのはその所為だろう。

「鬼月!」
『うン!』

 鬼月が俺を呼び寄せると同時に、俺も鬼月を召喚する。そうすることで何が起こるかというと、俺と鬼月の場所が入れ替わるのだ。

 アスモデウスの真ん前までやってきた俺は、そのデカい腹に連続で斬撃を放つ。魔素が噴き出し、ダメージを与える。

 やはりかなり硬い。硬いが、新装備なら通用する。

 空で鬼月が陽菜を受け止めて着地し、離れた場所に陣取った。

「奇襲は成功か」
「全然ダメージ与えられてないけどね。やっぱ硬いわアイツ」

 要さんが言った通り、見た目程ダメージは入っていない。まともにダメージが入ったのは恐らく陽菜の魔法だけで、それ以外の攻撃は奴にとってはちょっと擦りむいたくらいだろう。

『痛いじゃないか…人間ども。少しは加減してほしいよ全く…』

 アスモデウスが起き上がる。至極面倒くさそうだ。

『我が名はアスモデウス。神々に作られし敬虔なる信徒。神々の声を代弁して貴様らにこの言葉を贈ろウ。―――死に絶えよ、人間ども』

 戦いの火ぶたが今切られた。
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