落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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女王が歌う神仙国

67 聖王陛下の一人世界

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「やぁ、ヘタレな予言者殿。」

 朝からイリダナルがサティーカジィに絡んでいた。
 それを見たツビィロランは首を傾げる。
 ツビィロランはあのままクオラジュに抱きしめられた状態で寝てしまった為、起きたら自分の部屋だった。左手中指には昨夜の指輪がはまっている。黎明色の指輪はツビィロランの手が動くたびにゆらゆらと色が揺れて見ていて飽きない。

 嫌そうな顔のサティーカジィがイリダナルを鬱陶しそうにしているのを見て、何があったんだろうかと不思議になる。

「………やめてくれませんか。」

 グイグイと肩を組んでくるイリダナルを、サティーカジィはなんとか剥がそうとしている。
 イツズに何があったのか聞いても微妙に困った顔をして教えてくれないし、リョギエンは早く寝てしまい分からないと言う。

「なんかあったの?」

 後ろにいたアオガに聞いても、ヒョイと肩をすくめるだけ。

「あんな大声ビックリしますよ。」

「大声?」

 テトゥーミが近寄って来てアオガに文句を言いだした。
 アオガは知りませーんといった感じでそっぽを向いてしまっている。

「昨夜アオガがサティーカジィにヘタレと怒声を浴びせたのですよ。」

「え!?俺聞いてないんだけど!?」

 どうやら熟睡して気付いていなかったらしい。二度寝なんてこっちの世界に来て成功した試しないのに、お腹は満たされるしクオラジュの体温が暖かいしでぐっすりと寝てしまったようだ。
 でも俺もちょっと聞きたかったなぁと残念でならない。

 惜しかったと悔しがるツビィロランを見て、アオガは昨夜を思い出す。


 叫び声に慌てて出て来たのはイリダナルとテトゥーミだった。そしてクオラジュは寝てしまったツビィロランをまたもや抱っこして船内に入って来た。

「どうした!?なんだ先程の叫び声は!?」

 どうやらアオガの雄叫おたけびに気付いた神聖軍の兵達も集まってきてしまった。近くにはいなかったアゼディムまで兵達に呼ばれてやってくる。
 大事になってしまった。
 いや、でもヘタレなサティーカジィが悪いのだと、アオガは開き直った。

「どうしたんだ?」

 アゼディムに問い掛けられ、しまったなぁとアオガは思案する。ついこの前まで神聖軍にはお世話になっていたので、ここで問題を起こすべきではなかった。
 でも我慢できなかったのだ。

「なんでもないのですよ。少々思い出話に花が咲いただけです。」

 クオラジュが助け舟を出してくれた。意外と優しいのかなとアオガは首を捻る。
 解散していいと言うクオラジュに、アゼディムは頷き兵達を元の持ち場に戻らせた。
 ホッとアオガは息を吐く。
 
「ちょっと興奮しちゃって…。すみません。」

 アオガが謝るとイリダナルとアゼディム、それからテトゥーミは戻って行った。
 残されたのはアオガと寝ているツビィロランを抱っこしたクオラジュ、そしてサティーカジィとイツズだ。

「気持ちは理解できますが、今は夜中ですよ。」

 クオラジュの周りから薄い何かがシュッと消える。
 それを見て遮音をかけていたのかと気付き、ツビィロランがスヤスヤと寝ている訳を理解した。

「先程は有難うございます。」

「構いません。出来ればそこに食器を置いたままにしているので片付けてもらえませんか?」

 薄っすらと笑って頼まれてしまった。まさかこれ頼むために庇ってくれたとか?
 その後、部屋に戻っていくクオラジュ達とサティーカジィ達を見送って、食器を片付けたのだが…。


 ふと意識を今に戻してツビィロランに尋ねた。

「ねぇ、サティーカジィ様とイツズの仲はどうなってるの?」

 気になる。人がどんだけ人生振り回されたと思ってるのか。この二人がこれで上手くいかないとなると、アホらしい。

「ん?んーー………。いやまぁ、俺の所為でもあるしなぁ。」

 ツビィロランが言いにくそうにするので、廊下の隅に引っ張って行って聞き出した。

「はぁ?じゃあツビィロランが戻んなきゃいいでしょ?」

 アオガのスパッとした結論に、ツビィロランは苦笑した。ツビィロランの中にいるのは別人であることも伝えたが、アオガは「そんな感じするね。」とアッサリしたものだ。

「そうですよ。ツビィロランはもう既にこの世界の人間なのですよ。」

 アオガとツビィロランの会話にクオラジュまで混ざってきた。

「そーでしょ?もう十年以上いるんだよ?もういいと思うけど?」

 畳み掛けてくるアオガにツビィロランの意思もグラグラと揺らぐ。
 イツズとは違って二人の意見は妙に強い。思わず頷かされてしまいそうになる。

「もうちょっと、考える。」

 本当にそれでいいのか考えたいと言うツビィロランに、アオガは納得いかないと口をへの字にした。
 昨夜のクオラジュとのイチャつきぶりを見て、何を迷うのかと言いたかったが、サティーカジィ達よりはまだ可能性は高そうなので、まぁいいだろうと渋々納得した。
 ツビィロランがチラッとクオラジュを見上げ、クオラジュが柔らかく微笑み返すと、頬を染めて俯く様子に、アオガはシラ~と気持ちが凪いでくる。
 こっちは時間の問題だなと結論付けた。

「ま、いいよ。応援する。せめて私が天上人になるまではいて欲しいし。」

「現金な奴め。」

「ツビィロランが考えすぎでしょ。ああ~私もヤイネに会いたい。」

 口をへの字にして愚痴をこぼすアオガに、クオラジュが贈り物の配達を申し出て、アオガは躊躇なく頼んでいた。






 無事、天空白露には到着し、ツビィロランは聖王宮殿にある自分の部屋へ帰ってきた。
 イリダナルとリョギエンは巨大飛行船でマドナス国へ帰ったのだが、一旦花守主の屋敷に戻らねばと言い出したリョギエンを引っ張って行ってしまった。
 リョギエンは一応当主のはずなのに屋敷を放置してるんだろうか。
  
 帰宅早々聖王陛下から晩餐の招待を受けたので、俺は話ついでに行くことにした。
 聖王陛下ロアートシュエのおっとりとした上品な話し方は嫌いではない。たまにとぼけたことを言うのも楽しくはある。
 晩餐には聖王陛下以外に神聖軍主アゼディムも参席していた。いつも朝食は聖王陛下と二人きりなので新鮮だ。
 聖王陛下の食べ方が上品なのは分かるけど、アゼディムも綺麗な所作で食べていた。

「今回は大変でしたね。クオラジュに怒られてしまいました。」

 困りましたねぇ~と言った感じでしみじみと聖王陛下はいうが、柔らかな笑顔に反省の色は見えない。常習犯な気がする。

「はぁ、俺が頼んでやってもらったことなので気にしなくていい。」
  
 姿をくらましたクオラジュを誘き寄せる為に、仙の案内役はどうかと言われて引き受けたのは俺だし、責めるつもりは一切ない。
 
「フィーサーラは謹慎一ヶ月と減給になる。」

「本当は赤の翼主から退任させようかとも思ったのですが、ソノビオ地守護長から減刑の申し入れもありましたし、フィーサーラ自身能力が高いのは確かなのです。あまり重い処分にすると反発する勢力もありますので………。」

 今度は申し訳はそうに聖王陛下はそう言った。
 天空白露のトップは聖王陛下ロアートシュエだが、何でもかんでも自由に出来るわけではないだろう。

「ん、了解。ただ俺はもうフィーサーラに近づきたくねーかな。」

「それは勿論。」

 あんまり予言の神子として仕事してないから言いにくいけど、貞操の危機感じながら一緒にいたいとは思えない。

 神仙国であったことはクオラジュが報告してくれているらしく、俺への話はそうたいして多くなかった。
 和やかに食事は進み、デザートまでは普通だった。食後に紅茶はどうかと言われて、トロッとしたクリーム多めのケーキが甘かったので、無糖でお願いした。この世界って食文化は進んでるんだよな~と思うが、俺的には助かる。神聖力を含んだ食材が豊富に揃うからだろうかと思いながら、スプーンでクリームを掬った。

「……………?」

 パクりとスプーンを咥えていると、聖王陛下がニコニコと俺を見ていた。なんだろう?

「ところで………、クオラジュと仲が深まったそうですね。手助けした手前、進展したようで嬉しいです。」

 本当に嬉しそうに言われてしまった。

「いや、え?そ、そーかな…。」

 確かに仲良くなったと思うけど、改めて他人にそう言われると気恥ずかしい。元々は情報を聞き出すつもりで誘い出したのに、なんだか違う方向に向かっている気がする。

「はい、クオラジュの神聖力を含んだ指輪まではめておりますしね。」

 指輪はつけている。金属っぽいのにユラユラと黎明色が揺れる指輪なんて珍しくて、気に入っている。よく見ると小さな白銀色の石が付いていて、クオラジュの氷銀色の瞳を思い出す。
 感情を読ませない底知れない氷のように冷たい瞳が、最近温かみを持って細まり俺を優しく見る。それがなんとも目に焼き付いて離れなかった。
 色々と思い出すと顔が赤らんできた。
 いかん、いかん、平常心!
 ちょっと最近の俺は乙女な気がする。

「我が子が成長したように感じて嬉しいですねぇ。」

 聖王陛下のセリフにガクッときた。

「それどっちが子供?俺?クオラジュ?」

「どっちもですよ~。」

 おっとりと言い切られてしまった。
 なんか、あれだな。この感じ……。

「親戚のジィちゃんみたい。」

 言われた聖王陛下はガーンとショックを受けていた。でも笑顔が崩れないところが聖王陛下らしかった。







 先に退室したツビィロランを見送って、ロアートシュエは手にしたティーカップを音もなくそっと置いた。
 
「はぁ~、小さな攻撃を受けた気分です。」

 黙々と二人の会話を聞いていたアゼディムが、珍しく顰めっ面を解いて小さく笑った。

「年齢的には間違っていないな。」

 二人は番になっているが子供がいるわけではない。
 金緑石色の瞳がアゼディムを覗き込むように瞬いて見つめてきた。

「あの二人は番になれるでしょうか?」

「あの二人の問題だ。」

「番ったら子供作ると思います?」

「いや、だから…。」

「どーなのでしょう?ツビィロランの身体は私達と変わらない機能を持っているのでしょうか。気になります。」

「ロア?」

「あぁ、もし子供が出来たとしたら私にも抱っこさせてくれるでしょうか?」

 気分は本当に身内のおじいちゃん。まだ見ぬ孫の誕生にウキウキとしだした。

「こら、聞け…!」

 自分の世界に入ってしまった番に、アゼディムは溜息をついた。こうなると自分の世界に入り込んで、長いことを知っている。

「ちょっと、楽しみですねぇ。」

「はぁ………。」

 









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