落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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神様のいいように

121 満月の夜に消えてしまいたい

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 パサササ…………。
 漆黒の羽から金の粒が降り注ぎ、イツズはうわぁと感嘆の声を上げた。
 まだそんなに高い位置は一人で飛べないと言って、ツビィロランは人の背よりも少し高いくらいの高さで飛ぶ練習をしていた。
 飛ぶたびに光の粒が舞って美しい。
 教えているのはヤイネだった。アオガもイツズも開羽していない。アオガは自身の神聖力の多さから必ず天上人になれるだろうし、イツズもサティーカジィと番になったことによって体内に神聖力が溢れるようになった。なのでいずれ二人は開羽するだろうと言われているが、まだその年齢に達していない。
 
「早く僕も羽欲しいなぁ。ツビィと一緒に空の散歩したい。」

 指を咥えて強請る子供のようにイツズはぼやいた。

「私だって欲しいよ。どうして私達は年下なのかな!」

 イツズとアオガはどちらも眩い金の髪に真っ赤な瞳をしている。最近兄弟とよく間違われる。だがお互いそれは嫌ではないのでそう言われても流すようになっていた。
 見上げて話していた二人の前に、ツビィロランとヤイネが降りてきた。

「これで高度を上げれるようになれば完璧ですよ。」

 ヤイネはおっとりとツビィロランを誉めた。

「そうか?なんか人に羽が生えたって飛べるわけねーだろっ!ていう固定観念の所為かたまに落ちそうになるんだよなぁ。」

「羽が生えれば飛べるでしょ?」

 ツビィロランには津々木学の常識や知識があるので、どうしても人が飛べるわけがないと思ってしまう。その意識がある所為で手こずっていたのだが、ヤイネの粘り強い指導で何とかモノになってきた。
 それを言っているわけだが、こちらの人間には何を言っているのかと不思議がられる。こっちの世界では羽があったら飛べるもんなのだ。
 アオガから不思議そうに言われてしまった。

「いろいろあるんだよっ。」

 こればかりは説明しても皆んな首を傾げる。傾げず全肯定で聞いているのはクオラジュくらいだ。

「そろそろお昼ですので中に入りましょう。」

 ヤイネが昼食にしようと声を掛けてきた。四人は聖王宮殿の庭園にいた。まだ天空白露は混乱している為、聖王陛下とクオラジュ達はその後処理で忙しい。妖霊達が攻め込んできた時、かなりの死者が出てしまった。生きていた人達はシュネイシロが治癒していったのだが、死んだ人間はどうにもならなかったらしい。妖霊の王ジィレンが満月の夜に器を燃やす炎にしてしまったので、昇華されて消えてしまっていた。
 アオガは手伝うと言ってヤイネと歩き出したので、その後ろをイツズと一緒に並んで歩き出す。
 ヤイネが自分の緑の羽を消すのを見て、自分も消さなきゃと神聖力を抑えた。
 シュッと消えたのを確認して、聖王宮殿の奥の方を確認する。

「ん、クオラジュもお昼かな?」

「本当だ。サティーカジィ様も動き出してる。」

 二人は自分達の番の位置が何となく分かるようになっていた。二人で神聖力って便利だねーと笑い合う。

「ヤイネ!クオラジュ達と食べたい!」

 先を歩くヤイネに告げると、ヤイネは手配済みですと笑って答えた。なんて出来る従者なんだ!



 イツズは隣を歩くツビィロランを見上げた。
 身長を越されてしまった。こちらが本来のツビィロランの姿なのだと聞いて、何となく納得した。ツビィロランの性格は自我が強くハッキリしている。前の小柄なツビィロランにその性格は可愛かったけど、この綺麗なツビィロランにはよく似合っていた。
 少し大きめの切長の目に端正な顔立ち。肌も綺麗で少し黄色っぽい肌色が珍しい。
 イツズが見つめていると、ツビィロランはその視線に気付いて微笑んだ。
 チラッと斜めに見て笑う仕草は変わらないのに、何だかとっても色っぽい。
 顔を赤くしてイツズは手を組む。

「ツビィがとってもキレイなんだよ。」

 何故拝むのかとツビィロランは呆れた。





 大きな月が空を明るく照らしていた。
 薄青い地面に濃い青の影が伸びる。月が明る過ぎて星が見えないくらいだった。
 パサササと二つの羽音がして、ジィレンの背後に着地した。

「態々見送りに来たのか……。」

「シュネイシロが最後に一人は寂しいだろうから見送ってやってくれって頼んだからな。」

 ツビィロランはシュネイシロにそう頼まれてしまった。了承も得ない身勝手な頼み事だが、無視はしたくなくてクオラジュを連れてやってきた。
 きっとここに居るからねと言われた場所だが、大陸の北に位置するここはただの森と岩場の崖しかない場所だった。雪が降り白く針葉樹林に積もって雪化粧をしていた。

 ジィレンは崖の上から下を眺めていた。傍にはノーザレイの死体が横たえられている。
 花守主の屋敷からいつの間にか消えていたのだが、ジィレンが持ち去っていたのかと思った。

 ジィレンはやって来た二人に興味も無さそうに崖から見下ろす景色を眺めていた。
 生身のツビィロランとクオラジュには凍てつくような寒さだが、ジィレンは魂の状態なので平気だった。ジィレンの姿は保ってはいるが、それは波が揺らぐように揺らめき透けていた。

「ノーザレイの身体はどうするんだ?」

「……………。」

 そう問われてジィレンはまるで眠るように横たわるノーザレイの遺体を見た。
 つい持って来てしまった。ジィレンにはその感覚が分からないまま、シュネイシロが去ったあの日からここに立っていた。
 ここは過去に妖霊達が住む国があった場所だ。
 もう数百年も昔で跡形もない。森の中にはその残骸があるだろうが、上から見ればただ樹々が広がる森だった。

 最後の一人が老衰で亡くなり、ジィレンは一人残された。一人残されるジィレンを憐れんで、どうかこの身体を使ってくれと仲間達は言ってくれた。一人で寂しくないようにと。
 だが結局は一人なのだ。
 魂も入れてくれと言われたが、ジィレンは皆んなを満月の夜に見送っていった。ちゃんと転生するように。次は妖霊ではない何かに生まれるように。
 いつまで続くかも分からない人生に付き合わせることは出来ないと思った。
 そしてとうとう最後の一人になった時、ジィレンはこの国を去った。
 そこからジィレンは彷徨い歩いた。国から国を歩き回り、人間達が作る国を見て回った。力がない代わりによく回る知恵は妖霊にはないモノだった。
 
 ジィレンは自分も何かをやってみようと思った。
 竜が住まう山の東側に場所を決め、死んだ妖霊達が生きた者達のように、意思を生み出さないかと研究した。それでも出来たのは妖霊の力の源とも言える生血のみ再生できただけだった。意思のない人形のような仲間達に囲まれて、ジィレンは疲れてきた。
 ジィレンの魂は満月の光でも昇華されない。
 満月の下に佇む自分はこのままずっと一人なのかと思った。
 それならばと自分の身体を使って妖霊を作れないかと思った。
 死んで保管しておいた身体に入り、ジィレンは人の国に潜んだ。
 王族に取り入り操って、子孫を残してもみた。
 人間が死ねばその魂を集め、国に閉じ込め神聖力を奪った。
 妖霊は一人一人が強かったので、国が色々やらなくても勝手に暮らしていたのだが、人の国は統治者が正しく治めないと直ぐに荒れた。
 人とは何と面倒な生き物なのだと思った。

 そんな時にノーザレイとあった。
 ノーザレイと最初に出会ったのは王都の路地裏だった。飢えて蹲る子供がいた。
 食べ物を下さいと言われた。
 誰かに願われたのは初めてだった。何故ならジィレンは人間は操るものだと思っていたから、碌に喋りもせずに問答無用で操り人形にしていた。

「何故私に?」

 尋ねると子供は不思議そうに首を傾げた。
 分からないようだった。
 死んだ身体に食べ物は必要ないので何も持っていない。金貨を出してこれで何か買えと言った。

「……………使ったことない。」

 泣きそうな顔で言われてしまい、呆れて手を引いて屋台で適当に買い与えた。
 美味しい、ありがとう。と感謝していたが、その時はそのままその場を去った。
 次に会った時も子供は路地裏にいた。ボロボロの服を着て前見た時よりも痩せていた。あちこちに怪我まで作って死にそうだった。
 それでも要求してくることは何か食べ物を下さいだった。
 仕方なく今度はその場にいるように言って屋台で買って来て与えた。
 ガツガツと食べるのかと思いきや、子供はゆっくりと食べていた。

「美味しくないのか?」

「んーん、美味しい…。でも入らないんだ。少しずつ食べたいからもらっててもいい?」

 胃が小さくなり過ぎて入らないようだった。
 構わないというと嬉しそうに笑った。
 それから時々食べ物をやるようになった。
 昔仲間達が人間を飼っていたが、こういうことかと思った。懐かれるとはこんなものなのかと。シュネイシロもそれが行き過ぎて番にまでしてしまったのだ。
 人は妖霊と同じように喋る。意思疎通が出来るのが妖霊達には楽しかったのだろう。
 人の成長は早い。
 ジィレンはたまにのつもりでも、子供にとっては数ヶ月から一年の間がある。もっと頻繁に通えば良かったのだろう。
 子供はある日死んでいた。
 もう子供という大きさではなくなっていたが、酷く殴られて息絶えていた。
 人間同士はよく殺し合う。そういうことなのだろうと納得していたが、何かが騒めき落ち着かなかった。
 子供の魂は直ぐに見つかった。殴られ痛かったのか、魂にも傷が出来ていた。

「泣くな。」

 そう言って魂に神聖力を流して治してやる。
 シクシクと泣く子供をとりあえず回収し、遺体の傷も綺麗に治して保存した。
 人の魂も死体もいつもは気にも留めないが、子供の魂と身体は綺麗にしてやった。

 満月の夜、大気が震えていた。
 天空白露で何か大きな力が生まれている。
 次元を閉ざし、現実とは違う空間を開いて術が発動していた。

「シュネイシロを作るつもりか…。」

 今更?と思ったが、スペリトトは暫く眠りについていた。そう監視していたわけではないが、起きてから身体を作る研究をしていたのだろう。シュネイシロは簡単にやっていたが、他の誰かがやれることではない。見よう見まねで材料を集め術を作ったようだった。
 己の神聖力では足らないと感じたのか、一人の天上人にやらせたようだが、途中で術を解除されてしまった。
 作られた赤子には魂が宿っていない。
 あれはシュネイシロではない。
 その赤子の中に子供の魂を入れた。そして自分も子供の身体に入り子供が育つのを見守っていた。
 子供はツビィロランと名付けられ、予言の神子と言われていたが、中身は飢えで死んだ普通の人間だ。身体に見合う神聖力のない魂では、天空白露で望まれるような予言の神子にはなれんだろうに、綺麗に着飾り美味しいものを食べて何不自由ない生活が出来ていた。
 本当は自分がしてやれば良かったのだろうが、ジィレンには出来なかった。もうとっくの昔にジィレンは死者なのだから。


 
 子供はもうこの世界にいない。
 向こうに幸せな生活を見つけて行ってしまった。

 大気に満月の光が染み込む。

「なあ、あんたにとってノーザレイって何だったんだ?」

 ツビィロランが何を思ったのか尋ねてきた。

 子供が私の何かと言われてもな…。

 そんなもの、シュネイシロが漸く重翼の縁を切って理解したのに、今更だろう。
 漸く終わると思ったのに、後悔ばかりが押し寄せる。
 もう、うんざりだ。
 もう、消えてしまいたい。
 
「本当に向こうに行かせて良かったのか?」

 ツビィロランの問いには憐憫が滲んでいた。
 


 早く……………、早く、消えてしまいたい。




 


 振り返ったジィレンの表情には何も浮かんではいなかった。
 空洞のように銀色の瞳は澱んでおり、死者の魂とはこんな目をするのだろうかとツビィロランは悲しくなった。
 死んでもなお死を望むジィレンを、ツビィロランは憐れんだ。
 
 ジィレンの魂が揺らいで燃える。炎が上がり音もなく火の粉が飛ぶ。

「すまないが、この身体を弔ってほしい。」

 漸く笑ってジィレンは頼み事をした。

「…………私がやろうと思ったが、出来そうにもない……………。」

 それだけ言って燃え上がる。
 魂は満月の光に炎を灯し、上空に向かって昇華される。
 ジィレンだったものは早く消えたいとばかりに、月光の中に消えてしまった。











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