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29 暖かい時間
しおりを挟む漸く挨拶回りが終わり、ヨフミィと一緒にいようと思ったらヨフミィはレジュノ王子とダンスに行っていた。
普段一緒にいる学友三人組が近くのソファに座り手持無沙汰にしているのが見えたので、ジュヒィーはリウィーテルと共に子供達が座るソファに向かった。
「皆んなは踊らないの?」
ウハン侯爵夫妻もロデネオ伯爵夫妻も参加していたが、本日の会場は広く参加者も多い。最初に挨拶をしたっきり会えずにいた。
三人は声を掛けられた立ち上がった。
「座ってていいぞ。」
「公爵様も夫人も一緒に座られますか?」
ラニラルが座っていた席を移動して二人掛け用の椅子を空けた。元々貴族の子として育っていないせいか、他の子達よりも自分の扱いが低いと感じる。決して悪いわけではないけど、気が利きすぎていて、もう少し子供らしくいてくれてもいいのにと思ってしまう。
「ラニラルは踊らないの?」
ラニラルが一人掛け用の椅子に移動したので尋ねると、軽く首を振った。
「まだそこまで練習していませんから。」
「そう?気にしなくていいと思うけど。ヨフミィなんて全然踊れないんだよ?」
「ですが…。」
ラニラルはまだレジュノ王子と踊っているヨフミィを見た。二人のダンスは軽快で楽しそうに喋りながら踊っていた。
レジュノ王子のダンスが上手だからできているのがわかる。ラニラルも理解しているのだろう。
「ラニラルも結構負けず嫌いなんだもんねぇ。」
リュハナが揶揄ってきた。
「すぐに上達してみせます。」
「ソヴィーシャも下手なんだよ。」
「うわっ、こっちに話をふるなっ!」
ソヴィーシャが大人しいと思ったらダンスが嫌いだったかららしい。
公爵様が子供達と自分達大人用に軽食を手配すると、早速皆んな食べだした。
「あ、お父様~~~!」
ヨフミィが踊り終わったのかレジュノ王子と戻ってきた。
「楽しかった?」
ヨフミィは、はいっ!と元気に返事をする。ヨフミィはいつも元気だ。迷わず僕と公爵様の間にストンと座ってきた。
子供特有の温かい体温が心地よい。
「ヨフミィ様、この前食べたいと言われていたチーズケーキがありますよ。」
「わぁいっ!」
「それならこのストロベリーティーはどうかな?紅茶も試してみたいと言っていただろう?」
「王子ありがとうー!」
「そんな身にならないものばかりじゃダメだ。」
ソヴィーシャが既にカット済みのステーキ肉を置く。
「わ~、美味しそう!」
「あ、そんなデザートと肉だけじゃバランスが悪いよ。野菜も食べてね?」
と言ってリュハナが温野菜のサラダを置いた。
「僕柑橘系ドレッシングがいい~。」
「はいはい。」
アレもコレもとテーブルに食事が並んでいく。
「お前達……。」
公爵様が呆れたように呟いた。一緒に座っている僕達の前にも溢れている。凄いな、この子達。
「公爵様。」
フブラオが近付いてきた。フブラオは伯爵位を継いだばかりで人脈作りに忙しい。アクセミア公爵の右腕と知られだしてからは頻繁に声を掛けられるようになり、その対応に終われていた。
「終わったのか?」
「必要な部分だけ消化してきました。後は私が子供達を見ていますので、お二人で踊ってこられてはいかがですか?マリニもまだあの輪の中から出られないようですし。」
マリニはフブラオの妻であり僕の専属侍女をしている人だ。今日はバハルジィ伯爵夫人として一緒に参加していたのだが、マリニもまた他の婦人方に捕まっていた。
「折角だから踊ってこよう。」
スッと公爵様が立ち上がる。そして僕に手を差し出した。その手を取って立ち上がり、一緒に中央のホールに進んだ。
少しだけ緊張する。
公爵様と舞踏会に出るのは久しぶりだった。ダンスも、久しぶり…。
「緊張するな。」
「え?」
見上げると公爵様は本当に緊張しているようだった。
「僕は久しぶりに出席しましたが、公爵様はよく出られていたのでは?」
公爵様は言いにくそうにしていた。
「立場上たまに出てはいたが、挨拶をして帰っていたんだ。ダンスまでしていない。」
「………王太子妃殿下は……。いえ、パートナーは?」
思わず訊いてしまった。
王太子妃殿下はメイド時代に王太子殿下や公爵様達に求愛されている時も、誰かしらのパートナーとなってパーティーに出席していたように思う。そこらあたりから僕はパーティーに行かなくなったけど、ダンスは踊らなかったのかな?
それに王太子妃殿下が王太子殿下の番になってからは無理だとして、公爵様は人気があるから、全く社交界に顔を出さない自分の代わりに、誰か他のパートナーを伴っているのかもと思っていた。
怖くてずっと訊けなかった。
「まぁ…、一人だ。だがジュヒィーは無理することはない。前は一緒に出席していただろう?踊るのはその時以来だな。」
一人……。一人だったんだ……。
「他に、パートナーは?」
手を繋ぎゆっくりと踊りながら、小さく尋ねる。聞いてもいいのだろうか。
「そんな嬉しそうにされると期待してしまうな。」
「え…?ぁ、ごめんなさい。」
腰に回された手に力が入り、フワリと身体が浮く。
「パートナーは作らない。パーティーも仕事上必要なものだけ出ていたから、妻でもない者を連れ歩くつもりはない。」
「……そうなんですね。」
嬉しくてついつい口元が笑んでしまう。口角があがり、身体がポカポカとしてくる。
「ジュヒィー?」
「え、あ、はい。」
見上げると公爵様が困ったように優しく微笑んでいた。
「早く項を噛まないとジュヒィーの香りが出てしまうな。」
え………?あっ…!
「え。抑制剤は飲んだのですが。」
「いや、いい。今の会話で私を誘ってくれたのかと思うと嬉しいんだが、ここでは少し危ないな。」
まだ曲の途中だったのに、ヒョイと縦抱きに抱えられてしまった。
「わわっ。」
スタスタと子供達の方へ公爵様は向かってしまった。
「どうしたんですか?具合が悪くなったんですか?」
ヨフミィが慌てて立ち上がり訊いてきた。
「いや、そういうわけではないが今日は帰ったほうがいいだろう。」
「馬車を用意して参ります。」
フブラオが急足で出口に向かって行った。
久しぶりの舞踏会だったのに帰ることになってしまった。
レジュノ王子が残念そうにしている。
「また招待状を送る。」
「はぁい。」
レジュノ王子のヨフミィを見る視線が徐々に変わってきている……?いいのかな。
二人が手を振り合うのを見ながらジュヒィーは考えてしまう。
「皆んなごめんね。」
「いいんですよ。お父様のほうが大切です。」
公爵様に抱き上げられている為、ヨフミィがすごく小さく見える。頭を撫でようにも手が届かない。
レジュノ王子と別れると学友三人組がヨフミィの周りに集まった。四人はワイワイとお喋りをしながらついくる。
なんだか幸せだな。
スリと公爵様の肩に頬をつけると良い匂いがする。
知らせを聞いてウハン侯爵夫妻とロデネオ伯爵夫妻も集まってきた。
「まあ、大丈夫ですか?」
マリニも慌てて戻ってきて見上げてくる。ハンカチで額と頬をポンポンと拭いてくれた。
「うん、なんだか暑いんだよ。」
熱でも出たのかな?
「あら?」
マリニが僕の顔を見て微笑んだ。
「ジュヒィー様ったら、今日は嬉しいことがあったんですね。」
嬉しいこと?うん、嬉しかったかな。
僕一人で帰ってもいいのに、皆んな自然と一緒に帰ろうとしてくれてる。
それがとても幸せだね。
手を振りヨフミィ達を送り出すと、レジュノの表情はスッと無表情になる。
アクセミア公爵家と家臣達が連れ立って去ると、一気に会場が寒々しく感じた。
暖かい笑顔も、何気ない談笑も、この王宮の中には存在しない。
公爵家がいなくなると周りに他の貴族家が集まりだした。笑顔を作り相手をしながら、ゆっくりと玉座が置かれた場所へと戻る。
「レジュノ、アクセミア公爵家ばかりが国を支えているわけではないのよ?」
母上が言葉をかける。
「はい、今挨拶を済ませてきたところです。」
「そう?ならいいのよ。」
「そう厳しくしなくてもレジュノなら大丈夫だろう?」
父上が間に入ってきた。
「もう夜も遅い。子供達は帰りだしているからレジュノも戻りなさい。陛下はお酒を飲まれているから後で言っておこう。」
「はい、ありがとうございます。」
頭を下げて会場から早足で出た。ゆっくりしていてはまたどこかの家に捕まりオメガになりそうな子供や既にオメガと言われた者を紹介されてしまう。
皆同じにしか見えない。
親の顔色を窺い、自分に媚を売ってくる。
その中でヨフミィは違った。自由で変な我儘があって可愛い。レジュノが欲しいと思う空気を持っている。
きっとヨフミィといたら楽しいはずだ。いや、実際楽しい。ずっと一緒にいたいけど、王族のレジュノでは叶わない願いだ。
アイツらが羨ましい。
いつか奪い去りたい。
そんな嫉妬心をヨフミィに気付かれたくない。
母上はレジュノのそんな気持ちに気付いていない。周りに味方を増やすことに必死だ。それは仕方のないことなのかもしれない。
母上は元メイドだ。父上が母上以外に誰も妃を娶らないから安定しているが、誰か一人でも貴族家から妃を娶れば身分の低い母上の立場は一気に悪くなる。だから母上は必死なのだ。
そんな母上が一人息子に求める感情は、優秀であることだけだった。誰よりも頭が良く、身体能力に優れ、大人と同等の思考力を求めている。
母上の立場を安定させるためには、優れた息子が欲しいだけだ。
まだ忙しくとも時折様子を聞いてくる父上の方がまだマシだ。母上は尋ねてくることすらしないのだから。
ヨフミィが自分の両親の間に座り笑う姿が眩しくもあり羨ましくもあった。
ダンスの時、ヨフミィは面白いことを言ってきた。
可愛い番を迎えたら、無理矢理はダメとかなんとか…。相変わらず突拍子もないことを言う。
レジュノは約束をした。番には優しくすると。
もしかしてヨフミィにはレジュノが番に無体を働くような人間に見えているのだろうか。
そんなこと、しない。相手がヨフミィなら尚更。
「私は誰よりも優しくするよ……。」
だから私の手の中に落ちてきて欲しい。そうしたらあの光輝くような幸せな時間が、レジュノにも手に入るような気がした。
ヨフミィ達が公爵邸に帰ると、父上はお父様を抱っこしてお父様の部屋に入って行ってしまった。
お父様の部屋と父上の部屋は間に扉が付いていて、廊下に出なくても行き来できるようになっている。
だから中では何が起きているのか分からない。
くぅっ!何故自分は二人の子供なのか!流石に実の親の情事を見たいとは思わない。どんなにお父様が妖精さんでも……。天使さんでも……。ちょっとは興味あるけども……。あ、でも父上が興奮している姿はヤかな。やっぱ見なくていーや。
しょうがないので今日も青色スクリーンを見てみよう。
「ねぇねぇ、今日は王子に番は可愛がろうって言ってみたよ。どう?」
目の前にピコンと青色の画面が出てくる。そして大きくバツ印が出た。
「むぅ、なんでぇ?」
最近どうにかして意思疎通を図ろうと頑張ってきた。そして編み出したのがマルとバツだ。返事がイエスとノーに限られるし、こちらからずっと質問しなければならないという面倒臭さがあるが、これしかなかった。
そして聞き出して分かってことは、ヨフミィが死ぬのは決定で、死んだ後に弟のヘミィネが生まれ、ソヴィーシャ、リュハナ、ラニラル、レジュノの四人はヘミィネを奪い合うことになるのは未来で起こることらしい。
だがこの未来、決定されてはいるが絶対ではないらしい。変更できるのかと聞いたら丸印がでたのだ。
なんとかしてヨフミィの死をなくし、四人が変に弟に執着しないようにしたいと思っている。自分が死ななければまずここまで拗れないのではと思うのだ。
それにヘミィネが被害に遭うこともない。
ヨフミィが生きていればラニラルがヘミィネの専属侍従になることもないので、恋心を抱く可能性も減るのではと思っている。
その方法を教えてくれないだろうかと思ったのに、この画面は喋れない。
この青のスクリーンがなんなのか分からないが、全く使えない代物だった。
六歳のヨフミィにはあまりにもやれることが少ない。
「うーん、冬に湖に行かなければ大丈夫?」
また目の前に大きくバツ印がでる。
「もぉーー、行かなきゃそこで死ぬこともないでしょ~?」
バツ、バツ、バツ、バツ。
バツがピコンピコンと大量に出てくる。
もう直ぐ学院も冬の休みに入る。そうすればヨフミィ達はアクセミア領地に帰ることになっていた。今回はレジュノ王子は遊びに来れない。それはまぁいいけど、問題は領地にある夏に遊んだ湖で死ぬだろうと言うことだ。冬に行ける湖と言ったら、あそこしかない。
近付かなきゃいいんじゃないの?と思うのに、なんでバツなのか分からない。
はぁ、もうしょーがない。
ヨフミィは寝ることにした。
「もうちょっと会話できるようにしてよ~。」
何言ってるのかわかんない!
布団に潜り込みバフンと寝転がる。ピコンピコン、ピコピコピコピコと音が鳴り続けるが、ヨフミィが意識を向けないとどうやらこの青色スクリーンは出てこない仕様らしい。直ぐに音は止んだ。
本当に死んでしまった時、どうしたらいい?
……死んだらこの世とは関係なくなるのかな?
どうせなら生まれた時から分かってたら………!と思ったが、それはそれでピコピコとやかましそうなのでなくてもいいやと思った。
睡眠大事!
今日はダンスも踊っていっぱい食べてもう無理~。
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