落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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竜が住まう山

43 透金英の花の下で

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 俺は透金英の親樹まで来た。
 久しぶりに来ると、前回咲かせた花は半分程なくなっていた。

「そーいえば透金英の花って枯れるのかな?」

 俺は花を咲かせると直ぐに時止まりの袋にしまっていたので、枯れる様子を見たことがなかった。

「枯れるのではなく、散るが正解。」

 サクサクと足音が近付いてきた。
 花守主リョギエンだ。髪が真っ白になっているから、透金英の親樹を世話していたのだろう。
 鈍色の髪は態と透金英の花を食べることで変えていたのだと聞いて、花守主の一族の役目も面倒だなと思った。

「散る?散ったらどうなるんだ?」

「ほっとけば大気に混ざって消える。」

 そうだったんだ!言われてみれば神聖力は直ぐに霧散する気がする。透金英の花になってもそれは変わらないのか。

「と言っても暫くは花の形を保っている。売買する時は時止まりの瓶や箱に入れて出荷する。」

「それも花守主の仕事なわけ?」

 リョギエンはコクリと頷いた。よく高い果物なんかは如何にもな高級感を醸し出す箱に入って売られていたが、そんな感じにするんだろうか?天空白露という神を信じる国で、そんな商売を聞いてしまうとなんとも品位が下がった気がする。ま、金は必要だよなぁ。たとえ神様が作った浮島の国だろうと。

「咲かせるのか?」

 リョギエンから透金英の親樹に神聖力を与えるのかと聞かれた。
 でも迷ってしまう。
 
「…………どうしようかな。」

 透金英の親樹は俺に神聖力が欲しいと懇願している。だけど俺がこの世界に来た理由が、妹が描いた絵を棺に入れられただけではなく、この樹の所為ではないかと最近思ってしまう。
 俺を仮の魂とか最初に言った声は、この親樹から聞こえたのだ。そしてその声はスペリトトの像が見せた悪夢でも聞こえ、実際にスペリトトの像と同じ気配だった。
 俺はその話を聖王陛下ロアートシュエと神聖軍主アゼディム、予言者サティーカジィに話した。
 俺の元の世界のことと、悪夢についてはちょっと濁している。上手く説明出来ないからだ。簡単に神聖力がない世界だとだけ言っている。
 それと、俺の元の身体である津々木学に入っている人間が、ツビィロランかもしれないと言うことも言えずにいた。
 
「今は透金英の花は他国に出していないから気にしなくていい。天空白露も空に浮かぶ為の神聖力が必要なくなったからか、かなり安定しているんだ。透金英の親樹がまた神聖力不足で枯れ出したら頼むかもしれないが、そう急ぐ話じゃない。」

 俺が嫌がっていると思ったのか、リョギエンは安心させるようにそう言った。顔は不機嫌そうな顔なのに意外と優しいな。

「じゃあ、そうさせてもらう。」

 俺がニッと笑って言うと、リョギエンはまた頷いた。
 リョギエンはまだ何か話があるのか立ち去ろうとしない。藤色の瞳がウロウロと彷徨っている。

「話があるなら聞くけど?」

 どうやら俺から話を振らないと進まなそうなので、さっさと話すように促した。
 それで決心がついたのかリョギエンは固い顔で話し出す。

「その、私は周りが見えていないと、よく言われるんだ。」

「うん、そんな感じがする。」

「……ぐっ、そうか…。それで、イリダナルからちゃんと謝るようにと言われて…。」

「謝るなら目を合わせよう~。」

「すまなかった!」

「ところで何について謝ってんだ?」

 リョギエンが、がぁん!とショックを受けている。三白眼が見開かれ、すごい形相になった。
 これはこれで愛嬌があるな。

「あははは、おかしい~。」

 イツズの笑い声が響いた。影に隠れて聞いていたらしい。

「おい、笑ったらリョギエンが可哀想だろ?」

「え?打撃与えたのツビィだよ?」

 何言ってんの?とイツズは不思議そうに顔を傾げている。

「そんな…、謝り損…。」

 リョギエンが悲しそうだ。きっと凄く勇気を出したんだろう。人付き合い苦手そうだし。

「えっと、ごめん、ごめんな?それで何で謝ってんの?」

 そもそもそこだよ。

「前予言の神子から頼まれたからと言って無闇にその通りにしてはいけないと注意された。その所為でツビィロランを死なせることになってしまったし、後悔しているなら謝って来いと言われて……。」

 んん?ツビィロランが死んだ時のことか?確かリョギエンからはホミィセナの背中を傷付けるのは罪とか何とか責められた気がするな?
 
「ホミィセナから頼まれて言ったのか?」

「一言一句間違えずに……。何故私がと言ったんだが…。」

「えーと、ホミィセナと仲良かったわけではない?」

「なか?さあ?皆んなが神子と言ってたからそうなんだなと思っていたし、私は透金英の世話をするだけの人間だし、透金英は天空白露でしか根付かないし、天空白露を救ってくれる神子の頼みなら聞かない訳にはいかなくて……。後からイリダナルにゲンコツされた。」

 思い出したのか頭を押さえて痛そうな顔をしている。リョギエンは見た目と中身にギャップがあるな。
 それにしても言わされてたのか。
 それってホミィセナが言わせたと言うことは、クオラジュが言わせたってこと?それとも演出出そうとホミィセナが勝手にやったのか…。うーん、しそうなのはホミィセナかな?

「まぁ、忘れてたし、気にしなくていいよ。イリダナルにもちゃんと謝罪は受け取りましたって言っといて。」

 リョギエンはホッとした顔をしている。

「そうか!良かった……。アレの所為で私の立場がホミィセナの側近のようになってしまうし、何かと花守主の立場を使ってこき使われるし…。透金英の花を差し出せとうるさくて困ってたんだ。天空白露は落ち続けるし、聖王陛下は監禁するし、もう嫌になって透金英の森を無くしたら怒られるし。」

「おーーー、リョギエンめちゃくちゃだなぁ。見直したぞ。俺はそーいうやつ嫌いじゃない。むしろ好きだ。仲良くなれそう。」

 そういえば天空白露に戻ってくるきっかけも、クオラジュが透金英の花が地上にあるかもといって探しに来たのが始まりだ。
 何かと色んなことが嫌になったリョギエンが透金英の森を枯らして、まだ花が必要なクオラジュが探しに出たんだな。
 てことはリョギエンをホミィセナ側に引っ張り込んだのはクオラジュだろうから、やっぱり言わせたのはクオラジュか?色々と芸が細かいな。
 ホミィセナの仲間みたいになってしまったリョギエンはさぞ困ったことだろう。
 
「リョギエンってイリダナルと仲良かったんだな?」

 よくよく注意してみるとリョギエンとイリダナルは一緒にいたりする。イリダナルは自国にいるのであまり気付かなかったけど、天空白露に来たら必ずリョギエンの所に寄っていた。

「最近は神仙国から取り寄せた植物を育てないかと言われていて、その話をよくしている。」

「へえ、神仙国…。」

「マドナス国の王宮に温室を作るから管理者兼研究者にならないかと言われていて。」

 満面の笑顔だ。間違いなく植物オタクだ。

「花守主の方は?」

「どうせ森ないし。」

「あぁ、そうか。じゃ、いいか。」

 俺達の会話を聞いているイツズが、それ本当にいいのかなと黙って聞いていた。

「それに聖王陛下が透金英の森を復活させるのは、少し様子を見てからにすると言われて、透金英の世話は親樹と温室の五本しかないんだ。定期的に戻ればいいだけだから、マドナス国に行ってもいいと許可された。その代わり何故かイリダナルの側にいるように言われたんだが。」

 リョギエンは神仙国の植物を調べることが出来るのだと言って喜んでいる。
 なんだか危なっかしい性格をしている気がするけど、イリダナルが見張っていそうなので大丈夫だろう。

 リョギエンは上手く謝罪も済んで緊張も解け、スキップしそうな足取りで帰って行ってしまった。

「そーいや、イツズが元使用人って気付いてんのかな?」

「気付いてなさそうだね。」

 僕も当主様にお目にかかることは滅多になかったから、仕方ないよとイツズは笑っている。特に今は髪が淡い金髪なので分からなかっただろう。
 イツズは透金英の親樹の根元にいる俺達から少し離れて様子を見ていたので、リョギエンに気付かれたくないのかと思い俺も言わずにいたのだ。
 今以上に近付けば透金英の根が張っているので、神聖力を吸われて白髪に戻ってしまい、もしかしたら気付かれるかもと思っていそうだなと考えたのだ。

「サティーカジィはイツズが花守主の屋敷にいたの知ってんだろ?」

「うん、でも黙っててもらった。予言者の一族と花守主の一族で衝突しても困るしね。」

 イツズらしい気遣いだ。
 ここには俺がいると聞いて来たらしい。部屋に入ったらいなかったから、使用人に案内してもらったが、透金英の親樹には誰でも簡単に近寄れるわけではない。サティーカジィの許嫁で、俺の許可があるのでイツズはここに来れる。

「サティーカジィについて来たのか?」

「うん。だって一人じゃ出してくれないんだもん。」

「執着酷いな。」

 イツズも困ったように頬をかいて、あははと笑っている。

「許嫁にちゃんとなったんだな。」

 イツズは迷っていたようだが正式に許嫁になったようだ。

「うん……。だって皆んながなってってお願いしてくるし、僕が許嫁にならなかったらサティーカジィ様が当主降りてついてくるって言い出すし。」

 愛情重いな。

「番になった?」
 
「なってない。」

「何で?えー、ん~、……セックスしないの?」

 ちょっと聞きにくいが、気になるのでズバッと聞いてみよう。

「あ~、ツビィってセックスって言うよね。うん、まだしてない。」

 俺は何で?とイツズを見た。
 イツズは落ち着かないのか透金英の親樹の根元に座り込んだ。太い樹の根がボコッと出た場所に座り込む。座るとスウッと髪の色が抜け、真っ白に変わった。イツズは色無いろなしだから平気だが、普通の人なら倒れている。
 俺もイツズの側に座り込んだ。

「番になりたくないのか?前はサティーカジィに選ばれたいとか言ってたじゃん。」

 イツズは「うん。」と頷く。迷ってるなぁ~。

「僕はね、選ばれたいって思ったけど、重翼だから選ばれたかったわけじゃないんだ。」

 ボソリとイツズは言った。
 俺は「あ~。」と納得する。
 イツズは自己評価が低い人間だ。だからこそ、誰かの特別になりたかった。
 重翼ではなく、イツズ本人の良いところを好きになって欲しかったんじゃないだろうか。よく知らない段階で重翼だから許嫁にと言われてしまえば、イツズの性格では飛びついて喜ぶようなことはしないだろう。

「まだ時間あるし、イツズが納得した時でいいんじゃ?」

 イツズは俺の方を漸く見て、ふふッと笑った。これはよっぽど周りから許嫁になれ、番になれと言われ続けてるんだなと察した。

「ツビィならそう言ってくれると思ってた!」

「とうぜーん!俺はイツズを家族と思ってるからさっ。嫌なら嫌って断っていいと思うし、番になりたいならなったで祝福するし。」

 俺達はお互い透金英の樹の根元に座り込んで、身体を丸めてふふふと笑いあう。

「ツビィは?気になる人いないの?もしいい人ができたら教えてね!」

「……え?いやぁ、俺はぁ~。」

 この身体はツビィロランのものなので、自分勝手に一生を左右する番とか簡単に決められない。そもそもこの世界って男が多くて恋愛対象に見れないのだ。女性は少ない所為か結婚が早いし、なんなら子供の頃から許嫁とか許嫁モドキがいたりする。
 
「クオラジュ様は?」

「ーーーっっはぁ!?はあぁ!?」

 何でクオラジュ!?

「え?だって、良い雰囲気だったし?」

「いやっ、あり得ねーだろ!?あいつ俺を殺そうとしてたんだぞ!?聞いてなかったのか!?」

 イツズは聞いてたよーと頬を膨らませている。

「でも最終的に殺せてないし?たぶんツビィの可愛さにメロメロになったんだよ!」

 キャラキャラと笑いながらイツズは言うが、俺は殺されるんじゃないかと気が気じゃない。一応クオラジュが目の前に来た時は警戒してよく観察してるんだぞ!?一瞬の隙で殺されるかもしれないくらいくらい、なんか強いんだぞ!?

「可愛くねーから、ふつーだから。」

「え?ちっさくて可愛いよ?」

 この身体はな?とは言えない。イツズにも俺がツビィロランじゃないことは伝わっている。でも中身の俺がどんな人間で、どんな姿をしているかなんて説明はしていない。

 イツズは折り畳んだ膝の上に自分の頭を乗せて、横目で俺をじっと見た。

「ツビィの中の君が、たとえどんな人でも、きっと君は可愛い人だよ。そして、僕の家族なんだよ。」

 イツズにも家族はいない。この世界で家族がいない俺と一緒だ。
 イツズの口角がフィッと上がる。赤い目は細まり、俺を大好きなんだと見てくれる。

「俺もイツズが家族で嬉しい。」

 俺の心の拠り所が、いつか幸せを掴みに離れていくのだとしても、その時までは…………。









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