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3 ちょっと偵察に
しおりを挟むそれから僕は毎日ボロ屋敷に通うようにした。今のところ天気には恵まれている。
まだ五歳児の僕に食事を運べるかと心配だったが、フブラオ先生がリュックを用意してくれた。
それに僕が運ぶのは朝ごはんだけだ。
フブラオ先生の奥さんが来てくれるようになったので、お昼ご飯と夜ご飯は作って行くようになった。お休みの時は多めに保存食を作ってくれている。
今日も朝ごはんをお父様と食べて、僕はお父様と仲良く過ごしていた。
お父様は本を読むのが好きで、知らない単語を教えてくれたり、書く練習をしてくれたりと、表情は乏しいけど態度は優しい。
この世界に来て初めて親の愛を感じた気分だ。
貴族ってこんな冷めた親子関係が普通なのかなと思っていたけど、やっぱり僕の状況はあまり良くないものだったらしい。フブラオ先生はずっと気になっていたのだと言っていた。
「おはようございます。」
「おはようございます、奥様、坊っちゃま。」
先生が奥さんを連れてやってきた。先生の奥さんはベータ女性でマリニさんという人だ。ちょっとぽっちゃりで優しげな人だった。
マリニさんには僕のマナーの先生ということで来てもらっている。そうしないとお給料を払えないからね!
マリニさんもマナーは教えれるけど、僕に教えてくれるのはお父様だ。お父様の所作はとても美しい。マリニさんもお父様に教わる方が完璧にマスターできるだろうと言っていた。
「……ヨフミィ。」
お父様が珍しく話しかけてきた。
「はい。なんでしょうか。」
「ヨフミィは護衛騎士になってくれそうな人はいないの?」
護衛騎士?いくら公爵邸がバカ広い敷地だからと言っても、ここは敷地内だ。護衛いる?
「本来なら必要なのですよ。」
フブラオ先生も会話に混ざってきた。マリニさんは昼食の準備中だ。
「でもずっと僕は一人でウロウロしてるよ?」
「……それがおかしい。」
お父様の表情は暗い。なんで?そんなに心配すること?
「ヨフミィ坊っちゃまはご両親がアルファとオメガです。間違いなくヨフミィ坊っちゃまもどちらかの性別を引き継ぐでしょうと以前教えましたよね?」
うん、聞いた。だから僕は頷いた。
「個人差はありますが十歳になると血液検査を行います。それによって第二の性別が判明するのですが、ヨフミィ坊っちゃまは現在アクセミア公爵家唯一の跡取りなのです。アルファであろうとオメガであろうとです。」
「え~。」
それはなんかめんどくさそう。嫌そうな顔をした僕に、ズイとフブラオ先生は顔を近付けた。
「え~ではありません。兎に角そういうわけで、普通なら唯一の跡取りに専属侍従も専属護衛もいないのはおかしいことなのですよ。本来なら産まれてすぐにでもいておかしくはないのです。」
そうなんだー?
でもウチの父上はお父様の状況を考えるに、お父様が産んだ僕のことをあまり好きじゃないんじゃないかな?
息子と認識し愛情がないにしても大切な存在だと思ってるなら、もう少し顔を合わせたり喋ったりしているはずだ。
年に何回か程度の顔合わせと、一言二言の挨拶しかしないってことは、父上は僕のことを好きじゃない。
だから専属の侍従も騎士も必要ないって思ってるんじゃないかなぁ。大切じゃないんだよ。
「別にいいよ。ついて回られても面倒だもん。」
僕は要らないって思ってるんだけど、お父様の表情は晴れてくれなかった。
スーと切られたお肉を見て、お父様は頷いた。
「うん、上手になってきたね。」
テーブルマナーの練習中だ。ナイフとフォークの使い方から、食器の種類、お茶の飲み方淹れ方まで、お父様は細かく僕に教えてくれた。
「お父様の教え方が上手だからです!」
僕もお父様を褒めなくちゃ!
お父様は褒められると恥ずかしいのか頬が少し赤くなる。今日のお父様も可愛かった。こんなに可愛いお父様を毛嫌いするアルファ父とか信じられない!
フブラオ先生に聞いてみたら、父上が王太子妃を好きだったのは本当らしい。王太子妃は夫である王太子をはじめ、父上や他の貴族子息に沢山求婚されていたのだという。平民ですら噂で聞いて知っているんだそうだ。
僕はそんな父上はちょっと嫌いだ。
今でも王太子妃が好きで、王宮でも仲良くしている?首都の外に出たら必ずお土産と言って贈り物をする?
いやいや、ここに歴とした妻がいるのに、なんでお父様にはプレゼント一つ贈らないんだよ!
恥ずかしい!
人妻のお尻追いかけてる父親とかすっごく嫌だ!
僕には厳しい顔して上から見下ろすくせに何様だよ!元女性としてはそんなクズ男はこちらからお断りだ。
クズ男父上がギャフンと後悔するようにお父様を美しくしなければ!王太子妃は見たことないけど、お父様が王太子妃より美しくて可愛くて最高になれば、絶対後悔するはずぅ!
「てことでお父様の髪を切りましょう!」
「……え?」
お父様はびっくりしていた。
だってお父様の今の髪型は伸ばし放題といった感じだ。妖精さんみたいで似合ってるんだけど、僕としては前髪を作って下の方の荒れた部分はチョキチョキしたい。
「坊ちゃま、私がやりますよ。」
マリニさんがやってくれることになった。
僕の手はハサミを使うには手が小さく無理そうなのでお願いした。
一階のベランダに出て僕が言う通り切ってもらうと、妖精さんがキラキラの妖精さんに大変身した。
「わぁっ!とっても似合います!」
前髪は少し長めに切って流す感じにしてもらい、横と後ろは胸の辺りまで切ってもらった。お父様は自分で髪を切ったことがなく伸ばし放題になっていた。お世話をする使用人もいなくてお風呂も自分でやっていたので全然ケアできなかったらしい。
「おかしくない?」
「凄く綺麗です~!」
僕は大はしゃぎだ。
後は服かなぁ?洗濯はしてあるから綺麗な服だけど、公爵夫人が着るような服ではない。
なんと誰も服を持ってきてくれないし、洗濯係もいなかったので、ずっと同じものを自分で洗いながら着ていたらしい。おかげでお父様の綺麗な手が赤く傷ついていた。
今はマリニさんが洗ってくれている。
いくらお父様一人分のお世話とはいえ、通いで一人でやるのは大変そうだ。そのうちこれもどうにかしたい!服だってもっと綺麗なものを調達したい!
「お父様、僕がもっと暮らしやすくなるよう頑張りますからね!」
僕がお父様に抱きついて言うと、お父様も抱き締め返してくれた。
「ヨフミィはまだ五歳なんだ。ここに遊びに来てくれるだけでも嬉しいよ。」
僕はパアァと顔を輝かせた。
ここに来たばかりの日は無表情で口数も少なかったけど、少し笑って喋ってくれるようになった。
「頑張る~~!」
「ふふ、いいって言ってるのに……。」
困った顔のお父様も大変麗しいね!
本邸に戻ってからもどうやってお父様を助けてあげるかを僕は考えていた。
お父様は公爵夫人だ。公爵夫人がなんであんな貧乏暮らしを?
公爵夫人ってもっといっぱいお小遣いあるよね!?そのお金ってどうなってるの?
疑問は浮かぶがどうやって調べたらいいのか分からない。
フブラオ先生に聞いたら、本来お屋敷などの管理は夫人の仕事になるらしい。でもお父様はあのボロ屋敷にいて仕事をしていない。
お父様が言うには公爵家に嫁いできて、早く後継を作れと言われて屋敷の管理を任せてもらえなかったらしい。それから二年して漸く僕を授かることが出来て出産。産んだらここに療養だと言って連れて来られたのだと言っていた。
最初の頃はもう少し使用人がいたし、屋敷も綺麗だったらしいけど、一人二人とこなくなり、食事を運ぶ人も来たり来なかったりになり、今の状態になったらしい。
たまーに備品とかを交換しにゾロゾロとやって来て交換して帰っていくと言っていた。
ということは誰かがお父様がここにいることを知っているし、現状がどうなっているか理解しているということだ。
善意?悪意?これはもう悪意でしょ!
誰だよ!
やっぱりお金が関わると思うから、本来お父様がやるはずだった家計管理を代わりにやっている人かな?
そう思ってフブラオ先生に誰がやっているのかを聞いたら、多分本邸の家令だろうと言っていた。その下に執事長とメイド長がいるから、そこらへんが怪しいという僕達の意見になった。
「まさかご自分で調べるつもりですか?」
フブラオ先生は心配そうだ。
「勿論です!」
「具体的にどうされるのですか?」
具体的に…。うーん。うーん。あっ!
「とりあえず西の離れを調べにいって来ます!」
フブラオ先生の顔が一気に曇った。
なんでフブラオ先生があまりいい顔をしなかったかと言うと、単純に西の離れが遠かったからだ。
フブラオ先生が馬を出して連れて行ってくれた。
馬車だと公爵や家令に知られてしまうし、行き先を告げなければならないので邪魔されるかもしれないという心配もあった。
「子供には少々遠いですからね。」
そう言って二人乗りでパッカラパッカラとやって来た西の離宮はとんでもなく大きかった。本邸の半分くらいかな?
塀で囲まれて門番もいるし使用人達がチラホラと見える。屋敷の周りは綺麗に整地されて花が咲いた庭園が広がっていた。
「………誰が住んでるんですか?」
「誰なんでしょうね?」
先生も厳しい顔だ。だってお父様は森の中のボロ屋敷に住んでるのに。
先生は玄関前まで行くと先に降りて僕を抱っこで下ろしてくれた。
そして玄関を開けようとすると中から先に開く。
「申し訳ありませんフブラオ・バハルジィ殿、こちらへ伺うときは先に許可をお願い致します。」
出て来たのはなんと家令だった。
「どうして貴方がここにいらっしゃるのですか?それにヨフミィ坊ちゃまが親に会うのに何故許可が必要なのでしょう?」
家令の態度は傲慢だった。
確かにフブラオ先生は貴族出身ではあるけど跡取りではなかったから今は爵位無し。つまり扱いとしては平民と同等だ。
でもバハルジィ家の人間として僕の家庭教師としてやってきた立派な人だ。
家令は使用人達の総括を担う人で偉い立場だし爵位も持っているけど、僕の家庭教師をバカにできる立場ではない。
「公爵夫人はお会いになりません。まだお休み中ですのでお引き取り願います。」
慇懃無礼に大きな両扉は閉められてしまった。
「ムカつく~~!」
「……本当ですね。」
公爵の一人息子で現在アクセミア公爵家の唯一の跡取りである僕を完全に無視していた。
ぐぐぐぐぅ~!あいつクビにしてやりたい!
怒れる僕をまた馬に乗せて、フブラオ先生は門を出る前にヒョイと植木の中に隠れた。
西の離宮は公爵家の敷地内にあるというのに立派な塀と門で囲まれているし緻密に設計された庭園もなかなか広い。だから隠れるのも簡単だ。
「馬をここに繋いでおきましょう。」
そう言って先生は僕を馬から降ろして手を繋ぎ、僕を連れて屋敷に近付いた。今度は裏に回ってこっそり偵察だ。
屋敷の中はとても綺麗に整えられていた。
「夫人がいるとされる部屋は一階の東南に位置すると言われています。薔薇の庭園が好きで様々な品種が育てられており定期的に公爵に届けられていますが、公爵は毎度処分を命じておられ、夫婦仲は最悪だという噂が流れております。」
夫人って僕のお父様のことだよね?お父様はボロ屋敷にいるので勿論薔薇は育ててないし公爵に届けてもいない。
いやそれよりも公爵夫人の名前で届いた薔薇を処分!?
「ぐう~、今度超清楚で可憐な花束を送りつけてやる!」
なんか対抗意識が芽生えてしまった。絶対父上の執務机に飾りつけてやる!
そんな感じでプンプンしながら夫人が使っているとされる部屋を庭園側から覗き込んだ。
「…………えぇ?」
「なんということでしょう。」
そこでは先程僕達を追い出した家令がどっかのよく分からない女性とテーブルについてお茶をしている姿があった。
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