夏の夜、騎士は幽霊に恋をする

秦朱音|はたあかね

文字の大きさ
10 / 12

第10話 ジゼルのいない夏(アベルside)

しおりを挟む
最終話の予定でしたが、長かったので2話に分けました。
次話が最終回です、申し訳ございませんm(_ _)m

=====


 あの夏の日から、一年が過ぎた。

 あの日、痛みに耐えるジゼルを目の前にして、彼女を失いたくなくて、最後まで繋ぎ止めたくて、必死にもがいた。
 ジゼルに愛していると伝えて、やっと彼女に触れて抱きかかえることができたのに。

 ジゼルの体はそのまま、青白い光と共に跡形あとかたもなく消えてしまった。

 彼女のオーラがその場から消えると、あばら家の周りは再び闇に閉ざされた。
 あの日は確か、夏至だったと記憶している。短い夜が終わって空が白み始めると、絶望して流した涙の向こうに小さな青い光の粒が見えた。
 元々ジゼルが倒れていた場所に散らばっていたその小さな光の欠片かけらに手を伸ばすと、それは幽霊のこころ、サファイアの宝石だった。

 粉々になったサファイアを地面の砂ごとかき集めて、俺は声を上げて泣いた。 

 ジゼルを消滅させようとしたアーヴィン・キーガンやヘレナを裁くことはできなかった。この国には人間を殺めた者を罰する法は存在しても、幽霊を守る法など一つもない。
 彼らが何事も無かったかのように生きていることも、俺が幽霊退治に成功した英雄のように讃えられたことも、全て気に入らなかった。

 アーヴィンやヘレナに対しての怒りもあったが、俺の一番の怒りの対象は自分自身だ。

 もっと早く魔女の呪いに気付いていれば。
 ジゼルの弱点が鏡だなんて、独り言を言わなければ。
 もっと早くジゼルの元に到着していれば。
 痛みに耐えるジゼルに、愛しているなんて言わなければ。

 一つ一つの自分の行動の選択肢を毎日のように後悔し、飲めない酒を飲んだ。

 後悔の日々が続く中で、あの日ジゼルが残したサファイアをペンダントに入れて首にぶら下げながら、俺は今日も生きている。


「アベル、そろそろ騎士団の寮を出て戻ってきたらどうだ。お前ももう二十五だし、新人騎士のように寮に住み続ける必要はないだろう。結婚してこの屋敷に住めばいいじゃないか」
「……父上。私は結婚するつもりはありません」
「何を言っているんだ、お前が結婚して爵位を継いでくれなければ。クラウザー家をどうするつもりだ!」
「分かっていますよ。いつかは何とかするつもりです」


 父との言い合いは日常茶飯事。
 貴族の家に生まれた以上、いつかは俺も誰かと結婚して爵位を継がなければいけないことは分かっていた。でも、今の俺にはやらなければならないことがある。

 それは、ジゼルの生きた証を見つけることだ。

 あの夏、俺は幽霊のジゼルと毎日一緒に過ごした。
 お互いの好きなもの、嫌いなもの、その日にあったこと考えたこと、一晩中語り合った日もあった。
 それなのに、俺はジゼルの生きていた頃のことを何も知らないのだ。幽霊になる前に、ジゼルはどんな場所で暮らしていたのか。ジゼルの家族はどんな人なのか。

 『ジゼル』という名だけを頼りに、俺は彼女の痕跡を探して回っていた。

 しかしこの国ではごく一般的な『ジゼル』という名だけでは、彼女にたどり着くことはできなかった。そもそも彼女がこのオルタナ出身なのかどうかさえ、俺は知らなかった。

 こうして毎日を悶々と過ごしていた俺のところに、あのオルタナの森のあばら家を取り壊すという報せが入ってきた。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

スキルなし王妃の逆転劇―妹に婚約破棄を囁かれましたが、冷酷王と無音の結婚式へ向かいます

雪城 冴
恋愛
聖歌もファンファーレもない無音の結婚式。 「誓いの言葉は省略する」 冷酷王の宣言に、リリアナは言葉を失った。 スキル名を持たないという理由だけで“無能”と蔑まれてきたリリアナ。 ある日、隣国の王・オスカーとの婚約が決まる。 義妹は悪魔のような笑みで言う。 「婚約破棄されないようにお気をつけてね」 リリアナに残されたのは、自分を慰めるように歌うことだけ。 ところが、魔力が満ちるはずの王国には、舞踏会すら開かれない不気味な静寂が広がっていた。 ――ここは〈音のない国〉 冷酷王が隠している“真実”とは? そして、リリアナの本当のスキルとは――。 勇気と知性で運命を覆す、 痛快逆転ファンタジー。 ※表紙絵はAI生成

処理中です...