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空に浮かぶ国
21 花守主
しおりを挟むチョキン、チョキンーーー。
静けさの中にハサミの音が響く。辺りは流れる雲の所為で真っ白だ。
耳にかけていた一房の髪が落ちてきたのでまた耳に掛け直した。掛け直した長い髪は真っ白だ。
藤色の瞳を全体に巡らせて、高い木の上をズルズルと移動して余計な枝をまた切り落とした。
石碑に寄り添うように生えた透金英の親樹は巨大だ。
幹も大きいが横に伸びる枝も太くて長い。
今は漆黒の花が咲き誇り金の粒を撒き散らす幻想的な姿になっている。
この漆黒の花はいつだか花守主の敷地に侵入した青髪が投げた透金英の花と似ていた。
暫く眺めてから気を取り直して目を離し、また余計な枝を落とすべく次の場所へ移る為に梯子を降りた。
透金英の樹には色無しか触れない。少しでも神聖力を持って生まれた者は、身体から神聖力を吸われてしまうと体調を崩し倒れてしまう。平気なのは生まれながらに神聖力を持たない色無だけだ。
風が流れ花守主リョギエンの長い白髪も風に乗って暴れた。
もっとちゃんと結んでくるべきだった。今日は天空白露を雲が覆っているから誰かに見られる心配をしなくていいと思い立ち、そのまま来てしまった。
ヂャリ……。
あとこの枝で最後だと梯子をかけた時、誰かが近付く足音がした。
「!?」
リョギエンが白髪だということはあまり知られていない。今も石碑の周りに誰も近付けないよう護衛を置いてきたのに。
「俺だ。そう緊張するな。」
届いた声にリョギエンは一旦緊張をゆるめた。
「イリダナル?何しにここへ?」
知った声であったのはいいが、あまり会いたい人間でもなかった。
白い霧の中からマドナス国王イリダナルが現れた。相変わらず金茶の髪に碧眼の見目麗しい姿をしていて眩しい。
「先程花守主の屋敷に行ってきたが殆ど人がいなかったじゃないか。透金英の森が全て枯れたというのは本当なんだな。」
「枯れた森を守る為に人を置く必要はない。」
つっけんどんなリョギエンにイリダナルの片眉が上がる。
「本当に全部枯らすとはな。クオラジュは残せと言っていただろう?」
「………残さなくていい。」
花守主とは欲に駆られた人間達が、もっと透金英の花が欲しくて親樹から枝を切り植林していった者達のことだ。それを管理する為に色無であるリョギエンの一族がいる。色無は百人に一人の割合で生まれるので、比較的生まれやすい。一族の中で色無として生まれ、出来の良い者が当主になっているだけだ。
他の一族のように神聖力が高いわけでも崇高な使命があるわけでもない。
「一族を潰すつもりか?お前は今後どうするつもりだ?」
「こうやって花を咲かせることができる予言の神子が現れたんだから、花守主の一族はなくていいだろう。」
「お前が食べる分の花はあるのか?」
花守主の当主は色無しかなれないが、普段は神聖力があるように偽っていた。透金英の花を食べ、高い神聖力があるようにするのは、他家から透金英の樹を守る為。色無が守っていると知られるのはあまり良くない。力ではまず勝てない。
花守主の一族は色無でないと透金英の世話ができない為、色無の子供も大事にする。屋敷で奴隷だと言っていた者達はこの天空白露で色無として産まれた子達を全て引き取って仕事を与えていた者達だ。待遇はあまり良くしてあげられないが、命の危険はないしある程度の給金と自由は与えている。
今回透金英の森を枯らしたことにより仕事を無くした者達にはある程度のお金を与えて天空白露に残るか地上に降りるかを選択させた。殆どの者達は地上を選んだのだ。天空白露に住めば多少は神聖力を体内に取り込み、髪にも親から譲り受けた色が出るだろうが、それでも薄い。天上人が多く住まうこの地には居ずらいと、地上に降りる者が殆どだった。
色無は自分に自信がない者が多い。
「無い。全部枯れたんだ。あるわけないだろう。」
「何で枯らした?」
リョギエンは梯子に登りながら答えた。
「天空白露の神聖力が足らない。元々あの森はなかったものだ。人が勝手に作った森だ。透金英は神聖力を吸う量が多い。森を消さなければ天空白露が保たない。」
リョギエンは地下に聖王陛下が閉じ込められていることを知っていた。神聖力を無理矢理捧げさせられていることを知っているのに、透金英の樹が大地にあれば、聖王陛下の負担も増すだろう。
そう思って枯らすことにした。
「聖王陛下と神聖軍主は番だ。」
「聞いている。」
クオラジュからそう聞いたのはつい最近だ。だがリョギエンが気にするのは天空白露の神聖力と透金英の親樹がちゃんと生きているかどうかだけ。
この巨木を枯らすわけにはいかない。
枝を切り落とし病気や虫などがいないかを確認した。
花を咲かせた透金英の樹は元気だ。
リョギエンは満足して頷いた。もうリョギエンが世話をするのもこれが最後だろう。花守主の一族は透金英の森があったから成り立っていた。森が失われた今、存続することは叶わない。
「相変わらず樹の世話をする時だけ機嫌がいいんだな。」
そんな姿をポリポリと頭を掻きながらイリダナルは眺めていた。天空白露に初めて来た時から、リョギエンは透金英の樹にしか興味がない。どんなに話しかけてもこちらを見ないし、見てくれても不機嫌でしかなかった。
イリダナルという名前を覚えてくれたのもかなり経ってからだってし、イリダナルが天空白露を去る時に初めて呼んでくれたくらいだ。
「樹は世話をした分だけ応えてくれる。」
「俺も構ってくれれば応えるんだが?」
「……………。」
「黙るな。」
作業が終わったのかリョギエンは無駄な部分として落とした透金英の花と枝を集め出した。それをイリダナルは手伝いながら袋に詰めていく。
「枝と花はどうするんだ?」
「どちらも何かしらの材料になる。」
イリダナルはリョギエンが持ち上げようとした枝と花の入った袋を奪い取り歩き出した。枝の方はまだ生きている為、神聖力を吸い取られてしまうので直接は触れない。括り付けてある紐でぶら下げて持つしかない。
「それって予言の神子の懐にはいるんだろう?このまま持ち出せばマドナス国が買い上げるぞ。お前はお金持ちだ。」
「何を言ってるんだ。透金英は天空白露のものだ。盗みは罪に問われる。」
「ホミィセナも私物化してるだろうが。」
リョギエンはじとーと睨みつけた。
「そろそろクオラジュが動く。お前は俺と来い。」
「何故イリダナルと?」
リョギエンは嫌そうに顔を顰めた。何かと構ってくるイリダナルがリョギエンは苦手だった。何故こんなに話しかけてくるのかもよくわからない。
だが行く当てがないのは事実だ。
リョギエンはクオラジュの考えはよく分からない。献身的に天空白露に属しているように見えるが、あの氷銀色の瞳は奥が深すぎて、樹ばかり相手しているリョギエンには全く理解出来なかった。
花守主の屋敷にある透金英の森を枯らすのを嫌がってるなとは思ったが、透金英の親樹を考えれば森の方を捨てるのは正解のはず。なのに残したがった。
何をするつもりだろうか。
イリダナルは何か知っているようだが、この男も一つの国を納める統治者だ。簡単には教えてくれないだろう。
どうでもいいことは話し掛けてくるくせに、大事なことは教えてもらったことがない。
だから信用も出来ずにいた。
「リョギエンが心配なだけだ。樹の世話は出来ても自分の世話は出来んだろう?」
ムカッとした。
リョギエンの藤色の瞳が剣呑になる。それでは私は何も出来ないと言われていることになる。
そうかもしれないが、態々言われてしまうとムカつく。
「一応地上の常識は勉強した!」
ムキになったリョギエンをイリダナルは慈しむように見下ろした。リョギエンもイリダナルも見た目は二十五歳あたりで止まっているが、リョギエンは四十代、イリダナルは三十代とリョギエンの方が年上だ。なのにイリダナルはやたらとリョギエンを年下扱いしてくる。
「机上の想像と実際はかなり違う。天空白露育ちにはキツイぞ。」
む~~~、と顔を赤らめるリョギエンをイリダナルは見下ろした。確かに年は多少上だが、リョギエンの知識はかなり偏っている為、とてもではないが地上で平民として暮らせるとは思えない。
リョギエンは透金英の花をずっと摂取していた為、身体は天上人として開羽したが、元は色無だから天上人としては中途半端だ。年齢こそ止まったが、寿命もどこまで長生きできるか分からない。
このまま天空白露の神聖力を含んだ大気の中で暮らさなければ、白髪になり続け色無の寿命で終わる可能性だってあるのだ。
色無の寿命は五十年しかない。五十年なんて直ぐそこじゃないか!
地上で長く生きる方法は二つ。
透金英の花を摂取し続けるか、神聖力を持った人間と番になるかだ。番になれば精神が繋がり、番の神聖力を受け取って寿命が伸びる。番の神聖力は多ければ多いほうがいい。それこそ天上人なら尚いい。
イリダナルは手に持っていた枝の束と袋を地面に置いた。
「リョギエン、俺の王城になら立派な庭園もあるし、植え替えも自由だ。なんならリョギエンが新しく作ってもいい。世界には透金英だけでなくいろんな植物があるんだ。昔言ってたじゃないか。もっと色んな草木を植えて自分の庭を作ってみたいと。」
いつも不機嫌なリョギエンの目が少しほわっとした。
「自分の庭………。」
「ああ、広いぞ?好きなだけいじっていい。」
「広い庭。」
よしよし、釣れそうだ。
リョギエンの肩を抱いて耳元に囁く。
「珍しい神仙国の花も取り寄せよう。」
神仙国とは南の海上に位置する島国で、独自の生態系を持っているらしい。神聖力を必要としないのに草木が自ら神聖力を放ち、美しい原住民が暮らす島だと言われている。
「神仙国の物を手に入れることができるのか!?」
驚くリョギエンの瞳は期待に満ちている。
「最近貿易に成功したんだ。時間はかかったがな。まだ少しずつなんだが、植物も分けて貰えることになっている。城の一角に専用の温室を作って気候を合わせる予定なんだが、やはり植物の世話に長けた者がいたほうがいい。どうだ?やらないか?」
「……っ!や、やるっ!」
イリダナルはニヤリと笑った。
「よしよし、ではそのように手配しよう。衣食住も心配するな。」
降ろしていた枝の束と袋を片手で持ち上げ、もう既に心ここに在らずと浮き足立っているリョギエンを引っ張りながら、イリダナルは内心ほくそ笑んだ。
この為に苦労して神仙国と交流を深めたのだ。
学者を送り込んで植物図鑑も今作らせている最中なので、出来上がったら直ぐに国に送らせないと。餌は多ければ多いほうがいい。
「ほら、まだ神事に出席するんだろ?花を食っとけ。」
袋を少し開けて手前に見せると、リョギエンは言われるがまま袋に手を入れて透金英の花を一つとりだす。
ツビィロランの髪と同じ漆黒に金の粒を落とす花なのらしいが、リョギエンは夢見心地で花びらをむしって食べ出した。
食べ続けるとリョギエンの髪が鈍色に変わってくいく。
クオラジュの計画が成功すれば、透金英の花も手に入りやすくなる。花だけだなく神聖力を含んだ様々な物全てが。その為に手を組んだのだ。
さて、どう決着がつくのか。読めないのはこの漆黒の花のように不思議な色合いを見せるツビィロランの動きだけだ。
イリダナルが最後に見たツビィロランは地上の湖が最後だが、クオラジュが言うには普段の彼は陽気で人が良い感じらしい。だが、ふとした時に見せる気配は底知れない。
神事の前に会いに行くか。邪魔だけはされたくないからな。
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