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空に浮かぶ国
22 クオラジュの計画
しおりを挟む何故年に一度創世祭に神事をやるのかと言うと、聖王陛下と天空白露の結び付きをより強固にする為だ。
天空白露が空中に浮くのは神聖力に溢れている為だが、浮いているだけであとは流されるだけになる。なので進行方向を決めているのは聖王陛下になるのだが、巨大な天空白露を動かすのには、それ相応の神聖力と天空白露との強い結び付きが必要になるらしい。
毎年創世祭にやる神事はその為の儀式だ。
だったら予言の神子がやるのは違うのでは?
そう思いながら遠目にその神事をツビィロランは眺めていた。
クオラジュ達翼主三人は祭壇の側に並んで神事に参加している。
予言者サティーカジィは神事を取りまとめる神官として前に出ている。
本来聖王陛下がいるべき場所には予言の神子ホミィセナが微笑んで立っていた。長い黒髪を一房ずつ取り分け複雑に編み込み小さな宝石と繊細な組紐が飾りけられている。
なぁーんかあの髪型見覚えあるなぁ~とツビィロランは眺めていた。髪型というか、全体的な格好が?記憶の中のツビィロランが、十三歳の日に天空白露へ飛び立った日の格好に似ていた。
意識しすぎだろうと思ってしまう。
ホミィセナ自身が用意した豪華な衣裳らしいので、過去のツビィロランに対抗意識があるのだろう。ツビィロランが十三歳の時、ホミィセナはまだ天空白露にきていなかったので、やはりロイソデ国でツビィロランを見ていたということなのだろう。ツビィロランは全く覚えていないようだが。
今日の天気は生憎の濃霧。雲の中だが、祭壇と会場周辺だけ雲が流れ込まないようにされていた。
石碑の周りは石造りの階段がぐるりと囲んでいるので、俺はイリダナルの好意で地上から招かれた王族席で観覧することが出来た。イリダナルの他にはイツズと何故か花守主リョギエンもいた。あまり一緒にいる所を見たことはなかったが、実は仲が良さそうで鬱陶しそうにするリョギエンにイリダナルがずっとちょっかいをかけていた。意外だ。
俺の顔を見てリョギエンの三白眼が見開かれ、指さす手がプルプルと震えていた。
「ツビィロラン。」
イリダナルと一緒に来ると思っていなかったのか、震える手でガシッと両手を掴まれてしまう。
俺が透金英の樹に花を咲かせたのだと聞いたらしく、非常に感謝されてしまった。そういえば花守主の攻略は植物マニアだから、そっち方面に話題をふれば簡単だと前世の妹が言っていたことを思い出した。
神聖軍主アゼディムは本日欠席だ。聖王陛下ロアートシュエの体調は大分マシになったとはいえ、長い幽閉で弱ってしまったらしく、愛しい番の側を離れる気がないらしい。朝からその報告を受けたホミィセナがキレていて笑えるとイリダナルが教えてくれた。基本人を食った考え方をするのがイリダナルなんだなと思う。
神事が始まる前、サティーカジィの屋敷に来たイリダナルと話をした。
「自分が予言の神子だと名乗りでないのか?」
「名乗り出なくていいなら黙っとくけど?」
別に予言の神子になりたいわけではない。なんなら天空白露落ちろと思っている。ここに来たのも船が欲しかったからで、気になることが出来て今までいただけだ。
「以前会った時よりも夜色になってるから、てっきり名乗り出るのかと思ったのだが?」
俺は昨日から透金英の枝に神聖力を吸わせるのを止めている。地上にいた時は触ると勝手に吸われていた神聖力が、今は自分で調節出来るようになった。
そして身体の中の神聖力が増え続けている。
出かける前に俺はこの前透金英の親樹から折った枝を腰に差した。
「まぁ、念の為にだよ。」
前髪を上げて自前の整髪料で適当に固め、頭の上からすっぽりとベールを被った。髪が溢れないようにカチューシャをベールの上からカチンと留める。
「ど?」
イツズに出来栄えを確認する。
「うん、琥珀の瞳が目立つけど、黒髪よりは目立たないかな?」
やっぱ瞳の色が今度は目立つか。でもまあ今日はもういいや。バレたらバレたでそれでもいい。
会場に着いてからもイリダナルは念押ししてきた。豪胆なようで実はしつこい性格してるなぁ。
「………こうなるともう頼むくらいしか出来ないんだが、クオラジュの邪魔をしないで欲しい。」
イリダナルが隣に立つ。俺はチラリと見上げた。
「邪魔するつもりはないけど何するつもりかは聞きたい。」
イリダナルは少し考えたようだ。教えたことに対して俺が邪魔をしないか気掛かりなんだろう。
「オレとクオラジュの関係は利害の一致なんだが、ツビィロランとクオラジュの関係はなんだ?元々仲良かったわけでもないよな?」
俺達の関係?
なんだろう………。最近は仲良くなってきたと思うけど、側にいて欲しいと言いながらクオラジュは絶対に近付いてこない。
「うーん………………。主人公の攻略対象者と主人公の悪役ライバルのはずなんだけどなぁ。」
イリダナルが変な顔をした。一緒に聞いていたリョギエンとイツズも首を傾げている。
「主人公?」
「ホミィセナ。」
イリダナルの顔が険しくなった。
「主人公がホミィセナとすると攻略対象者とやらは誰だ?クオラジュなのか?何を攻略するんだ?悪役とはなんだ?」
食いついてくるなぁ。
「恋愛かな?俺は悪役ライバル。それっぽくない?」
イリダナルは全然違うと否定し、リョギエンもそれはあんまりだと一緒になって否定した。
「いいか、お前が生まれる前だから知らんだろうが、俺が調べた限りのこととクオラジュが話していたことを纏めて教えてやる。」
そう言って神事の奉納舞を踊るホミィセナを無視して、俺達はコソコソと話し込んだ。
今から五十年ほど前、青の翼主一族は捕えられ、花守主の牢獄に入れられた。それは誰もが知る事実であり、ツビィロランでも知っていた。
だがその後のことはあまり知られていない。
唯一の生き残りとしてクオラジュは聖王宮殿で育てられることになった。
クオラジュが入れられた部屋は石碑の下の地下室。
青の翼主としての教育は受けていたので、外には頻繁に出してはもらえたが、夜寝るのは地下の部屋だった。
一晩寝ればクオラジュの神聖力は透金英の樹から吸い尽くされてしまう。地下には巨大な根が張り、逃げようがなかった。
幼いながらも賢かったクオラジュは、自分の立場を理解していた。
地下で神聖力を削られているからこそ生かされていることを理解していた。
天空白露は緑の翼主一族が牛耳っている。
予言者の一族の権力も強いが、天空白露の運営にはあまり関与していない。翼主同士の諍いにはあまり首を突っ込んでこない一族なので、実質天空白露の権力は緑の翼主一族が握っていた。
青の翼主一族の失墜は緑の翼主一族と花守主の一族、そして地上のロイソデ国が関係している。
聖王を引き摺り下ろすには地上の武力も使ったのだ。その筆頭に立ったのがロイソデ国だった。
クオラジュは度々地上に行かされては、ロイソデ国に透金英の枝を持って行き花を咲かせ献上する役目を負わされた。
ある日花守主の屋敷に連れて行かれた。
見知らぬ青い髪の青年が地面に横たえられ眠っている。いや、死んでいた。
同じ一族の者として別れを言うように言われ、会ったこともない人物に何を言えばいいのか分からずクオラジュはその青年の手を握った。
流れ込んでくる強い思念。
思いが強すぎて神聖力となって死んだ身体に留まり、同じ血を持つクオラジュの中へ入り込んできた。
怒り、憎しみ、悲しみ。暗い憎悪はクオラジュの心を焼いた。
そして天空白露の行く末を嘆き、浮遊する大地を愛する心を知った。
クオラジュはずっと一人だった。人として相手をしてくれる人間もいなかった為、感情の起伏が小さかったのだが、流れてきた感情が激しすぎて、クオラジュの心は焼き切れそうだった。
それでもおかしな行動を取れば直ぐにこの命は刈り取られる。それを知っていたクオラジュは、何食わぬ顔で遺体に別れを告げた。
生まれてから直ぐに地下に入れられたクオラジュは、いつしか一晩神聖力を吸われ続けても平気なようになっていた。
クオラジュは大人しく理知に富んだ人間として振る舞うようになった。勢力争いを嫌い勤勉な青の翼主。それがクオラジュの姿になっていった。
それでも心の中はあの日前青の翼主から受け取った激しい心に焼かれたまま、渦巻く感情を処理し切れずにいた。
誰かに相談もできない。助けてもらうともできない。
クオラジュが二十五歳になる頃には、順従な人間と判断され、石碑の下で寝ることもなくなっていた。
大きくは無いがそれなりの屋敷を一つあてがわれ、青の翼主として過ごすうち、その強い神聖力に見合うように天上人として開羽した。
そんな平穏な生活になったのは緑の翼主一族ロアートシュエが聖王になったことも関係する。
緑の翼主一族にもいくつかの力を持つ家が存在するが、その中の一つがロアートシュエの家だった。
誰よりも強い力を持ちながら争いを好まず密かに暮らしていたロアートシュエだったが、青の翼主一族が同族によって滅ぼされた時から、アゼディムの力を借りて徐々に勢力範囲を広げ、聖王として上に立った。
クオラジュを地下から出したのはロアートシュエだ。
「ふうん?じゃあクオラジュは今も前いた青の翼主の怨念に苦しめられてるのか?」
「……怨念?」
イツズがすかさず眉間に皺寄せてツッコミを入れてくる。綺麗な顔にそのうち皺ができちゃうぞ。
「だって幽霊みたいなもんだろ?死んで悔いが残って祟る的な?こえーよな?お祓いとかあんのかな?」
イツズとリョギエンがお祓いって何だろう?と首を傾げていた。
イリダナルは一瞬黙ったが会話を続けることにしたようだ。
「いや、俺が会った時にはもう大丈夫だと言っていた。」
イリダナルに俺は問い掛けた。
「まぁ、それはおいといて、クオラジュはイリダナルになんて言ったんだ?」
「海に落とすのさ。天空白露がこれ以上落ちれば危険だから、人のいない海に移動させようと言ってきた。」
「海か…!確かに陸地に落とすよりはいいかもな。それでも被害は相当なものになるぞ?」
天空白露は巨大な浮島だ。海に落とすと言っても浅い場所ではダメだろう。地震に津波、単純に考えてもそれらは起こる。
イリダナルによると、サティーカジィには海に落とすことまでは言ってない。言えば反対されるだろうから、透金英の花を集めて天空白露の神聖力を高めるつもりだと説明してあるらしい。
イリダナルは海に無事降りた天空白露との物流を独占する代わりに、この計画に乗ったことまでは教えてくれた。
だから邪魔しないで欲しいということだった。
「落とす場所は決まっている。ロイソデ国の海域だ。そしてもう天空白露は海の上に来ている。」
ロイソデ国の王族や要職につく人間は、今日殆ど天空白露に呼んであり、彼等の処遇はクオラジュがかたをつけるのだという。
クオラジュにとってロイソデ国は復讐すべき国だった。
緑の翼主一族はロアートシュエの派閥以外は既に整理され、花守主も殆ど無いに等しい。
後はロイソデを地図から消すのみだった。
「まさか。」
まさか、今日やるつもりか!?
イリダナルは大丈夫だと笑っているが俺は不安だ。天空白露が落ちる日の為に飛行船手に入れようと思ってたのに!
「ツビィ、大丈夫だよ。こんな大きいんだから落ちてても感じないって。」
イツズが変な心配をしてきた。そりゃー落ちてる感覚はないかもしれないが、もし失敗して天空白露がパカッと割れたらどーすんだよ!?
「おい、イリダナル。」
「お、おお。どうしたんだ?」
突然立ち上がった俺にイリダナルは怪訝な顔をした。
「俺は天空白露落下賛成派だ。だが俺はまだ死にたくない。てことで手を出すぞ。」
「え゛…、ちょっと待て……!」
背に差した透金英の枝を抜き、俺は客席から降りた。止めようとしたイリダナルはイツズが腰に抱きついて邪魔してくれた。イツズは常に俺の理解者だ。
「おいっ!」
リョギエンが俺に叫び呼び止めた。
なんだろうと振り返る。
「天空白露には透金英の親樹の根が地中に広がっている。少し前まではほとんど枯れてたんだ。だから透金英の親樹に神聖力を与えたのか?」
リョギエンは花守主なだけあって透金英の状態を把握していたようだ。
俺はニッと笑う。その通りだよ。
透金英の枝を片手にトントンと下に飛び降りた。
下に降り立ち祭壇に近付く俺に、同じように神事を見守っていた観衆はざわめきだした。
騒ぎにクオラジュもこちらを見る。目があって少し笑った気がした。
俺はお前が何をしようとしているのか知っている。
それを邪魔しに行くと分かってても笑うお前は、やっぱり何を考えているのか分からない奴なんだな。
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