32 / 61
第4章 幽鬼
第31話 宮女の手紙 ※永翔視点
しおりを挟む
むしゃくしゃする気持ちを晴らそうと、密かに皇宮を出て馬を走らせた。青龍川の中流、砂地になっただだっ広い場所で馬を降り、その辺の大きな岩に腰をかける。
商儀も付いて来たが、馬を止めるや否や私に向かって説教を始めた。
「陛下。最近、馨佳殿に行かないのはなぜです? せっかく青龍国の官僚の中で明凛様の人気が高まって来たと言うのに。曹侯遠殿の復帰も目の前ですから、もう少し頑張ってください!」
気分を変えるためにわざわざ宮外に出たのだ。それなのに、ここでも嫌なことを思い出させる商儀に苛立って、足元の石を川に向かって思い切り投げた。
しかし、商儀の言うことは事実だ。
ここしばらく、明凛のいる馨佳殿には行っていない。
毎日馨佳殿に通うから寵妃のフリをしろなどと馬鹿な提案をしたのは、私の方だったのに。
「やはり、関係のない明凛を巻き込むのは止めよう。侯遠の復職について、近いうちに朝議で話す。反対意見が出るだろうが、根気よく説得していくしかない」
「だから、もうしばらく明凛様の所に通ってくださいよ。寵愛を受けたのに一瞬で捨てられた妃の父親を、重臣に登用しようなんて思う官僚いませんよ」
口を尖らせる商儀は私の横に跪き、懐から何かを取り出した。
「……これは?」
「数か月前に亡くなったという宮女に関する情報です」
「宮女が何かこの件に関係があるのか?」
「はい。その宮女が亡くなった時に、懐に入っていた手紙だそうです。読んで頂けますか」
手紙と言うには心許ないぼろぼろの紙の切れ端を、商儀から受け取る。破れないように丁寧に、黄ばんだその紙を開いた。
「許陽秀? 誰のことだ?」
「十五年前に太医を務めていた者です。皇太后様が楊淑妃に階段から突き落とされた時に、皇太后様を診たのがこの許陽秀です。どうやらその手紙は、許陽秀から別の太医に向けて書かれたもののようですね」
「それを、その宮女が持っていたのか? 十五年も?」
「はい。宛先の太医には届けずに持っていて、なぜか数か月前にその手紙を懐に入れたまま亡くなった。宮女は元々、陶妃の侍女の一人だったそうです」
もう一度、手紙に書かれた文字を見る。ところどころ消えかけてはいるが、「清翠殿に有る」という文字が見える。
「清翠殿とは、十五年前に陶妃が暮らしていたところだな。当時の太医と陶妃の繋がりがあったのか?」
「古参の宮女に聞いたところによると、許太医は皇太后様以外にも陶妃や陛下のお母君の楊淑妃も診ていたようです。繋がりが、なかった訳ではないかと」
立太子の儀の途中、皇太后が階段から転落した。母上が皇太后を突き落としたのを見たと証言したのが陶妃だった。
皇太后の流産を診た許太医が、陶妃と繋がっていた。
そしてその陶妃の侍女が、太医の書いた手紙を持って十五年後に亡くなった。
「……いや、分からん。全然分からん。清翠殿は今どうなっている? そこに入って調べることはできないのか?」
「陶妃が亡くなった後は、誰も住んでいません。縁起が悪いからと誰も手入れせず、荒れてしまっていますね。しかも……」
「しかも?」
「清翠殿には幽鬼が出るんですよ。殿舎全体が青白い焔に包まれたようにユラユラと見えて、時々その周辺に髪の長い女が現れるそうです」
それこそ幽鬼のように青白い顔をして、商儀は身を竦める。
「幽鬼? 何を言うのだ。お前の顔の方がよほど幽鬼だ。気にせず清翠殿の中に入ればよいではないか」
「でも、件の宮女も清翠殿に近付いて亡くなってるんですよ!?」
「商儀」
「はい」
「お前、さては幽鬼が怖いな?」
「……!」
細い目を目一杯開いて怯える商儀に呆れながら、私は宮女の手紙を懐にしまった。
商儀も付いて来たが、馬を止めるや否や私に向かって説教を始めた。
「陛下。最近、馨佳殿に行かないのはなぜです? せっかく青龍国の官僚の中で明凛様の人気が高まって来たと言うのに。曹侯遠殿の復帰も目の前ですから、もう少し頑張ってください!」
気分を変えるためにわざわざ宮外に出たのだ。それなのに、ここでも嫌なことを思い出させる商儀に苛立って、足元の石を川に向かって思い切り投げた。
しかし、商儀の言うことは事実だ。
ここしばらく、明凛のいる馨佳殿には行っていない。
毎日馨佳殿に通うから寵妃のフリをしろなどと馬鹿な提案をしたのは、私の方だったのに。
「やはり、関係のない明凛を巻き込むのは止めよう。侯遠の復職について、近いうちに朝議で話す。反対意見が出るだろうが、根気よく説得していくしかない」
「だから、もうしばらく明凛様の所に通ってくださいよ。寵愛を受けたのに一瞬で捨てられた妃の父親を、重臣に登用しようなんて思う官僚いませんよ」
口を尖らせる商儀は私の横に跪き、懐から何かを取り出した。
「……これは?」
「数か月前に亡くなったという宮女に関する情報です」
「宮女が何かこの件に関係があるのか?」
「はい。その宮女が亡くなった時に、懐に入っていた手紙だそうです。読んで頂けますか」
手紙と言うには心許ないぼろぼろの紙の切れ端を、商儀から受け取る。破れないように丁寧に、黄ばんだその紙を開いた。
「許陽秀? 誰のことだ?」
「十五年前に太医を務めていた者です。皇太后様が楊淑妃に階段から突き落とされた時に、皇太后様を診たのがこの許陽秀です。どうやらその手紙は、許陽秀から別の太医に向けて書かれたもののようですね」
「それを、その宮女が持っていたのか? 十五年も?」
「はい。宛先の太医には届けずに持っていて、なぜか数か月前にその手紙を懐に入れたまま亡くなった。宮女は元々、陶妃の侍女の一人だったそうです」
もう一度、手紙に書かれた文字を見る。ところどころ消えかけてはいるが、「清翠殿に有る」という文字が見える。
「清翠殿とは、十五年前に陶妃が暮らしていたところだな。当時の太医と陶妃の繋がりがあったのか?」
「古参の宮女に聞いたところによると、許太医は皇太后様以外にも陶妃や陛下のお母君の楊淑妃も診ていたようです。繋がりが、なかった訳ではないかと」
立太子の儀の途中、皇太后が階段から転落した。母上が皇太后を突き落としたのを見たと証言したのが陶妃だった。
皇太后の流産を診た許太医が、陶妃と繋がっていた。
そしてその陶妃の侍女が、太医の書いた手紙を持って十五年後に亡くなった。
「……いや、分からん。全然分からん。清翠殿は今どうなっている? そこに入って調べることはできないのか?」
「陶妃が亡くなった後は、誰も住んでいません。縁起が悪いからと誰も手入れせず、荒れてしまっていますね。しかも……」
「しかも?」
「清翠殿には幽鬼が出るんですよ。殿舎全体が青白い焔に包まれたようにユラユラと見えて、時々その周辺に髪の長い女が現れるそうです」
それこそ幽鬼のように青白い顔をして、商儀は身を竦める。
「幽鬼? 何を言うのだ。お前の顔の方がよほど幽鬼だ。気にせず清翠殿の中に入ればよいではないか」
「でも、件の宮女も清翠殿に近付いて亡くなってるんですよ!?」
「商儀」
「はい」
「お前、さては幽鬼が怖いな?」
「……!」
細い目を目一杯開いて怯える商儀に呆れながら、私は宮女の手紙を懐にしまった。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
284
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる