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第二章

7:強敵共

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 凄まじい殺気をぶつけられる。左腕が何故かじくじくと痛んだ。今の田淵からは、何故か刺青の男のような禍々しい気配があった。

「ガアアアアア!」

 凄まじい咆哮を上げながらこちらに突っ込んでくる田淵。その速度は目を見張るものがある。

 刀を強引に振るう田淵の攻撃を横にステップして避ける。刀が地面を砕く姿が見えた。よく見てみると、奴の刀はもはや刀としての役割を果たせない程刃こぼれしていて、ただの鈍器と化していた。

 奴はすさまじい反応速度で俺に手のひらを突き出してきた。

「馬鹿が!食らえ、【ダークファイア】!」

 奴の手のひらから忌々しい光を放つどす黒い炎の塊が現れた。まさかの魔法に思わず距離を取り風刃の準備をする。

 その時だった。ぷしゅ、と音がして、奴の魔法が何故か消えた。

「…は?あれ、なんで…?【ダークファイア】!【ダークファイア】!…くそっ、なんで出ないんだ!?」

 奴は焦った顔のまま俺に向き直った。

「くそくそくそっ、もういい!この手で直接殺してやる!…あべっ」

 田淵がそう叫んで、先ほどと同じように駆けだし、そしてべちゃっとこけた。先ほどと同じ速度で駆けだそうとして、全く速度が出ずに体勢を崩したように見えた。

「はあ、はあ…な、なんだ?何がどうなってるんだ?」

 何を言っているのか分からないが、今は恐らくチャンスだ。俺は刀を構えて地面を蹴り、すれ違いざまに奴の首に刃を入れた。

「あえ?」

 魔素が噴き出して、田淵のHPが一気に消えて俺の勝利となる。俺は釈然としない気持ちで刀を収めた。

『…これはあまりにも呆気ない幕切れ!田淵選手、突然の不調か!?何もできないままカミノ選手に一撃でやられてしまった~!勝者、カミノ選手~!』

 俺と田淵の足元に転移陣が現れる。田淵はただただ呆然としたまま、座り込んでしまう。そして、そのまま消えてしまったのだった。

 控室に帰ってきて、俺は頭をガシガシと掻いた。

「なんだったんだ、アイツ…」

 俺はてっきり、お互いに溜めてきたこれまでのうっ憤をぶつけ合う戦闘になるかと思っていたのだが、蓋を開けてみればあまりにも呆気ない。

 選抜を突破できるほどの実力があれば、もっと戦えてしかるべきだったのに、あいつは途中から明らかに弱体化した。

 魔法が使えなくなった後のアイツの反応速度は、もはや生身レベルだった。俺の刀どころか高速移動した身体すら視認できていなかった。

 あの急な弱体化は一体何だったんだ?

 それに、殺意をぶつけられた時、左腕に痛みが走った。常々不穏とされているものの、何も分かっていないこの謎の刺青だ。

 当然、この刺青に関しては修行をしながらも様々な検査を行った。魔力学的に一切の反応を示さず、また科学的にも何の変哲もない、変な形をした痣のようなもの、としか分からなかった。

 だが、肌を切り取っても再生することから異常なものであることは確実だった。端的に言うと矛盾の塊。まあつまり、ぶっちゃけお手上げ状態だったってことだ。

 だが、ヒントは意外な所から出てきた。

『…もしかしたら、古代の魔術かも…?』

 と、リリアがそう言ったのだ。

 異世界において、すでに失われたロストテクノロジーがあったらしい。それが古代の魔術…名前も分かっていないソレは、既存のスキルや魔法のように魔力を使わず、『魂』に呼びかける事で使用できる術らしい。

 ただし、魂なんてものは異世界においては、存在しないものと考えられていたらしい。ファンタジー世界にもかかわらず、向こうの常識では人の意識は少量の魔力と脳の電気信号で生じているし、人が死ねばその意識は消失すると考えられていたようだ。

 古代の魔術はその存在しないはずである魂に干渉する術ではないかと考えられており、しかし無いものにどうやって干渉するのかが一切分からない。存在する訳が無い、創作上のものだという認識が多かったそうだ。

 だが、過去の遺跡を探索すると、ごくまれに古代の魔術の痕跡や名残を発見できたらしく、やはり存在はしていたらしい。まあつまり、何も分からない正真正銘のロストテクノロジーだったという訳だ。

 でも、この痣がその古代の魔術とやらである場合、魔力学的に一切の反応がないにもかかわらず、肌と共に再生するという異常現象を生じさせることに説明がつく。

 鴻支部長に相談すると、『やはりリリア様は聡明なお方!発想すらなかった!』と目から鱗の反応をした後、鴻支部長自らその線で調べてくれることとなった。

 さて、今回その痣が戦闘中に疼いたわけだが…。

 これは流石に勘違いって訳じゃないよな?急に強くなったのも怪しさ満点だ。田淵の奴、嫌な奴であるのは間違いないが、魔神教とかかわりがあるかもしれないと分かっては見殺しにはできない。

 それに、何より尻尾を掴めるかもしれないし、とにかく報告しておこう。俺は鴻支部長に今起きた事を短くまとめて報告した。

 数十秒後には、すぐに調査してみる、と返ってきた。

 こちらからもコンタクトを取るべきかとも思ったが、俺が話しかけても恐らく碌な事にならないだろうからやっぱり辞めておこう。後は向こうに任せて俺は大会に専念することにした。

 さて、大会は二日にかけて行われる。今日は1人につき三回戦することになっており、明日は準優勝候補から上が二回戦ずつ戦う事になっているのだ。

 俺は後三時間後に次の試合に出る事になるので、それまで暇だ。

 ラインを開いてみると、通知が来ていた。陽菜たちがどうやら既に俺の所に向かっているらしい。さらに、綾さん達からも応援のメッセージと、時間が空いた時に遊びに行かないかと誘いもきていた。

 会場の周辺は屋台が出ていてお祭り状態だ。俺も興味が無いわけではなかったが、今の俺は自由が効かない状態なのである。

 ただ、聞いてみる位の努力はしてみよう。俺はその旨をグループに返信して、とりあえず控室から宿泊施設へと移動することにしたのだった。

 他にも、クラスのグループラインがかなり活発になっていたが、最新の投稿が『田淵は嘘つき。やっぱり神野が狐面だったんじゃねえか』というものだったので興味を失って開かないことにした。



7:強敵共



 来客スペースの一室を借りて、俺は陽菜たちが来るまでの間、今行われている試合を見ていた。

 ドグVS王竜水。かなり興味を惹かれるカードだ。

 正直、ドグは怪しいと思う。俺が出ていた試合を後から見返したら、ドグはとにかく凶悪だった。頭を踏み砕き、心臓に手を突っ込んでもぎ取る動作をしたりするのだ。なんというか、かなり楽しんでいた。犬歯を見せつけながら殺し回るものだから、最終的に冒険者たちは逃げ出したり、降参するものまでいたのだ。

 これだけで魔神教と断定する訳ではない。そもそもソレを言ったら俺だって首狩りとか言われてるし、物騒さで言えばどっこいどっこいだ。なので、今はとにかく試合を見てどんな奴か観察するしかない。

『心臓狩りのドグ選手!VS、最強の優勝候補王竜水!それでは、試合開始!』

 次の瞬間には、ドグはスティレットを抜いて王へと突き出していた。王はスティレットによる鋭い突きをシミターを抜いて確実に防ぎ、距離を取った。

 一瞬の攻防を見て、一気に観客たちが沸き立った。そんな歓声の雨の中、ドグと王は駆け出して互いの急所を狙って刺突と斬撃を放ちあった。火花が散り、地面にびしっと溝が生まれ、風穴が穿たれる。どちらも腕がいい。

 一見すると拮抗しているように見えるが、顔色を見ればその差は一目瞭然だった。苦し気にするドグと、涼しい顔をして打ち合う王。

 そして、ついに決着の時が訪れた。スティレットの刺突に合わせて横から弾き飛ばした王が、凄まじい速度で動いてそのまま流れるような動作でドグの首に一閃。ドグは魔素を噴出してそのまま消えてしまった。

 …負けちゃったよ、ドグ。正直俺の中では一番疑わしい存在だっただけに、ちょっと肩透かしを食らった気分だ。

『ドグ選手の猛攻をしのぎ切り、王竜水選手が先へと駒を進めた!最強の名は伊達ではなかった~!』
『ドグ選手も非常に良い動きをしてたんだがなあ、一歩届かず、といったところだったな』

 凄まじいな。ドグは決して弱くはなかった。それこそ優勝候補の一人として名を挙げられていてもおかしくないような実力を持っていた。

 だが、王はそれを涼しい顔をして撃破した。半端じゃない強さだ。あの強さはステータスだけでもたらされるものではない。技術においても王は相手を優に上回ったのだ。

 …勝てるかな、あれ…。俺はため息を吐いて、次の試合が始まるまで待つ。

 陽菜たちがやってきて、勝利をお祝いしてくれた頃。次の試合が始まった。

 次は篠藤の試合だった。明らかに他の試合よりもずっと多い黄色い声援が響き渡る。奴はソレに笑顔で手を振り応えまくっていた。

 そんな篠藤に対して、対戦相手は中年の男冒険者だった。篠藤に対して怒りを感じているのか、血管が浮かんでいる。

 試合が始まり、男は手に持った槍で篠藤に突きを入れまくった。更に距離を取り絶対に相手の間合いに入らず、自分の間合いに篠藤を取り込み続ける巧みな技術を披露する。

 スキルによる飛ぶ斬撃の威力も悪くない。

 四角に切り取られた闘技場にぴったりとくっつくように作られた真四角の結界に、傷が付くほどの威力だった。この結界は攻撃を受けて傷が出来ると色でその威力を教えてくれる。白から始まり、青、緑、黄色、赤色、黒色の順番で威力が高い。

 今回の場合は青色だった。男はそれを何度も連発する。

 しかし、篠藤にはあらゆる攻撃は届かなかった。更に、剣に光を宿らせ、リーチを槍よりも長くして男を両断してしまったではないか。

 篠藤もまた非常に強力なスキルの持ち主だ。

『彼の動画を見て研究したが、篠藤のあのスキルは威力に明確な波が存在しているのが分かったヨ。条件までは分からなかったけど、パーティーメンバーの近くにいればいる程力を増すスキルのようだネ』

 陽菜と一緒に来ていた鬼月が、タブレットを操作しながらそう教えてくれた。

「そうなんですか?でも、試合中は1人ですよね…本来はもっと強くなるという事なのでしょうか」
『いや、今はむしろ上限の状態に近いナ。僕の予想なんだけど、多分人に応援される事で強化されるスキルなんじゃないかナ』
「…応援って、会場からめっちゃ応援されてるけど」
『その分もっと強化されてるかもしれなイ』
「おいおい…」

 適正あり過ぎだ。敵として当たったら間違いなく強敵だな。

 他にも、剣戟と氷の魔法を組み合わせた戦法で戦うルインという冒険者。こちらもまた卓越した技術の持ち主だった。特に氷魔法の魔力操作が群を抜いているようだ。

「あの人、凄いです。一つの魔法を操作して、あんなに自由自在に使える人、先生以外に見た事ないです!」
「先生って言うと、ユーゴさんのパーティーの魔法使いをやってる人だっけ」
「はい!アリシア先生です」

 魔力操作の修業をしていた陽菜から見ても卓越した技術を持っているらしい。

 俺も修行した方がいいよな。この大会の為に剣技に力を入れてたけど、終わったら陽菜にコツを教えてもらおう。

 他にも、ハンマーで土台を砕き割ったり、二刀流で戦ったりと、様々な能力を持った近接アタッカーの姿を見ることが出来た。

 と、ワイワイしているとついに試合の時間がやってきた。

 俺の次の対戦相手は、大門寺弘雷。優勝候補の1人であり、半世紀以上を費やして培ってきた卓越した剣技により格上のモンスターをも屠り続けている超武闘派の冒険者だ。

 気持ちを切り替えていこう。俺は声援を背に、自分の顔を叩いて控室へと向かったのだった。
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