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エンデュミオンがおかしい
しおりを挟む結局、ギルは新しいメイドを雇わなかった。
エンデュミオンは、美少女にギルがメシアだと聞いてから調子が狂っていた。
ドアの前で、護衛として待機しながらも、ギル様のことが頭から離れない。
何だかギル様のことが特別な人のように思える。まるで神様みたいに尊くて素晴らしい存在に思える。
メシア様が近くにいると思うだけで、胸が締め付けられる。あんな人の近くで過ごせるなんて、とても幸せだ。何だかギルのことがとてもかわいらしくて、光り輝いている存在に思えてきた。
ギル様を尊敬するあまり、ギル様の背中から天使の羽が見え始めるという現象も起こるようになった。……俺は、ちょっとヤバいかもしれない。
いや、そんなことない。俺は、普通だ。きっと、他の人にもこういうことはよくあることなんだ。俺が今まで友達がいなくて、人付き合いをしてこなかったからこういう現象がよくあることだと知らなかっただけだろう。
って、目を覚ませ、エンデュミオン!
相手は、あの悪魔の血が流れていると噂をされている極悪非道なギル・ノイルラーだ。あんな人間を崇拝して、ときめくとか意味がわからない。俺もさんざんひどい目に遭わされてきたじゃないか。しっかりしろよ、自分。
頭を落ち着けるために、ガンガンと壁に向かって頭を打ち付ける。
ああ、そうだ。ギルは、悪だ。
惚れるとか、愛しているとかおかしすぎるだろう。もっと、自分を強く保たないといけない。あいつらを殺されたことを忘れたのか。そう思いながら、更に頭を強く打ち続ける。額から血がタラりと流れていたが、気にもとめなかった。
「エンデュミ……。ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
振り返ると、背後から幽霊にでも遭遇したような顔をしたギルがいた。
* *
ノイシュと出会ってから、2週間後、僕はアティスからラウェルナという女性とお見合いして欲しいというメールを受け取った。顔合わせを断れば、八つ当たりとしてミサイルを何発か撃ち込むという脅しつきだ。
おそらくこれは、アティスが僕に近づくための口実にすぎないだろう。しかし、僕もアティスの居場所を探るために近づく必要がある。だから、とりあえず顔合わせをしたいと連絡をした。
もうすぐアティスが町にやって来る。
もうすぐサンタがやって来るみたいなノリの文だが、内容は、全然違う。やって来るのは、サタンみたいなものだ。
誇張だとしても、千年に一度の天才という肩書を持つ男。たった一つのミスで、僕が本当のギル・ノイルラーではないこと、そしてメシアであることに気がつくだろう。アティスと接触する時間は、できるだけ短くした方がいい。
そのためには、ラウェルナとの婚約を穏便に断る。だとしたら、僕をホモ設定にして、エンデュミオンと恋人ごっこをしたらいいんじゃないか。あいつと恋人設定というのは、心底気持ち悪いが、ラウェルナとの婚約を断るためだ。仕方がない。
とりあえず、エンデュミオンに一時的に恋人になって欲しいと告げよう。
「エンデュミ……。ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
ドアを開けると、血だらけのエンデュミオンが立っていた。
思わず悲鳴をあげてしまった。
何のホラー映画だよ。怖えええええええええええええ!
さっき一人でガンガンと頭を打ち付けていなかったか。とうとうこいつの頭の中の機械がぶっ壊れておかしくなったのか。いや、落ち着け、彼はアンドロイドじゃなくて、人間のはずだ。……たぶん、そうだ。
「ど、どうしたんだよ」
恐る恐る血だらけのエンデュミオンに問いかける。
「何でもありません」
そんなわけあるか!
「いやいや、どう考えてもヤバいだろう。とりあえず止血をしないと」
「問題ありません。大した怪我じゃないので」
……血だらけのお前を見る僕の身にもなってくれ。
「とりあえず綺麗にしないと」
そう言って、ハンカチを取り出して彼の額を拭った。
ハンカチにはベットリと血がついてしまったが、エンデュミオンはすっかり綺麗になった。
「思っていたよりも、小さなケガでよかった。……ん?どうした顔が赤いぞ。熱でもあるのか」
いつも氷の人形のようだった彼の頬が赤くなっているなんて新鮮だ。
「いや、俺は元気です」
「そうか」
「だから、ギル様、俺に命令してください」
「……」
こいつ……僕が苛めすぎたせいで特殊な性癖に目覚めてしまったのだろうか。
「あなたの役に立ちたいんです」
「……」
明日は、空から槍でも振るかもしれない。世界が滅亡したらどうしよう。
困惑していると、いきなり彼はガシッと僕の手を握り締めてきた。
な、何だろう、これは……。
「俺は、あなたのためなら何でもします」
「……そ、そうか」
まるで口説かれているみたいだけど、気のせいだよな。
「えっと、お願いがあるんだけど……。エンデュミオン。お前、僕の恋人になってくれないか」
何だか恥ずかしいセリフを言っているみたいで、頬が赤くなってしまう。
「ギル様から……告白された……!?」
目をカッと見開き、一気に血圧が上昇したように真っ赤になるエンデュミオン。あ、単刀直入に言いすぎて驚かせてしまったかもしれない。
「えっと、とりあえず中に入れ」
「はい」
そして、ドアを開けられ中に戻った途端、何故かいきなり押し倒された。
「ちょ、ストップ―――――――。な、な、何をしようとしているの?」
「恋人となったらやることは一つでしょう」
違うわ、このボケが!
「いや、何というかお前のことは全然好きじゃないけれど、アティスから婚約者を紹介されていてそれを断りたいんだ。だから、僕はホモでエンデュミオンに惚れているから、アティスが紹介する女とは結婚できないということにすれば、あまり失礼にならなくて済むだろう」
本当は、かわいい女の子にでも相手役を頼みたいが、ナチュラルに演技できそうで僕の恋人役でもメンタルが保てそうな奴はお前しかいない。ていうか、こいつ、今、上の空っぽかったけれど、ちゃんと話を聞いていたのだろうか。
「つまり、俺はギル様とハグをしたリ、キスをしたりすればいいんですね」
「おい、そこまで言ってないだろう!お前は、初期の頃と同じように仕方なく僕の恋人の振りをしているみたいな態度でいいから」
「とりあえず、今日は一緒に寝ませんか」
「はい、アウトー!却下だ」
「それなら、二人でハグの練習をしませんか」
「アウトー」
「では、キスの練習をしましょう」
「アウトォオオオオ!三振したので退場してください」
「それは何ですか」
「アウトを三回したら退場する決まりだよ。とにかくお前は、ドアの外で待機していてくれ」
「恋人に向かってギル様は、冷たいですね」
「いや、偽の恋人だから」
「そんなこと言わずにもっと仲良くなりましょう。俺のことは、エデュって呼んでください。俺の愛称です」
「愛称か……。いい作戦かもしれない。お前、そんな風に呼ばれてきたのか」
つーか、こいつにそんな風に呼ぶ友達がいたことに驚く。
「いえ、俺が自分で考えました」
二人の間に冷たい風が吹き抜けた。カラスが鳴く声がどこからか聞こえる。
「……」
予想外の言葉に絶句した。
痛い。めちゃくちゃ痛い奴だな。
イケメンのくせに痛すぎる。
とりあえず、話を逸らして今の言葉を聞かなかったことにしよう。
「えっと、ちょっとこっちに来い」
ベッドの方へ彼を引っ張る。
「え……いきなりベッドなんて大胆ですね」
「全然、違うから!」
僕は、ベッドの上においてあったラブミの抱き枕を掴む。
「こいつをお前に託しておく。僕の命だ。もしも、誰のものだと聞かれたら、お前のものだということにしておけ」
僕は、とても大事な抱き枕をエンデュミオンに渡した。アティスがやってくるなら、これは見つからないように誰かに託しておいた方がいいだろう。
「わかりました。こんなものがギル様の命なんですね」
「ああ、僕にとってとても大事なものだ。汚したりしたら、お前の指を折るからな」
「わかりました」
「変なことに使うんじゃないぞ」
「……。わかりました、ちゃんと洗うので」
「ん?洗うって汚すこと前提なのか」
「安心してください。ちゃんと洗うので」
「それ、質問に答えていないだろう」
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