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25 騎士の誓い
しおりを挟むソヴィーシャの説明によると、狩りの途中でこの板の橋を見つけたらしい。ここら辺は子供が狩りをする一帯で危険がほぼない。出てくる獲物も兎かイタチくらいで、弓の技術があれば鳥が狩れるよっというくらいの場所になるらしい。
殆どの大人達は奥に進み、見張りで巡回する騎士も少ない。
この川も流れは早いけど落ちても水嵩は膝下までしかないので、雨さえ降らなければ危険はないらしい。ただ大人の背丈程度の土の斜面があるから多少危なくは感じる程度だった。狩りをしにくる人間なら問題ないと判断されているらしい。
そしてソヴィーシャが言うにはほぼ見回りの騎士は来ない。
「なんで来ないってわかるの?」
隣に座るソヴィーシャに尋ねた。
今ラニラルはテントに戻って人を呼んでくると離れている。馬はいななきで気付かれるので二頭とも連れて行った。僕も一緒に連れて行かれそうになったので、ラニラルが戻ってくるまで待ってると言って行ってもらった。だって折角来だしね?
なので戻るまで僕とソヴィーシャで草むらに隠れて板の橋を見張っている。
「まず板が置きっぱなしだろ?それでも絶対に見つからないって確信してるってことだ。」
うんうん。
「ということはここを担当する騎士が怪しい。」
なるほど!
「ここの担当者が誰か私は知っている。」
「なんで?」
「父上から地図で見せてもらったからだ。」
え?この森結構広いよ?相当な数の騎士がいると思うけど…。
「腐っても未来のアルファってことなんだね?」
「誰が腐ってるって?」
怖いな。睨まないでよ。
コソコソと二人で話しながら見張りを続ける。
「ここを担当する騎士は子爵家の推薦で入った奴なんだ。そいつが子爵家に命じられてやるはずだ。」
つまりぃ、今日は見張の騎士以外誰も森の中にいないから、この板の橋を使って外から獲物を持ってこようとするだろうってこと?
ずるいなぁ。そこまでして獲物を用意しなきゃなの?
「絶対狩りはしなきゃなの?獲れませんでしたーじゃダメなの?」
「矜持の問題はあるが、そこに拘らないなら獲れなくてもいい。貴族家だと参加が当たり前という認識があるから、仕方なく狩りに参加する者も多いからな。ただ今回その子爵家の息子に婚約者が出来たから、婚約者に獲物を贈らないとならないという事情がある。」
「へぇ~。アルファ?」
「いや、ベータ同士。」
なんだぁ。
「アルファとオメガのビーエルを期待したのに……。」
「またおかしなこと言ってる。」
おかしくないやいっ!
「とりあえずラニラルが戻ってきたらヨフミィ様は戻れ。ここからテントまですぐだし、ラニラルももうすぐ戻ってくるだろう。」
「ええ~。早いよぉ~。」
「見張りは一人で十分……、っ!」
パッとソヴィーシャに口を塞がれた。なんだろうと思ったら、人の声がする。
川の向こう側から本当に人が来て獲物を運んでいた。数人の男達だった。
「うーん…、兎か?」
「兎にしては大きいよ?」
茂みに隠れてコソコソと確認する。すっごく大きい兎を何人かで抱えてきていた。
「ご丁寧に罠で獲った兎だな。兎なら捕まえられるが、ただの兎では箔がつかないからあのサイズか?ここら辺に生息してないだろうが…。」
ソヴィーシャがぶつぶつと文句を言っている。
婚約者に良い物が贈りたかったんだねぇ。方法が間違ってるけど。
レジュノ王子はこんな人達を取り締まらなきゃなのかぁ。
「こういうことってどこの貴族でもやるのかな?」
「………過去の戦績見るとたまにこんな獲物獲れるのかって不思議に思うのはあった。あの巨大兎もな。」
「お~。つまり時々見張りを潜り抜けて成功させちゃう人達がいるんだね。あの大きさの兎なら毛皮も取りやすそうだよねぇ。」
「……ヨフミィ様は大きい方が良かったのか?」
ん?ソヴィーシャからジトーと見られている。違うよ~と僕は首を振った。たんにそう思っただけで、ソヴィーシャ達の兎が小さいとか言ってないよ~。ぷるぷるぷると首を振る。
「あ、行っちゃうよ。」
話題を変えることにした。本当に橋を渡ってきて森に入ろうとしてるしね。
「ヨフミィ様はここに隠れていてくれ。」
ザッとソヴィーシャが立ち上がった。そして男達に声を掛けた。
「待てっ、どこに行くつもりだ?」
男達はギョッとして振り返った。そして相手が子供一人と知って一気に安堵している。
「どこの子だ?」
「面倒だぞ。どっかの貴族の子供だったらどうする。」
ヒソヒソと話し合っている。
「主人が捕まえた獲物を運んでいるだけだ。」
誤魔化してみることにしたらしい。
「へぇ?指定された範囲以外で獲ったやつをか?」
しかしソヴィーシャは辛辣に言い返す。
川を渡ってきたのを見られていたと知り、男達は慌てていた。どうする?とお互いに目で相談している。そして取った行動は逃走だった。捕まらなければ相手は子供なのでなんとかなると思ったのだろう。
ソヴィーシャが男達を追いかける為に走り出した。
え!?僕はどうすれば!?
こんな所に一人置いて行かれたくはない。
ソヴィーシャは弓を構えてシュパンッと射った。流れるような手慣れた動きだ。
肩に矢が刺さった男が悲鳴をあげて倒れた。他の男達がそれを見て慌て、兎を抱えていない男達が剣を抜き構える。
思わず追いかけてきたけど僕はどうすればっ!
追いかけてきた僕にソヴィーシャが気付いて一瞬目を見開いた。ごめんねぇ。僕、足手纏いだった!
男達も子供がもう一人いることに気付いたみたいだ。
「ばかっ、なんでついてきた!」
ソヴィーシャは怒りながらも僕の側に戻ってきた。
ソヴィーシャの注意が僕に向いたところで、剣を抜いた一人がソヴィーシャに切りかかった。
子供相手に!?
僕は慌ててソヴィーシャに体当たりする。ドンッとぶつかり、ソヴィーシャがいたところを剣が掠めていった。
ひょえええぇぇ!
ソヴィーシャがすかさず腰の剣を抜いて切り掛かってきた男に攻撃した。僕がソヴィーシャの側にいるせいで邪魔になっている。邪魔にならないよう離れたいのに、二人の剣が宙を無尽に走り、どこに動いたらいいのかわからない!
「くっ…!」
ソヴィーシャは強いが大人の男性に勝てるほどではない。
「くそっ、コイツっ!」
男の方も子供と思って侮っていたのか、攻撃を防ぐソヴィーシャに段々と本気になっているのが分かった。
ど、ど、ど~しよぉ~!
「ヨフミィ様っ!」
ラニラルの声がした。
………っ戻ってきたんだ!そう思った時にはソヴィーシャと剣戟を繰り広げていた男が地面に倒れた。
え、何が起こったの?
じわ~と地面に血が広がるのが見えてゾワっとする。
「見なくていい。」
フワッと誰かが抱き締めてくれた。
「あ、あれ?レジュノ王子?」
抱き締めてくれたのはレジュノ王子だった。そして血のついた剣をさげているのはラニラルだ。倒れた男の傍らに立っていた。
ソヴィーシャは面白くなさそうな顔で剣を鞘にしまい、他の男達は大勢の騎士に取り囲まれていた。
ラニラルがレジュノ王子達を連れてきたのが分かった。
「ヨフミィっ!」
あ、父上も来たんだ。
レジュノ王子が腕を緩めてくれたので、父上が近付いてきてポコんと軽く頭を叩かれてしまった。全然痛くはないけど。
「何故森に入ったんだ?」
う~~~……。
「ごめんなさい……。」
「私が悪いんです。」
ソヴィーシャが謝った。父上はジッと見上げて視線を逸らさず謝るソヴィーシャを見て、一つ息を吐いた。
「君への処罰はウハン侯爵の役目だ。一緒に戻ろう。ラニラルもだ。」
ラニラルはスッと目を伏せて頭を下げた。
「……父上、僕が悪いんですよ。僕が無理矢理ついてきたんです。二人を罰するのはやめて下さい。」
涙目で訴えると、父上は困ったように笑った。
「罰は必要だ。何の為にヨフミィの側にいるのか理解する必要があるからな。」
「………。」
納得できない。僕も子供だけど、二人も子供だ。それなのに責任が重いような気がする。僕は守られてばかりだ。じゃあ逆に守れるのかって聞かれると出来ないんだけど……。
それともこれが身分の差なのかなぁ。
しょぼんと頭を落とす僕を、レジュノ王子が手を繋いで慰めてくれた。
その日はテントに戻るとお父様が泣いていた。
「………っ!」
「……ヨフミィ?どうして森に入ったの?」
オロオロオロと慌ててしまう。決してお父様は責めても怒ってもいない。だけど罪悪感がグサァと胸に刺さった。
前回のプチ拉致事件では泣きそうにはしてても泣いてはいなかった。でも今回は完全に泣いていた。
父上からは反省しなさいと言われた。
「ごめんなさい、お父様。」
「もう危ないことはしないでね?」
ちょっと遊びの延長線上のつもりでかなり大事になってしまった。確かに人が血を流すの見たしね。
お父様に抱っこされたので、ポスンとお父様の胸に寄り掛かる。暖かい。ウトウトと眠気が襲ってきた。もう真夜中だ。
ヨフミィ、おやすみ。
と、どこかから声がする。優しくて温かい声だ。
おやすみなさい。
前世の記憶があっても何も出来ないなぁと思う。記憶といっても殆どないようなもので、自分がどんな人間だったかとかはあやふやだ。向こうの世界がこんな世界だったんだって記憶がなんとなくあるだけで、一つ一つを説明できるわけではない。
車がどうやって走るの、とか。教育ってどうなの?とか。政治とか社会の仕組みとか、聞かれたって説明できない。
なんとなく生きていた。
ただちょっとだけ思い出した。
『痛………。』
『………勝手に身体が動いたって言う気?』
口煩い妹がいたなと思う。あたしは姉で、妹の方が賢かった。
結婚して子供がいて、家庭を持つ妹の方が上手に人生を歩んでいるなと思っていた。
『……そんなつもりじゃ……なかったんだよ?』
『…………もう、どんなつもりなのよ。』
ヘラヘラと笑うと妹が呆れて溜息を吐いた。
『お姉ちゃんが死んだら悲しいんだよ……。でも、ありがとう。』
最後に言われたお礼の言葉。
ありがとう。
うん、いいよ。
赤く広がるのは自分の血。ジワジワとアスファルトの上を染めていく。小さいデコボコがよく見えるなぁと呑気に思った。
妹の子が落としたオモチャを追いかけて、左折してきた車に轢かれそうになった。庇って自分が巻き込まれてしまった。
もっと上手に避けれればいいのにと自分自身で思うけど、元々運動神経は良くない。
妹がありがとうと言いながら泣いていた。
救急車呼んだから、頑張ってと言っていたけど間に合わなかったんだろう。
ここで生きててあげられたら良かった。きっとずっと妹は悲しむ。
どうか、泣かないで。
次の日昼近くに目が覚めたら、ソヴィーシャがテントの外で待っていると言われた。
外に出ると疲れた顔で本当に立っていた。
「ソヴィーシャ?ちゃんと寝た?」
声をかけると顔を上げた。いつもの元気がなくなり病気みたいだ。怒られた?いっぱいウハン侯爵に怒られちゃったかな?
「ヨフミィ様、申し訳ありませんでした。」
ソヴィーシャは片膝をついて地面に座り頭を下げた。
ひええええ、いつも生意気なソヴィーシャがぁ!
「そそそ、そんなに怒られちゃったの?ごめんね。僕が我儘言ったからっ!」
慌ててソヴィーシャの前に座ろうとしたら、ソヴィーシャから手首を掴まれた。僕は中腰の体勢で止まってしまう。
「ヨフミィ様は悪くないんだ。ヨフミィ様は主人なんだから、自由にしていい。ただちゃんと守れなかった私の落ち度だから。」
えぇーーー??
「そんなこと言ってたら、僕がこうするって言ったこと全て叶えなきゃになるんだよ?」
いくら主人でも叶えられることと叶えられないことあるよ?間違いならたとえ上司でも注意していいんじゃないの?
「……私は騎士だ。だから主人と共に朽ち果てるなら朽ち果てる。」
「それ僕がやらかして朽ち果てる前提?」
思わずつっこむとソヴィーシャは少し笑った。ソヴィーシャって絶対僕のことなめてるよね!
「ヨフミィ様は私に命じていいんだ。どんなことでも。それを私は命をかけて遂行する。」
ソヴィーシャは自分の腰にさげた剣を抜いた。そして剣の柄を僕に差し出す。
持てってこと?
よくわからず剣を受け取った。
「重い…。」
落としそうになってソヴィーシャが一緒に持ってくれた。そのまま抜き身の剣を自分の肩に乗せようとするので、僕は慌てて止めようとする。
「怪我しちゃうよ!?」
「ヨフミィ様は剣を動かせないから大丈夫。」
そう言って刃を横向きにして平らな面をソヴィーシャの肩に乗せてしまった。ぐぬぅ、確かに動かせないけどね。
「私、ソヴィーシャ・ウハンは我が主ヨフミィ・アクセミア様が朽ち果てる前にどうにかなるよう勝利へと導きお守り致します。」
それは騎士の誓いというやつ?
というか朽ち果てないってば!
「うーん、僕より先に朽ち果てないならいいよ。」
返事をするとソヴィーシャが静かに笑った。いつもの子供っぽい顔じゃなくて、どこか大人のように芯のある表情だ。
肩に置いた剣を持ち上げ、立ち上がりながら鞘に戻した。一連の動作が流れるように行われるのでとても様になっている。
「もう私を庇わないでくれ。」
ん?ああ、森の中で庇った時のことかな?あれは無意識だったんだけど。
気にしなくていいと思ったけど、ソヴィーシャの顔を見たら何も言えなかった。泣きそうな苦しそうな顔をしていたから。
死んでいく前世の自分を泣きながら見ていた妹と同じだ。
「主人に庇われて生き残るなんて恥晒しだ。」
「……ごめんね。」
きっとソヴィーシャのプライドを傷つけた。
さっき思い出した前世のことと重なった。良かれと思ってやったけど、相手を悲しませた。
ソヴィーシャはポンポンと頭を撫でてくれた。
「本当は主人の頭を撫でたらダメなんだ。」
「もう撫でてるよ。」
「しょうがないだろう?目の前で泣きそうな子供がいるんだから。」
自分だって子供でしょー。ソヴィーシャだって泣きそうな顔をしてたくせに。
「ヨフミィ様はアルファになれよ。もっと鍛えてご飯もよく食べて勉強しろよな。せっかく賢いのに。そうしたら肩を並べて共に戦える。」
ええ!?僕ってばソヴィーシャから見たら賢く見えるの?
「本当に賢く見える?」
ちょっとワクワク期待しながら訊き返す。
「………うーん。」
そこで悩まないでよ!
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