落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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竜が住まう山

44 俺は黎明色好きだけどな

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 特に不眠症というわけではないが、俺は夜中にふと起きてしまう。
 そんな時はもう眠れないのだ。
 目が冴えて、朝日が昇るまで起きているしかない。

 この世界に来て、なるべく不安を抱えないようにした。深く考えてしまうと、気鬱になってしまうからだ。中学生の時、柊生達から虐められていた時、考え込んでしまい気が伏せって、不眠になるし食欲が落ちるし、家族に体調が悪いことを知られないようにするのでかなり苦労した。
 こんな訳もわからない世界で、不安にかられて伏せっている暇はない。
 兎に角、生きていかなければならない。
 俺にとって年下のイツズはなくてはならない存在だった。
 この世界の知識を知り、教えてくれる存在。
 卵から孵った雛が最初に目にした存在を親と思うように、俺にとってイツズはなくてはならない存在になっていった。
 年下だけど、どこか能天気なイツズは頼もしくて、俺もいろんなことを学びながら自分に出来ることを探していった。
 直ぐにイツズが白髪であることを隠したがっていることに気付いたのは、最初に降りた町から次の町に移動した時だ。
 手と足を拘束されてズラズラと並ばされて歩く、イツズと同じ白い髪の人達。瞳の色は様々だったけど、真っ白の髪は一緒だった。
 俺は咄嗟にイツズの頭に自分が着ていた上着を脱いで頭に被せた。イツズを盗られてしまいそうに感じたからだ。
 神聖力のない白髪が色無いろなしと呼ばれて蔑まれているとは聞いていても、実際にこんな状況を見るといたたまれないな……。そう思ったのはその時だ。
 津々木学が受けたイジメなんて可愛いものだと思えるくらいの扱いに、イツズも酷くショックを受けていた。
 イツズも花守主の屋敷で奴隷という立場ではあったものの、その扱いはまともな範疇はんちゅうだった。質素ながらも三食あり、僅かながらの給金もある。休憩も出来るし人として扱われていた。

「天空白露って恵まれてたんだね。」

 イツズは彼等を静かに見つめていた。
 天空白露は地上から見れば富裕層だ。使用人や町に住む住人でも貴族に近い暮らしが出来る。
 知ってはいたけど、それでも自由に薬材を集めながら薬売りをしたいという願望の為に飛び出してきたけど、ツビィがいたから耐えられたよと、暫くしてイツズから言われたことがある。


 聖王宮殿の中で、予言の神子として暮らす暮らしは贅沢なものだ。
 だが息苦しい。

 シンとした空気の中、階下の声がよく響いてくる。
 朝の祈りに向かう信徒達なのだろう。神聖力が足りなくて開羽しなかった者達も、ここには大勢いて、宮殿で働いたり地上の各地にある支部で働いたりする者は多い。
 開羽しない者達でもここに住んでいる人達はそれなりに寿命が長い。老化もゆっくりだし、自分達が地上の人達より優れているという自尊心が高い者が多い。
 彼等は予言の神子に再び天空白露が空に浮かぶことを望んでいる。

 窓を開けると冷たい空気が流れ込み、喉を通って身体に冷気を送り込んできた。
 ボソボソと聞こえていた声がはっきりと聞こえだす。

「ツビィロラン様は本当に予言の神子なのでしょうか。」

「いつになったら天上人になられるのか……。」

 そう思うんならツビィロランが断罪された時に、お前らが身を挺して守れよ。背中の傷があるのだから俺に羽が生えることはない。

 ベランダの手摺に凭れ掛かり、下を覗き込んで、石畳の道を歩いている信徒達を見下ろす。あんまり覗き込むと怖いので、直ぐに頭を引っ込めて手摺の上に両肘を乗せた。
 まだ太陽は遠い山並みの向こう側にあり、辺りはほんの少し明るくなった程度で薄暗い。上から見下ろす俺には気付かないようだ。
 宮殿に住む信徒達は貴族の屋敷にすむ使用人達とやることはあまり変わらない。祈りの義務があるかどうかの違いがあるだけだ。

「もっと各地を探せば黒髪の者がいるのではないかな?」

「そうですね……。実際ホミィセナ様も黒髪でしたし。」

 クオラジュが透金英の花を使ってホミィセナを黒髪にしていたことは秘匿されたので、ただの信徒の彼等は知る由もない。
 ツビィロランが本物だ。
 だけど、中身は偽物だ。

 仮の魂というスペリトト。
 殺さなければならないのにと言うクオラジュ。
 きっとそれらは何か関係があるのだろう。

 夢の中で見た、おそらく三十四歳になった津々木学の幻。あれが現実のものだとしたら、俺に帰る場所はあるんだろうか。
 もっと、ちゃんと自分の置かれた状況を知りたい。
 帰れるのか、帰れないのか。
 何故クオラジュはツビィロランを殺したのか。
 
 天空白露に帰ってきたら、スペリトトらしき存在に聞こうと思ったのに、透金英の親樹に行っても、その存在を感じなかった。
 常にいるわけではないのか、それともクオラジュが竜の住まう山でスペリトトの像を壊した所為なのか、どちらだろうか。

「ツビィロラン様はやはり、偽物なのでは……。」

 誰かが押し殺した声で漏らした。
 何人かが息を呑む。

「聖王陛下の判断に逆らうのですか?」

 恐れ多いと言う者と、懐疑的な声が交錯する。
 彼等はまだ夜明け前ということもあり、小声ながらも口々に言い合いながら去って行った。


「俺は大丈夫。」

 ツビィロランは手摺の上に両肘を置いた状態で、両手の指を絡めてギュッと握り合わせた。
 まるで祈るように。
 琥珀の瞳をギュッと閉じる。固く、強く、自己暗示を掛けるように。
 黒い睫毛は伏せられ、漆黒の髪は冷えた風に流された。金の粒が髪から漏れ、風に流され銀色に消えていく。


「俺は……、大丈夫……。」


 ここが安全なのかもわからない。俺は怖がりなんだ。踏んだ地面がちゃんと硬いかどうか確認しないと安心出来ないたちなんだ。
 聖王陛下達は親切ではあるけど、信じてるわけではない。
 いつまでもここに居られるか分からない。
 天空白露を浮かせることが出来なければ、いつまでも居られない雰囲気がある。

 浮かせ方なんてわかんねーよ。こんな巨大な島が本当に浮いていたなんて、海に落ちた今、信じられない。
 どうやったら浮くんだ?
 俺は神聖力の扱い方がいまいち分からないんだ。浮かせろと言われたって浮かせられない。
 
 何を言われても、どんな扱いになろうと、無事でいられる状況でいられるように、考えておかねばならない。
 もしそうなったら、イツズは置いていくしかない。サティーカジィという強者の側にいるのが安全だ。そして好きな薬材集めをして、薬作りの研究でもしたらいい。
 それがイツズにとっての最善だ。
 先の不安定な俺と一緒にいる必要はない。十年も一緒にいてくれたのだ。もう十分だよ。


「…………………俺は、立っていける。」


 一歩踏み出せば何かを変えられる。
 明日があるから希望もある。
 進むことを止めてはいけない。
 考えることを止めてはいけない。


「大丈夫。」


 ふぅ、と息を吐いて目を開ける。
 ツビィロランの琥珀の瞳にはまだ光は届かない。
 暗かった空が色づきだす。
 透明な青色が広がり、聖王宮殿の広い庭と、西洋風の街並みが現れだす。遠くの山並みが黒く浮かび、縁取るように橙色が照らし出した。
 青と紫と橙色のグラデーション。
 クオラジュの髪と同じ色。
 黎明とは明け方を表すいい言葉だと思っていた。なのに天空白露では予言の神子の夜色を消してしまう悪い意味合いが強い。その考え方は地上にも浸透していた。
 白く眩しい太陽が顔を出した。
 光線が伸びて青い影が長くハッキリと現れる。
 冷えた身体に仄かな暖かさを感じ、手摺にもたれていた身体を起こした。

 クオラジュの生い立ちはゲーム話に熱を上げる妹からよく聞いていた。
 一人を好むのも知っていた。
 俺が思うよりもクオラジュの孤独は深かったけど……。
 予言の神子ツビィロランを殺して、天空白露を落として壊そうなんて、どうやったらその考えに行き着くのか。
 もう少し、ちゃんと話がしたい。
 …………話してる時にスパンと真っ二つにされないか心配だけど。
 でも俺を見ていつも躊躇うんだよなぁ。それを信じたい。

 既に空は明るくなって、雲が白く変わり出している。
 黎明の時間は直ぐに終わる。
 だからこそ、美しい。
 だからこそ、人を惹きつける。

「俺は黎明色好きだけどな。」

 そう呟いてツビィロランは部屋の中に戻って行った。












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