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番外編
80ドゥノーの優しい風①
しおりを挟むドゥノーはまさか自分が王宮に来れるなんて思ってもいなかった。
ユンネが侯爵夫人だとは聞いていても、どこか現実味がなく、ノルゼを産んでファバーリア侯爵と離婚したら、イーエリデ男爵領でずっと暮らせばいいと思っていた。
ヒュウゼはドゥノーに興味が無かったので、イーエリデ男爵領のことを殆ど知らない。屋敷は何度か訪れたけど、すぐに帰ってばかりだったので、地理にも疎かった。
だから隠し通せると思っていた。
ユンネはドゥノーを親友だと言ってくれる。ドゥノーにとってもユンネは初めて出来た友達だった。
ドゥノーはスキル『風の便り』を持って産まれ、一応貴族でもあったから、同年代の子供達と過ごすことが出来なかった。両親は特に何も言わなかったのだけど、領民達が何かあっては大変と騒ぎ、子供同士の触れ合いをさせてくれなかった。
領地の中ではスキル持ちの貴族の子、貴族の中では貧乏領地の子。どこに行ってもドゥノーの立ち位置は中途半端。そんな時にナリュヘ家から縁談が来た。同じ風系のスキルを持つ者同士、子孫を残すのはどうかと言われたのだ。ドゥノーは初めて同じ歳で同じようにスキルを持つ理解し会える存在に出会えると思い了承した。
だけどヒュウゼはドゥノーに興味が無かった。
ドゥノーは本を読むのが好きで、知識を蓄え思考するのが好きだ。でもあまりそれを活用する時はない。
農業頼りの農地の経営に少し役立つだけだ。特産品も主要農作物もないので赤字なしで維持するのが精一杯だ。
そんな貧乏な貴族なので、学校に行くのは諦めていたけど、運良くナリュヘ家が運営している騎士学校になら、ただで入学させてくれると申し出て来た。婚約者が学歴なしというのは嫌だったのだろう。
ヒュウゼとは婚約者として仲良くなりたい。ちゃんとお互い好きになってから結婚したかったし、ヒュウゼは見目もいいので嫌ではなかった。
漸く知り合えた同じ年の婚約者を、ドゥノーなりに大好きだった。
入学して暫くするとユンネと仲良くなった。
そしてヒュウゼの好みも本当の性格も知り、悩みに悩んでユンネを助けることにした。
それが間違っていたとは思わない。
ヒュウゼの未来に死があったのだとしても、ドゥノーは間違っていなかったのだと思っている。
北離宮の屋敷の中で、ユンネとラビノアが仮面舞踏会の衣装の打ち合わせをしていた。
ドゥノーはノルゼのお散歩中だ。
ノルゼは歩き出して行動範囲が広がり、今が危ない時期なので目が離せない。
ヒュウゼの色を持つユンネの子。
元婚約者を止められなかったのは残念だけど、ドゥノーは自分自身の力の限界を把握している。
今が精一杯やった結果なのだ。
「ドゥノー様、僕が代わりにノルゼを見ますよ。」
室内からではなく外からサノビィスがやって来た。サノビィスも忙しいのでなかなか来れないけど、北離宮に来てノルゼを見つけると必ず一緒に遊んでくれる。
ノルゼからしても一番年が近いのがサノビィスになるので、遊んでと抱っこのポーズをすぐするようになった。
「そう?サノビィスも疲れてない?」
「平気です。」
サノビィスはヒョイとノルゼを抱き上げた。
その様子にドゥノーはうーーーんと考える。
「じゃあお言葉に甘えて少し王宮を見てみたいな。」
「あ、それならこれを身につけていて下さい。」
サノビィスは首元に留めていたブローチを外した。ボブノーラ公爵家の紋章が彫られたブローチだった。
「これを付けていれば大概の場所は入れますよ。でも後宮や王城内は入らないようにしてください。捕まりますよ。」
そう注意しながらドゥノーの襟元に付けてくれた。なんて出来た子供なのだろう。
「ありがとう。」
サノビィスはしっかりした子だなぁと感心しつつ、ドゥノーは手を振って北離宮の外に出た。
そしてドゥノーは迷子になった。
「うう、森の中ならわかるのに、建物の中ってなんでこうも複雑なんだよ。」
同じ所をグルグルと回っている気がする。
あのでっかい花瓶さっき見た………、気がする。ドゥノーは疲れて壁に寄り掛かり座り込んだ。
ちょっと回廊を通り抜けようとしただけだった。通って、内庭園を抜けて、出口なくて、ここから出られるかなと入ったのが間違いだった。
「遭難するなら木の棒が必要~。」
意味の無い独り言を呟く。
「どうかしたの?」
ドゥノーはビクゥと震えた。さっきまで誰も居なかったのに、急に人が現れたのだ。
座り込んだドゥノーの目の前に、銀髪に赤い目の青年が立っていた。顔立ちから王族だと気付き、ドゥノーは慌てて立ち上がる。
「私はニジファレルと言うんだけど、君は誰かな?」
「も、申し訳ありません。僕はイーエリデ男爵家の長男ドゥノーと申します。すみません、迷い込んでしまい出られなくなりました。」
慌てて礼をとる。何処かで聞いた名前だなとドゥノーはニジファレルを観察した。年齢は三十歳を超えたくらい。顔立ちからどう考えてもルキルエル王太子殿下の血縁。ていうか直系王族。ここ何処?
「そうなんだ。出口はちょっと遠いから少し私についておいで。終わったら案内してあげるよ。許可のない者がいると知られると騒ぎになるから侍従のフリでもしていたらいい。」
ドゥノーは驚いた。なんて良い人!これがあの眼力強い王太子の血縁!?
とりあえず言われた通りドゥノーはニジファレルの後をついて行った。
入った部屋は広い個人用の執務室だった。中で三人作業していた人達がいたけど、ニジファレルは休憩を取るよう促して退室させてしまった。
「ちょっと待っててね。」
ニジファレルは手に持っていた紙の束を執務机に置き、ドゥノーにソファで待つよう促した。
「あの、申し訳ないので何か手伝えることがあれは手伝いますよ。片付けとか移動させるくらいなら出来ますし。」
「そう?じゃあ、そこの資料を戻してくれる?そこの棚に目次ごとに。」
ドゥノーは言われた通り片付けて行った。
内容は地理から国史、産業、農業、建築、多岐にわたる。
何してる人なんだろう?
こっそり執務机の上の表を覗き見る。
「あ、ここ計算違いますよ。」
「え?あれ、そうだね。だからここの合計が違うのか…?」
「その割には差が大きすぎるんで、えーと、あ、これもじゃないですか?それに麦の価格間違ってませんか?」
ドゥノーの指摘にニジファレルが慌てだす。
「これってファバーリア侯爵家の内部調査ですか?」
「え!?これだけで分かるの?」
「まぁ、うちの領地にも関わりますし…。」
ニジファレルは少し考え、引き出しから別の調査書を取り出した。
「ねね、実はここ数年のファバーリア侯爵家の利益から税金を算出し直そうとしてるんだけど、あっちこっち不正が多すぎて手がつけられないんだ。それでファバーリア侯爵に計算し直して報告書を上げるように言ったのに、一度上がった決算書と税金を受理したのは国なんだからそっちがやり直せとか言われてね。」
「はあ………。」
「どこから手をつけたらいいと思う?」
「…………。」
何故それを僕に?いや、ファバーリア侯爵の言い分って正しいのかな?
ニジファレルの話を聞くと、昨年ルキルエル王太子殿下が帰城して預けていた業務を引き継ぎした時、ファバーリア侯爵家とボブノーラ公爵家の決算が色々とおかしかったらしい。ニジファレルの方が年上なのに怒るんだよとドゥノーに泣きつきながら説明した。
それで次の年もやはりおかしいって事で調査が入り事が発覚。そもそも妻のユンネについても調べていた。そして今に至る。
前年度分はファバーリア侯爵側がやり直し足りなかった税金も全て納金されたけど、その前は知らないと突っぱねられてしまったらしい。
「これって泣き寝入りしたらダメかな?」
「いや、流石に……。相当な金額になりますよね?」
「ははは、だよねー。」
軽いな、この人。こんな内容やっている王族となるとかなり重要なポストにいるはず。ニジファレル?ニジファレルって名前、宰相閣下の名前だった気がするけど、こんな軽い人が宰相なのかな?
「皆んなファバーリア侯爵が怖くて手伝ってくれないんだよ。ドゥノー君暇な時にバイトしない?」
「え?」
僕はたまに宰相閣下の執務室に通っては、ノルゼをおんぶ紐でおんぶして、計算書と睨めっこする羽目になった。ユンネはユンネで侯爵夫人としての仕事を覚えている真っ最中だ。お互い仕事内容を見て世話できる方が世話することにした。
ユンネには税金追加徴収くるかもと謝ることも忘れずにしておいた。当たり前だよーと気さくに許してくれるけど、なんか申し訳ない。
「よしよし、ノルゼはお利口さんだねぇ。」
普段昼間はユンネが見ているけど、用事がある時はドゥノーが世話をしている。
「…………何故ドゥノーがここで働いている?」
「あ、殿下、こんにちは。」
「いいとこに来た。ほら一昨年の決算書の見直し済んだんだよ。ドゥノー君がやってくれた。」
「兄上は学院主席だったはずだろう?なにドゥノーにやらせてるんだ。」
「給料はずんでね!」
ニジファレル宰相閣下の執務室にやって来たルキルエル王太子殿下が怖い顔で溜息をついた。
決算書を受け取り目を通しながら、正式な文書にあげて回せと兄であるニジファレル宰相閣下に命令している。どっちが兄だか分からない関係性だ。
「何年分見直すの?」
「後四年分。」
「うわー鬼だ。」
「いや、だからなんでドゥノーがここにいるんだ?しかもそのブローチはボブノーラ公爵家の物だろう?」
「あ、サノビィスが出入りするならあったら顔パスならぬブローチパス出来ますよって貸してくれたよ。」
「兄上、ちゃんと正式に雇って事務官の服を渡すなりなんなりしろ。」
「あぁ、本当だ。そうだね。」
この二人本当に兄弟かな?性格が真逆っぽい。
僕はサノビィスにブローチを返し、ちゃんと臨時事務官として制服を受け取った。
年末はずっとこんな風に過ごした。
北離宮に行ったり、呼ばれたら王宮の宰相執務室に行ったり、ノルゼを世話したり。
結構忙しい。でもでもお給料が出る!
「特別手当出してやろうか。」
ある日殿下が声を掛けてきてそう言った。
特別手当?お金のことかな?それとも王族特有の配下への褒美的な?
ドゥノーにとってはルキルエル王太子殿下は上司という気がしない。どちらかと言えばユンネの友人枠だ。北離宮では仕事の話よりスキルの話が多いし、たまに皆んなで昼食を摂ったりもする。ドゥノー自身は仲がいいわけではなかった。
ニジファレル宰相閣下の臨時事務官をするようになって個人的に話すようになったくらいだ。
それまでは近くにいても雲の上の存在だった。
「じゃあ、仮面舞踏会に行きたい。ユンネが上手くやれるか見たいんだ。」
そういうと王太子殿下は少し目を見開いた。
「そんな事でいいのか?もっと高価な宝石か、むしろ現金くれとか言い出すかと思ったぞ。」
「えっ、僕のこと何だと思ってるの?そんながめつくないしっ!」
僕は稼いだお金をイーエリデ男爵領に送っている。毎年領地は冬支度にお金が掛かる。冬は育つ作物が少ないし、暖を取る為の燃料も必要になるのでお金が掛かるから、少ない領民と手を取り合って生きている。
少しでもこのお金を役立てて欲しくて頑張ってはいるけど、そんな巻き上げるようながめつさはないはずだ!
「悪かったな。じゃあ俺と一緒に行くか?衣装はこちらで用意しよう。」
「やったぁ!」
殿下があっさり謝ってくれたので会話はそこで終了した。どうも殿下とは反りが合わないんだよね。生まれ持った王族と貧乏貴族の差かなぁ。
税金の見直しは年内に終了した。周りの仲良くなった事務官達からもっと時間が掛かるかと思っていたと驚かれた。
仮面舞踏会ではユンネとファバーリア侯爵の仲睦まじいダンスを見て感動したけど、その後何でか殿下と何回も踊らされて目が回るし足腰立たなくなるし翌日は筋肉痛で動けなくなった。
「くそーーっ!」
動けず悶えているとやって来たルキルエル王太子殿下がニヤニヤと笑っている。
「運動不足だろ。田舎で野山を駆け回ったりしないのか?」
「あのねぇ、田舎育ちだからと言ってみんなが皆野山を走り回るわけじゃないの!僕は本を読む方が好きなたちなの!」
殿下はよく話し掛けてくれるんだけど、どうも揶揄われることが多い。
「ユンネ達はもう暫くしたら領地に帰るそうだが、お前はどうするんだ?」
「んー、僕も一旦実家に帰らないと。うちの両親が心配するだろうし。」
自分のスキルがこういう時は役立つ。向こうから届く手紙は普通便でしか届かないから時間が掛かるけど、僕が送る分には一瞬なのだ。
僕の稼いだ臨時収入はかなり役立ったと喜んでいた。
ファバーリア侯爵家から何やら仕事の話が来ているらしく、一緒に見て欲しいと書いてあった。
「そうか。今回は兄上が助かったと言っていた。もしよかったら王都の貴族学院に通わないか?学歴があった方が後々いいだろう。」
「え、それは…。」
行きたいけどお金がない。通うのは学費だけが必要なわけではない。寮があるらしいけど寮費だって掛かるし生活費だっている。まだまだウチの財政は厳しいのだ。
「お金はこちらから出そう。その代わりいずれ王宮に来てもらいたい。」
「え?卒業したら王宮で働くってこと?」
殿下は頷いた。赤い瞳がジッと僕を見ている。
何考えてるんだろう?最近思うけど、この人って実際頭が凄くいい。ずっと先まで考えてる人だ。
卒業したら王宮の事務官?それはとても魅力的。
でも悩むなぁ。なんで殿下が直接言ってくるんだろ?王宮で働けば破格の高給料。すっごく惹かれる。
「貴族学院のお金はどこまで出してくれるの?」
ルキルエル王太子殿下がニヤッと笑った。この人の笑顔ってなんか凶悪そうなんだよね。
「まぁ、諸々全て出してやる。生活費も必要費分出すから心配するな。」
つまり、タダ!?
「じゃ、じゃあ行こうかなぁ!」
仕方ないなぁって感じて言ったけど、嬉しすぎて声が上擦ってしまった。
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