落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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女王が歌う神仙国

48 月夜の夜

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 クオラジュの中に神聖力の流れを感じ、ツビィロランは慌てていた。

「ちょ、お前、まさか飛ぶ気じゃ!?」

 ツビィロランは抱っこされたままだ。クオラジュが飛ぶということは、ツビィロランも空に舞い上がるということになる。

「ほんの少しです。怖いのなら目を瞑っていて下さい。」

 クオラジュの背に黎明色の羽が広がる。
 羽音を立てて飛び上がると、あっという間に高い劇場の屋根を通り過ぎて見下ろしてしまった。

「ひょええええぇぇーーー!!?!!!?」

 思いっきり下を見てしまった!
 ツビィロランは暴れた。降ろせ!飛ぶなとメチャクチャに手足をバタつかせる。

「暴れては危ないですよ。」

 そう言いつつも、クオラジュは民家の屋根に一度着地し、ポーンと屋根を蹴った。まるで宇宙遊泳をするようにトーン、トーンと屋根を蹴って進んでいく。
 人を一人抱えているとは思えない身軽さで、優雅に疾走する。
 本当は真っ直ぐ空を駆ける方が早いのにと思いつつ、これなら足がついているので文句はないだろうとツビィロランを見下ろした。
 
「……うぅ、ここは、地面………!走ってる、だけ!」

 これでもダメなのかとクオラジュの表情はスンとなる。
 街並みを通り過ぎ、街までスッポリと覆う結界も通り過ぎて、山並みを超えて平原まで来た。ここまでくれば誰も自分達を察知することはない。ツビィロランを見張る気配がしていたが、連れ出したのがクオラジュと知って離れたようだ。
 ツビィロランを降ろそうとしたら、プルプル震えているのでやめた。
 抱っこしたまま近くの大きな石に腰掛ける。
 
 夜の空には月が昇り、流れる雲に陰影をつけていた。サワサワと風が流れて短い草花を波のように揺らしている。
 腕の中のツビィロランはどうやら息を整えている最中のようなので、クオラジュは静かに待っていた。

「………お前なぁ、なんで直ぐに飛ぶんだよ!」

 怒っていた。さっきまで小動物のように震えていたのに、今は中型動物程度に怒っている。
 思わず大事に抱き込んでしまった庇護欲をそそる姿を、もう少し堪能したかった。

「飛ぶ方が早いのですよ。」

「俺は遅くても徒歩がいい!」

 なんて面倒なとクオラジュは思ったが、大人しく「そうでしたか。」と頷いた。ここは否定しない方がいいと感じる。

 本当に中身が違う。
 この中にあの青年が入っているのかと思うと不思議だ。クオラジュほどではないが体格も良かったし背も高かった。ツビィロランは可愛い感じだが、元の彼は端麗といった感じ。
 この強気な性格も頷ける容姿をしていた。

「何故神仙国の使者の案内をツビィロランがしているのです?」
 
 クオラジュは神仙国に居た。
 そして各国へ向けて仙達が訪問し、マドナス国から天空白露も範囲に入っていると聞いて、聖王陛下ロアートシュエに手紙を送った。
 ツビィロランを仙に合わせないようにと。
 テトゥーミを通して直ぐに手紙を送ったので届いているはずなのに、何故ツビィロランは仙達を案内しているのか。
 先に情報を探ったトステニロスからそれを聞き、急いで真っ直ぐに劇場へ向かった。
 心配していた仙ではなく、赤の翼主フィーサーラに襲われていたのを見つけ、咄嗟に助けに入ったのはついさっきのことだ。

「あー………。俺がクオラジュを捕まえたいって言ったから聖王陛下がこうしましょうって。」

「………………。」

 つまり折角の忠告は無視され、敢えてツビィロランを仙達に合わせることによってクオラジュを誘き寄せたと?

「忠告するくらいだから絶対出てくるって言われたんだよ。」
 
 ちょっと申し訳なさそうにツビィロランは言った。

「そうですか………。」

 クオラジュは溜息混じりに返事をした。

「やっぱダメだった?」

 いつもは強気な琥珀色の瞳が、少し弱気になっているのを感じてしまうと、許すしかなくなってしまう。

「もうこのような呼び出しをしてはいけませんよ?」

 これがツビィロランでなければ制裁を加えているところだが、パッと笑う顔に怒りも何も湧かない。

 ツビィロランは未だクオラジュの片膝の上に座っている。小柄な身体は負担をあまり感じなかったが、とりあえず降ろそうとするとギュと首にしがみついてきた。
 何でしがみつくのかとツビィロランを見る。
 琥珀の瞳は月夜の闇の中でも綺麗に輝いて見えていた。

「俺は聞きたいことがあるから、聖王陛下に頼んだんだ。」

「降りないのですか?」

「降りねーよ。捕まえとかないと逃げるだろ?」

「逃げませんが?」

「逃げるじゃん。この前みたいに。」

 クオラジュは一瞬黙った。フイと顔を逸せてそっぽを向く。

「………逃げません。」

「嘘つくなよ。この前尋ねたらボソボソ言ってチューして逃げただろ?」

 顔は背けたまま氷銀色の瞳がツビィロランの方を向いた。
 少し目の下が赤くなっている。
 
「自覚ありじゃん。」

「……………。」

 確かに逃げてしまった。この瞳で見られてしまうとたじろいでしまう。
 意志の強い迷いのない眼差し。
 自分のように逃げてばかりだった人間には眩しい人だ。

「何で逃げんの?」

 それが聞きたいことなのだろうか?
 いや、もっと違うことを聞きたいのだろうに、自分が逃げてしまったから尋ねているのだろう。今度こそ聞くのだという意思を感じる。

「………私はこれでも弱いのですよ。」
 
 ツビィロランがはぁ?と変な顔をした。
 






 いつもは余裕綽々よゆうしゃくしゃくで何事にも動じなさそうなクオラジュが、今は視線を合わせづらそうに恥ずかしがっている……。
 何でそんな顔をするんだ?
 うーーーーむ、とツビィロランは首を傾げた。
 しかも自分のことを弱い人間だとか言っている。
 弱いか?ツビィロランを殺し、天空白露を落とし、ロイソデ国を滅ぼし、竜の首をスパッと切り、スペリトトの像に攻撃しまくってんだぞ?弱いかぁ???

「ごめん、どこが弱いのか説明して。」

 俺は遠慮なく説明を求めた。
 クオラジュが恨めしげに見てくるが、分からないなら聞くしかない。

「私の………、幼少期の話をご存知ですか?」

「ああ、イリダナルから聞いた。」

 クオラジュは頷いた。それを聞いて、まぁやっちゃっても仕方ないかなとは思った。

「同情を引くのも手かと思い話しました。イリダナルは一国の王ですが情に厚くもありますから。」

 節操なくいろんな手を使ってんだな。
 それでイリダナルは天空白露を落とすことに反対しなかったのか。まさかバラバラに落とそうとしているとは思わなかっただろうけど。

「私は物心ついた時には既に透金英の親樹の下で生きていました。用があれば色無の誰かが迎えにきて連れ出され、終わればあの部屋に帰るのです。いうことを聞かなければ暴力を振るわれ、神聖力を吸われた身ではなかなか回復もせず、ロイソデ国には透金英の花を献上しろとせっつかれて…。ずっとその繰り返しでした。」
 
 淡々と話すクオラジュからは何の感情も窺えない。氷銀色の瞳は月の光を受けて銀色に輝いているように見え、冷たい水の中の氷だと思った。
 辛い過去の話をしているというのに、どうしてこんなに感情もなく話せるのか。

「辛いと思うことも、痛いと思うことも諦めたのです。最初は思っていたように記憶していますが、気付けば何も感じなくなっていました。」

 俺は辛いと思った過去は口に出さない。口に出せば思い出し、心が苦しむからだ。
 でもクオラジュは簡単に過去を話す。何でも無いことのように。朝に何を食べたのかを話すのと変わらない気軽さで。
 本当に何も感じていないのだ。
 感じないことによって、自分を守っていたのでは無いだろうか。今はこんなでも、幼い頃は誰でも弱い。幼いクオラジュも弱かったはずだ。

「私は弱かったのです。」

 そうやって逃げながら生きていて、ある日死んだ前々聖王に引き合わされた。入ってくる感情は汚泥のようにクオラジュの中に溜まり、吐き出したくとも粘つくようにクオラジュの心を汚していった。
 折角心を無にして静かに耐えていたのに、この激しい感情はクオラジュに憎悪と愛情を植え付けた。
 学問や鍛錬を積まされても、クオラジュの精神はほぼ育っていなかったのに、長く生きていた前々聖王の感情が、染み渡るようにクオラジュ中に浸透した。
 同時期にはロイソデ国から他国からの侵攻を防ぐ要請が入り、単身クオラジュが向かうことが多くなった。
 天空白露はシュネイシロ神を崇める国であり、どの国にも属さず干渉せずを貫くが、要請内容によっては出ないわけにはいかなかった。
 その最もな理由が人道に反すること。他国から侵略され、大勢の無辜むこの民が苦しんでいるのだと言われれば出ないわけにもいかず、当時の聖王は天上人になる前のクオラジュを戦地に送った。
 何の罪もない地上の人間を切り捨てていく。
 心の中には自分のものではない激情を抱え、人の死臭を纏い、クオラジュの瞳は急速に光をなくしていった。
 そんな日々が数年続き、漸く終止符が打たれる。

 緑の翼主だったロアートシュエが、前聖王を押し退け新たに聖王の座についた。
 同時期に天上人となったクオラジュを地下から出して屋敷を与え、青の翼主としてまともな政務を任せられるようになったのもこの時期だ。
 黙々と仕事に励む青の翼主に、徐々に人々は普通に接するようになってくる。
 誰も知らない。クオラジュの中に荒れ狂う感情があることを。
 透金英の親樹から神聖力を奪われなくなったことと、ロイソデ国の無駄な戦争に駆り出されなくなったことで、クオラジュの中に使われない神聖力が溜まり続ける。
 本来なら天上人になったことにより、自身の神聖力は制御できるはずなのに、前々聖王の感情に引きずられて上手くいかない。
 抑え込める気がしない。
 どこか遠くに行こうか………。
 そこで爆発したように消えればいい。
 そう思うようになってきた時、透金英の親樹から声が聞こえた。
 


 予言の神子を作れ、と。








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