落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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空に浮かぶ国

5 翼主クオラジュ

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 翼主クオラジュは落胆と共に天空白露にある自分の屋敷に帰宅した。今度こそと思ったのに、スルリと手掛かりはすり抜けてしまった。
 なんて逃げ足が早いのか。
 あの水色の髪の青年の神聖力は覚えたので、それを頼りに追跡したのだが、途中で見失うという失態を侵してしまった。
 どんな仕事でも手を抜かず、他人に隙を見せることなくやりこなしてきた自負がある。
 まさか地上の人間に逃げられてしまうとは…。
 屋敷の前に降り立ち、玄関を開けて中に入ると同じ翼主のトステニロスとテトゥーミが待っていた。

「お帰りなさい。」

「待ってたんですよ!もう書類がいっぱいいっぱいなんですよ~!」

 目があったと思ったら話しかけてきた。
 トステニロスは百三十歳程度の焦茶の髪と銀色の瞳をした青年だ。元々地上にある王族の出身だが、権力争いが嫌で天空白露に天上人になりにきた男だ。
 テトゥーミは九十歳くらいで翡翠の髪と茶色の瞳をした快活な性格の青年で、表情がクルクルと変わる。
 二人とも二十五歳くらいで開羽し天上人となったので、そこで年齢が止まっている為見た目は若い。
 クオラジュも実際は五十歳くらいだ。
 翼主三人の中ではクオラジュが一番若いのだが、トステニロスとテトゥーミは上に立つのが嫌で、勝手にクオラジュを上司扱いしていた。

「何故私の屋敷にいるのでしょう?それにお二人は私と同等な権限をお持ちのはず。それぞれの自己判断で処理されて結構なのですが?」

 二人はまあまあと言いながらクオラジュが羽織っているマントを受け取った。
 この二人は手に負えない仕事をクオラジュにまわしてくる。翼主という役目は次期聖王候補でもある為、神聖力に優れたものしかなれない。
 翼主の一族は三つあり、赤、青、緑と分かれていたが、今やその繁栄を維持しているのは緑の翼主のみとなる。赤はとうの昔に絶え、青はクオラジュのみである。

「今回は何があったのですか?」

 仕方なく二人に話を振った。何かあるのならさっさと終わらせたい。
 パッとテトゥーミが顔を上げた。

「さすがぁ、クオラジュ殿!」

「そうだね、実は花守主が管理する最後の一本がついに枯れてしまったんだよ。」

 二人の明るい声に騙されそうになったが、言った内容はこの天空白露の命運を左右する内容だった。

「…………それは、透金英の樹のことですか?」

 クオラジュはことさら優しく尋ねる。
 あれ程枯れないよう見張っとけと言ったのに!

「仕方ないよ。俺達は入れてくれないからさ。」

 トステニロスが悪びれなく言い訳をする。
 その為に何人か色無の奴隷を抱き込んでいたのに意味無いではないか。
 天空白露に残る透金英の樹はもうあと僅かだ。聖王宮殿に五本、予言の神子ホミィセナの元に残るだけだろう。

「花守主の忠誠は素晴らしいですが、思い切りが良すぎますね。親樹の為にそこまでするとは。」

 元々天空白露が下降し出してから、大気と土地の神聖力が弱まり出し透金英の樹も枯れ出してはいた。それを守るのが花守主の役目になるのだが、花守主は透金英の親樹を守ることを選んだ。
 天空白露の中心には予言者スペリトトの予言を記した石碑とそれと共に立つ巨大な透金英の親樹が存在する。
 花守主の屋敷にあった透金英の森は、親樹の枝を挿し木して増やした森になる。透金英は神聖力を大地から吸い出す為、親樹に神聖力が集中するよう森の方を枯らしてしまっていた。

「どうしますか?」

 テトゥーミが指示を仰いでくる。

「花守主の監視はもう解除して結構です。」

 もうこの浮島に残る神聖力はあと僅かだ。あとどのくらい保つだろうか………。
 
 予言の神子ホミィセナは十年前黒い夜の羽を開羽した。だが天空白露は神聖力を失い続けるし、予言の通りに救いがあるわけでもない。
 本当は殺されたツビィロランこそが予言の神子だったのではないかという声が少しずつ増えている。
 我儘で癇癪持ちで、よく表情をコロコロと変えていた幼いツビィロランをふと思い出す。あんなに幼いと感じたツビィロランが、最後に叫んだ言葉は天空白露への怨嗟だった。
 ホミィセナは聖王陛下ロアートシュエを選んだ。
 その時ツビィロランの側には誰一人味方がおらず、孤独の中で死んでいったのだが、死んでしまってから祭り上げても意味がないだろうに。
 彼は漆黒の髪を持っていたのだ。きっと成長して開羽すれば、それは見事な羽を生やしただろうに……。
 それに気付く者は当時誰もいなかったのだ。

「………………後から後悔してももう遅いのです。」

 クオラジュの氷銀色の瞳は冷え冷えと虚空を睨んでいた。



「クオラジュ様?」

 テトゥーミが考え込むクオラジュを見て首を傾げていた。

「なんでもありません。さて、どうやら溜まった書類があるようですので、私と一緒に徹夜しましょうか。」

 ガチャリと開けた執務室には、机にもソファにも書類が溜まっていた。おそらく聖王宮殿に回るはずのものまで来ていることだろう。
 
「あ、はい。そーですね。」

 トステニロスとテトゥーミが二人でプルプルと震えている。

「お二人は私が留守中にたっぷりと休憩されたようですね。」

 さあ、どうぞと中へといざなう。
 二人はひぃっ、と悲鳴をあげた。

 長くこの大陸を支配した天空白露の未来が、どうやら自分達の代で終わるのかと思うとむなしくもあるが、最後まで務めるのが翼主の役目。
 クオラジュは書類の束に動じることなく執務机に向かった。









 数日後、予言者サティーカジィが訪問してきた。

「やあ、忙しそうですね。」

 相変わらずニコニコと笑っているが、この男はいつ会ってもこんな感じだ。

「ええ、漸くひと段落ついたところです。分かってて来られたのですよね?」

 サティーカジィは水鏡で予知をする。日常的なことならば指定して見れると言うので、訪問日も予知で確認したに違いない。
 そして先の未来が運命と言えるほどの大事な事柄であるほど、水鏡は波打ち見える未来は荒れるという。
 わざわざやって来るということは何か重要なものが見えたに違いない。

「お二人はどこにいらっしゃるのです?」

 いつもクオラジュに纏わりついている翼主二人の居場所をサティーカジィは尋ねた。

「寝ています。」

 三日連続で徹夜したので二人は倒れるように寝てしまった。使用人達に運ばせたばかりだ。

「貴方は寝ないのですか。」

「私は平気です。」

 神聖力があれば多少の不調はなんとかなる。それに先程あるものを飲んでみたのだ。
 そのあるものを執務机の上に置く。

「何ですか?その空の瓶は。」

「あの水色の髪をした青年が売っていた薬です。」

 置かれた瓶を覗き込んでいたサティーカジィが、パッと顔を上げた。

「まさか飲んだのですか!?」

 クオラジュは頷く。一応成分は調べてから飲んだ。普通の体力増強剤だったので使わせてもらったのだが、思いの外効き目がある。極少量の黒い透金英の粉末が入っているのだろう。僅かだが神聖力を感じた。

「大丈夫ですよ。これらの薬全てに透金英が入っています。地上の住人ならば効果は高いはずです。」

 気付かれない程度に使っていたのだろう。
 地上でかなり優れた流れの薬師がいると聞き念の為に様子を見に行って正解だった。

「透金英は天空白露でしか育たないはずなのに、どうして地上の住人が使用しているのでしょう?」

「……………。」

 天空白露の透金英の樹は年々減り続け、枝につく花の数も採れなくなっていった。
 かつては溢れる程に花をつけ、天空白露で消費できない分は地上に卸し天空白露の資金にしていたのだが、それも出来なくなってしまった。
 天空白露が落ちるのも問題たが、国として維持するのも厳しくなっている。

「地上には神聖力がありません。誰かが透金英の樹を所持し、育てているのでしょうか?」

「………樹を一本育てる為にはかなりの神聖力が必要になります。毎日それを与えるとなると、どれほどの人間が犠牲になるのか分かりませんね。」

 だからこそ天空白露にしかなかった樹なのだ。だが天空白露ではもう手に入らなくなった透金英の花が、地上では手に入るとなるならば、地上に透金英の樹があると考えるしかない。
 透金英の樹は天空白露を支える根になる。地中深くまで伸び、絡み合い地面を固めていたのに、枯れてしまっては崩れていくしかない。
 今はまだ持ち堪えているが、そのうち地面が割れるかもしれない。
 天空白露にしかない透金英が地上にあるというならば、探さないわけにはいかない。
 どこかの王侯貴族が秘密裏に育てている可能性だってないわけではない。今迄厳重に花守主が守ってきたが、実際地上に透金英の花はあるとしか思えなかった。

「やはりあの水色の髪の青年を見つけるしかありませんね。」

 サティーカジィの言葉にクオラジュも頷く。たとえ自分の神聖力が枯渇しようとも、透金英に神聖力を与え続けて復活させなければならない。
 もう直ぐ天空白露の創世祭が始まる。その神事の為に透金英の花が必要だった。
 そして全てが終わったら全ての透金英の樹を………。
 深い思考に囚われそうになって、クオラジュは軽く頭を振って目の前のサティーカジィに視線を移した。

「それで、ここにはどのような要件で来たのですか?」

 何か言うことかあるから足を運んだのだろう。

「その水色の髪の青年を占っていて漸く具体的な景色が見えたから来たのですよ。」

「本当ですか?」

 サティーカジィは頷き懐から地図を取り出し広げた。

「ここ。」

 そこはかつてこの天空白露に住んでいた住人がいる国だった。
 マドナス国。
 十年前、予言の神子ホミィセナが開羽した時にもいた人物。天上人となった彼は地上の自国に帰り王となった。

「イリダナルの国ですね。」

「そう。行きますか?」

「勿論です。」

 また仕事が溜まるだろうが天空白露が維持できなければ意味のない仕事だ。あの二人には頑張ってもらわねば。今の聖王宮殿はほぼ機能していないのだから。
 クオラジュはマドナス国のイリダナル国王陛下に手紙を出すべく紙とペンを用意した。











「陛下、天空白露より手紙が届いております。」

 漆黒に金縁をあしらったトレーに一通の手紙を載せて侍従が恭しく差し出してきた。
 それを手に取り差し出し人を確認する。
 相手が天空白露の他の者であればそのまま返却するが、そこには翼主クオラジュの名前が書いてあった。
 かつて天上人に成るべく天空白露に登った時、翼主クオラジュには世話になった。彼からの手紙ならば読まなければならない。
 マドナス国の王となった時もクオラジュは惜しみなく祝ってくれた人物でもあった。

 イリダナルは高く結えた金茶の髪を揺らし、城から見渡せる海を眺めた。
 手紙には近いうちに訪れるので、滞在する許可を求めていた。クオラジュとはある契約をしているのだが、果たしてそれは叶うのだろうか。

 この国は大国の西側に位置する国だ。国の西側は全て海になっており、海を跨いだ向こう側には別の大陸があるのだが、安定した国交を結べる程の技術がマドナス国を含めこの大陸にはなかった。
 もしクオラジュとの契約が果たせずとも、天空白露の神聖力を使った技術は独占できる。
 その為にも翼主クオラジュとは仲良くしておかねばならない。向こうもイリダナルがそんな魂胆こんたんで友好を築いているのは百も承知だろう。

「天空白露から天上人のお客様が来る。丁重なおもてなしの用意を。」

 イリダナルは酷薄な笑顔を浮かべて側に控えた側近へ命じた。







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