落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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女王が歌う神仙国

47 いろいろ聞きたいこと

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 下からはワアアァァと歓声が上がっている。
 感動した観客が立ち上がり、惜しみない拍手を演者達に送っていた。
 あ、クライマックス見逃した。なんか残念だ。

「最後見れなかった。」

「……………………そんなに面白かったでしょうか?」

 クオラジュが胡乱な目つきで見てくる。氷銀色の目が冷たい。冷たく感じるのは瞳の色だけではなさそうだ。

「うーん。色んな意味でな?なんせクオラジュがホミィセナに愛を囁く場面なんか笑えるだろ?お前が!愛を囁くんだぞ?しかもホミィセナに!」

「ああ、そういう意味では大変面白い喜劇でしたね。」
 
 皆んなは喜劇とは思ってないと思うけどな?
 微妙な格好で後ろに倒されたフィーサーラがやや怒気を含んだ表情で立ち上がった。
 クオラジュとフィーサーラは身長も体格もあまり変わらないように見える。フィーサーラの親は地守護長なので、フィーサーラ自身武術を身につけているとは言っていた。
 フィーサーラは貴族然とした煌びやかな格好をしているのに対して、クオラジュはシンプルな紳士服と言った姿だった。全体的に艶のある黒い服で、身体のラインが綺麗に出ており、華美な装飾ではないのにそこら辺の着飾った貴族より見目麗しい。
 長い黎明色の髪は後ろに撫でつけ一つに結んでいた。装飾といえば袖口のカフスボタンと俺が拒否したクラブァットについているピンくらいだが、どちらも宝石は小さめで、どちらかというと縁にある精緻な装飾の方が目を引く。
 俺に用意されていたブワッとしたクラブァットより、クオラジュが着けている細身のシンプルなものの方がよかったなと思いながらジッと見ていると、クオラジュが俺の開けている襟のボタンを片手で器用に閉めてしまった。その所作すら流れるように洗練されている。

「苦しいんだけど。」

「せめてボタンは閉めましょう。」

 消えていたシャンデリアの灯りが煌々と点き、会場が明るくなる。舞台では並んでお辞儀をする演者達が皆んなに愛想を振り撒いていた。
 
「何故青の翼主がこちらに?」

 フィーサーラは先程までの機嫌悪そうな表情を隠して笑顔でクオラジュに尋ねた。

「本日天空白露に到着しました。フハ達とは親交がありすのでご挨拶に伺ったまでです。」

「では部屋をお間違えですね。」

「いいえ、あちらは満席でしたので、こちらに伺わせていただいたのですよ。」

 にこにこ、にこにこ。
 
「劇の内容は如何でしたか?事実に基づいて忠実に再現したのですよ。」

「私が知る事実とは異なり大変興味深い内容でした。」

 この上っ面を滑るような会話はいつまで続くのかな?
 俺のことは降ろして欲しいんだけど。
 ずっと抱っこは流石に恥ずかしい。誰も見てないけど、大の大人が抱っことか。

「そろそろ使者様達をお迎えに上がらないといけませんので、ツビィロラン様を降ろしていただけないでしょうか?」

 フィーサーラが俺に向かって手を差し出してきた。降りる為にこの手を取れということだろう。
 抱っこからは降りたいが、この手を取るのも嫌だ。悩む。
 
「私はツビィロランから話があると聞いて来たのです。このまま退室しますので、後はよろしくお願いします。」
 
 クオラジュはサッと俺を抱っこしたまま部屋を出てしまった。慌ててフィーサーラが追いかけてきたが、隣の部屋からちょうどフハ達が出てきた為立ち止まった。
 客人を置いて行くわけにもいかず、舌打ちをしている。
 反対隣からはイリダナル達も出てきて、俺を抱っこしたクオラジュを見つけて少し驚いた顔をした。

「クオラジュっ、後で俺の所にも寄れ。」

「ええ、また後で。」

 クオラジュはそう返事を返しつつも、スタスタと外に向かって歩いて行ってしまう。

「え?ツビィ、どこ行くの?」

 イツズが心配そうに見上げてくるので、俺は手を振って大丈夫と返した。
 大ホールの大階段から優雅に降りるクオラジュは、人々の目を引いている。しかも腕には現予言の神子を軽々と抱っこしているのだ。
 俺は抱っこされて階段を降りるという恐怖に耐える為、クオラジュの首にしっかりとしがみついた。抱えられて降りたのは初めてだが、なかなか怖い。
 先程のクオラジュとホミィセナの大恋愛を観て涙していた人々は、優雅に階段を降りて行くクオラジュを見てポーと頬を赤らめ、怪訝な顔で俺を見る。
 視線が痛い。
 この黎明色の髪と、俺の黒髪を見たら誰でも俺達が誰なのか一発で分かってしまうだろう。

「俺、いつまで抱っこされてるんだ?」

「私のおかしな噂が払拭されるまででしょうか。」

 あー、青の翼主は死んだ予言の神子が忘れられず身を隠したとかいう噂?それともホミィセナとクオラジュは実は番になっていた為、もう誰とも番になれないという噂?

「各地で公演予定とか言ってたぞ。」

「どうやって阻止しましょう?」

 え、阻止できんのかな?
 そう言ったクオラジュの瞳が意外と本気っぽくて、冗談抜きで嫌なんだなと感じた。






 フィーサーラはツビィロランを抱っこしたまま階下を過ぎ去っていく青の翼主を忌々しげに睨みつけた。
 何故今更帰ってきたのか。
 フィーサーラ含め、三護さんもりの誰も、何故青の翼主が天空白露を離れているのか知らされていない。
 創世祭の時、前予言の神子ホミィセナが身を挺して天空白露を救った時、何かあったのだろうと思うが、詳しいことは何一つわからなかった。
 翼主は決して軍人ではない。
 物静かな物腰と、穏やかな話し方で気付きにくいが、クオラジュの動作は無駄がなく研ぎ澄まされている。
 フィーサーラも天空白露の治安を守る地守護長ソノビオの息子だ。子供の頃から身体は鍛えているし、神聖力も飛び抜けていた。だが青の翼主クオラジュには正面から力技で行く気になれない。
 
 ツビィロランを連れ去られてしまった。
 フィーサーラにとって、ツビィロランは食指が動く人間ではないのだが、一族の為、いては自分の成功にも繋がる為、ツビィロランの愛情はフィーサーラに欠かせないものだった。
 
 それに、よく見たら小柄で気が強く、アレをねじ伏せることができた時の愉悦感は堪らなそうだ。
 フィーサーラの好みは美しく順従な者なのだが、ツビィロランの夜色の髪と蕩けるような琥珀の瞳は視覚的に受け入れられる。性格はおいおい調教していけばいいだけのことだ。番となれば他とはもう番うこともないし、番がいると他の人間に対する興味が薄れるという。
 演劇場の大きな正面扉を、二人が何やら話しながら出て行こうとしている。
 開放されていた出入り口をくぐると、クオラジュの背に黎明色の美しい羽が広がった。
 星が瞬く夜の空を背景に、透き通る羽はゆっくりと動き出す。

 バサッ……、バサッバサーーー………。

 流れるように空へと舞い上がる。
 その美しさに、ホールにいた者達は息を詰めて見送り、淡く光る神聖力の名残にホゥと溜息をついていた。
 天上人の羽は神聖力の塊だ。天空白露に天上人は沢山いるが、なんの事前動作もなく背に羽を広げ、美しく飛び立つ者はそう多くない。羽を広げるのも、飛び立つのも、神聖力を練り上げて行うのだから、力の差で羽を出す早さや、飛ぶ早さも変わってくる。

 何故青の翼主が帰ってきたのか……。
 話とはなんだ?

「青の翼主と予言の神子様はお帰りに?」

 神仙国の使者フハが後ろから話しかけてきた。青の翼主の登場ですっかり忘れていた。

「はい、何やら話があるとか……。演劇は如何でしたか?」

 フィーサーラはスッと笑顔を張り付けて尋ねた。

「面白かったですね。しかし、青の翼主の性格がかなり違うように感じます。」

 青の翼主は既に挨拶をしたようなことを言っていた。

「そうですね。あのように愛を語る方ではないようです。」
 
 フィーサーラも挨拶程度で言葉を交わしたことはなかったのだが、確かに違うのだろうなと感じた。だがそんなことはどうでもいいことだ。必要なのは青の翼主の番はホミィセナであり、ツビィロランではないと思われればいい。
 ツビィロランと青の翼主は親しいとは聞いていたが、合わせるつもりはなかった。不在時を狙ってフィーサーラがツビィロランを落とすつもりでいたし、親からも番になるよう言われている。

「青の翼主に予言の神子は相応ふさわしくありません。」

 フハの言葉にフィーサーラは突然何を言うのだと驚く。まるでフィーサーラの思考を読んだかのような言葉に、警戒が生まれた。
 フハの後ろにはそれまで全く気配を感じなかった仙達が立っていた。最初からいたのか?わからなかった。
 わあぁん、と耳鳴りがする。
 
「さあ、これを。」

 何か透明な玉を差し出してきた。飴玉くらいの小さな玉だ。
 口元に差し出され、女性の仙が二人近寄ってきて、フィーサーラの口に指を入れ開けさせた。
 六対の焦茶の瞳がユラユラと揺れている。確かに六人皆違う容姿だったのに、今は何故か全員同じ姿に見えた。同じ緑色の肌に、黄緑色の髪。焦茶の瞳は瞬きすることなくフィーサーラを捕らえている。
 コロンと口の中に透明の玉が入れられてしまった。

「飲むといい。」

 艶のある女性の声で命じられる。
 抵抗しなければと思うのに、ゴクリとそれを嚥下えんかした。
 
「さあ、お前は予言の神子の番となるがよかろう。我が力を貸してやる。」

 その声はフハが出したものなのか、別の誰かの声なのか判断がつかない。声は確かに耳から入っているのに、頭の中にこだましていた。
 神仙国の使者が来る前、聖王陛下から呼び出され、注意するよう言われていた。
 その時は他国の使者へ対する礼儀を尽くすようにというだけのものだと思っていたのだが、注意とはこっちだったのかと今更ながらに思う。
 
「お、前達、は…………。」

 身体が思うように動かず、言葉を話すだけでも振り絞らねばならない。

「お前は予言の神子の番となり、女王の子となればよい。」

 何を言っているんだと思いながら、フィーサーラの意識は混濁していった。








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