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16 儚い人
しおりを挟むゾロゾロと子供五人が出ていくのを確認してから、王太子が話し出した。丸テーブルには四脚の椅子が並び、王太子、王太子妃、アクセミア公爵、公爵夫人と並んでいる。
何故丸テーブルにしたんだとリウィーテルはギリギリと心の中で毒吐いた。これではジュヒィーの隣に誰を並ばせるか悩んでしまう。片側は自分が隣に座ればいいが、反対側に王太子と王太子妃を置かなければならない。
折角最近距離が近付いてきたのに、ここで何か問題でも起きて元に戻るのは避けたい。
リウィーテルは元々王太子妃に好意を抱いていたが、流石に既に結婚し番との間に子供を儲けた人にいつまでも未練がましく想いを募らせてはいない。
何故か今でも変な噂が流れているが、リウィーテルとしてはもう過去のことだった。
確かに今でも王太子妃は美しい。だがそれだけだ。人の番に執着したっていいことはない。
実際ジュヒィーと結婚して暫くは尾を引いていたが、王太子夫妻が番になり子供を儲け、仲睦まじくする姿を見続ければ冷めてくるというものだ。
ジュヒィーにとっては王太子妃よりは王太子の方がマシかと考え、ジュヒィーを王太子の隣に座らせた。椅子を引く時少しだけ自分の方へ寄せておくことも忘れない。
ジュヒィーはヨフミィの為に頑張って出てきたが顔色が悪い。
子供達は遊びに出てしまったので、大人は少し話をして離れればいいだろう。王太子夫妻と別れた後は王宮にある自分の執務室に連れて行けばいい。
「相変わらず公爵夫人は大人しいな。」
ジュヒィーと王太子は面識こそあれど親しく話したことはない。
「……そうでしょうか。」
困った顔をするジュヒィーを見て、王太子が更に話し掛けようとしたので会話に割って入る。
「恥ずかしがり屋ですので。」
「ふむ、そうか。この前の茶会では邪魔をしてしまったのでお詫びに招待したのだが。」
「有難うございます。」
ジュヒィーは迷いつつも礼を言った。ジュヒィーにとっては王宮への招待はお詫びにならないのだが、王族とはそういうものだと理解している。自分達が呼んでやったのだから感謝すべきと言うことなのだろう。
「折角王都に出てきたのだから度々遊びに来て欲しいわ。招待状を送りますね。」
王太子妃も会話に入ってきた。ジュヒィーの表情が無表情になる。
そういえば結婚前後もこんな表情を見た気がする。大人しいからと言うよりも我慢している顔だと今ならわかる。
「王太子妃殿下、ジュヒィーは身体があまり強くありません。」
暗に呼ぶなと告げる。
「でも公爵夫人として社交にも目を向けるべきではないかしら?」
厚意的な意見と言えばそうなのかもしれない。王太子妃の表情は慈愛に満ちている。だがジュヒィーにはこの厚意は不要なものだ。
「私の妻には社交よりも先に療養をさせたいのです。今回王都へ来たのも子供の学院入学を領地で心配し続けるよりかは近くにいた方がいいからと思った次第です。一度目の招待には応じましたが、今後は必要ありません。」
ジュヒィーはいまオメガとしての機能が停止している。公にはしていないが、治療を続けたい。
「エリュシャの誘いを断るのか。」
王太子が不満気に責めてくるがこれは譲れない。ジュヒィーの治療にはストレスを与えないことと言われている。王都に来たのも王宮医師をしているロデネオ伯爵に診せる為でもあった。
今回ここへ来たのも、一度は顔見せをしたのだからもう招待するなと告げる為だ。挨拶は一度で十分だ。
「妻同士のことに貴方が口出しするのはおかしいわ。」
だが王太子妃は引かなかった。ジュヒィーが自分の招待を受けるのは正しいことなのだと信じて疑わない。
リウィーテルはタラリと汗を流す。
王太子妃はこんなに頑固な性格だっただろうか。
「ね?公爵夫人もそう思うわよね?」
晴れやかな笑顔でジュヒィーに同意を求め出した。
王族にそこまで言われてはジュヒィーも断りにくい。
何故そこまでジュヒィーを王宮に呼びたがるのだろう。呼べば他の夫人や令嬢との付き合いも出てくる。
それとも本当に余計な心配なのだろうか。ジュヒィーの本音は夫人同士の付き合いが必要だと考えているのか?
少し自信をなくしてリウィーテルはジュヒィーを見た。
ジュヒィーは相変わらず無表情だが、リウィーテルの視線に気付いてチラリと視線を送ってきた。
「……………。」
今はジュヒィーの気持ちを理解出来る気がした。
「いいえ、殿下。やはり療養が先でしょう。実はヨフミィを産んでから少し体調を崩したのです。長く王都に来られなかったのもその為ですので、今回は諦めて下さい。」
きっぱりと断ると漸く王太子妃は諦めてくれた。
「まぁ、そうなの?男オメガだからかしら?」
ジュヒィーの身体が少しだけ震えるのを感じた。これにはリウィーテルも気付いた。
王太子妃は常に溌剌とした輝くような美しさのある人だと思っていた。気持ちは冷めたが、臣下としての好意はあった。しかし今の発言にはどこかジュヒィーに対する侮蔑が感じられた。
ジュヒィーが怖がるわけだ。
「折角招待頂きましたが、ジュヒィーの顔色が悪いのでここで失礼しましょう。」
立ち上がりジュヒィーに手を差し伸べると、ジュヒィーはそっと手を伸ばして手のひらを重ねた。
「もういくのか?」
「私だけならばいつでも歓迎いたします。」
それで王太子の方は納得してくれたが、王太子妃は笑顔ながらもジュヒィーを見ていた。
ジュヒィーと共に退室の礼をとり廊下に出て、重ねた手の指が冷たいことに気付く。
「大丈夫か?手が冷たい。」
「あっ…。」
ジュヒィーは手を離そうとしたがギュッと握り締めて離れないようにした。
「私の執務室はここから遠いんだ。子供達が遊び終わるまでそこで休もうか。」
誘うとジュヒィーは頷く。
手を繋いだままだがジュヒィーは大人しくついてきていた。
都合よく手元に置いて、丁度いいからと結婚し子供を産ませてしまった。番という責任も取らず、いつでも離れていいと勝手に判断していた。
ジュヒィーは何も言わない。
きっと、別離の時がきたとしても何も言わない。
この繋いだ手を離さないのは、他にどこにも行き場がないからだとリウィーテルは気付いていた。
ジュヒィーはリウィーテルというアルファを求めていない。
愛情もない。期待もない。
そうしてしまったのは他でもない自分自身の所為。
オメガの機能が働いていないということは、アルファの匂いも感知しないということだろう。
いつか、自分のフェロモンを感じてくれる時がくるだろうか……。
虫のいい話だが、どうか感じて欲しい。そして、ジュヒィーの香りも私に届いて欲しい。
「昼食を用意させよう。子供達にはランチが用意されるはずだから私達は執務室で摂ろうか。食べたらジュヒィーは少し眠るといい。身体が冷えてしまっている。暖かい飲み物と毛布も用意させよう。」
話し掛けるとジュヒィーは顔を上げた。薄紫の瞳がホワッと揺れている。そして柔らかく微笑み頷き返してくれた。
カティーノルはこの国の王太子だ。約十年前、最愛の人と結婚し番にした。この人こそ運命と思い、他の者に奪われてなるものかと愛を捧げた。
先程まで同じ席にいたリウィーテル・アクセミア公爵は一番の強敵だった。王家に負けない権力と財力を持ち合わせ、アルファとしての能力も高かった。
アクセミア公爵から見ても、カティーノルが一番のライバルだったはずだ。
エリュシャが私の求婚を受け入れた時、私は勝ったと狂喜した。
愛する人を手に入れて喜んだのか、強敵に勝って喜んだのか自分でもわからない。
今でもエリュシャを唯一の運命の人と思う気持ちに偽りはない。
それでも今負けた気分になるのは何故だろうかと考えた。
「ふう、公爵夫人は相変わらずですね。」
エリュシャはどうやら公爵夫人の性格が納得出来ないらしい。そういえば以前からそんな素振りはあった気がする。エリュシャは努力家で人を惹きつけ引っ張っていく力がある。それは瑞々しい光に溢れ、そんな彼女に恋をするアルファは多かった。
公爵夫人の性格は正反対なのかもしれない。
「オメガらしいじゃないか。」
「あら、オメガだからと奥に引きこもり番に頼るばかりでは駄目ではありませんか?」
彼女は以前からこう言う。オメガも強くあるべき。アルファとは対等に歩むべき。
その心根が好きだった。今でも好きだ。だがそう出来ないオメガがいるのではないかと最近思う。
心が弱く、アルファに寄り添うことを好むオメガもいる。……先程の公爵夫人のように。
学院のお茶会はエリュシャが言い出したことだ。リウィーテル様のご子息が王都の学院に入学したから、子息と夫人に会いたいと言ったのだ。
後から王宮に呼び出せばいいと言ったのだが、その場で祝うのが筋だと言うから連れて行った。
結局会場を騒がせただけで終わってしまった。
ヨフミィ公子は自分の意見をハッキリと告げることの出来る子供だった。まだバース性ははっきりしないが、公爵家の後継として申し分ない。息子のレジュノは興味を持ったようで王宮に呼んで欲しいと言うから招待状を送らせた。まさかその手紙の中に公爵夫妻まで来るようエリュシャが追記させているとは思わなかったが。後から聞いて頭が痛くなった。
とりあえず謝罪はしようと自分も参加することにした。早々に公爵を怒らせて帰ってしまったが。
エリュシャは公爵夫人と繋がりを持ちたいのだろうか?どちらかと言えば嫌っているようにも感じるのだが。下手にアクセミア公爵を刺激したくないのだが、何故ジュヒィー・アクセミア公爵夫人をああも招待しようとしたのか理解出来ない。
「公爵夫人は体調が悪いと言っていただろう?都合も聞かずに急に呼び出したのはこちらなのに来てくれたんだ。」
「はぁ…。ですからずっと屋敷に籠るからいけないよ。」
最近エリュシャと意見が合わないような気がする。確かに彼女は意志が強く曲がったことが嫌いだが、他人にそれを強要する癖が強くなってきた気がする。なんとか気分を悪くさせず諌めようとするのだが意見が合わずに終わってしまう。
「とにかくもう夫人は呼ぶな。」
「そんなっ…。」
「いいな?」
エリュシャはグッと唇を噛んだ。
「そんなに噛めば血が出る。悲しませたいわけじゃない。アクセミア公爵家はこの国になくてはならない存在だから、対立するようなことをしたくないだけだ。君が矢面に立てばと思うと心配でならない。」
「…………分かりました。」
なんとか納得してくれただろうか。
あとはレジュノが公子と円滑に親交を深めてくれればいいのだが。
どうもエリュシャが息子を言いくるめて邪魔しそうで心配だった。
王太子夫妻は別々に退室しながら、カティーノルはフゥと息を吐く。
オメガは弱くあるべきとは思わない。むしろいずれ王妃になるのなら、エリュシャのように強い人の方がいいだろう。公爵夫人のような儚げでは務まらない。
だが少しだけ思う……。
薄紫色の瞳が揺れながら公爵を見つめた。
今にも倒れそうなほど気が小さい人は、唯一無二の自分のアルファに救いを求めていた。
そして公爵は迷うことなく守っていた。
そんな二人の姿が少しだけ羨ましい。
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