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竜が住まう山
42 新しい赤の翼主
しおりを挟む漸く飛行船の旅は終わった。
ツビィロランはヨロヨロと桟橋に足を掛けようとして、隙間から見える下界にヒョオオと顔色を真っ白に変えた。
一歩も足が動かない。
天空白露の飛行船発着場は、聖王宮殿とそれを取り囲む町の近くにあるのだが、山を切り取った崖と、その下に人為的に掘った穴で高さを出して横付けするようになっている。なので高さがかなりある。
「ツビィ~~~っ!」
うっきゃあ~~っとイツズが飛び跳ねながら桟橋を走って来た。
「ぁぁ、やめて、…ゆれてりゅ……。」
怖すぎて声は出ないし舌も回らない。揺れてる、揺れてる。
「おい、怖がってるから静かに歩きなよ。」
飛びつこうとしたイツズを、アオガが片手を出して頭を押さえ付け黙らせる。
「むぎゅっ!」
イツズが目の前で止まった。
後ろについていた護衛が抱っこして行きましょうと手を出してくれるので、俺はプルプルと震えながら手を出した。
手を出しただけで下に落ちそうな気分になってくる。足が内股になるのは見逃して欲しい。
ヒョイと誰かが抱えてくれた。
でも横に来た護衛は目の前に目を丸くして立っている。抱っこしようと伸ばした手は空いていた。
うぇ……?
俺の足はプランと宙に浮いた。
んん?
不思議になって俺の脇に手を入れて抱っこした人物を見た。顔が近い!
まず目に飛び込んできたのは真っ赤な髪だ。艶々と陽の光を浴びて燃えているようだ。水色の瞳は笑っていて優しげにツビィロランを見ている。
顔は整っていて男らしいなと思う。
複雑に編み込んで後ろに一つに結んだ髪型がよく似合っていた。
俺が驚いている間にソイツは桟橋を渡り切ってしまっていた。
「高い所が苦手だと聞いています。このまま馬車にお連れしましょう。」
晴れやかな笑顔で止まることなく、話しながらどんどん進んでいく。
「ちょおっと!フィーサーラ殿っ!勝手に予言の神子様を連れていかないで下さい!」
たたたたっと走ってきたのはテトゥーミだった。ふわっとした長い翡翠の髪を揺らして怒っている。
「これは、テトゥーミも来ていたのですね。予言の神子様は任せて下さい。」
フィーサーラ……。ってことはコイツが赤の翼主か。トステニロスは焦茶の髪だったが、フィーサーラは真っ赤な髪で、如何にも赤の翼主と言った風貌をしている。
「なぁ、降ろしてくんない?もぉ歩けるからさ。」
肩をペチペチと叩いて降ろすよう頼む。一応俺はチビでも二十五歳男児。しかも中身は三十四歳なのだ。子供じゃないんだから抱っこは勘弁して欲しい。
先程まで高所に震えていたことは置いといて、ツビィロランは強気だ。高い所じゃなければいいのだ。暗いのもあまり好きではないが……。
フィーサーラは笑いながら降ろしてくれた。余裕のある態度がいけ好かないなぁ。
降りて一応ちゃんと立てるか確認する。フィーサーラの登場により大分気が紛れたらしく、震えが止まっていた。
なんか馴れ馴れしいやつだなと思う。
「ツビィ~、僕と一緒にサティーカジィ様の屋敷に住もうよ~。」
「いくらサティーカジィ様の許嫁でも、そんな我儘は許されません。」
イツズのお願いをフィーサーラがバッサリ切り捨てている。イツズは頬を膨らませて怒った。
「僕とツビィは家族なんだよ!?」
「いやいや、他人でしょ?行くとこないなら私の家に住もうよ。その方が仕事しやすいし。」
アオガの仕事は従者兼護衛だ。確かにその方が一緒にいやすい。
「ちょっとちょっと、君たち勝手に何言ってるの!予言の神子殿をそこら辺の家や屋敷に住まわせられるわけないでしょう!?聖王宮殿にちゃんと用意してるよ!」
テトゥーミが止めに入った。
イツズとアオガは二人で揃って、えぇ~~と文句を言っている。意外と気が合う。
「じゃあ僕もツビィと一緒に……。」
「あ、それはやめて下さい。サティーカジィ殿に何言われるか分かりません。」
本日サティーカジィはイツズをテトゥーミに預けて仕事中らしい。イツズがどうしても俺のお出迎えをしたいとゴネたらしく、泣く泣くイツズと離れたんだとか。
「イツズってさ、私が元許嫁って理解してる?別にいいんだけど、ツビィロランのことになると周りが見えないタイプ?」
イツズはハッとした。
「…あ、ぅっ、えと、その………。」
今更ながらにアオガの存在に気付いたらしい。そんなに俺に会いたかったのか~。
「お前、意地悪言うなよな。別にもうサティーカジィのことどうでもいいんだろ?イツズ、気にしなくていーぞ。コイツはもう次のターゲットを選んでるんだ。」
「あっ!ちょっと勝手に人のこと喋んないで!」
「そう、なの?」
イツズがアオガの顔色を伺うように見ると、アオガはぶっきらぼうに頷いた。
俺は思う。いくら見せられた悪夢の中とはいえ、その腰に差した剣でサティーカジィを切りまくったアオガが、まだサティーカジィに未練があるとか言い出したら、色んな意味で怖いと思う。
サティーカジィの相手はイツズでいいし、アオガは新たなる恋を追いかけて正解だ。
「さぁ、話しは馬車の中でしましょうか。」
フィーサーラは立ち止まって話し出した俺達を馬車に促した。何でお前まで乗ってくるんだよ!
「という会話をしました。」
「…………そうですか。」
やや疲れた顔でテトゥーミの報告をロアートシュエは聞いていた。
テトゥーミは決して無能ではない。無能ではないが少しズレている。
以前は青の翼主クオラジュが指示を出し、元赤の翼主トステニロスが補佐しながら一緒に仕事をしていたのでボロも出なかったが、一人でやらせると少し抜けている。
神聖力は緑の翼主一族の中でも群を抜いて多いのに、テトゥーミを次の聖王にという声が少ないのは、これが理由だ。
「テトゥーミ、アオガは勢力図に関係しないからそこまで報告は必要ない。」
「そうなんですか?分かりました~。」
アゼディムが端的に忠告するが、テトゥーミはよく分からない顔で返事をしている。
「やはりフィーサーラはツビィロランに接触してきましたね。」
「そうだな。それとなく邪魔した方がよくないか?」
それはそうなのだが、簡単にはいかないだろう。
ツビィロランは予言の神子なので聖王宮殿に住んでもらうしかない為、赤の翼主フィーサーラは会う機会が多くなる。
ツビィロランをまた天空白露の外に出すにしても、正当な理由がなければ出せない。ツビィロランは予言の神子なのだ。未だにツビィロランのことをよく思わない者も多いのだが、唯一無二の存在に変わりはない。
「あ、予言の神子殿はまた外に行きたいと言われていましたよ。」
テトゥーミが思い出したように追加で報告した。
「どこにでしょう?まさか神仙国とか言うのではないですよね?」
「その通りですよ?」
先に報告のあった竜の住まう山での出来事で、クオラジュが次に行くであろう場所が神仙国となっていた。
ロアートシュエは、ふむ、と考えだす。
その様子にアゼディムとテトゥーミは静かに決断を待った。
「では…………、クオラジュに同じ報告をして下さい。」
「え゛!?」
テトゥーミは目を見開いて驚いた。
「どうしたのです?」
「いえ、私が向こうにも報告してるのご存知なんだなぁ~って。」
ロアートシュエは静かに微笑んだ。
金緑石色の瞳はいつも通り優しい光を湛えている。
「何を今更。テトゥーミは私の方とクオラジュの方、どちらにも報告を続けていますよね?」
テトゥーミはひいいぃぃ、と冷や汗を流す。
ロアートシュエの視線は優しい。でもその傍に佇む神聖軍主アゼディムの顔は怖い。
「………は、はい。そうです。そうですが、それでいいんでしょうか………?」
テトゥーミはどちらも味方したいし、どちらの敵にもなりたくない。卑怯かもしれないが、テトゥーミは皆んな仲良くなりたいと言うのが本音だった。だからどちらの頼みも聞いてしまっている。
「構いませんよ。私もクオラジュもちゃんと理解して頼んでいるのです。」
それは、何のために?
テトゥーミには二人の思考が理解できなかった。
「ど、どこまで言っていいですか?」
「全部いいですよ?」
ロアートシュエの笑顔は優しかった。そして謎だらけでテトゥーミにはよく分からなかったので、本当に全部報告することにした。
今日は雲の上を飛行船は飛んでいた。
船の下には厚い雲の絨毯が果てし無く続き、雲にくっきりと飛行船の影が出来ていた。
パタタタタ……。
本日も翡翠色の美しい鳥が、テトゥーミの報告書を着けて飛んできた。
今日は外に出て空を見ていたクオラジュの腕に留まり、ヒョイと片足を上げた。
手紙を取り出しクオラジュは目を走らせる。
「………………。」
締め括りに、全部報告するよう聖王陛下から言われたので全部書いておきます。と追記してあった。
クオラジュとロアートシュエがテトゥーミの扱いを同様に行なっているのは知っていたが、ここまで書いてくるとなると、テトゥーミは本気で頭が悪いのだろうなとクオラジュは考えた。
その手紙を受け取ったトステニロスが、プッと笑い出す。
「流石、テトゥーミ。絶対間諜に向かないな。」
「まったく………。テトゥーミは天空白露の現状報告を嘘偽りなくやっくれれば問題ありません。」
わざわざ調べずともテトゥーミなら全て報告してくれる。
だからこそ定期的に手紙が欲しいと頼んであった。
ロアートシュエも知られて困るような内容は、テトゥーミにはまずさせないだろう。
あくまで天空白露で現在何があっているのか知れればそれでいい。
それにしても…。
気になるのはツビィロランが自分を追って神仙国に出てくるかもしれないこと。
ツビィロランに赤の翼主フィーサーラが手を出してくるかもしれないこと。
あまり顔を合わせたことはないが、知らないわけではない。クオラジュが知るフィーサーラは、自信に満ち溢れた若者だった。そして遊び好きでもある。ツビィロランのようなタイプに手を出すようにも見えなかったが、赤の翼主と聖王の椅子を思えば何をするか分からない。
「ロアートシュエはまさか私にツビィロランを守れと言っているのでしょうか?」
「まさかじゃなく、その通りだろ?」
何を考えているのか…。
クオラジュは溜息を吐いた。
ツビィロランを殺そうとしたクオラジュに、まさか守って欲しいと思っているのか?
殺されるとは思わないのだろうか。
クオラジュ達はまだ神仙国に入っていなかった。
入る前に寄り道をしたのだ。
クオラジュの手には一部欠けた丸い玉が握られている。
スペリトトの像を壊した時、その中心部にあった。剣で刺した時欠けてしまったことにより、像の動きは止まった。この丸い水晶のような玉が動力部だったのだろう。
これが何なのか分からなかった。
鉱物なのか、人工物なのか、それとも元は生物だったのか………。
神仙国には長く生きる仙と呼ばれる生物が生きていると言われる。以前イリダナルから漸く交渉に応じてくれるようになり、話す機会が出来たという話を聞いた。
その姿は普通の人と変わらなかったと言っていたが、存在自体は捉えどころがなく不思議な感覚がしたと言っていた。
交渉する際に彼等が好む物を調べたらしい。
意外にも食に興味があり、個人個人で甘い物や辛い物を好み、交渉したい人物の好みに合わせて各地の珍しく美味しい物を持っていくようにしたらしい。
クオラジュが用がある人物は、辛い物が好きだと聞いた。
辛くて珍しくて美味しい物となると、クオラジュとトステニロスが思いつくのは、ある地方の嗜好品と酒だろうかという話になり、そこまで入手しに行ったのだ。珍しい物なので態々行く必要があった。
クオラジュは肩にテトゥーミの鳥を乗せたまま室内に戻った。轟々と風が鳴っていたが、扉を閉めると厚い壁のおかげで一気に静寂に包まれる。
クオラジュは手に持っていた玉をテーブルに置いた。飛行船の家具は揺れに対応するよう全て床や壁に縫い付けてある。
ツビィロランの身体は危険だ。
生かしておいてもスペリトトに利用されれば終わりなのだ。
なのに、手が出せなかった。
スペリトトの像と共に貫くことが出来たのに、手加減した。
普段はあんなに騒々しく動き回るのに、クオラジュに「まだ殺すのか。」と聞いてくる時は、静かな瞳をしていた。
夢で泣いていた青年は、元の自分に帰りたいと嘆き、生きたいと喘いでいた。
そんな魂を殺せるだろうか。
身体を殺せば魂は彷徨うことになる。元の世界にも帰れず、なんの力もない青年の魂は、満月の夜に冥界の炎に焼かれて昇華されるだろう。
その先はクオラジュにも分からない。誰も先を知らないからこそ恐怖するのだろうと思う。
殺す、殺さない………。
自分をまだ殺すつもりがあるのかと問う瞳は力強くクオラジュを射抜いていた。
真っ直ぐ見返すことが出来ずに逃げてしまった。
ツビィロランの中にいる青年は強い。正義感だとか善良だとか、そういう心ではない。
自分の弱さも卑怯さも、それが自分なのだと受容する精神力を、クオラジュは強いと思う。
きっと彼にとってみれば、この世界は未知の世界だっただろうに、彼は自分の力でちゃんと立っている。
その心の有り様は美しい。
まさかこんなことで悩むことになるとはと、クオラジュは置いた玉を指で転がしながら、憂鬱に溜息を吐いた。
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