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第二章

6:一回戦 VS田淵

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『Bグループ選抜試合が終了しました』

 フィールドを走っていると、笛の音に似たサイレンと共にそんなセリフが響き渡った。

『勝者、カミノ選手39pt、ドグ選手61pt。おめでとうございます』

 どうやら勝ち残れたらしい。俺はほっと一息つく。

 あれから数十分戦い続けた。倒した敵の数は20程だったが、倒した相手のポイントはその分俺のものになる為実際に倒した数よりもポイントは膨らんでいる。

 苦戦した相手はいなかった。何度か俺と打ち合いになった選手もいたにはいたが、10秒以上粘られはしなかった。

 それにしても、勝ち残りの枠は二枠。俺と同じように勝ち残った相手とは頭一つ分突き放された。ドグ…?聞いたことのない名前だ。

 気がつくと足元が光り輝き、別の場所へと転移されていた。床に光る円盤型の転移系マジックアイテムから降りると、そこにホテルマンの装いをした男がやってきた。

「カミノ選手、ドグ選手。トーナメントへの出場決定、おめでとうございます。ここはトーナメント出場者専用の宿泊施設でございます。最高のおもてなしをさせていただきますので、どうかごゆるりとお寛ぎくださいませ」

 そう言われて気がついた。隣にドグとやらがいることに。

 身につけているのは俺と同じ防具だが、肌が青白く目元に色濃いクマがある。死んだ魚のような目でぼおっと黒服を見つめていた。

 武装は柄のないスティレットを二本腰に差している。

 目は合わない。どうやら俺はあまり関心を持たれてないらしい。

「すでに周知しておりますが、ここではルールがございます。1,選手同士で過度な接触をしないこと。2,各種検査の際はご協力ください。3,知人、家族を招待する際は来客用スペースのみ使用可能で、さらに手荷物検査などを受けていただきます。4,外出は最低限に、どうしても外出する際は、我々に一声おかけください。どうかご理解の程をよろしくお願いいたします」
「分かりました」
「…では、お部屋まで案内させていただきます。カミノ様はどうぞこちらへ。ドグ様はこちらの者がご案内いたします」
「お願いします」

 ドグは黙ってもう一人いた女性の職員へとついていった。俺も案内のままに歩いて部屋へと通される。

 部屋は豪華だ。一級ホテルに入ればこんな感じなのだろうか。

 さて、とりあえず着替えはすでに爺ちゃんたちに用意してもらってるから、持ってきてもらわないとな。

 俺はスマフォを開いた。すると通知が来ていた。陽菜や、綾さんを始めとしたクラスメートたちからだ。坂本とギャル二人だけでなく、あまり話したことのないクラスメートからも来ている。

 …っていうか、クラスのグループラインの通知がヤバいな。通知をオフにしてたから開くまで気づかなかった。

 開いてみると、どうやらAグループにいた田淵もまた勝ち残ったらしい。俺の選抜突破も相まってかなりの量のコメントが来ているらしい。

 Aグループの試合は最後まで見れてなかったが、これに関しては意外だった。正直言うと、田淵からはそこまで強い空気を感じていなかったからだ。実力なのか運なのか、本選で見せてもらおうじゃないか。

 その後、俺はとりあえず爺ちゃんに連絡をして、来客スペースとやらに来てもらう事にした。

 部屋を出て来客スペースとやらに行く。ソファなどがあるゆったり空間が広がっていた。ソファのあまりの柔らかさに金がかかっているのをひしひしと感じながらそこで待っていると、十数分後には爺ちゃん達がやってきた。手荷物検査をして中に入ってくる。

「圭太!よくやったぞ!お前は爺ちゃん達の誇りだ!」
「圭太ならできると思っていましたよ」
「ちょ、もうそんな年じゃないって」
『ケイタ、強かった~!』

 爺ちゃんに撫でられ、婆ちゃんに微笑まれる。更にリリアに背中に抱き着かれる。リリアをおんぶして、リリアのしたいようにさせた。

「圭太君、かっこよかったです!」
『おめでとウ、ケイタ』
「圭太、信じてたぞ。おめでとう!」
「陽菜、ありがとう。鬼月もありがとな。師匠も、わざわざ見に来てくれてありがとうございます」

 陽菜が抱き着いてきたので、俺は目を白黒させつつも慌てて受け止めた。そして、鬼月と師匠にも礼を言う。

「とりあえず第一段階は突破だな。後はどこまで上に行けるかだが…」
「トーナメント表が公開されるまでは未知数だな…圭太、油断するんじゃないぞ」
「分かってますよ」

 師匠に釘を刺されるのに頷いた。

「圭太、爺ちゃんはもう感動だ…お前がまさかここまで大きくなるとは…」
「お爺さん、みっともないですよ」

 ちなみに爺ちゃんは当然俺がこの大会に出場した目的は知らない。騙してる気がしてアレだが、俺も出るからには優勝を目指している為、応援してもらえるのは素直に嬉しい。

 そこからは、遅れて橘のおじちゃんとおばちゃん、それからユーゴさんまでもやってきて全員で試合の様子を見て過ごした。来客スペースはかなり広さがあり、更にガラス張りではあるが区切りの為の壁まで存在している。プライベートな空間は最低限確保できるらしい。

 更に、頼めば食事も出てくるしで、かなり快適に過ごせる場所となっていた。破格の扱いに正直躊躇いさえ覚えるレベルだ。

 選抜試合を見ていると、カメラが王 秋水が戦闘する姿を捉えた。 

 装備はシミターと呼ばれる片刃の剣。彼はそれを片手で振るい、龍の形をしたような不思議な斬撃を繰り出して敵を蹴散らしていた。

『…なんか見たことあるな~。なんだっけ~?』
「リリア、何か知ってるのか?」
『んっと…どっかの王国でね、王様の家系だけが使ってる剣術スキルがあった気がするの!名前が…えっと、【竜王剣術】とか、そんな名前だった気がする!あの人のあのスキルは、それに似てる気がするの』
「…なんでそんなものをあの人が?」
『なんでなんだろ?適正あったんじゃないかな~?』

 異世界で、王家だけに伝わっていた剣術スキルか。随分と特別そうなスキルだ。

 実際に、その威力は無類に見えた。他の冒険者がまるで人形か何かのように吹き飛ばされ、ずたずたにされては消えていくのが見える。

 あれが最も優勝に近いとされる冒険者の姿か。出来るだけ目に焼き付けておこう。

 と、この時点で俺の選抜が終わって数時間が経過していたのだが、昼頃にユーゴさんが遊びに来た。

「よ、坊主!おめでとさん。これ、お祝いの品な」
「ありがとうございます」

 そう言って、外の出店で売られている食料を色々持ってきてくれた。俺達はありがたくそれを貰う。

「にしても、やっぱ余裕で勝ち上がりやがったな。結構話題になってたぜ?ダークホース現る!って感じでな」
「そうなんですか?」
「異名もでき始めてるぜ。今の所『首狩り』が定着しそうだな」
「ぶふっ」

 俺はそんな言葉を聞いて思わず飲んでいたお茶で咽た。

「は?な、なんですかそれ?物騒過ぎませんか!?」
「お前が首ばかり狙うからだろ?まあでも、ドグってやつも大概物騒だったからアレなんだけどな。こっちは『心臓狩り』って呼ばれてる。心臓ばっか狙うんだ。ぶっちゃけ、Bグループに出場した冒険者は同情の目を向けられてるぜ。全員、心臓か首をやられたんだからな」
「…勝つためには、それが一番効率が良いと思っただけなんだけどなぁ…」

 あまりの結果に俺は思わずふてくされる。でも、まあよく考えたら首を取り続ける姿を見せてたらそうもなるか…反省しよう。

「掲示板やSNSでも話題になってるしな。もしかしたらファンができるかもしれねえぞ?」
「いや、俺、ファンとかいらないですし…」
「まあ、坊主はそういうタイプだよな」

 ユーゴさんはからからと笑った。

「でも、意外だったのは田淵とやらだ。坊主から一度話を聞いてた限り、悪ガキの三下って感じだったが…ありゃレベル6か、7まで到達してるな。それに噂じゃ狐面の正体とも言われてるらしいぞ?」
「…ユーゴさんがソレ言いますか?」
「まあ嘘ついてる時点で三下なのは確定なんだがな。しかしあの鬼気迫る強さのからくりが全く分からんのよなぁ」

 田淵の戦い様は、いうなればバーサーカーだった。狂ったように突貫しては、傷をものともせず凄まじい勢いで手に持った刀を振り回して敵を倒す。

 てっきり田淵は身を隠しつつ、チャンスの時だけ動くようなタイプだと思っていたから、あれには驚いた。

 顔色も悪いし、余裕がない。いつもと様子が間違いなく違う。その上であの強さ…俺も、ユーゴさんと同じでからくりが分からない。

「劔はどうよ。田淵ってガキも一応刀使ってるし、何かわかるんじゃねえの?」
「…正直、何も分からん」

 話を向けられた劔師匠は、眉を悩まし気にさせながらそう返した。

「あれは、ちぐはぐさの塊だ。まるで自分のステータスを理解できていないように思う。まるで一般人に急にレベル10程のステータスを与えたような、そんな感じの戦い方だった。この点は、多少最初の頃の圭太に似通ってはいるが…奴の場合は、次元が違うな」
「確かに、数回しかカメラに映らなかったが、アイツは違和感しか感じられんかったな」
「それに、殺気が凄い。アイツ、多分選手を殺すつもりで刀を振るっているぞ」
「…田淵が、人を殺すつもりで?」

 俺は思わず聞き返した。

 田淵は隠しているようだが、どう見てもアイツは小心者の類だ。人を殺せるわけがない。

「奴の顔を見ればわかる。間違いない。今のアイツは、人を殺せるタイプの人間だ」

 劔師匠の断言に、俺は嫌な予感をひしひしと感じたのだった。

 夕方になり、来客スペースが閉められる時間になった。皆帰っていったので、俺も自分の部屋へと戻る。

 全グループの選抜試合が終わり、トーナメント表が公開された。

 俺は最大五回戦うことになるらしい。そして、最初の相手は…田淵だった。

 これは、一波乱起きそうだなぁ。俺はそう思わずにはいられなかったのだった。



6:一回戦 VS田淵



『さあさあ、選手の入場だ!』

 大歓声が響き渡る闘技場。その真ん中には四角いフィールドが存在し、結界に包まれていた。

 凄まじい人数だ。それにカメラも結構向けられてるし、想像以上に規模が大きい。

 関係者席を見れば、陽菜や鬼月、リリア、そして師匠が声を張り上げているのが見える。

 実況席を見上げると、ユーゴさんと目が合ってニヤッと笑った。

 更にとあるスペースには、見慣れた制服の集団が陣取っていた。真宵手高校の生徒たちだ。何故か知らないけど応援歌を歌っている。野球じゃないんだからさ…。

 俺は結界を超えて中に入る。向こうからも、田淵が中に入ってきた。

「…田淵…?」

 その顔を見て俺は戦慄した。この数週間会っていなかったが、奴は随分と消耗しているようだった。髪は脂ぎっていて汚いし、顔色も最悪の一言。目は澱んでいて、俺をただただひたすらに睨みつけているのが見えた。

『西ゲートからは真宵手高校の超新星、田淵選手!その戦う様、まるで悪鬼の如く!子供は怖いから目瞑ってた方がいいぞ!』
『東ゲートからは、同じく真宵手高校のダークホース、冒険者ネーム『カミノ』選手!選抜で20人以上の首を刈り伝説を作った!今日はいくつ首を刈ってくれるのか!?子供は怖いから目つむってた方がいいぞ~!?』
「刈らねえよ…いや、刈る事もあるだろうけど…好きで首を狙ってるわけじゃ…」

 ふう、落ち着け俺。実況なんて盛ってなんぼなんだから、一々反応しても意味なんてない。

 それよりも、目の前の相手だ。

「…田淵、お前、大丈夫なの?」

 流石に、心配の言葉が先に出た。それほどの様相だったのだ。

「…」
「…流石に様子がおかしすぎる。体調が悪いなら、素直に棄権した方が良いんじゃないか?」
「黙れよ」

 おどろおどろしい声が聞こえてきた。

「神野、神野ぉぉぉ…お前も、お前も俺を邪魔するのか…!?だったら、だったらなぁああああ、考えがあるっ!俺は…お前を…ぶっ殺す…ひひひひっ!」

 凄まじい殺気。俺は刀を構える。まるで、モンスターを前にしているかのようだった。

『それでは…試合、開始!』

 実況の宣言と同時に、田淵は俺に向かって一直線に駆けだしてきたのだった。













 大会前日。目が覚めると、母親にポストを見てくるように言われた。

 緊張しているというのにその扱いはなんだ、と文句を言うと、小遣いを減らすぞと脅されて見に行った。ポストの中には見慣れない封筒が入っていた。

 自分宛だったので、部屋に戻って確認した。

 その中身を見て、それからの記憶はあまりなかった。

 心臓が痛いくらい爆音を刻んでいる。顔から血の気が引いて行って、腕や足、腹が、ただの肉塊になったような、自分のものではなくなったかのような感覚がした。

 吐いた。涙が出た。

 封筒の内容を何度もスマフォで調べた。指が震えてフリック操作がしにくかった。

 冒険者に対する誹謗中傷、悪質な投稿は罪が重くなるらしい。

 更に、加害者が冒険者だった場合、即座に手続きが行われ、更に本人の同意もなく開示請求が通るらしい事を知った。

 盗撮だけで最低数十万。誹謗中傷も数十万。店への威力妨害や営業妨害で数十万。さらに、倫理観を強く求められる冒険者等の特定職業に就きながら、倫理観を無視した行いを罰する特定職業重大規定違反行為は、最低100万からの賠償金が発生し、さらに冒険者サイトの公開ブラックリストに登録され、冒険者免許は永久剥奪されるらしい。

 神野からの訴えだけでなく、盗撮した店からも訴えられていた。鈴野武器防具店…綾が働いている店で、綾目当てでよく行っていた店だった。迷惑をかけたつもりはなかった。ただ、気に食わない奴に制裁を食らわそうとしただけだったのに。

 知らなかった。全く持って知らなかった。冒険者の講習は仲間に任せて眠っていた。唐突過ぎて訳が分からなかった。

 封筒を破いた。何度も破いて燃やした。

 スマフォを操作して、アイコンを消したり投稿を消したり、とにかくすべての事を無かったことにしようとした。

 でも、どれだけ消そうと努力しても、意味はないようだ。調べればIPがどうのこうのと訳の分からない事が書いてある。

 消したい、無かったことにしたい。過去に戻りたい。そんな呪いのような願いが頭の中をぐるぐると回った。

 金…数百万?わけがわからないと思った。そんな金、どこにもない。

 次の瞬間、不意に薬に視線が映った。

「…そうだ、お、俺には、まだ、これが…か、神野の奴を、け、け、け、消せば…消せばいいんだ…ついでに、優勝すりゃ金も手に入る…ひひ、ひひひひっ」

 耳元で、自分の声をした誰かがそう言った気がした。






事件記録 20xx/09/xx

内容:マジックアイテム違法売買取引現場を目視で確認。捜査員2名が売人を追跡

結果:行方不明 二級捜査員 天羽 (あまう)丹造。三級捜査員 田島 良平

概要:追跡ルートを再検索し辿ると、xx市xx区xx番地にて激しい戦闘痕と大量の血痕を確認。遺体は発見されなかった。

備考:追跡が始まる直前、本部に向けて定期報告と売人の取引相手を撮影したらしき画像が田島捜査員から送信されたものの、データが破損しており読み取りは不可能だった。
解読が急がれる。
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