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18 ちょっとだけ進歩
しおりを挟むふおぉぉ~~~、美味しそう~~!
テーブルに並んだ料理の数々にヨフミィの涎が垂れた。
公爵家の料理は洗練された高級料理っという感じなのだが、王太子宮の料理は色鮮やかでなんだか可愛らしい。
全ての料理が一口サイズだし、一個一個手間暇かけた可愛らしい見た目をしていた。メインのステーキすら既にカットされ、ソースと香草、ナッツやベリーなどで模様付けされている。
な、なんだろう?この女子力盛り盛りな料理!
「母上の趣味なんだ…。料理長が毎回張り切って作るから食べてくれ。」
レジュノ王子が少し恥ずかしそうに食事を促した。
「僕、可愛いお料理で好きですよ。全種類制覇目指します!」
「え?そんなに入るだろうか…?」
王子がヨフミィの小さなお腹に視線をやって心配した。
「ヨフミィ様、無理して食べ過ぎないようにしましょうね。」
「お腹壊したら胃薬持ってきてあげるよ。」
「私ならいける!」
全員でそれぞれ好きなものを取って食べ出した。
大人達は既に別れたあとなのか王太子宮にはいなかった。
王太子は中央宮にある自分の執務室に仕事をしに行ってしまったし、王太子妃は今度は別の一団とお茶会をしているらしい。
今日は僕達が遊びに来たから騒がしいけど、よく考えてみるとレジュノ王子は普段何をやってるんだろう?
「王子はいつも何をやってるんですか?」
王子は一口サイズのミートパイを食べていた。
「私か?普段は家庭教師がきて勉強をしている。」
「アルファ用の?」
レジュノ王子は頷く。確かにレジュノ王子も僕のアルファ候補学友達と同じくらい背も高いし頭も良さそうだ。……僕だけ小さいな。
そうなると大人に囲まれて子供一人で過ごしてるってこと?
「王太子妃様は?」
ヨフミィの質問にソヴィーシャが視線を上げてジトっと見てきた。あ、これ訊いたらダメなやつ?
でももう訊いちゃったし。
「母上は公務か社交だ。」
つまり一緒に過ごさないのね。
王子の表情はあまり変わらないけど、ソヴィーシャの表情を見るに良い関係というわけではないらしい。
王太子妃は数々のアルファに求婚されて王太子と結婚した。……てことは大恋愛だよね?好きあって結婚した割には家庭は冷めてそうに見える。
ソヴィーシャは騎士団長をしているウハン侯爵について王宮に来ることがあるから知ってるんだな?
お茶会に乗り込んで来た時は仲良し家族なのかなと感じたけどそうでもないらしい。
うーん……。だから僕達をここに呼んだのかな?なんか可哀想に見えるなぁ。
前世いい歳した人間だったからか、子供が寂しそうに見えるのは放っておけない。
「遊び相手がいないならたまに来るよ?」
お友達はやっぱ必要だよね!
「………いいのか?」
「いいよぉ~~。」
僕相手で楽しいのか分からないけどね!
でもレジュノ王子は嬉しそうだった。
暫くすると料理長だという人がやってきた。料理長はこれまた三十代くらいのイケメンさんだった。白い歯がキラッとする感じ。
ランチも終わり午後から僕達は庭園を走り回って遊んでいた。僕以外の四人の足が速すぎて追いつけない。結局交代で誰かが僕をおんぶして走っていた。僕をおんぶしても速度が落ちない君達に、どうして僕の足が追いつけようか…。
夕方になる前には帰った方がいいと言われていたので今日は帰ることになった。
「いつ来たらいいか分かんないから呼んでね?」
「ああ、調整する。」
調整するって、どんだけ勉強詰め込まれてるの?学院へ来る許可が降りないわけだよ~。十歳未満の学院の貴族なんて遊んでるもんね。
バイバイと手を振りながら王太子宮を出ると、レジュノ王子は寂しそうだった。そんな目で見られると同情してしまうじゃないか。
僕達は一旦馬車に乗って父上がいるらしい父上用の執務室に向かった。王宮の中に個人の執務室を持てるのは高位貴族で要職についている人だけらしい。父上は公爵だし当然なんだろうね。今まで領地の方にいることが多かったけど、今は王都に住んでいるから王宮の執務室を使う頻度が増えると言っていた。
扉の前には護衛騎士のハーディリさんが立っていた。護衛騎士ってずっと立ちっぱなしで大変だね。
「公爵夫人がお休み中らしいのでお静かにお願いします。」
ハーディリさんはシッと人差し指を口元に立てて教えてくれた。お父様寝てるの?
ハーディリさんが扉を開けてくれたので四人で静かに執務室に入った。入ると大きな机で仕事をしていた父上が顔を上げた。
「遊びは終了か?」
「はい、楽しかったです。」
そうかと父上は少し口元を綻ばせて頷いた。
長ソファにはお父様が横になってグッスリ眠っていた。
「少し疲れたようなんだ。私が抱いて帰るから行こうか。」
「もう少し寝ててもいいですよ?」
「屋敷の方がジュヒィーも落ち着くだろう。」
それもそうか。ソファで寝かせるよりも自分のベッドがいいよね。
お父様は毛布にくるまって寝ていた。僕達が近くで話してても起きる気配がない。
父上が軽々とお父様を毛布ごと抱き上げてもスヤスヤと寝ていた。
「……王太子殿下達とのお茶に疲れましたか?」
なんか嫌なことでもあったのかな?
「そう心配するな。ジュヒィーは呼ばないよう言ったから、もう招待状は送ってこないだろう。」
「おおっ、父上が進化している!」
「どういう意味だ。」
そういう意味だもーん。へへんと笑うと溜息を吐かれてしまった。
「レジュノ王子から遊びのお誘いがくると思います。」
一応保護者には伝えておくべきだよね!
父上は少し僕の顔を見て笑いながら頷いた。どうやら父上も王太子一家の現状を知っているらしい。
昔自分が好きだった人の家庭があまりうまくいってないって知ってるのって、どんな気持ちなんだろうねぇ?
カリカリと聞こえる音にジュヒィーはぼんやりと目を開けた。
いつの間にか自分の寝室に戻って来ている。
「???」
寝たまま視線をうろうろと送ると、ジュヒィーの脇で白い頭が動いていた。ヨフミィだ。
ヨフミィは寝ているジュヒィーの横に自分も寝転がり、腹這いになって何かを描いていた。
少し頭を上げて覗いてみると、文字と絵を描いている。
「………………ふふ。」
ついつい笑ってしまった。
「あっ、お父様起きましたか!?」
ヨフミィがパッと顔を上げた。
「うん、ずいぶん楽しんだみたいだね。」
ヨフミィの絵には王宮で出会った人達が描かれていた。
図書館にいた神経質な司書と温室にいた庭師のクマさん?王太子宮の料理長の歯がキラッと描いてある。
他にも公爵様やカティーノル王太子、ウハン侯爵、ロデネオ伯爵が順番に書いてあった。
「あ、これはリストです。」
「リスト…。」
なんのだろう?
うーんとジュヒィーは考えた。そしてハッと気付く。
「まさか王太子妃のこと好きだった人達?」
噂でしか聞いたことのない人物達も混ざっているが、確か図書室管理官長や王宮庭園総管理人もいたような?料理長もだったのかな?
ヨフミィはコクリと頷いた。
「お父様は王太子妃のことをどう思いますか?」
ヨフミィは時々驚くほど大人びたことを言ったりする。いつもは子供らしく輝くような笑顔で幼く遊ぶのに、今は榛色の瞳は静かな森のようにジュヒィーを見つめていた。ざわざわと風が吹き木々を揺らし騒つかせるのに、全てが包み込まれて安心させるような静謐とした目だ。
不思議な子だ。
お父様を幸せにすると叫ぶ姿は幼いのに、それに安心してしまう自分がいる。
「そうだね…、正直に言うと苦手だよ。」
弱気な発言はガッカリさせるだろうかと思いながらも正直に言うと、先程までの大人びた瞳は消えて、ニパッとヨフミィは笑った。
「ですよねぇ~。僕もあのタイプは嫌いです。」
はっきりと嫌いと言い出した。
「あの方は王太子妃なんだから外では言ってはいけないよ?」
わかってますぅ~とヨフミィは答えながらもまた絵を描き始める。
「どうして王太子妃を好きだった人達を描いてるの?」
変なところに興味があるなと思いながら尋ねる。
「ん~。んー……。お父様を幸せにしたいからです。」
ジュヒィーはクスリと笑った。
「充分今幸せだよ?」
確かに王太子妃のせいで苦しかったのかもしれない。あの方は意志が強い。自分が正しいと思ったことを口に出すことができ、それを叶えようと努力する人だ。その姿がアルファ達には眩しく映ったことだろう。
自分にはないものを持っている。
アルファを惹きつける強いオメガ。
ジュヒィーとは正反対の人。
だからリーテも好きになった。未来の公爵夫人として隣にいてもらいたいと思ったのだろう。僕は何もやっていない。ヨフミィを産むことは出来たけど、番にもなれないし、公爵夫人の仕事もしていない。
身体も心も弱い。
ヨフミィが生まれてくれたから、ジュヒィーはここにいることが出来る。
「………ヨフミィのおかげ。」
ヨフミィは呟くジュヒィーの前にちょこんと座った。
「僕がいるのはお父様のおかげです。だから一緒ですね!」
ニコニコと笑う我が子に涙が出る。
「お父様、今日のお茶会はどうでしたか?大丈夫でしたか?置いていくの心配だったんですが。」
「うん、大丈夫だったよ。公爵様が庇ってくれたから。」
まさか王太子妃達相手にジュヒィーを庇うとは思っていなかった。ジュヒィーが助けて欲しいと思ったら助けてくれた。
本当は王太子妃が言う通り、公爵夫人として社交を頑張った方がいい。社交とは言っても相手は同じ夫人同士。オメガや女性ベータばかりなのだ。ごくたまに女性アルファがいたりするが、そんな人はあまりオメガの集まりには出てこない。
それぞれが護衛や使用人を連れてくるので安全なのだが、公爵夫人という立場ではどうしてもあの王太子妃と会う確率が高くなる。そう考えると気が重いのだ。
でも今日は社交をしなくてもいいと庇ってくれた。公爵家当主から直々に言われ、王太子も了解してくれた。王都に来ることに不安はあったけど、気が抜けるように安堵感が広がった。
少し今日のことを思い出していたら、ヨフミィがジーと見ていた。
「…………むう、父上がポイントを稼いでいる。流石アルファ、抜け目ない。」
「んん?」
なんでもなーいとヨフミィはまた絵を描き始めた。フン、フン、フフ~ンと鼻歌を歌いながら描いている。聞いたことのない歌にどこで覚えたのだろうと不思議になりながらジュヒィーは眺めていた。
「………………絵の先生雇う?」
「どう言う意味ですか?」
うん、だってね。
後で公爵様に相談しようと思った。独創的だ。
リウィーテルは書類を捌きながら少し浮かれていた。
今日の予定では疲れたジュヒィーを慰める予定だった。ジュヒィーが王太子夫妻に苦手意識を持っていることには気付いていた。自分が原因ではあるが、アクセミア公爵家としては避けては通れない人達だ。王都に行けば挨拶するしかない。
しかし本日ジュヒィーはリウィーテルに助けを求めた。はっきりと分かった。
表情が変わったわけではなかったが、ジュヒィーの薄紫の瞳はリウィーテルに語りかけていた。
ちょっと嬉しい。いやかなり嬉しい。
ニヤニヤしていると目の前にドンと書類が積み重なった。
「上手くいかれたようで良かったですね。」
フブラオ・バハルジィだ。ヨフミィの家庭教師だが、伯爵になってもらった。本当はそのままバハルジィ子爵位でいいですと断られたが無理矢理伯爵を押し付けた。
元家令達を処分したら幾つか爵位が返ってきてしまった為、丁度いいから受け取ってもらった。
有能な人材が目の前にいるのに放っておくわけがない。フブラオ・バハルジィは見識が広く知識も豊富だ。何よりヨフミィに信頼されている。ここが大事だ。
フブラオ・バハルジィを手元に置けば、自然とヨフミィに近付くはず…。ひいてはジュヒィーにも近付ける。
そんなリウィーテルの思惑に気付かないフブラオではない。しかし私は公爵だ。普通は誰しも欲しがる爵位を嫌がるフブラオに、伯爵になるよう命じた。
ちょっと顔が怖かったが大丈夫だ。
「今日はジュヒィーに近付けただろう?」
リウィーテルの相談役はフブラオだ。ヨフミィの家庭教師に公爵の補佐、しかも相談役まで幅広く働いてくれるフブラオには感謝している。そして今日の家庭内の出来事は報告済みだ。
「はぁ……、そうですね。いい結果でしょう。」
「そうだろう。」
「予想では今後ヨフミィ様の教育や様子について相談されることなども出てくるでしょう。」
「そうなのか?」
本当に?半信半疑で尋ねる。
「……ジュヒィー様が相談する相手は私か妻マリニくらいなのです。私達に尋ねられても公爵様にお尋ねするよう促しますから、真摯に会話を進めて下さい。そしてジュヒィー様は本当にヨフミィ様を大切にされておりますので、どんな馬鹿馬鹿しい相談でも真剣に応えてあげて下さい。悩んだら一旦保留にし私に相談されてもよいと思います。」
リウィーテルはガタンと立ち上がった。
「分かった。そうしよう。」
真面目に頷くリウィーテルを前に、フブラオはまた溜息を吐く。
「少し前までは尊敬の念を抱いておりましたのに……。」
「今でも尊敬してくれていいのだが?」
「なぜ?」
ひどいな。これでも公爵家当主なんだが?
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