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4 誰だよお前
しおりを挟む澄み切った朝の優雅なひと時。
そんな感じで二十代前半くらい?の人が一階のバルコニーにあるテーブルに座ってティータイムを楽しんでいた。まるで屋敷の主人かのような振る舞いだ。
西の離宮には専属料理人がいるので朝昼晩とオヤツも作って貰い放題らしい。フブラオ先生が教えてくれた。
「誰ですか?アレ。」
僕の目は冷え冷えと凍りついている。
「……アレは確か家門の一つカヅレン家のご令嬢です。オメガですが婚約が上手くいかず破談となった方ですね。」
アレはオメガなんだ。
言われてみれば顔はいい。お父様の方がもっといいけどね!
ちょっとキツイ顔なのは性格の所為かな?
「なんで行き遅れがここにいるの?」
「行き遅れ……。その通りですが、私にもわかりません。しかし家令はカヅレン家と近い親戚になりますし、もしかしたら…。」
カヅレン家と家令が共謀してお父様の権利を搾取していると?
「父上は知らないの?それとも態とやらせてるの?」
「………どちらもあり得そうで怖いですね。」
くぅっ!悔しい!!
お父様が何したっていうのさっ!公爵夫人の権利となるとかなりなものと思われる。使えるお金だっていっぱいなはずだ!
本物の公爵夫人は毎日食べるものにも困ってる状況なのに、悔しくて涙が出る!
「自分の妻を態とあんなところに押し込めて冷遇するなんて……!」
「…とりあえず状況は分かりましたので一旦帰りましょう。」
僕達はまた庭園の中を隠れながら移動して、馬に乗って素知らぬフリをして門から出ていった。
「僕、父上が知っててお父様を冷遇しているのか確認してみます。」
もし知ってたら絶対復讐してやるぅ~~!
僕は手に花束を持って父上を尋ねた。今世初めての父訪問。
五歳の僕には大きな花束だが、お父様に頼んで作ってもらったのだ。花は公爵家の庭園に咲いている花をちょっといただいた。
本当はお父様に花を選んで欲しかったけど、お父様は本邸に近付いたら怒られるから行きたくないというので、僕が清楚そうな花を選んで持って行った。家庭教師のフブラオ先生にはなんだかいろいろと手伝わせて申し訳ない気がする。
父上の執務室の前には騎士が一人立っていて、僕を見つけて胸に手を当てお辞儀をしてくれた。
「父上はいらっしゃいますか?」
「はい、執務中でございます。少々お待ち下さいませ。」
そう言って扉を開けて向こう側に待機していた侍従に通してもいいか確認してくれた。
息子が父に会うのにそこまでする必要ってあるのか不思議だよ。
長々と待たされ漸く僕は父上の執務室に通された。
「お久しぶりです。父上。」
僕は一旦入った扉から数歩だけ歩いて挨拶をした。
わぁーい父上~~~と言って駆け寄る気軽さは感じないからね。親子なのに数える程度しか会った記憶がないので挨拶も他人行儀になってしまう。
「久しぶりだな。」
父上の返事も他人行儀に返ってきた。
そこ、そこそこっ!元気だったかくらい聞いてよ!
お父様なんか毎日会ってるのに、朝からよく眠れたかとかいろいろ聞いてくれるんだよ!?お父様を見習えーーー!
しかも親子の挨拶でお久しぶりとかね。
僕は作り笑いでトコトコと父上に近寄った。
「父上に花束を作ったので是非飾って欲しいんです。」
ニコッと笑って僕は言った。絶対飾らせてやる!
僕が持ってきた花束は白と薄紫、そしてピンクとオレンジを少しだけ混ぜて可愛らしく作られた花束だ。本当はお父様の色である白と薄紫だけにしたかったけど、お父様があからさま過ぎるし色味的に寂しいからとピンクとオレンジを混ぜたのだ。ピンクとオレンジの花を切っていくんじゃなかった。
「自分で用意したのか?」
「いえ、花を庭園で切ったのは僕ですけど、花束は作って貰いました。」
さあ、飾れ!
僕は待機していた侍従に花瓶に水を入れて持ってきて貰うよう頼んだ。侍従は無表情に一旦外へ出ていき、花瓶に水を入れて僕の側にしゃがんだ。
僕はズポッと花を花束ごと花瓶に入れてしまう。
「あそこに置いてください。」
僕は父上の執務机をビシッと指差した。父上の眉がピクッと動くのを確認する。
「初めて作ったんです。是非飾って下さい。」
ニコニコと有無をいわせず告げた。
父上は溜息を吐いて侍従に頷いて見せると、侍従は花束が入った花瓶を執務机の端に置いた。
「ありがとうございます~。」
僕はへへーんと笑ってお礼を言う。お父様が作った花束を飾ってやったぜ!
「では失礼します。」
僕はさっさと退室しようとしたけど、父上から呼び止められた。
「待て、お前は西の離宮にアレを訪ねたのか?」
僕の名前はヨフミィであってお前じゃないし、お父様の名前はジュヒィーという綺麗な名前が付いている。アレじゃない。
「…………行きましたが?」
僕の顔がシラーと一気に冷たくなったのを感じて父上が一瞬たじろいだ。
「突然行くものではない。先に手紙で伺いをたてるべきだろう。」
自分のお父様相手に?
「なぜですか?」
「……お前は会ったことないだろうが、ジュヒィーは酷く癇癪持ちで子供の話し相手になるような人間ではない。」
ええ?誰それ?父上こそお父様に会ったことあるの?お父様は妖精さんだよ?超可愛くて綺麗で大人しいよ?あんなボロ屋敷に押し込められても何年も大人しく一人で暮らしてるような人だよ!?
何勘違いしてるの?
「父上は西の離宮にいかれるのですか?」
「いや、お前を産んでから会っていない。こちらに呼び出しても忙しいと断られるからな。」
呼び出し?
お父様は何度か父上に訴えようと本邸の玄関前で待ち構えてたって言ってたけど、行った時には話し相手もしないくせに、呼び出してたの?
「お父様は父上と話をしたくて本邸の玄関前で待ってたことがあると言ってましたよ?」
ついグチグチと不満顔で言い返してしまう。
「………確かに、いたことがある。お前を産んで暫くした頃だが。」
僕今五歳だよ?どんくらい前の話してるの?お父様はあまり詳しく話してくれないけど、四年か五年くらい会ってないってこと?夫婦なのに?
「玄関前で態々使用人達がいるのに立ち話は出来んだろう。話があるなら後から私の部屋か執務室に来るよう言ったが来なかった。」
いや、屋敷に入れないんだってば。お父様は門前払いされたのだ。取り継いで貰えないって言ってた。
「お前は話をしたことがあったのか?」
「最近ですがありますよ。」
西の離宮じゃなくてボロ屋敷でだけど。
「何か言っていたのか?」
ふむぅ~~。どうしよう。ここで僕が家令とカヅレン家のことを教えて信じてくれるのかな?家令は昔からアクセミア公爵家の本邸で働く重鎮だ。父上との付き合いも長いし信頼もあるだろう。五歳時の意見と家令の意見では、家令の方を取りそうな気がしてくる。
「父上もお父様と話してみたらいいと思います。本邸に呼び出すのではなく、ご自分で会いには行かれないのですか?」
父上には自分で気付いてもらわないとならない気がする。どうやらお父様は西の離宮にいて贅沢三昧していると思ってそうだ。
西の離宮に誰が住んでいるのか自分の目で見て欲しい。
「そうするとしよう。」
「絶対ですよ!」
僕は念を押した。父上はよく分からないと不思議そうな顔で頷いてくれた。五歳児のお願いを聞いてくれるくらいには心が広いらしい。だったら何故お父様には優しくないんだろう。
「……お前はジュヒィーのことは好きか?」
はぁ?何言ってるの!?
「大好きですっ!」
僕は力一杯答えてやった。
部屋から出て行ったヨフミィの小さな背中を見送り、リウィーテルはフゥと息を吐いた。
王命で急遽式を挙げてジュヒィーとは結婚した。
現王太子妃に恋慕を抱いていた私に危機を感じた王太子が、父王に願って王太子妃に好意を抱く高位貴族に命じられた所為だ。
なんと馬鹿馬鹿しい王命だと思いつつも、王命に逆らうことは出来ない。
十歳でアルファと診断され、その後オメガと診断された家門の伯爵子息であったジュヒィーと婚約していた。政略結婚だが、私の恋は破れたのでそのままジュヒィーと結婚した。
だがジュヒィーを番にすることは出来なかった。どうしても項を噛む気になれず、ジュヒィーとは番にならないまま婚姻を結んだ。
番になればすぐに妊娠したのかもしれないが、発情期中の性交であるにも関わらず妊娠するのに二年も掛かってしまった。
オメガの発情期は高確率で妊娠するはずなのに、やはり私とジュヒィーの相性は悪いのだろうかと思ってしまった。
番とはアルファとオメガの生涯の契約だ。アルファは何人でも番を作れるが、オメガは生涯に一度だけになる。性交時にオメガの項をアルファが噛むことによって番になれるが、ジュヒィーを大事にしてやれる自信がなかったので噛まなかった。
このまま子供が出来なければ、ジュヒィーの次の嫁ぎ先を探してやって離婚しようと思っていたら、ジュヒィーは妊娠した。そうして産まれたのがヨフミィだ。
ジュヒィー似の白髪に私似の榛色の瞳をした赤ん坊に、間違いなく私たちの子供なのだと認識した。
番を得たオメガは番のアルファとしか性交出来ない。番以外のアルファと性交しようものなら、体調を崩し無理をすれば死んでしまうケースもある。
だがジュヒィーは番ではない。
産まれたばかりのヨフミィを見て、私は何故か喜びが浮かばなかった。
ここで瞳の色が違う子が産まれれば、ジュヒィーの相手を見つけてソイツに子供諸共引き渡せるのにとさえ思ってしまった自分がいた。
そんな私をジュヒィーは静かな目で見ていた。
姑息な考えを持っていた自分を見透かされたようで、それからジュヒィーとはあまり会わないようにしていた。自分が愚かで未練がましい人間なのだと知られたと思ったからだ。
公爵家当主としてアルファとして、情けないと思われた気がした。
家令に命じて好きに過ごさせるようにと伝えたら、家令にはなんでも話すのか西の離宮で過ごしたいと告げたと返答があった。
西の離宮なら十分な広さもあるし庭園も管理してある。そこで過ごすよう命じた。資金も潤沢に使えるようにしていたら、屋敷の管理から贅沢品まで、ジュヒィーは問題なく過ごすようになった。
西の離宮とお金さえ与えておけば幸せだろう。
私の問題にジュヒィーを巻き込んでしまっているのだ。もし好きなアルファが現れれば、後ろ盾となって送り出してやってもいい。
そう思っていた。
私が王太子妃を運命と思ってしまったばかりに、ジュヒィーには苦労をかけてしまっている。
考え事をしていると、ジュヒィーと私の間に立たされている家令がやってきた。
「旦那様、ヨフミィ様は何のご用で来られたのでしょう?」
「ん?ああ、花を持ってきてくれただけだ。」
「左様でございましたか。」
「西の離宮には薔薇の庭園があったはずだが、ヨフミィが花が好きなようならジュヒィーに許可をとって案内してやるといい。」
そうすれば親子で会い易くもなるだろう。先程会ったことがあると言っていたが、忙しい私よりも産みの親であるジュヒィーとの方が話も合うのではないだろうか。
「そのようにお伝え致します。」
私は頷いた。
そうすればジュヒィーからも花が届くのだろうか。
机の上には先程ヨフミィが届けに来た花束が置かれていた。基本色は白で、鮮やかな色の花が愛らしくさしてあった。
微かな甘い匂いが花束から届く。嗅いだことのある匂いだった。
ジュヒィーの匂いに似ているな。
ジュヒィーは出産後発情期がこなくなったのだと医師から伝えられた。オメガの出産後は暫く発情期が止まるが一年ほどしたら元に戻るらしい。次の妊娠が可能になったらそうなるのだと聞いた。
しかしジュヒィーはいつまで経っても発情期がこなかった。それは今も続いているのだろう。本当は後一人くらいは作るべきなのだが、無理強いは出来ない。
それに発情期がこないということは、私との関係が嫌なのだと言われている気がした。
暫く花束を眺めて執務に戻ったが、そんな私の様子を家令が見ていることに気付いていなかった。
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