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3 本当に貴女ですか

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 ダンシェルドとの国交が再び結ばれるならば、エステルとの婚約を結び直すことができないのかと父上に詰め寄った。

 ミドルダム侯爵令嬢のアレットとの婚約話は進んでいたが、今回の一件で賊を制圧できなかったミドルダム侯爵の肩身が狭くなり、自然に婚約の話は立ち消えとなった。
 3年もの間、ダンシェルドとは一切の交流がなかったのだ。エステルが今、どのような生活を送っているのかも分からない。


「もしかしたら、もう結婚しているかもしれないぞ」


 兄のアンドリューが意地悪く言う。


「エステルは今、15歳のはずです。まだ結婚はしていないと思います!」
「だが、婚約者くらいはいるかもしれないじゃないか。正式に国交を結ぶのにも時間がかかる。大人しくアレット・ミドルダム嬢と結婚すれば良いではないか。何もあんな得体の知れない後進国の王女など娶らなくても……」


 このタイミングで第5王女のコートニーが愚図り始めなかったら、俺は兄を殴っていたかもしれない。

 兄上は知らないんだ。
 エステルがどんなに素敵な女性か。


 エステルに会える日を心待ちにしながら、俺は彼女に恥ずかしくないように必死でこれまで無駄にしてきた時間を取り戻そうとした。朝から剣術の訓練をし、日中はひたすら勉強。夜は社交や会議に顔を出し、夜は再び訓練で汗を流す。

 久しぶりに会ったエステルに幻滅されたくない。もう一度俺と婚約したいと思ってもらえるように、あらゆる努力を重ねた。


 そして1年後。
 俺は18歳、エステルは16歳。

 セイデリア王国とダンシェルド王国は正式に国交を正常化し、呪いの森も浄化され、以前のように双方の国を行き来できるようになった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 二国間の国交正常化を記念する夜会が、セイデリアの離宮で行われる。エステルはまだ結婚も婚約もしていないらしい。今日の夜会で4年振りの再会だ。

 4年経って、きっと外見は大きく変わっているだろう。更に大人びて、美しくなっているかもしれない。

 でも、人の内面の美しさというものは、時が経っても変わるものではない。俺が惹かれた彼女の優しさ、穏やかさ、朗らかさ……挙げ始めたらキリがないが、人の本質は変わらないのだ。

 もう一度エステルに会えば、俺は再び恋に落ちるだろう。

 その場で結婚の申し込みをしたい。彼女は受け入れてくれるだろうか。


「ダンシェルド王国、国王ルベリオ様、王女エステル様のご到着です!」


 ついに来た! 離宮の広間の扉が開き、ダンシェルドの民族衣装に身を包んだ国王が入って来る。拍手で迎えられた国王のその後ろに、きっとエステルがいるに違いない。

 彼女が俺のことを覚えていてくれるならば、きっと薄紅色のドレスを着てくるだろう。さあ、入ってきた! 彼女が着ているのは、ほんのりと色づいた淡い色のドレス、淡い色……の……ドレス…ではないみたいだね。


 それは、栗色の髪をカールさせてアップにまとめ、ドぎつい化粧をした女性だった。真っ赤で派手な民族衣装を身に着けている。薄紅色どころじゃない。
 その衣裳は体のラインに沿ったスレンダーな作りで、その女性の体の動きも全て分かる。驚くほどお尻をフリフリさせながら、少し顎をあげて偉そうに入場してきた。


(あれは、エステルじゃなさそうだ。もしかして双子の姉妹でもいるのか? 聞いたことがないが……)


 遠くにいるその女性を目を細めてじっと見ていると、更にその後ろから見覚えのある顔の騎士が入ってきた。


「……イルバート?!」


 女性の後ろに付いているのはまぎれもなく、エステルの護衛騎士を務めていたイルバートだった。


(イルバートが付いているということは、あの女性はやはりエステル?!)


 真実を確かめようと、彼女に駆け寄……る前に、とりあえずダンシェルド国王への挨拶が先だ。完全に怖気づいてるな、俺は。


「ダンシェルド王国国王陛下、セイデリアの第二王子・フェリクスでございます。ご無沙汰しております」


 挨拶をしながら、国王の肩の向こう側にこっそり視線を向ける。キョロキョロフリフリしながらこちらに向かって来る女性は、歩くのが遅くてなかなかこちらに来ない。


「フェリクス殿! 久しいですな! 4年前は、娘を突然連れ帰ってしまい申し訳なかった」
「いいえ、本日はめでたい席です。双方の国にとって前向きに、改めて関係を築いていけたらと思います」
「そうか、今日はエステルも連れて来たので、是非会って欲しい」


 そう言うと国王陛下は後ろを振り返り、残念ながら先ほどのケバケバ女性に声をかけた。


(やっぱり、あの子がエステルなのか……?)


 近付いて来る。化粧が、近付いて来る。

 俺のエステル! 君は、君は一体どうしてしまったんだ!


「あら! 貴方はフェリクス様じゃございませんことぉっ?! お久しぶりですわね。オーホッホッホっ!」


 ……誰だ、『人の本質は変わらない』なんて言ったのは。
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