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23 心が痛いですね
しおりを挟む漫画『女装メイドは運命を選ぶ』の世界が総崩れしている事を再認識させられました。
青いお目々がウルウルする主人公ラビノアの瞳は、常に俺のお爺ちゃん、ソマルデさんを見つめている。
そしてルキルエル王太子殿下の俺様な笑顔は俺に向いている。
本日は一緒に朝食をと言われてやって来ました。
単なる騎士と王太子殿下という立場、そうそう会う事も覗ける事もないと諦めていたけど、今目の前にいます。
「ミゼミも招待したんだが、嫌がられた。」
でしょうね。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋なのに、更に暗いクローゼットに隠れるような人間が、こんな所に来るわけがない。
部屋の半分はテラスになっていて、朝の光が眩しい食堂だ。
いつかミゼミが、こういう場に出れるようにして欲しいと言われてしまった。
「あの、殿下はミゼミをどう扱うつもりですか?」
俺の質問には意味がある。だってどう扱うかによって教育の仕方も変わってくる。
ミゼミは全く学習をしていない。それは色んな意味でだ。正直二十七歳という年齢で、どこまでやれるか分からない。
見た目もアレだしなぁ。まず見た目からかな?
「ミゼミのスキルは使えると思わないか?」
そりゃー奸計には使えそうですね?
まさか、ホントに?
疑いの眼差しで見つめると、殿下がニヤリと笑う。
そこそんなあからさまに悪巧みしてそうな顔で笑っちゃダメでしょう。王族なんだから貴族の微笑みで隠さなきゃ。
ミゼミを育ててルキルエル王太子殿下の王太子妃にとかは……?いや、無理か。全く教育を受けていない二十七歳を、今から王太子妃に出来るわけがない。
可哀想なミゼミ。殿下の下僕だろうか?
朝食も終わり、殿下からはよろしく頼むと念押しされて、俺とソマルデさんはミゼミの部屋に向かう事にした。
「ユネ。」
おっと旦那様が呼んでいる!むむむ、どうも今朝の夢の所為でいちいちドキッとしてしまう。
はあ、重症だ。
「なんでしょうか?」
なんとか平静にならなければ。旦那様は俺の事を妻のユンネだと知らない。この前バレそうになったけど、アレから特に様子が変わった事もなく普通だ。バレてたらなんでここにいるのかとか、領地の惨状についてとか色々言われるはずだよね。
いずれ離婚して旦那様から離れるつもりなんだから、過去のユンネの初恋に振り回されないようにしないと!
「石鹸は試しに一つやったが、肌に合うようならまた贈ろう。」
「え、良いんですか!?」
旦那様は少し笑って頷いた。喜びすぎたかな。
「構わない。その時は直接でもソマルデにでも言ってくれ。購入先も知っているから私の名前を出せば良い。」
「わぁ~、ありがとうございます!」
それだけ言って旦那様は去って行った。
手を振って送り出したけど、よくよく考えると成人男性で部下がやる行動じゃないな?
この場合はお辞儀?それとも敬礼?分からん。
「あの石鹸良い匂いですよね!」
俺がルンルンと歩き出すと、黙って側に控えていたソマルデさんも歩き出す。
「ええ、あの石鹸は高級メーカーの一点物。全て手作りでして、薬草と柑橘系の果物を混ぜて作られております。基準値以上のものしか世に出さず、限られたお客様にしか販売されておりません。良かったですね。」
……………え?それ、無茶苦茶高いやつ?
青褪める俺に、ソマルデさんはニコッと笑う。
「遠慮なく受け取りましょう。」
「えぇ!?そんな高そうなの貰えません!」
「構いませんよ。これくらいエジエルジーン様には痛くも痒くもありませんから。好意は有り難く頂戴致しませんと、貴族階級では断った場合に失礼に当たる事もありますからね。」
「それ、ホントですかぁ!?」
なんか騙されてる気がするんですけど!?
結局何やかんやと言い含められて、俺の石鹸はエジエルジーン様とお揃いになった。
だって夢の中と同じ匂いって事は、旦那様も使ってるという事だよね?
お、お揃い……。
そう考えてしまうと物凄く恥ずかしくなり、ソマルデさんに赤くなった顔を見られたくなくて、俺は俯いて歩いた。
こんこん、こここん。
ノックの調子に意味はない。
返事も無いので勝手に開けてみた。
「おっはよ~。」
部屋の中は相変わらず真っ暗だ。
今日はまだ寝ているのか布団がモッコリと膨らんでいた。
「ソマルデさん、俺は一度やってみたかったんです。」
「はぁ、何をで御座いましょう?」
俺はむんずと布団を握った。
起きていたのか、中身がビクンと揺れる。
「ばあぁぁぁーーーーん!!!」
俺はミゼミの布団をバアァァーーーンと剥いだ。
ミゼミの痩せてギョロっとした目が、さらに大きく見開かれている。
うわ、手も足も枯れ木みたい。
肉が一切ついてなくて、今にも折れそうだ。首も肩も細いので、襟ぐりが広がり浮いた鎖骨と肋が見える。
大小様々な傷痕もあるし、これはアジュソー団長といい勝負だ。
まずはこの身体の傷と体型をどうにかしないとかな?
それとやっぱり日光浴!
だって青白くてガリガリで、本当に骸骨みたいなんだもん!
そこから俺は頑張った。
まぁ、手伝ってるソマルデさんの方が大変だろうけど。
そしてミゼミは俺の妄想の聞き役二号になった。一号はソマルデさんね。
このスヴェリアン元公爵のお城には約一ヶ月間滞在する予定だ。なのでそれまでに王都に戻っても大丈夫なくらいにしないとならない。
基本は散歩と食事と睡眠だ。
後は礼儀作法と読み書きかな?
そしてミゼミ・キトルゼンは幼少期の監禁生活の所為か、会話能力もかなり幼かった。
「この字がぁ~、こう。…………んで、こうやってぇ。」
「んん、わかった。………こう?」
ちょっと違う。あと筆圧弱すぎ。線がふにゃふにゃし過ぎて何を書いているのか分からない。
今は文字を教えていた。
これでもマシになった方。最初は怖がって何もやろうとしなかった。
三日目にして漸くカーテンを開けて、書く練習が出来るまでになったのだ。
書いた文字が、まぁ読めるかなってところで納得するしかない。
それにしても俺が正解っと言うと、とても嬉しそうな顔をする。
この骸骨顔も見慣れれば可愛いのかもしれない。
もし太ってモブ顔じゃなかったらショックだけど、ミゼミなら仕方ないと諦めきれるかな。
外への散歩は部屋から一番近い庭園だけ行けるようになった。と言っても俺にほぼ縋り付いているけど。
「ミ、ミゼミ…、歩きにくいよ?」
腕を掴んでベタァとくっついている。でも微妙に俺より身長高い。ずっと地下生活だったくせにおかしいなぁ。栄養失調じゃなければ、本当はもっと体格良かったのかな?
「ううう、ごめん、ね?こわ、怖い…。」
少しでも音がすると目を瞑るミゼミ。
そんなミゼミを支えながら歩かなきゃなので、その後ろからソマルデさんが直ぐに支えられるように構えて歩いている。
三人で団子状態だ。
ただ無闇に歩くのも暇なので、俺は今日もミゼミ相手に妄想を繰り広げる。
「本当はね、この時期主人公は三人の男とキャッキャするはずだったんだよ。」
俺がこの話をすると、何故かミゼミは大人しく聞いている。幼児に読み聞かせをやっている気分だ。
「ふぅ、ん?じゃ、ぁ、今日は、なにする、日?」
「今日ならぁ~……。」
暇を持て余したラビノアが、こっそり城下町に遊びに行く。
だが城下町にはスヴェリアン公爵家の残党が潜んでいた。城が落とされた時、直ぐ様城下町を包む門を閉じてしまった為、逃げ出せずに潜んでいたのだ。
そしてラビノアは主人公。主人公は攫われるのが鉄板のネタ。
主人公ラビノアを交渉材料としてルキルエル王太子殿下相手に亡命を告げる犯人達。
「あれ?じゃあもしかして、今日ラビノアどこいるのかな?」
そこまで思い出して気付く。もう『女装メイドは運命を選ぶ』の世界とは話が違い過ぎて、ラビノアが今後事件に巻き込まれる事はないのだと勝手に思い込んでいた。
でも主人公ラビノアの恋愛方面が逸れただけで、その他のシナリオはそのままと言う事もある?
「本日ルクレー男爵令息は城下町に買い物に行くと告げて出掛けておりますよ。」
漫画と違いルキルエル王太子殿下に監禁されていないラビノアは、自由に過ごしているらしい。
ソマルデさんを町デートに誘って来たのだとか。仕事がありますのでと断られたみたい。なんか可哀想だな。
「あ~~~~…………。」
俺の悲痛な悲鳴にソマルデさんが首を傾げる。
引っ付いていたミゼミも、どうしたの?と覗き込んでくる。
よし、思い出そう。
この救出劇に出たのは誰?
かっ!と目を見開く!あ、でも俺の目はほぼ開かないんだけどね。
助けに行くの、旦那様じゃーーーん!!
ぽわわんと頭に、旦那様が主人公ラビノアを救出するシーンを思い出す。
この話では、ラビノアは珍しい事に犯されない。だから印象薄かったのかなぁ。
なんでも隣国に亡命する際の手土産的なものにしようと、犯人達は話し合っているからだ。
なので連れ去られたラビノアは、まるでお姫様のように綺麗なドレスを着せられる。
裸に剥いた時点で男と分かっただろうに、何故ドレスなのかは分からない。
旦那様がちょうど城下町を警備中だった。部下を連れて警備の配置や犯罪の頻度を確認していたのだが、ルキルエル王太子殿下から伝令が届き、急ぎ救出に向かう。
犯人を刺激してはならない。
そう思いつつも怒気を強める黒銀騎士団長。
数名の部下のみを連れて、指定された宿屋に向かう。
そこには元スヴェリアン公爵と交流があり、元公爵の利益のお零れに預かっていた領地も持たないような下級貴族達がいた。
戦力も無いくせにラビノアを盾にして偉そうに踏ん反り返る彼等に、黒銀騎士団長は容赦無く剣を振るう。
主犯を残し、後は全て切って捨てた。
手と足を縛られたラビノアは、青い瞳に涙を浮かべてエジエルジーンを見上げる。
縄を切り優しくラビノアを抱き上げるエジエルジーン。
ここでまぁキスをしておりましたが、それを思い浮かべてなんだが嫌な気持ちになりました。
まだ離婚してないやん!妻おるやん!
「ユネ?」
ハッとした。おっと、ついつい思い出し怒りが出てしまった。
考えに耽ったと思ったら黙り込んでしまった俺に、ミゼミが不安顔だ。
前世で漫画読んでた時は、悪妻なんて気にせず頑張れーと応援してたんだけどな?
「それで、どこに向かわれますか?城下町でよろしいですか?」
最近俺の行動パターンに慣れてきたソマルデさんが、行き先を問いかけてきた。
「はい、行きましょう。」
「あまり行きたくないご様子ですね。城下町の確認は私が一人で行ってきましょうか?」
うっ………、ソマルデさんは俺の細目顔の表情をよく読めるな。
「いえ、折角なので行きます!」
ユンネの初恋がなんだ!
俺の初恋じゃないんだから、平気だ!!
そう心に刻みつけて、俺はミゼミを城に置いて城下町へ向かった。
今回の敵は大した事ない。
旦那様にかかったら瞬殺レベルだ。
漫画の通りに着飾られたラビノアを、旦那様が抱っこして運んでいた。所謂お姫様抱っこだ。
騒然とする宿屋周辺には人がごった返している。
集まった人達は、美麗な騎士様が可憐な令嬢を抱き上げて運ぶ姿に感嘆の声を上げていた。
ラビノアは男の娘だけど、どこからどう見てもお姫様だもんね。
その後に縄で拘束されて引き摺られる貴族達を見て、町の人達は歓声を上げていた。
かなり悪評のある貴族達のようだった。
俺は黙ってその様子を眺めていただけだった。
いつもは、わあぁぁっと感嘆の声を上げて喜んで見ているのに、今はちっとも喜ぶ気がしない。
完全にユンネの心に引っ張られた。
旦那様の漆黒の瞳が、少し微笑むのを苛つきながら見ている自分に、何故か焦る。
この感情は本当に元のユンネのものなのか、それとも俺のものなのか分からなくなってきそうだ。
あの人とは離婚する。するつもりだ。いずれ赤の他人になるんだぞ?そう決めたじゃないか!
「話し掛けますか?」
ソマルデさんが気遣わしげに尋ねてくる。
首を振って城の方へ踵を返した。
「……………何故か、心が痛いんです。」
「はい。」
「辛いなら、早めに離れたほうがいいですかねぇ。」
「お心のままに……。」
うん、そうだね。
だって腕も足も鉛のように重たいんだ。
心が、傷を負ったように、痛むんだよ。
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