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空に浮かぶ国
9 これからどうしようか?
しおりを挟むツビィロランとイツズは森の外に用意しておいた馬に乗って駆けた。
あれだけ三人に神聖力をぶつけておけば暫くは神聖力が痺れた様に上手く使えないだろう。それにサティーカジィは調べる対象の方が神聖力が強い場合、水鏡で探すことが出来ない。
ついでにイタズラも仕掛けてきた。絶対驚くはずだ!目の前で見れないのが残念だけど。
「よぉーし、どうどう。」
昼頃まで走り続け、予定の枝道までやってきた。
「これからどうする?別の国に行く?」
マドナス国から北はツビィロランが十三歳まで住んでいた国になる。
ロイソデ国。
ツビィロランの記憶では冬になると雪が積もるが春になると暖かくなり景色が美しくなる国で、みんな優しく豊かな国という印象しかなかった。
実際は好色な現王が作った多くの子供達が、王太子の座を奪い合っている血生臭い王室と、腹の探り合いをしてどの派閥に入るかと政権争いをしている貴族が腐敗を招いている国だ。
下を見れば貧困に喘ぐ国民が多い。
マドナス国に国民が逃げないよう関所を設けて厳しく取り締まっている。それでも亡命しようとするロイソデ国の難民に、マドナス国側も頭を悩ませているという。
ツビィロランがどうしてそんな平和な国だと勘違いしていたかというと、ロイソデ国が天空白露の庇護を受けようと予言の神子になるであろうツビィロランを多額の寄付で預かり、王宮で贅沢三昧に育てたからに他ならない。
「身を隠すにしても治安が良くない国だからなぁ。」
ロイソデ国には十三歳までしかいなかったので、二十五歳の自分に気付くとは思えないが、貴族なんかはよく挨拶に来ていたので、気付かれたくはない。
ツビィロランが予言の神子ではなくなり、しかも罪人になった身だというのは地上でも知られている。
見つかれば天空白露に売られるか、もしくは神聖力を狙って飼い殺されるか。奴隷として扱われること間違いなしだ。
特徴的な琥珀の瞳を見られでもして思い出されても困るのでロイソデ国に入るのは無しだ。
「そうだね。予言の神子様の出身国でもあるし、ツビィもいい気はしないだろうしね。」
それはどうでもいいけど……、いや、予言の神子の出身国!?
「え!?ホミィセナってロイソデ国出身だったのか!?」
「え?そうだよ。知らなかったの?というかツビィはロイソデ国で育ったんでしょ?ホミィセナ様はロイソデ国の王族だよ?知らなかったの?」
うーん、知らなかった。
設定集にそんな記述あったのか?妹は攻略対象者のことは喋っても、主人公のことはあんまり言ってなかった。
ツビィロランの記憶でも幼少期にホミィセナに会った記憶がない。
ホミィセナは徐々に髪色が黒くなり、漆黒に変わったことにより予言の神子ではないかと判断されて天空白露にやってきた………、というゲームの始まりじゃなかったか?
ロイソデ国の王族として会ったかもしれないが、会った時には黒髪ではなかったのかもしれない。元は確か銀髪だったはず。
「全く知らなかった。」
「ツビィらしいね。」
イツズは可笑しそうに笑った。風に揺れて金の髪がサラサラと流れている。イツズには少し髪を伸ばしてもらっている。色無は白髪を恥じて髪を短くするのだが、今は俺があげてる透金英の花を食べてるので金髪だから、伸ばしておく方が普通だ。神聖力がある人間はその力を誇示する為に伸ばす傾向にある。俺の髪型が変なので、イツズには目立たないように伸ばしてもらっていた。
それにしてもどこに逃げようか。
来た方向を振り返れば天空白露が浮かんでいるのが見える。王都も王城の高い屋根ももう見えないが、空に浮かぶ島は大きい。
ホミィセナは何をやってるんだろう?何故天空白露は落ち続けるのか。
予言の神子が天空白露を救うんじゃなかったのか?透金英の花が減ったこともおかしい。
俺が振り返って天空白露を見つめていると、イツズは気遣わしげに俺の袖を握った。
「天空白露がもし落ちた時、ツビィはどうするつもり?」
何を今更。
「勝手に落ちてくれるなら眺めて待つけど?」
キョトンと答えるとイツズは疑わしそうな顔をした。
「本当にぃ~?じゃあアレが空から落ちてきて、下にいる人達も上にいる人達も死んだり怪我したりしてたらほっとける?」
「うっ!」
痛いところを突かれた。平和な現代社会で生きていた津々木学には、死人も怪我人もあまり見たことがなかった。医者や看護師でもない限りそれは日常ではない世界だったと思う。しかも割と裕福な家庭でお金の心配をすることなく大学までいかせてもらい、職場にも恵まれた。そこそこ見た目も良かったので彼女もいたし、そのうち結婚して両親と同じような家庭を築くもんだと思っていた。
そんな平和な精神しか育っていない俺に、この世界は過酷に見える。特に地上は。
貧富の差が激しいので、生活水準は低いし、普通の風邪でも死ぬ危険があるような世界だ。イツズの薬でどれだけの人が助かったか。
俺は善人ではない。でも根っからの悪人でもない。ニュースで悲惨な事故があったのだと聞いて、可哀想だなとは思っても涙するわけではない。だが目の前で知り合いが怪我したら駆けつけるくらいは善良な方だと思っている。
大概の人間はそうなんじゃないかなと思うけど、目の前で起こっていれば対処するけど、見えない場所の火事は他人事なのだ。態々自分がどうにかしようとも思わないし、暫くすればそのことすら忘れる。
体感しないと実感が湧かないし、苦しくもない。
なのでイツズが言うことも理解できる。
目の前で落ちて、助けてと手を伸ばされたら助けちゃうかもしれない。
「ぐぬぬぬ、イツズは俺の性格をよく分かっている……。」
「十年も一緒にいるんだもん。ツビィは目の前に苦しんでる人がいたら、その袋に入ってる薬も透金英の花も全部使って助けちゃうんだよ。」
それはやだなぁ。イツズが毎日コツコツ作ってくれる薬も、時止まりの袋の中に入っている黒い透金英の花も、そんなことの為に貯めているわけではない。
俺とイツズの豊かな生活の為にやったいることだ。
「………じゃあ、見えないとこに行く。」
「ふむ。じゃあどこに行く?でも天空白露が落ちるところは見たいんでしょ?」
そうなのだ。遠くからでいいからあの浮島が地面に落ちるところはみたい。
だって俺がこの世界に来た時に、本物のツビィロランが悲鳴を上げながら願ったことなんだから。
この身体をくれたお詫びに叶えてあげたい。
「天空白露が落ちるところを安全な所から見たいな。」
俺の希望を聞いてイツズも考える。
「あんな大きなのが落ちてくるんだから、近くはダメだよね。」
そうだなぁ。アレは大きい。あんな大きなのが落ちてくる………。実際今緩やかに落ちているが、本当に落ちる時はどうなんだろう?
時間をかけてゆっくり地面に落ちるのか、それともいきなり落ちるのか……。
どっちにしろかなりの衝撃があるし、落ちた場所は大惨事だ。
何もない山や森に落ちたとしても、大地震が起こり、地面は割れて、山ならマグマ出ちゃうとか?海の近くなら沈んじゃうとか?もしかして大陸が真っ二つに!?
そうなるとこの大陸は消滅!
「地面にいたらダメだな。」
「うんうん、危ないよね。」
イツズはどう危ないと思ってるのか理解していないだろうが、俺は危機感が増した。
いっそのこと別の大陸に逃れておくか?でも文明が遅れているこの世界では、大陸と別大陸との行き来はまだまだ出来ない。
マドナス国が年に二回程度船団を出して国交を計っている最中だ。俺達がその船に乗れるわけもない。
自分達で船を用意する?俺には透金英の花が大量にある。薬に使うのはごく僅かしか使用できないし、売るのも困難な為、この十年で大量にストックされている。
「………………あっ!そうだ!天空白露から降りてくる時、船に乗っただろ?あの浮かんでるやつ!あれ手に入らねーかな?」
出来ればあの小舟より大きいのがいいけど。別の大陸に行くにしても何日かかるか分からないのだから、大きさには余裕が欲しい。小さいと落ちちゃうかもしれないしな!
「え?浮舟を?あれは天空白露にしかないよ。天空白露の技術だし、地上には教えていない技術だから。」
上にしかないのか………。
「欲しい。」
「え、えぇ~~~?地上の人間には売ってくれないよ?貴族とか身分がしっかりしてないと。」
「じゃあ盗もう。」
「え?どうやって?」
俺は指差した。勿論、あの浮かんでいる島からだ。
イツズはいやーな顔をした。
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