落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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女王が歌う神仙国

49 猛獣使い

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 材料はある。
 それはそう言ってくる。
 その激情ごと透金英の樹に吸わせてやろう。その代わり、死者の再生を行え。
 クオラジュの心はグラリと揺れた。
 
 竜の骨と鱗で器を作り、月冥魂の炎を火力に、大量の神聖力で魔狼の核、生命樹の葉、妖霊の生血、精霊魚の花肉、薬草類を数百種類混ぜ合わせていく。

 心臓はこれだ。

 そう言って渡された透明な球体。
 グラグラと揺れる頭で、言われた通りに組み立てていった。
 どこから来たのか大きな器が現れ、その中でクツクツと人の形が成されていく。透明な球体を核に、骨と神経、血管が伸びてくる。桃色の肉がブクブクと増殖し、人の形を形作っていく。
 透金英の親樹を中心に、古代文字で巨大な方陣が出現していた。

 言われた通りに作業を行いはしたが、荒唐無稽な話に半信半疑だった。
 だがクオラジュの戸惑いをよそに実現していく。
 それは小さな赤ん坊の大きさ。皮膚がつき黒い髪が生えだす。
 どこかで警鐘を鳴らすが、考えられない程の神聖力の嵐が起き始め、クオラジュはなんとか地面に立っているので精一杯になってきた。
 これは何だろう…………。
 人か?神か?
 クオラジュの中にあった数多の感情が消え失せると、スウッと冷静な思考が戻ってきた。
 人を作るなど可能なのか?

 クオラジュの心の中に、命じた意識体の声が響く。

ーーーああっ!!シュネイシロ!!!ーーー

 シュネイシロ?シュネイシロ神のことか?この赤子は神なのか?

ーーー私だよ!スペリトトだ!!!ーーー

 轟々と風が巻き起こり、神聖力の嵐が起こっている。透金英の親樹に漆黒の花が咲き乱れ、光の粒が渦巻いていた。
 神を誕生させるつもりか?
 それが良いことなのか悪いことなのか分からない。
 スペリトトと名乗る意識体は、尚もまだシュネイシロ神の名を呼び続けている。
 
ーーー準備は出来たよ!下の奴らの神聖力を合わせれば、私も肉体を作れるから、一緒に生きよう!ーーー

 下の奴らの神聖力?下?天空白露の下という意味なら、地上に生きる人々のことであり、彼等の神聖力を、合わせる?

ーーー元々は君の力なんだ!生きている価値はないんだよ!ーー

 透金英の親樹がモコモコと大きくなりだしている。幹が太くなり枝が伸び、どこまでも広がろうとしていた。
 透金英の樹は人の神聖力を吸う。地上に生きる人々の神聖力を集めるということは、大量の死者を作ることではないのか?
 この分だと地下に伸びる根も、広がり続けているのではないか?
 
 こんなに嵐が吹き地面が地響きを立てているのに、誰も親樹の元へ来ない。少なくとも聖王陛下は来れなければならないのに、おかしい。

 これは現実か?それとも夢か?

 赤子の黒々とした髪はふっさりとしていた。この轟音の中スヤスヤと穏やかに眠っていたが、その瞳がゆっくりと開きだす。
 眩い金色の光に、クオラジュはブルリと震えた。
 この赤子を目覚めさせてはいけないのでは無いだろうか。もし、目覚めれば、スペリトトの言う通り地上がそれこそ滅ぶのかもしれない。
 天空白露が落ちるよりも更に酷い惨状になるのでは…………!
 そこまで思い至り、クオラジュは瞬時に決断した。

 赤子の目覚めを阻止する。

 そう決定したクオラジュは、赤子を中心に渦巻く神聖力を遮断した。堅固な結界を小さな身体の周りに張り巡らす。
 荒れ狂う神聖力を抑えるより、小規模で強固な結界を張った方がいいと判断した。

ーーーお前っ!何をする!?ーーー

 何が起こっているのかクオラジュにも分からない。分からないが、これは危険だという気がする。
 
ーーー止めろ!ここまで、きて……!ーーー

 スペリトトの声が遠のいていく。
 何とか阻止できたのかもしれない。
 
ーーー貴様っ、、、諦め、ない、、、、ーーー

 クオラジュに作業を手伝わせたのは、スペリトトには無から有へと肉体を作り出す力が足りず、神聖力の多いクオラジュに白羽の矢を立てたのだと判断し、作成者のクオラジュなら中止することが可能では無いかと思い邪魔してみた。
 上手く止めることが出来たようで安心した。

 徐々に神聖力の嵐が止んでくる。
 クオラジュの髪も吹き飛ばされぐしゃぐしゃになり、服もあちこち切れて汚れたが構っていられない。
 透金英の親樹の根元に赤子が眠っていた。全裸で丸まりスヤスヤと寝ている。
 漆黒の髪の見た目は普通の赤ん坊。

「……………生きている?」

 消えなかった。クオラジュが結界で包んだからだろうか。おそらく術は中途半端な形で止まったとは思うが、この赤ん坊がシュネイシロ神として生まれたのかどうかが判断つかない。
 近寄りそっと触ると暖かい柔らかな肌の感触がした。
 気付けば嵐は完全に止み、透金英の親樹も元の大きさに戻っていた。
 残ったのは赤ん坊だけ。
 流石に殺すことは出来なかった。
 仕方なく連れ帰り、聖王陛下のもとに連れて行った。黒い髪なら予言の神子としか言いようがない。この子がどう成長するか分からないが、クオラジュにも考える時間が必要だった。



「なるほどね。それでツビィロランは十三歳までロイソデ国にいたと?」

「危険な子供なら国を滅ぼすかもしれないので、滅ぶならロイソデでも良いかなと思いまして。」

 いや、そー……か?そうなのか?おかげでツビィロランはバカに育ったけどな?

「殺そうと思った動機は?」

「十三歳でツビィロランが戻った時、身体の中の神聖力の大きさにやはり駄目なのだと感じました。力が大きすぎました。予言の神子としてツビィロランが天上人となった時、透金英の親樹に花を咲かせれば、本格的にシュネイシロ神とスペリトトが復活するのかもしれないと思いました。」

 そして神聖力が減った天空白露はまた空に浮かび、スペリトトが言うように地上にある神聖力、要は人々の神聖力を抜き取ってしまうと?
 天空白露の人口より、地上の方が遥かに多い。取捨選択によりクオラジュは地上に生きる人間をとったと言うことになる。
 よく言う小さな犠牲というやつだ。
 それに天上人や神聖力の多い人間なら自力で生き残るだろうし、天空白露になら沢山飛行船がある。実際天空白露が海に落ちた時も、殆どの人間が飛行船で脱出していた。ほんと驚くほどの素早さだったのだ。

「ツビィロランは私の中では生きた人形程度の価値しかありませんでした。直ぐにロイソデに預けられましたし、私はその頃には聖王陛下の計らいでほぼ地上に降りることもなくなりましたし。だから一度は殺せたのです。そして、時間をかけて透金英の親樹が弱るのを待ちました。おそらくツビィロランの身体を作るために透金英の親樹も天空白露も、弱っていると判断しました。」

 後は俺が知る内容ってことか。
 ま、なんでクオラジュがこんなことをやったのかは理解できた。つまり恨みつらみではなく、人の命を守りたかったんだな。
 やっぱりクオラジュは弱くないんじゃないか?
 むしろ強い。
 それでも幼少期の体験が今でも心に残ってるんだろうか。自分を弱いと判断するくらいに。

「私は貴方の瞳を見ると躊躇ってしまうのです。」

「……?なんで?」

「生きているのだと感じてしまうからです。元のツビィロランは作り物だと思えたのに、湖で見た貴方の眼差しを思い出すと、私は…………。」

 言葉が止まってしまった。
 言いかけて視線が外れっぱなしだ。話してる間も俺は膝に乗ってクオラジュの首に片腕を掛けて逃げられないようにしていたわけだが、全くこちらを見ないで話している。

「俺の目がなんかあるのか?」

 クオラジュの口がモゴモゴとしている。いつもの自信満々なクオラジュはどこいった!
 チラッと漸く俺の目を見た。
 氷銀色の瞳に感情がある。ゆらりと揺れて、俺の瞳の奥を見られているような気になった。
 しばし見つめ合う。
 先に負けて視線を外したのはクオラジュの方だった。

「~~~~~~~っっっ!とにかく!殺せないなと思ったのです!」

 クオラジュは叫んだ。

「いや、何なんだよ!?冷静沈着孤独キャラはどこいったんだよ!?」

 駄々っ子のような言い草に思わずツッコむ。

「なっ!?何ですか!?冷静沈着はともかく孤独?きゃら?」

「あー、いーの、いーの、俺の思い違いみたいだ。」

「……バカにされている気が……。」

 クオラジュは何故か悔しそうだ。

「あっ!分かった!この顔が好みなんだろ?」

 ピンと閃き尋ねると、クオラジュの顔が思いっきり憮然とする。

「好みだったら一度目も殺せませんが?」

 堂々と殺した相手に言えるところが凄いな。
 ま、とりあえず俺のことは殺せないらしい。一安心だ。
 俺は安心出来たことで緊張を解いた。俺が緊張を解いたことにより、クオラジュの力も少し抜ける。俺の腰に両腕を巻きつけ、ポスンと俺の肩にクオラジュの顎が乗っかった。
 いや、ほんと孤独キャラじゃないよなぁ。

「この身体についてはまだ少し調べてみる必要があります。貴方の胸にある透明な球体ですが、神仙国にいる仙達の種……というより古の女王ラワイリャンの種のようなのです。」

「種?そーいや発情期なんだっけ。神聖力を集めて種を作るんだろ?」

「そうです。仙の種には神聖力を溜め込み循環させ、種から生まれたもの同士、精神が繋がる仕組みがあると思うのです。貴方にはそのうちの一つが使われています。」

 使われてますと言われても正直実感はない。

「俺も仙ってことか?」

「いえ、種は発芽することなく核として使用されていますし、身体は万能薬で作り上げているので全く違います。」

 どうにか出来ないか調べるので待っていて欲しいと言われ、俺は頷いた。
 俺が聞きたかった大部分は知れたのではないだろうか。後は元の世界についてだ。

「俺さ、元の世界に帰れるかな?」

 クオラジュは俺の肩から顔を上げた。氷銀色の瞳がそろりと窺っている。

「帰りたいのですか?」

「………まぁ、出来れば?俺の身体死んでると思ってたけど生きてるみてーだし。元の身体じゃなくても、生まれ変わりみたいに戻れないかなと…。」

 クオラジュはジッと俺を見ていた。そしてまた顔を伏せてしまった。

「申し訳ありませんが、分かりません。私も初めて見た景色でした。全く知らない場所です。こちらから意図して行けるのかどうかすら分かりません。」

 うーん。そうだよなぁ。俺の夢に入ってきた時も不思議そうにしてたしな。

「そっか……。やっぱスペリトト捕まえるしかないか。」

「捕まえるつもりですか?」

「一応?色々聞いてみたいし。今は透金英の親樹にいないみたいだけどな。」

 どこいるんだろうか?俺には知識がない。今の予言の神子という地位を使ってどうにか調べられるんだろうか。

「危ないと思います。」

「じゃあ、手伝って。」

 クオラジュがガバッと上半身を離した。
 何とも言えない顔をして、何か言おうとして言葉を探しているようだが、諦めたように溜息を吐いた。

「一度殺そうとした人間に頼みますか?」

「いいじゃん。別に。もう殺さねーよな?」

「………。」

「な?」

「…………はい。」

 よーし、よしよしよし!
 俺は嬉しくなってクオラジュの頭をわしゃわしゃと撫でた。まるで猛獣使いになった気分だ!

「………………。」

 クオラジュの目が半眼になっているが気にしない!
 今日はもう遅いので話はまた明日ということになった。
 クオラジュが羽を広げて、俺を抱っこしたまま飛んで帰ろうとするので、俺は低空飛行で帰るよう指示をしたら、一応言われた通り低く飛んで帰ってくれたのだが、ずっとブツブツ文句を言っていた。

「これじゃ足を使って帰るのと変わりありません。」

 ということらしい。
 足で帰るのと羽で帰るのにどう違いがあるのか俺には分かんねーよ。









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