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6 可愛い子には旅をさせよ①

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 切り立つ崖っぷち!
 そう、今まさに崖っぷちです。

「それくらいちょいちょいと登れないで、人族の世界には行けないと思え!」

 山頂で、腕を組む筋肉美女こと、フェンリルのシグルーンだ。
 大きな狼は、フェンリルと言う。

「ドローシ!」

 右手首と各指を繋ぐ細い鎖。
 名を呼ぶと各指を繋ぐ鎖が勢い良く伸びる。
 ズドーンと五つの鎖は、岩肌に突き刺す。
 この鎖はシグルーンを長年縛り付けていた鎖の一つ。
 左手にはレージングルと言う太い鎖が飛び出す幅広の腕輪を装備している。
 こちらは盾の代用も兼ねた優れもの。
 これもシグルーンを縛っていた。
 どちらも鎖のくせに名前なんかあるんだよ。
 へんこつドワーフのロイ爺さんが、ドワーフの不思議技術を駆使て、ギックリ腰にも負けずに創り出した、自称最高傑作だそうです。
 うん!
 ロイ印が眩しい。
 確かに優れものだ。
 シグルーンを長年にわたり縛り苦しめていた鎖には、良い印象はない。
 だからこそ、私の為に、役立てよと。
 ロイ爺さんが、私の為に、作ってくれたのだからと!
 ちょいちょいと、口だけ番長で、リクエストは言いまくったけど。

「ほらほら、浄化の膜が薄れていますよ」

 優しい眼差しで、見守るアルビノの竜のヴェルジュだ。
 あっちに気をとられたら、こっちがおろそかになる。
 自分の身体を包むシャボン玉をイメージした。

「ピュリフィケイション」

 そう口にすると浄化の膜が厚くなる。
 ここではしゃぼん玉をイメージする事が大事。
 浄化って清潔にするとか精製や清め、祓いって意味があるからね。
 
「はい! よくできました」

 にこにこ顔のヴェルジュは、拍手してくれた。
 魔力を発動するには、詠唱が人の世界では常識だそうだ。
 魔法を成功させるのに効率的だと、本には書いている。
 だが、ヴェルジュは、無詠唱。
 それでも、通用するそうだ。
 ってことは、自分に合った方法が一番って事。
 簡単かつイメージです。
 私はどうも、この世界の言葉を話している。
 自分では日本語にしか聞こえないのだけど。
 竜の血を飲んだからか?
 わかりません。

 ボケっとはしていられない。

 シュンーーーっ!

 風が頬をかする。
 が、そこから血が滲んだ。

「訓練の途中で、ボケっとするな! まだ終わりじゃねーよ」

 シグルーンが、指をぽきぽきと鳴らす。

「先手必勝! ドローシバンチーーーー!」

 ドローシパンチとは、勢い良く右手から放たれる、ただのストレートパンチです。
 それは、軽々とかわされ、腹部に入るシグルーンのパンチ。

 ゲホゲホとむせながらも、続いて攻撃をする。

「レージングルチョップ!」

 レージングルチョップとは、左手全体で、攻撃するただのチョップです。
 それは見事にシグルーンをとらえたが、そのまま逆さずりにされて、撃沈した。

「こんなことでは、人族の世界では生きられぬと思え! 」


 この異世界の人間世界は、何という恐ろしい世界なのよ。
 世紀末伝説のような世界なの?
 

「早く来い! 次はすいす~いと降りる」

 簡単にシグルーンは言ってくれるが、私はまだ小学生ですから。
 でももう少しで、十二歳。
 それはこの氷の世界を旅立つ時。
 人の世界では、十歳くらいから、見習いで働き、十二歳で、ちゃんと就職なんだと。
 早すぎない?
 だから、寝返りくらいから、英才教育がはじまったと、合点がいくわ。
 きっと、就職とかちゃんとあるんだから、半端なく、個々の能力が高いのだ。
 こんなエベレスト級の氷の山を、皆がすいすい~と行くのだろう。

「シグルーン!競争だよ」

 そう言って、鎖を使い、お猿のように絶壁を下り始めた。

「では私も~」

 ヴェルジュは、アルビノの竜になり、急降下する。

 ズルいし!

「お前な!大人げないぜ」

 と言いながらも、シグルーンはフェンリルへと姿を変え、山羊がピョンピョン跳ねるように、絶壁を降りるのだ。

「まだまだですね~」
「まだまだ未熟な」

 かなり遅れて降り立つ私に言った二人の言葉でした。

 勝てるかよーーーーっ!!






 とても仏頂面で、ロイ爺さんは、洞窟の地面に私を、正座させた。

 
「この十二年・・。ハッキリ言ってカーラに才能はない!」
「そんな~」

 私ではなく、ヴェルジュが哀れな声を出す。

「獲物は捌けます。」
「あれはかなり上手だ。丸飲みすれば解体など必要なしだがな」

 私が出来る事を言うと、シグルーンも褒めてくれるが、ロイ爺さんは無言で睨むのよ。

「洗濯も掃除もできますよ~」
「うん! ボタンも縫い付けれるし、武器のお手入れもバッチリ」
「カーラはお利口さんですから」

 よしよしと、ヴェルジュが撫でてくれる。
 
「それだけか?」

 ロイ爺さんの声がとても低い。
 ハンマー石たたきから始まり、針との格闘。
 少しでも縫い目が歪むと、それはそれはネチネチと言いながら、ほどかれる。
 鉱物で、トントンカンカンしても、溶かされ、それはそれ~はぶちぶちと言われ、彫り物も木工も叩き割られたかな。
 作品ができたことはない。
 料理は・・していない。
 ヴェルジュやシグルーンが捕らえてきた獲物をお勉強しながら解体し、時には食べれる草や果物を巻いて生肉を食べていたような・・。
 火はロイ爺さんの炉にしかないのです。
 あの美しく、神聖なる神の炎で、お肉を焼くなど・・できません。
 普通、生肉などお腹をこわしてとかあると思うが、私は病気とは全くの無縁。
 それもヴェルジュに言わせれば、自分の血で育ったからだと。
 シグルーンもまた同じ事を言う。

「あとは魔法もだし、ちょっとは戦えるかも。あとね、食べれる草とかもわかるし」
「図鑑を見ながら、私が採取した薬草で、ど~れだってお勉強しましたからね」
「俺様直伝の雷魔法も中々だ。鎖に魔力を流す訓練のお陰で、自在に操れるしな」

 ぐりぐりと、シグルーンは頭を撫でまわす。

「はぁぁぁ~ぁ」

 ロイ爺さんは大きな溜息をはいた。

「冒険者しかない!」
「冒険者・・」

 聞き返すとロイ爺さんは頷く。

「ほけほけ竜が人の世界のどの国へ、カーラを連れて行くかは、わからんが、お前さんは働かねばならない。人は働いて金を稼ぎ、生活する」

 それくらい常識です。
 前世でもそうだったし。

「ワシが教えた事は、最低限自分の身の回りの事を出来るというくらいだ。ワシの素晴らしい技術はち~ともお前の身にはつかなんだ。ワシは・・人を教えるのにはむかぬ」

 そう言われれば・・。
 しゅんとなるしかない。
 最高の技術者から、その匠の技を身につけられなかったのだから。

「でも、カーラはお利口さんです」
「そうだ! こいつは強い」

 かばってくれるヴェルジュとシグルーンだ。

「親バカどもがぁーーーーっ!」

 ロイ爺さんの轟く声に、三人は身を寄せた。

「怖いよ」
「怖いですね」
「ビビった」

 半泣きの私をロイ爺さんは真剣な眼差しで見ている。

「人の世界の女は伴侶をえて、家庭を築く。はぁ~ぁ・・働き所も、様々だが、出来ることはほけほけ竜に教わった回復系の魔法と知識。フェンリルに鍛えられた身体能力。それしかないとならば、冒険者となり、魔物を狩ったりし、依頼をこなす。自由に世界を回るのもよし、気に入った土地で暮らすのもよし。だが冒険者は危険な職業」
「回復系の魔法がつかえますから、治癒師とかも大丈夫ですよ~」
「ほけほけ竜の言うようにそれもありだ。まぁ、自分が出来る事で働くしかないだろうよ」

 どっこらしょっとロイ爺さんは立ち上がった。

「これは三人からの選別だ」

 袋から次々に出てくるのは、長年にわたりフェンリルの毛をブラッシングし、集めた毛を糸にし、織り上げた白い布で作った衣服。
 私のデザインがいかされている。
 下着は、肌触りの良いタンポポ綿を使っています。
 フワッとしたハーフズボン。
 セーラーカラーのシャツには、アルビノの竜の鱗も使われている。
 ちょっと前世の制服が着たかったんだな。
 スカートは冒険者だと不向きかなって。
 フード付きポンチョの紐はアルビノの竜の髭。
 デザインは可愛いが、防具としては最上級だろう。
 フェンリルの毛は、防御力も高く、防水性も保温性もある。
 アルビノの竜の鱗と髭は着ているだけで、体力回復だ。
 編み上げロングブーツは貴重なる鳳の羽根をチョイスしたらしく、素早さアップだそうだ。
 そして大きめのウエストポーチだが、ロイ印第三弾の収納バッグ。
 それはヴェルジュとロイ爺さんが持つアイテム収納袋の完成版だと言う。
 それは食材などが痛まないよう、苦心の作だとロイ爺さんは誇らしげに言いました。
 
「武器はドローシとレージングルがある。旅立て! お前は人族なのだから」

 ロイ爺さんは後ろをむく。
 肩が揺れている。

「ありがとうございます。十二年育てていただき、本当にありがとうございました。」

 私は三つ指をついて、深く頭を下げた。

「お嫁に行くみたいですよ~」

 そう言いヴェルジュはシクシク泣くの。

「魔物に食われるんじゃないぞ!そんなのに食われる為に育てたんじゃないんだからな」

 シグルーンは鼻をズルズルすする。

 可愛い子には旅をさせよ
 子供がかわいいなら甘やかさずに苦労させよ

 そんな言葉が浮かんできます。
 私は三人から、とても愛され育てて貰っていたのだ。
 人の世界がここよりも大変な所だから、スパルタ教育だった。
 だけど、それも旅立つ私が、危ない目にあわないようにと言う親心。

「大好きです。ヴェルジュもシグルーンもロイ爺も。愛してくれてありがとう」

 三人の頬っぺたにキスをした。
 明日、私は人の世界へ旅立ちます。
 怖くても生き延びてみせますから。

 
 







 
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