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19 騎士団訪問
しおりを挟む今日は王宮に併設された騎士団にやってきた。城壁からはみ出すように騎士団本部の建物がくっついており、そこに兵舎や訓練場もあるのだという。
なぜ来たかというと、ソヴィーシャに誘われたからだ。
ソヴィーシャは学院がない日はいつもこの騎士団訓練場に来ていたらしい。父親であるウハン侯爵が騎士団長だからだ。
騎士団は第一と第二があり、ウハン侯爵は第二騎士団の団長にあたる。第一騎士団は王宮や王族の警護が基本業務で、第二騎士団は王都の城下町や他領地からの救援要請に応じたりと市井に近い存在になる。
「ソヴィーシャっ、こっちだ。」
騎士団の訓練場に着くとレジュノ王子が待っていた。
今日はレジュノ王子も訓練に参加するので一緒に来ないかと誘われた。
「王子~。」
走り寄ると手を差し出された。
「?」
よく分からずその手を握ると、グイと引き寄せられ抱き締められる。
「久しぶりだな。待っていたぞ。」
僕の足がプラーンとぶら下がる。身長差で抱っこされたみたいになってしまった。
「先週も遊びましたよ。」
レジュノ王子は約束通り毎週手紙で遊びの約束を取り付けてきた。
「夏に領地に帰ると言っていただろう?父上から遊びに行ってもいいと許可をいただいた。」
「え?本当ですか?良かったです!楽しみですね~!」
お魚何匹釣れるか競争しましょうね~と言うと笑って頷いてくれた。ところでいつまで僕は抱えられているんだろう?
僕の脇に誰かの手が入り、ヒョイと抱え上げられる。王子の腕からフワリと浮いた。足がトンと地面につく。
「私達はあちらで見学致します。」
ラニラルだった。最近ラニラルは自分のことを私と言うようになった。前までは俺だったのにね。
「バハルジィ子息は参加しないのか?」
王子の声がなんか低いねぇ。
「全員がヨフミィ様の側を離れるわけにはいきませんから。」
いや、護衛ならちゃんとついてきてるし、なんならリュハナもいるよ?戦力にはならないけど。
リュハナは相変わらず笑顔で傍観している。
「ヨフミィの側に侍りたいのなら力もつけるべきではないのか?」
「私も身体は鍛えております。」
「技術も磨くべきでは?」
「言われるまでもなく。」
なんかこの二人仲悪いなぁ。
結局ラニラルも参加になった。いってらっしゃ~い。
「ヨフミィ様は興味ないの?」
「興味ないよぉ。」
同じく興味なさそうなリュハナから尋ねられて、僕は目をキラキラさせながら答えた。
「その割には熱心に見てるね。」
そう、だって目の前には筋肉が!
すっごいねぇ~。ムキムキしてるよ?前世では筋肉ムキムキってあまり好きではなかったんだけどね?でもなんか違うんだよ。実践的って言うか、見応えある筋肉って言うか、汗かいててもなんかカッコいい~って思えるよ!
「かっこいいね!」
「うーん。ヨフミィ様はどの人が一番カッコいいって思うの?」
え?どの人が?
リュハナの質問にキョトンとする。誰とか個別に見てたわけではない。全体的に見ていたのだ。
「筋肉?」
「それ人じゃないから。」
ブフッと近くにいた騎士達から笑われた。
「知ってるもん!」
「じゃああの三人の中では誰がカッコいい?」
三人?
リュハナが指差したのはソヴィーシャと王子、ラニラルだ。ヨフミィから見たら三人とも体格がいい。身長差から見上げなければならないのだが、それでも逞しい騎士達に囲まれるとやはり小さいなと感じた。
これはあれかな?誰が一番好き?と幼い子が聞かれるやつ?大概ママーっだけど、ここに僕のママはいない。いたら間違いなく「お父様っ!」と叫んでいる。いや、それともこっちかな?幼稚園で好きなお友達はー?と探られるやつ?そして一番大好きな子の名前を教えちゃうと。誰々ちゃんと結婚するーというやつ。
これって意外と難しい質問。
「団長のご子息ですよねっ!」
「ソヴィーシャ様はまだ七歳なのに騎士達に引けを取らないのですよ。」
近くにいた騎士達がワラワラと集まってきた。さっき吹き出した奴らね。
ソヴィーシャかぁ。確かにソヴィーシャはカッコいい。サラサラ金髪から汗が流れて凛々しい雰囲気に似合っている。赤い瞳が獣っぽくて荒々しい雰囲気があるんだけど、それが魅力的なのかもしれない。影から女の子達がキャッキャと見ているタイプだ。
告白されたら「あー、ごめん。今は違うことに集中したいから。」とか言ってぶっきらぼうに振るんだよ。
「レジュノ王子も素晴らしい剣技ですよ。最近特に熱心に鍛えられていてメキメキと力をつけられています。」
「こう流れるような剣捌きは生まれ持った才能なんでしょうねぇ。」
レジュノ・リクディーバル王子もねぇ。確かにこう美麗っー!って感じの子なんだよ。さすが王族、魂から気品が感じられるよ。ただ立っているだけでもつい目が惹きつけられるって感じ。学院に通えばきっと女の子達がキャーキャーいいながら周りを取り囲むと思う。最初は偉そうと思ったけど、じっくり会話したら知的な感じでちゃんと落ち着いている。
告白されたら上手に柔和に王子スマイルでごめんと振るんだよ。
「ラニラルは?ヨフミィ様は結構ラニラルに頼ってるよね?」
「あー、あの今日初参加の子か。凄いな~、初めてであれじゃ騎士見習いあたりじゃ相手にならんだろう。」
ラニラル・バハルジィはフブラオ先生の子供なだけあってすっごく頼りになる。僕が困ってたらすぐに助けてくれるんだよね。頭脳派なのかと思ってたらなんと剣も強かった!騎士見習いって十代半ばの人達みたいなんだけど、今見てたら騎士見習い相手に勝っていた。カーンと剣を弾かれた騎士見習いが可哀想なくらいショックを受けている。
「ラニラルだけ告白されたら冷淡に振るのに何故か告白した子は泣いて感謝する姿しか想像出来ないんだけど…!?」
「何考えてたの?」
リュハナにつっこまれた。うん。
「あ、リュハナは皆んな僕の花だよ~とか言ってなんか遊んでそう。」
「だからなんの話!?」
リュハナがどういうこと!?と騒いでいた。僕もよく分かんないや。
騎士団の訓練が終わり三人が帰ってきた。
「お疲れ様~。」
僕は笑顔で三人を労った。決して先程変な想像していたと気付かれてはいけない。
「ヨフミィ様も少しは鍛えとけば?」
ソヴィーシャが汗をシタシタと垂らしながら話し掛けてきた。ここで不細工なら、うわっ、汚なってなるんだろうけど顔がいいから全てが許されるようだ。こういうのを目の錯覚とか言うんだろうか。
「うーん、見るのは楽しかったけど、やろうって気にはならなそう~?」
「持ってみるか?」
ソヴィーシャが訓練用の刃を潰した剣を渡してきた。ちゃんと柄の方を持つように前に持ってきてくれる。ハサミで持ち手を持てるように渡すのと一緒だよね。ソヴィーシャってガサツそうでも心根は親切なんだよね~。
僕はソヴィーシャが差し出した剣を掴んだ。
ゴトッ。落とした。わざとじゃないよ。
「ヨフミィ様には重たいと思いますよ。」
「手も小さいしな。」
ラニラルと王子からダメ出し出されてしまった。
「そうやって甘やかしたら上達しないだろ?」
むむ~。意外とソヴィーシャはスパルタタイプ?
ラニラルが僕の手のひらを見て擦りむいていないか確認するのを、ソヴィーシャは呆れた目で見ていた。
ソヴィーシャだけちょっとだけ僕に厳しいんだよねぇ。
レジュノ王子はこの後家庭教師が来るというので別れた。
アクセミア公爵邸へ帰ろうと馬車に向かっていると、ヨフミィ達を呼び止める声がして足を止めた。振り返ると白衣を着た人物が鞄を手に歩いて来るのが見えた。
「あ、お父様。」
リュハナが自分の父親を見つけて嬉しそうに声を上げた。ロデネオ伯爵は僕達を追いかけて来たらしい。
「今から帰るのかな?よかったら一緒に乗せてもらってもいいかな?」
「公爵邸に用事ですか?」
「ええ、公爵にお会いしに。」
お父様はロデネオ伯爵の治療を受けている。定期的にオメガのホルモン数値を測っている。血を抜き取り検査するのでロデネオ伯爵が直接訪問していた。
公爵夫人のオメガとしての機能が止まっていることは公表していないので、ロデネオ伯爵はお父様ではなく父上に会いに行っていることになっている。ロデネオ伯爵家はアクセミア公爵家の家臣になるのでおかしなことではない。
「じゃあ一緒に行きましょう。」
「お父様と帰れるなんて思ってなかったよ。」
リュハナは本当にロデネオ伯爵が大好きみたい。温厚そうな人だし家でも優しいんだろうね。こんな人があの王太子妃に求婚したとは信じられない。
王宮から公爵邸までそう遠くはない。
到着後ロデネオ伯爵と一緒にお父様の所まで移動した。診察が目的なのでリュハナとソヴィーシャ、ラニラル達とは別れる。
「血を抜くので外で待つかな?」
あまり見たくないだろうと思ったのか態々尋ねてくれた。
プルプルと首を振る。
「平気です。」
本当に平気。だって前世で血を抜いた経験もあるのに怖いという気持ちはない。病院通ったり普通の健康診断でも採血くらい当たり前だったしね。ちょっとまぁ嫌かなぁってくらい。ロデネオ伯爵の腕は信頼しているもの。
「お父様、帰りました~。」
部屋をノックしてお父様の私室に入る。お父様は本を読んでいたみたいだ。
「おかえり。楽しかったかな?ロデネオ伯爵もお疲れ様です。」
お父様は立ち上がり伯爵に挨拶をした。
「お変わりありませんか?」
二人は診察の為にテーブルと椅子がある方へ移動した。伯爵が道具を広げて用意を終わらせ、早速採血を始めた。
確かに見てて気持ちのいいものではないよねぇ。父上なんか血を抜いた痕が残るお父様の腕を見て泣きそうになっていた、
「どのくらいで分かるんですか?」
「一度持ち帰ってから調べるので二日後かな。」
そっかぁ。ま、この世界は元いた日本ほどの技術があるようにも見えない。異世界なのに魔法みたいな不思議な力もないようだし、そんなものかもしれないね。
「さて問診をしましょうか。」
触診をしたり聞き取りをやってロデネオ伯爵は紙に書き込んでいく。
「ストレスが減ったように感じますね。王都にいらしたばかりの頃は顔色も悪く表情も暗く感じました。ですが今は血色も良くふっくらとされています。何より表情が明るい。」
そう言われてお父様はペタペタと自分の頬を触っている。不思議そうな顔がお父様らしい。
「僕もそう思います。意外と王都の暮らしが合ったんでしょうか?」
「ふふふ、違うよ、ヨフミィ様。」
伯爵がリュハナそっくりの笑顔で笑った。
「公爵様と最近よくお話をされるのですよね。」
ええーーー!?そうなの!?ぼ、僕がいない間に!?
お父様をパッと見るとやや顔を赤らめていた。
「は、話は、少しだけ………。」
「いい傾向ですよ。公爵様くらいアルファ性の強い方と意識が通じ合えば治療も捗りますからね。」
父上と、お父様が……。
「ヨフミィ様も知識として覚えておいて下さいね。オメガにしろアルファにしろ、公爵夫人のような症状は身体によくありません。自分の元の性別を否定しては生きていけないからね。無理にオメガのフェロモンを止め続ける行為は寿命の短縮を…。」
「ええ!?早死にするの!?」
「うぐっ。」
ロデネオ伯爵の説明の途中で驚いてドンと抱き付いた。座っていた伯爵の胸に激突して伯爵はやや苦しむ。
「まぁ、あまり、よくは…。うぐぐっ。」
「ダメだよ、そんな乗り上げちゃ。」
勢いよく伯爵の膝に乗り上げ襟首掴んで詰め寄ると、お父様に止められてしまった。
「いえいえ、お父様が死んじゃうって言われたら慌てるよね。」
ロデネオ伯爵は大丈夫とお父様に笑ってみせた。
「元ある姿が一番正常だということだね。勿論公爵夫人の身体も元の通り発情期が定期的にくるのが一番いい。もっといいのは番を得ることだね。オメガは徐々に発情期が重くなる傾向にある。それを緩和してくれるのが番の存在だよ。共に発情期を乗り越え長生きすれば、ある程度歳をとると発情期も収まる。その流れが一番いいってことだよ。」
ヨフミィの眉がヘニョんと垂れた。伯爵とお父様はあららと苦笑する。
「ヨフミィ様もいずれアルファかオメガと言われるだろう。その時のためにも知っておくべきだよ。それでは検査結果がわかる二日後にまた来ますね。」
立ち去るロデネオ伯爵をお父様が送り出していたが、ヨフミィはしょぼんと肩を落としていた。
オメガバースについては理解している。よくある設定。そういう理解だったが、現実に直面するとかなり厄介だ。繊細とでもいうのだろうか。精神的なものに左右されるのだなと思う。
離婚してお父様とスローライフ。
そう思っていたのに、現実では厳しい。お父様には番のアルファがいないと長生きできないってことだ。
そういえばそんな話もあったなぁとぼんやり考える。
お父様には父上が必要なの?
最近お父様は父上とお話しするから元気なの?
「僕だけじゃダメなのかぁ…。」
お父様の幸せは自分一人では叶えられない願いなのかと落ち込んでしまった。
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