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女王が歌う神仙国
68 黎明色と夜色
しおりを挟む聖王陛下のやたらとキラキラした期待した目から、逃げるように自室に帰ってきた。果たして何を期待されているんだろうか。
露骨にクオラジュとの仲を探られている気がする。津々木学だった頃は平気で彼女の話で盛り上がったりもしていたのに、この微妙な現在の距離を探られるのは気恥ずかしくてどーにもならない。
しかも男同士!
いや、友達にもどっちもいけるとか言ってたやついたけどさ?
俺は完全なるノンケと思ってたし?あ、ノンケっていう言い方も妹から聞いたんだけどな?
妹の絵のせいでこの世界に来たのかと思ってたけど、実は違ったんだろうか。妹は超能力者でもなんでもないしなぁ。ただ絵を入れただけで、他にも要因があったとか………。
なんだろう?
向こうの世界で異質な物と言えば、コーリィンエの誘導で魂だけ向こうに行った時、シュネイシロと名乗った高校生。あれは異質だよな。なんでシュネイシロが向こうにいるんだよ。
「それともシュネイシロが向こうにいるから、俺がこっちに来たのかも……。」
口に出すとそんな気がしてきた。
うんうん、なんか関係ありそう。あのセンター分け高校生知り合いにいたっけー?いや、十年前に俺はここに来たんだから、あの高校生も十歳引くとすると幼児?幼稚園とか保育園とか通ってるくらいか?
そんな小さい子………。
チカッとなにかが閃いた気がした。
でも一瞬だから顔は覚えてない。でもあの子は俺の葬式に来てたんだ。妹が最後にって絵を入れている時、あの子は並んだ椅子に座ってた。両親と一緒に呆然と……、呆然と上を見ていた。
浮かんでいる俺と、目が合っていた…?
少し興奮してきて、俺は頭を冷やすために窓を開けた。外は雲があるのか、暈を被った月が空に浮かび星の見えない空を照らしていた。
明日は雨になるのだろうか。
外には出ず開けた窓に寄り掛かって空を見上げていると、バサリと大きな羽音がした。
「クオラジュ…?」
何となくそう感じた。
クオラジュは気配がしない。どうやら無意識に抑える癖がついているらしく、普段から全くクオラジュの神聖力は感じない。それでも何となく感じる密やかな気配がそう思わせた。
ふわりと上から影が降りてくる。
神官服ではなく普通にシャツとズボンだけという軽装だ。
「こんばんは、ツビィロラン。」
ニコリと笑う氷銀色の瞳は穏やかだ。
この笑顔は誰にでも向けられるわけではないことを今は知っている。
「こんばんは。」
笑い返しながら夜の挨拶をした。なんとなく来る気がしたのだ。
「寒くないのか?」
もう冬に向けて気温は下がってきている。朝晩は冷え込むのに、いたってクオラジュは普通だ。
「ええ、平気です。」
空を飛ぶというのに鳥肌一つ立っていない。これも神聖力の力だろうか。
制御が出来ない自分にはよく分からない。ただ身のうちから神聖力はこぼれ落ちていくだけだ。
「入っとく?」
身体をずらして促すと、今日はすんなりと入ってきた。
窓はどうしようかと一瞬考えたが、クオラジュが閉めてしまった。キチンと鍵までかけてしまう。こういうところが几帳面だなと思う。
「聖王陛下との晩餐はいかがでしたか?」
ギクっとして、ああ、うん、と濁す。どうと言われてもクオラジュとの仲を探られたのだとは言い難い。「美味しかったよ。」と無難に答えた。
「私も暫くは聖王宮殿で寝泊まりすることにしました。」
「え?そうなのか?」
なんでもクオラジュが不在中、溜まりに溜まった書類と保留案件が多すぎて、それを捌く必要があるのだという。
赤の翼主になりたてのフィーサーラは謹慎中なので、あとは役に立つのか立たないのか分からない聖王陛下とテトゥーミを見張らなければならないらしい。
「トステニロスはいつ戻ってくるんだ?」
「最速でも一月はかかりますね。」
それまでクオラジュ一人っぽい。
「え、てか聖王陛下って役に立たないのか?」
「………そういう訳では無いのですが、ゆったりしているというか、要領が悪いというか……。アゼディムが密かに自分の仕事と並行して手伝っているようなのですが。」
緑の翼主一族ってそんなのしか残ってないのか?残念な一族だな。
そんな訳で泊まり込みです。とクオラジュは言った。早くトステニロスが戻ってくるといいな。
「それよりも、これを。」
クオラジュはポケットから何か取り出した。渡されたのは神仙国で買ったもう一つの指輪だ。小さな黒色の石がはまっていた。
「琥珀じゃねーんだ。」
思わずポロリと呟いてしまう。俺がもらった指輪には銀色っぽい石だったから、てっきりこっちには琥珀かと思っていた。
「ふふ、貴方の瞳は黒でしょう?」
「え………。」
そうだけど……。そうなんだけど、それは津々木学の瞳の色だ。
一瞬俺は泣きそうになった。なんでか心がザワザワする。溢れる何かを感じて感極まったように涙が浮かぶ。
プルプルと首を振って、気を取り直して笑顔を作った。
「え、えと、そだな。よく覚えてたな。そ、そだ、えっと、俺、指輪に神聖力の入れ方わかんねーんだけど。」
吃りながらも何とかそれだけを言う。自分の挙動不審さにかなり焦ってしまう。
クオラジュはそんな俺を見て手を握ってきた。
今さっき閉めたばかりの窓の鍵をまた開ける。俺の手を引いたまま、クオラジュはベランダに引っ張って行った。
「散歩しませんか?」
唐突な申し出に、俺の涙は引っ込んだ。いや、ベランダから散歩って。
「まさか飛ぶとか言わないよな?」
クオラジュはすぐに羽を出して飛びたがる。
「まぁまぁ、その方が神聖力が流れやすいですから。」
本当かぁ?と疑ってしまう。笑顔が怪しい。
疑う俺に、クオラジュは問答無用で手を引き腰を持ち上げた。
「どわっ!」
予備動作なしでフワリと身体が浮かんでいく。
クオラジュは自分の身体が下になるように抱き上げていた。黎明色の羽と長い髪が、下にぶら下がった俺の足に優しく纏わり付いては離れていくのがくすぐったい。
眼下に広がる暗闇には、聖王宮殿の窓から溢れる灯りの中、時折動く人影が見えたが、それも高度を上げていくと小くなり見えなくなった。
チラチラと暗闇に動くのは警備の兵士が持つ灯りだろうか。
町の方はまだ活発に動いている気配がした。
向こうの世界なら、高いビルに登って下を見ても、道路は外灯が照らし店から漏れる灯りや電飾で何があるのかよく見える。
だけどこの世界は暗い。暗闇なんかない程照らす外灯も、夜中まで人を呼び込む店の明かりもない。
夜空に月と星が光らなければ、真の暗闇が襲ってくるだけ。
それなのに不思議と怖さを感じなかった。
足はぶら下がり不安定なのに、腰を支える手は信頼できた。
何も見えないからこそ、暗闇の中にクオラジュの透明な氷のような瞳が輝いて浮かび、黎明色の髪と羽が地面を覆い隠す。
「どうでしょうか?怖いですか?貴方が落ちても必ず私が救い上げますよ。」
俺は今クオラジュの下っ腹あたりに跨ぐように座っていた。下になったクオラジュは空気椅子に座るようにゆったりと浮かんでいる。ぐらつくこともない安定感はクオラジュだからだろうか。顔に似合わずがっしりとした身体は硬く丈夫でどんなものからも守ってくれる気がした。
「………うん。なんか怖くない。」
クオラジュが嬉しそうに笑う。
「あ、でも昼間はダメかも。今は真っ暗で見えないからさ。」
「成程ですね。」
クオラジュは俺の片方の手を上から握った。指輪を持っていた方の手だ。
クオラジュから神聖力が流れてきたのが分かった。ゆっくりと手を通して俺の中に入り、またゆっくりと俺の神聖力を誘導して外に出している。
器用だなと思う。人の神聖力を自分の神聖力を使って流しているのだ。
「さあ、もういいでしょう。」
暫くするとクオラジュからそう言われて、指を開いて手のひらの中の指輪を見た。指輪は漆黒に金や銀の小さな小さな粒子のような粒が舞う夜色になっていた。
「おおっ、出来てる。」
俺が感嘆の声を上げると、クオラジュは楽しげに笑う。
「つけてくれませんか?」
クオラジュは左手を俺に差し出した。同じ指でいいのだろうかと気にしながらも、俺はクオラジュの中指に指輪を通した。薬指はちょっとな、と思ってしまうのだ。
クオラジュは色が白いので、白く長い指に夜色の指輪が目立つ。俺が空に浮かぶ月に向けてクオラジュの手を持ち上げ、中指にはまった指輪をシゲシゲと見た。
今日は薄曇りなので星空と比較できないのが残念だ。
クオラジュは少し寝そべった感じで上向で浮かんでいた状態を、羽を数度羽ばたかせて上半身を持ち上げ、手を上に上げている俺に近付いた。
氷銀色の瞳がすぐ目の前までくる。
「ど、どうした?」
近いんだけど、と思いながらも、心臓が跳ね上がる。
「ありがとうございます。」
「いや、指輪貰ったの俺の方だから……。」
身体が近付きドキドキしてきた。ちょっとおかしい。最近おかしい。クオラジュの顔を静視出来ない。
クオラジュの指輪をはめた手が俺の頭に乗り、数度撫でてゆっくりと耳を掠めて頬に降りてきた。
指輪の固い表面が頬につく感触がする。
手が大きく指が長いので、簡単に俺の横顔を覆ってしまう。親指がスルリと撫でる仕草にビクッとしてしまい、変に意識すれば気不味くなるだけだと分かっているのに、緊張も動悸も激しくなってきた。
「そんな緊張しないで下さい。それとも怖いですか?」
「いや、違う。んにゃ、そう、高いしな!」
違うことに緊張しているのだが、ここは高所恐怖症の所為にしよう!
「では話題を……。そうですね、貴方の身体を作り替えようと思っています。」
「え!?どうやって!いや、何で!?」
そんなビックニュースを今言うのか!?と思ったが、俺はクオラジュの服を掴んで身を乗り出した。
「貴方の身体の中にある仙の種を抜き取りたいからです。まだ代用品の当てはありませんのでもう少し調べてみますが、必ず成功させてみます。その時にこの背中の傷も治すつもりです。」
そう言えば昨日の夜、飛行船でも背中を見ていたことを思い出した。治すつもりで見てたのか。
「出来るのか?」
「一度万能薬の製作を実験してみたいので、ラワイリャンの仮の身体を作ってみようかと思っています。その為にトステニロスには材料を取りに行かせています。」
クオラジュはそれに…、と続ける。
「貴方の中にラワイリャンが居続けるのは我慢なりません。」
「でも全然反応ないぞ?寝てるのか起きてるのかも分からないんだけど。」
そう言ってみたが、クオラジュは絶対起きていると言い切った。
そうなのかなぁと胸をポンポンと叩いても反応はない。ついでに動悸が治れぇ~と撫でておく。
「こうやって二人で過ごしても覗かれていると思うと我慢なりません。」
クオラジュは俺の叩いている胸にトンと額をつけてきた。スリっと擦り寄られ、少し不機嫌そうに言うクオラジュが、妙に可愛く見えてくる。
目を瞑り俺もクオラジュの首と背中に手を回す。
黎明色の羽がパサリと動くと、ユラユラと揺籠のように揺れて楽しくなってくる。
「ふふ、あはは。」
俺が笑って足をぶらぶらさせていると、クオラジュがチラッと見上げてきた。
「貴方は少し警戒心を持つ必要があります。」
「何だよ。そこらへんはちゃんとしてるけど?」
「いえ、そうではなく…。」
俺の腰を持たれて位置調整される。そう、下腹部からちょっと下に。
「…………………。」
ん?と首を傾げた。ゴリっとね。立派な、ね。
「私は貴方には紳士的に向き合おうと努力しているのですよ?そんなに煽られては我慢にも限界があります。」
「ドーモスミマセン。」
「必ずラワイリャンを引っ張り出してみせます。」
クオラジュが意気込んでいる。
夜空の空中散歩は無事終わり、俺を部屋に帰したクオラジュは戻って行った。今日はちゃんと扉から。
聖王陛下に部屋を用意させたらしいけど、どこの部屋か聞いたら俺の部屋の隣だった。
去り際、さりげなく前髪をずらしてオデコにチュッとされてしまい、俺は目を見開いたまま固まってしまった。
氷銀色の瞳を細めて笑うクオラジュが扉の奥に消えていく。
フラフラとベットに横たわり、今日は疲れたとゴロンと転がる。
さっき帰ってきたばかりの窓はキチンと鍵まで閉められて、レースのカーテンも閉じていた。几帳面だなぁと思う。
クオラジュにはだいぶ助けられている。ハッキリとは聞いていないけど、好意は感じている。と言うか勃ってたしな。
男とは絶対にないと思っていたのに、かなり心の中に入り込まれたなぁと思ってしまう。
目を閉じれば夜空の月よりも綺麗な氷銀色の瞳が浮かんでくる。
ほんと、マズイなぁ~。
さっきの散歩を思い出して、心が暖かくなってくる。
ホントに………、俺は、この世界にずっといて、いいのかなぁ……………。
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