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7 え。一掃?
しおりを挟むフブラオ先生から父上とのやり取りを聞いた。
「え。もう気付いたの?」
「はい、もうではなく漸くです。」
あ、そだね。
どうにかしてくれそうだと聞いて僕は喜んだけど、お父様の顔は暗いままだった。
「どうしたの?お父様。嬉しくないの?」
お父様はあんまり喜んでいない。
「うん、僕はこのままでもいいかなって……。」
でもこんなボロ屋敷にいたら危ないよ?崩れそうだし、泥棒も入りそうだし、危険だよ?
「どうして?」
お父様は膝に乗せた指を弄りながら迷っているようだった。そしてポツリと言った。
「今が楽しいから。」
ええ!?こんなボロ屋敷に住むのが!?
そりゃー僕と過ごしてくれるのが楽しいって意味なら嬉しいけど、いつまでもこのボロ屋敷にいるのは心配だ。
「本邸に戻られたくないのなら別の屋敷に移るよう頼まれてもいいのではありませんか?」
マリニさんが珍しく会話に入ってきた。
持ってきてくれた紅茶を並べてお父様を真っ直ぐに見る。
「ずっと思っていたのですが、公爵夫人は公爵様のこと好きじゃありませんよね?」
マリニさんはズバッと言い切った。
えええ?好きじゃなかったの!?てっきり僕が産まれてるからお父様は好きなんだと思っていた。
「………そ、それは。」
「はっきりさせましょう!坊っちゃまならとても達観しておられるので何を聞いても大丈夫ですよ!」
んぇ?僕って達観してたの?知らなかった。
「子供に聞かせるのは…。」
言い淀んだお父様に、僕もはっきりと告げた。
「あ、僕も聞いておきたいです。お父様の幸せの為に!」
「え……?」
だって父上のこと好きなのに離婚しろとは言えないし?嫌いなら離婚も苦じゃなくなるし?慰謝料も請求しやすいしぃ?
さあさあとお父様がいつ口を開くかと待っている僕達に、お父様は折れてしまった。
「……別に嫌いではないんだ。行き場のない僕を養ってくれたし。好意はあったんだけど、好きだったかと聞かれると僕は幼かったからよく分からなかったんだ。元々淡白な方だし。それに気付いたら公爵様には好きな方がいらっしゃって、なんだか諦めが大きかったと言うか……。」
僕達三人はクッキーをぽりぽり食べながら、あぁ~、と声を揃えてしまった。
そんな状況で王命で結婚しなきゃだったし、子供は作らなきゃだったし、お父様の性格じゃ仕方なくって感じ?
「お父様は我慢しすぎですよ。」
もっと我儘に生きなきゃ!
「ですが公爵は夫人のことをそう嫌ってはいないご様子でしたよ。」
フブラオ先生?まさか父上を援護するつもり?
「でも父上は王太子妃が好きなんだよね?」
今でも。
お父様が別に父上のこと好きじゃないなら、言っちゃってもいいよね?
「……ヨフミィは自分の親が好き合ってなくても平気か?」
お父様がおずおずと訊いてきた。僕はポカンとする。
「平気だよ?結婚した時には好きでもあとから嫌だってなること普通にあると思うよ?まぁお父様の場合はちょっと違うけど。」
そうか、とお父様はどこか安心した顔をしていた。もしかして気にしてたのかな?子供の情操教育的なものを。親は愛し合い子供を守るべきーとか。
そうだとは思うけど、人の感情って複雑だしね。絶対愛を貫けとか言えないよ。いや、言わないよ。父上は結婚前から他の人を好きなのに結婚したんだよ?王命だから拒否出来ないのはわかるけどさぁ~。そんなんで結婚するなら純粋可憐なお父様じゃなくて、あのカヅレン嬢みたいな意地汚そうなオメガでいいじゃん!
僕は無言で思考していたつもりだけど、どうやら口に出ていたらしい。
「本当だ…。ヨフミィは達観してるね。」
お父様に感心されてしまった。
僕達がボロ屋敷で平和に過ごしている間、父上は家臣の整理を終わらせた。
まず家令のエンダスはアクセミア公爵家から追放された。公爵領に入った時点で処刑と言われている。
そしてカヅレン家もなくなった。オメガだったカヅレン嬢は、今までは気に入らない縁談は我儘を通して嫌だのなんだのと断っていたらしいが、現在アクセミア公爵家にとって一番有用な貴族家に嫁がせることになった。というかもう送ってしまったらしい。今までは父上が裕福で人柄のいい人をと探してくれていたらしいが、人柄という項目をあっさり無くしたらいっぱい縁談先が増えたので早かったようだ。
他にもいくつかの家が共謀してお父様を冷遇し、公爵夫人の権限を使って私腹を肥やし、更には公爵夫人の座も狙っていた。
そこに座らせるつもりだったのがカヅレン嬢だった。お父様は今発情期がこない状態になっていて、第二子が望めない。それを理由に離婚を要求し、カヅレン嬢と再婚させようとしていた。
という説明を父上はフブラオ先生にしたのだった。僕も呼んでよ!
その後父上はお父様と僕を呼んで話し合いの場を設けようとしたのだが、お父様が本邸には入りたくないと言うのでボロ屋敷で話し合うことになった。
キシキシとなる床に、どこかから入ってくる冷たい風。
父上の顔は真っ青だ。
「…………こんな所にいたのか?」
まぁ父上が言いたいことはわかるけどね。僕も最初幽霊屋敷って思ったもん。
お父様は何も言わずに頷いた。
話し合いの部屋は僕達がいつも使っている部屋だ。
いくらボロ屋敷とはいえ部屋数はそれなりにある。寝泊まりするのはお父様だけで、使う部屋は寝室一つと居間が一つ。キッチンと食堂、お風呂とトイレ。それだけなので、掃除はそこしかしない。手が足りないからね。
使える部屋が居間か食堂だけになるので、僕とお父様が飾りつけをした居間でやることにした。
居間はお父様の好みで暖色系で纏めている。ベージュとオレンジが多めで、最近二人で新しい生地からクロスやクッションカバーを作った。カーテンと絨毯も新しいのを買った。全部僕のお小遣いからだからそんなに上等じゃないけど、お父様はありがとうって言ってくれたので大変満足である!
リウィーテルが呼ばれた部屋は、暖かく甘い匂いのする部屋だった。
換気の為少し開けられた窓から風が吹き、レースのカーテンをサラサラと流している。部屋が暖かいのでちょうどいい気持ち良さだった。
調度品は全て古く、艶もなくなりささくれだったように見えるが、ちょっとした置き物を置いたり敷布で隠したりしていた。
壁紙も色が落ちて茶色になり、元の色がわからない状態だが、新しめの敷物やクロスと色合いが合っていて嫌な感じはしない。
古臭いけれど暖かみのある懐かしさを覚えるような部屋。
少し前にこの屋敷を見にきた時、ジュヒィーとヨフミィが楽しそうに過ごしていた部屋はここだったようだ。
ソファもテーブルも古いが、元々この屋敷は当主の趣味で使われていた屋敷なので、置かれた家具もいいものが使われている。
どうぞと言われてソファに座ると、ジュヒィーとヨフミィは二人で反対側に座ってしまった。それになんとも言えない寂しさを感じる。
「すまなかった。ジュヒィーのことを放置してしまった私の責任だ。」
私は謝るべきだ。頭を下げてジュヒィーに本邸で暮らさないかと提案した。
が…………。
「申し訳ありません。本邸には行きたくないです。」
ジュヒィーは拒否した。
「何故?」
「僕はここでの生活が楽しいんです。ただ補修工事と使用人を少し手配してもらえれば助かるんですけど……。」
ジュヒィーは目も合わせず下を向いて早口に申し出た。ジュヒィーの隣でヨフミィが手を握り励ましている。
私と話すのが嫌なんだろうか。
婚約したての頃はもっと仲良かった気がするのに、これは私の責任だろう。
「……分かった。補修工事も使用人の手配もやろう。それから既に配置済みではあるが屋敷の周りに騎士を巡回させている。何かあれば直ぐに呼ぶように。」
「あ……、ありがとうございます。」
会話が止まってしまった。
ついてきた騎士のハーディリや侍従達から何やら圧を感じる。
ジュヒィーとヨフミィの背後には家庭教師フブラオが立っているのだが、笑顔なのに目が冷たい。
「ジュヒィー。」
「は、はいっ。」
ジュヒィーがピョコンと飛び跳ねた。かなり緊張しているようだ。
「時々ここを訪ねてもいいだろうか。」
「え……。」
一瞬だけこちらを見た。目が合い、薄紫の瞳が揺れているのが分かった。こんなに目が大きかっただろうか。こんなに綺麗な瞳だっただろうか。直ぐに隣に移動して、ジュヒィーの手を握って安心させてあげたかった。
怖がらせたいわけではない。
ジュヒィーの隣を見ると、目を怒らせた息子と視線が合う。
………私と同じ榛色の瞳がジトーと見つめていた。
「……………そう睨まずともとって食いやしない。」
私がヨフミィに話しかけると、ジュヒィーもヨフミィの様子に気付いたのかオロオロとしだした。
「あ、あれ?どうしたんだ?そんな怖い顔して。」
ヨフミィはジュヒィーに話しかけられ、コロッと表情を変えた。
「なんでもありません、お父様!」
なんでもない顔ではなかった。
「そう?」
ジュヒィーはヨフミィの笑顔にアッサリと騙されている。
「補修工事中は危ないからその間だけでも本邸に来ないか?」
「父上、空き部屋がいっぱいあるので大丈夫です。」
半分ずつやればいいし、料理は運ばせて下さい。とヨフミィは主張した。浴室とトイレも一つではないから出来るはずだと言い出している。
「しかし工事は外から人が入る。誰が来るかも分からないのに危ないだろう?」
「その為に護衛がいます。」
………絶対に本邸に行かせないという意思を感じた。何故だ?
「分かった。様子を見に私も頻繁に来よう。」
「え~~~?」
「何故嫌そうな顔をお前がする!?」
私の息子は私のことが嫌いなようだ。しかも隠そうともしない。
「はっ!それはそうですよっ!お父様の今の現状をご覧下さい!僕がヒントを与えなければ気付きもしなかったくせに、今更お父様に近付こうなんざ千年はやぁい!」
「いや、妻に会うのに…。」
「ダメぇ!!」
ばぁんとヨフミィはテーブルを叩いた。
「お父様っ!許すのは絶対にいけませんよ!」
ヨフミィはジュヒィーに向かって父を許すなと堂々と言っている。
「………あ、う、うん。分かったよ。」
ジュヒィーは押され気味だ。
「自分の親が仲良く和解しようとしているのに何故邪魔をするんだ?」
普通は両親が仲良くする姿を見たいものじゃないのか?
「何言ってるんですか!お父様は僕が幸せにするんですからぁーーーー!」
ヨフミィが高らかと宣言した。
この場にいた全員がおお~と拍手をしていた。
とぼとぼと帰っていく父上を見送り、ボロ屋敷には僕とお父様とフブラオ先生とマリニさんの四人が残った。
「ぶはっ、あ~おかしい。」
フブラオ先生が玄関の扉に張り付いて笑っている。
「本家のご当主様をそんな笑ったらだめよ。」
マリニさんが窘めていた。
「ヨフミィ、ありがとう。」
お父様が嬉しそうに微笑んでお礼を言ってくれるので、僕はにっこりと微笑み返した。
「ザマァみろですね!」
「あははははっ!」
「こらっ!」
笑う僕達にお父様も楽しそうに笑ってくれた。
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