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8 がくいん?
しおりを挟む無事ボロ屋敷の補修工事は終了した。もうボロ屋敷とは呼べない。
「ここって何と呼べばいいですか?ボロ屋敷のままでもいいですか?」
「……ボロ屋敷って呼んでたんだ?」
お父様の声がやや引き攣っている気がする。
「特に名のある屋敷ではないそうですので、お好きにつけてもいいのでは?」
フブラオ先生が助け舟を出してくれた。
好きな名前かぁ~。妖精さんの屋敷?天使の宮?陽だまりの家?なんか違うなぁ。
「ボロ屋敷でいいよ。」
お父様が言った。
何と綺麗に改装したのにボロ屋敷採用!?でももう僕の中でもここはボロ屋敷という名前で定着しちゃったので、いっかっ!
「じゃあボロ屋敷で命名~!」
僕とお父様が拍手をしていると、フブラオ先生が呆れた顔をしていた。
「では私は公爵に呼び出されたので少し失礼しますね。」
フブラオ先生は立ち上がった。
「え?呼び出し?いじめ?」
「いえいえ、いじめて差し上げるのです。」
なぁんだ!
「じゃあいいよぉ~。いってらっしゃい!」
先生も冗談が上手いなぁ~。
先生は和かに出て行ってしまった。
フブラオが本邸に赴きアクセミア公爵の執務室に入ると、リウィーテルは急いで立ち上がった。
「待ってたぞ。」
「ああ、はい。お待たせ致しました。」
フブラオの返事もだんだん適当になりつつある。
「今日はどのようなご用件でしょうか。」
忙しいはずなのにリウィーテルは数日おきにフブラオを呼び出していた。そんなにボロ屋敷が気になるのなら自分の足で見にいけばいいのにと思うが、ヨフミィが子猫のように威嚇するので怖気付いているのだろう。子猫に怯える狼のようだ。
アクセミア公爵と言えば社交でも政界でも楯突くものはいないと言われるほどに強力な地盤をもつ。次期宰相とまで噂され、アルファの中のアルファとして、同じアルファ性を持つ者から崇拝されるくらいの大人物なのに、フブラオの目から見たら奥さんと子供の尻に敷かれるダメ夫アルファだ。
これでもヨフミィ坊っちゃまの家庭教師に選ばれた時には、天にも昇る気持ちで喜んだのに…。
過去の自分の浮かれ具合が恥ずかしくなる。
「実はヨフミィに学友をつけた方がいいのだろうかと思って相談に乗ってもらいたいんだ。」
「そうですね。ですがお二人目が出来てからの方がよくありませんか?」
ヨフミィが十歳でアルファと言われるか、オメガと言われるかでかなり状況が変わってくる。
これで現時点ヨフミィがアルファらしい子供なら、次期公爵となると予想して側近候補としての学友を選ぶことになる。主に公爵家の家臣から嫡子達を選んで呼んだ方がいい。
しかしヨフミィがどっちなのか今のところ判断がつかない。
身体付きはどちらかといえば小柄な方だし、勉強は嫌いだからあまり捗らない。だが会話は機知に富んでいるし発想も豊富だ。大人顔負けの説得力を発揮する時もある。
正直に言うとアルファなのかオメガなのか半々。
もしオメガなら婿候補を学友にするべきだ。そうなると嫡子は論外。アルファを婿に迎えるには相手側の後継がいなくなってしまう。
しかし第二子が産まれてその子がアルファなら寧ろ嫁に出さなければならない。それを考えるとどこかの貴族家の嫡子がいい。
「……第二子が出来るだろうか……。」
本気モードの悩みにフブラオは押し黙る。自業自得だろうがと言いたいが、公爵の真顔にフブラオは言うのをやめた。
「それではとりあえず家臣の貴族家から嫡子候補を呼ばれてはどうでしょうか。」
貴族家の嫡子候補とは十歳未満でまだ判定を受けていないが、現時点でアルファの可能性が高い子供のことだ。
ヨフミィがアルファと判定されアクセミア公爵となった時、側近として近くで仕えてもらいたいし、オメガと言われて嫁ぐ必要性が出れば嫁がせればいい。オメガでも公爵位を継ことになるなら家門外からアルファの次男三男を探せばいいと思う。そして今まで学友として側にいた子達には引き続き側近として仕えてもらえばいいだろう。
「それが無難か……。」
リウィーテルは立ち上がり資料を持ってきた。そして幾つかの用紙をフブラオの前に広げる。
「どう思う?」
フブラオは用紙を覗き込み、チラリとリウィーテルを見た。
「この中では二人しかいませんね。」
紙を二枚抜き取り手に取った。
ソヴィーシャ・ウハン侯爵子息。金髪に赤瞳の少年で、大人びた表情をしている。
もう一人はリュハナ・ロデネオ伯爵子息。オレンジの髪に翠瞳をした顔立ちは少し愛らしい。
どちらも身体能力がずば抜けて高く、知能も高いので年齢よりも早く学問が進んでいる。アルファらしい子供達だった。
アクセミア公爵家の家臣として仕えてきた貴族家だ。血筋を遡ればどこかでは同じ祖先を持っている。
「やはりその二人を呼ぶか。」
次男三男でもアルファ候補はいるが、同年代で嫡男となるとこの二人に絞られる。
アルファもオメガも数が少ない。貴族家だからといって必ずアルファの嫡子がいるわけでもない。意外とベータの当主は多いのだ。
家門の力を維持する為には、アルファの当主は多い方がいいので、一つの家に二人アルファが産まれれば、二人目のアルファは他の貴族家の養子に出されることもよくある。
この二人なら直系嫡子としてアクセミア公爵家の地盤を固めてくれるだろう。
「問題ないかと。」
最近アクセミア公爵は公爵夫人とヨフミィ坊っちゃまのことに関して必ず自分を呼びつけるなぁと思いつつ、フブラオは頷いた。
これで終わりか?と立ちあがろうとしたら、スッと目の前にもう一枚差し出された。
「……………うちの息子も調査されたのですか?」
「なかなか優秀な息子らしいな。」
ラニラル・バハルジィ。濃紺の髪に蒼瞳の見慣れた姿があった。現在公爵領から離れ、王都にある学院に通っている。頭の良い子だったので送り出した。現在学院の寮に住んでいるのでフブラオ達夫婦はここに通うことが出来ている。
「おかげさまで。」
「判定でアルファと言われてもおかしくない。」
フブラオは苦笑した。
「私達はベータ夫婦です。」
「だが可能性は高いだろう。」
「……………。」
フブラオはアルファとオメガの間に産まれたベータだ。そしてフブラオの妻マリニもまた同じ境遇だった。共に珍しいアルファとオメガの間に産まれたベータ。肩身が狭く、成人すれば家を出ることが二人とも決まっていた。
同じ境遇同士仲良くなり早く結婚した。
黙り込んだフブラオに、リウィーテルは提案をした。
「息子も学友に混ぜてみないか?」
「はい?」
フブラオは驚く。
「そしてヨフミィの好みを探ってくれ。」
「……本音はそこでしたか。」
子供同士仲良くなれば何か情報を掴めると思っているのだろう。
「アルファでもベータでも構わん。あの子の力になってやって欲しい。今のところ専属侍従さえいない状況だ。」
つまり侍従候補か。それはそれで破格の待遇だ。アクセミア公爵子息の専属侍従なんて貴族家の子供しかなれない。それを爵位もないフブラオの息子にさせてくれると言うのだ。
学院を出てすぐに仕える主人が決まっていれば、それに合わせて学ぶことも出来るし、先の心配も減る。
「是非お願い致します。」
フブラオはニコリと笑って了承した。
アクセミア公爵領は首都から三時間ほど離れた場所にある。そう遠くはないが、毎日通える場所でもない。
「学院?」
「そう、学院だ。助けてくれる学友をつける。」
「僕まだ五歳です。」
こんなに小さいのにもう学校みたいなとこに行かなきゃなの?
ヨフミィの面倒臭そうな顔に父上は慌てている。
「学院とはいっても勉強は半分ほどだ。」
それ勉強しないなら何のために行くの?
「社交なんだよ。子供の社交場。」
「……大人がパーティーやってるみたいな?」
一緒に聞いていたお父様がコクリと頷いた。
本日父上は手土産を持ってボロ屋敷にやってきた。僕に威嚇されるので何かしら持ってこないと屋敷に入れないと思っているようだ。その通りだけど。
今日は綺麗に一粒ずつ作られたチョコレートだった。飴や金や銀の粉砂糖。カラフルに色付けされたチョコやナッツなどがのっていて、見るだけでも楽しいチョコレートだ。
実はこれ一度持ってきた時お父様の目が輝いたお土産だった。
お父様は芸術作品のような綺麗なお菓子が好きだった。一つずつ嬉しそうに観察してから食べるのだ。その姿はとっっっても可愛い。
今日も小皿に乗せてじっくり目で楽しんでいた。
その中の一粒を人差し指と親指で挟んでそっと僕の前に持ってくる。
「はい、美味しいよ?」
ニコッと笑う姿は奇跡みたいに美しい!僕は今目の前に奇跡を見てるんだよ~~~!
父上が羨ましそうな顔をしていた。フンッだ!
「貴族の子供が多く通う学院だが、学者の卵や騎士希望の子など幅広く通っている。平民でもアルファやオメガの子達もいるから、いろんな人達と交流をもてるんだ。」
父上が話し掛けて邪魔をしてきた。なんて心が狭いんだ。
「てことはかなりの人数がそこにかよってるんですか?」
気付かない顔をしてお父様からチョコを食べさせて貰いながら会話を続ける。どーだ、羨ましいだろう~。
「そうだ。そこで社交を広め自分の派閥を作ることになる。」
父上の目はジトーと僕の口元を見ていた。
ええ~~~?はばつぅ~?
「ヨフミィは公爵家の頂点に立つ可能性が高いからね。」
お父様は僕と父上の攻防に気付かず会話に混ざってくる。
足元すくわれないように側近とか取巻とか必要ってことかな?
「五歳でも通うものなんですか?」
「王都に公爵家の屋敷がある。そこから通えばすぐだ。学院には半日程度いればいい。休日はこっちに帰ってくればジュヒィーにも会える。」
えぇ!?お父様と離れちゃうの!?
「十歳までは週に四日しかないから大丈夫だよ。」
「一日目の朝と四日目の夜は会えるけど、その間は会えない!?二日目と三日目は丸々会えない!?」
「そんなに大騒ぎすることか?」
「父上なんか最近二日に一回は来るくせに!僕がいない間にお父様と会う回数増やすつもりでしょ!?」
「考えすぎだよ?公爵様は忙しいんだから。」
「…………。」
いやいや父上黙ってるよ!?まだ王太子妃好きなんじゃなかったの!?
「僕もヨフミィくらいの歳から通ったんだよ。十歳からオメガって言われて家庭教師に切り替えたけど。」
んお?オメガはまさか引き篭もりになるの?
ん~。と考える。身を守る為ってことだよね?アルファやベータなら学校あるけど、オメガなら通わなくなる。
さてどっちがいい?
…………わっかんない。別にオメガだろうがアルファだろうがベータだろうがどうでもいいって気分でしかない。
それは兎も角、オメガなら十歳の判定の時までしか外に出れないってことかぁ。
うーーーん。そう考えると学生生活を楽しめるのは九歳まで?
「週に四日。」
「そうだ。それから家門の中からアルファ性になりそうな子達をお目つけ役としてつける。安全のためでもある。将来はアクセミア公爵家の為に働いてくれる子達だ。」
テーブルに紙が並んだ。
「ん?バハルジィ?」
フブラオ先生と同じ姓だ。
「一人息子だ。かなり優秀な子だ。その子は侍従にどうかと思っている。」
「友達じゃないの?」
「そう思ってもいいが、将来は三人とも側近になるだろう。」
友達というより今から手となり足となる部下がつけられるってことかぁ。
「分かりました。行ってみます。」
「そうか!」
行ってみないと良いか悪いか分かんないしね!
父上の嬉しそうな顔がなんかムカついた。
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