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30 女神のお願い
しおりを挟むうん、まさかね、こんな形で来るとはね。
僕は普通に学院の階段を降りてたんだよ。
前にはソヴィーシャとリュハナが先に降りていて、後ろをラニラルがついてきていた。
そして僕は階段から転げ落ちてしまった。普通ならこの三人が受け止めてくれるはずだった。
だけど出来ない摩訶不思議な状況が発生した。
ガッシャーンと何故か鳥が窓ガラスにぶつかり飛び去った。割れたガラスの破片から僕を庇う為にラニラルが窓側に立った。
僕はもちろん驚いた!
リュハナも直ぐに動こうとしたんだけど、割れた窓ガラスと共に小さな虫がワーッとリュハナ目掛けて沢山飛んできた。リュハナは驚いて目を瞑った。
ソヴィーシャが僕を庇おうと下から手を伸ばしていた。だけどいきなり地震が起きた。
グラッと揺れてもソヴィーシャは僕の腕を掴んでいた。だけどソヴィーシャの僕を掴む手を黒猫が飛びかかって噛み付いてきた。もう一匹黒白猫が更にソヴィーシャに飛び掛かるし、また違う猫が僕の足にまとわりついた。猫の猛攻撃にソヴィーシャの手が離れてしまった。
サーと足元を通り過ぎる猫に足を取られて、ズルッと僕は足を滑らせる。
落ちる僕が見た光景は、頭と手を傷だらけにしたラニラルと、虫に襲われるリュハナと、猫に襲われるソヴィーシャだった。
え?なにこれ?
こんな奇跡みたいなことありうる?しかも地震まで?まるで僕を階段から落とそうとしているみたいに。
「わぁ、ぁぁああぁぁ~~っ!」
僕は悲鳴をあげて階段から落ちていった。
「わあっ!」
びくーーーっ!と僕は起き上がった。
キョロキョロと見回すと、周りは外で綺麗な庭園だった。
木にも地面にも花が咲き乱れ、風が吹いて花びらが舞い幻想的な風景となっていた。
「あら、ようやく起きたの?」
とっても綺麗な声が聞こえた。
地面に座りこんだ状態で前を見ると、白いテーブルと椅子に綺麗な女性が座っていた。
黒髪に紫色の瞳をした二十代半ばぐらいに見える妙齢の女性だ。真っ白な肌に赤い唇が引き立つ。テーブル越しでもわかる艶かしい身体付きに、真っ白なドレス姿をしていた。
黒髪は複雑に結い上げられ、後毛が細い首と肩に流れている。
第一印象はなんか会ったことがある、だった。
「まさか記憶を失くすとは思わなかったわ。」
続けて紡がれる声もとても綺麗でまるで歌を歌っているように聞こえるのに、何故かイラッとする。
はて、なんで?
「ちょっと、聞いてるの?」
細い眉が僅かに顰められる。見た目綺麗。なんならお父様と張り合うくらい。しかしなんだか苛つくというか?
「おばさん、誰?」
「おば……!」
先程まで優雅に座っていた美人はガタンと勢いよく立ち上がった。
「貴方ねぇっ!貴方がヘミィネの兄がどんな人間だったのか知らないと考えようがないって言うから憑依させてあげたのよ!?」
サラッと何か重要なことを言った。
憑依……、とな?
「え、待って。今いろんな情報がいっぺんにきた!」
自分は階段から落ちた。そして気付いたら見知らぬ幻想的な場所にいた。一瞬天国かと思ってしまった。そしてこの人は憑依と言った!しかもあの面白くもない小説の登場人物であるヘミィネの名前を言った!
「ああっ、もうっ!貴方が会話できるようにしろというから状況を作り出したのに!」
「え……?どういうこと?」
会話?最近そのやりとりをしたのはあの青いスクリーンとだ。言葉なしでマークしか出さないから、どうにかしてからにして~と言って放置していた。だっていくら画面を見ても小説しか見れないからね?
「ここには魂しか来れないのよ。だからちょっと死にかけてもらっただけ!」
美人は何をしても許されると思ってるの?
「鳥が飛んできてガラスを割って、虫の大群と猫が襲ってきたのはアンタのせい!?」
「アンタ言わないで。しょうがないのよ。干渉出来たのがそこまでだったんだから。感謝なさい。」
ビシッと指差されて文句言われた。しかも殺されかけて感謝しろとは。
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「私の名前を名乗っても貴方程度の魂の格では聞き取れないわ。」
じゃあアンタでいいじゃん!
「貴方の感覚からいけば女神よ。」
「てことは女神様があの青いスクリーン出したの?あの小説はなに?」
やだ…と、また信じられないと言わんばかりに眉を顰められてしまった。なんかやっぱりイラっとするんですけどぉ?
「ヨフミィの魂に同化し過ぎちゃったのかしら?やだ……魂混ぜるとそうなるの?教わったことないから知らなかったわぁ。」
何やらブツブツ言っている。
自分を女神とか言ってるけど、大丈夫かな、この人。本当に神なの?
何やら考えているようなので待つことにした。というか死にかけてるらしいけど僕の身体は大丈夫なのかな?
「過去の魂の記憶を呼び戻すわ。」
女神はパチンと指を鳴らした。
グワンと目眩が起きる。
妹と読んだ『恋しい君は僕の兄を愛している』という小説。その感想を言い合っていた頃のこと。妹の子供を庇って死んだこと。目を覚ましたら花が咲き乱れる幻想的な場所にいたこと。そしてこの目の前にいる女神と話した時のこと。それらの記憶が流れ込んできた。
そうだ。この女神がこの小説を書いたのだと言った。だけど神様同士の間でこの小説を酷評されてしまい、人間にならどうなのかと適当に読ませたのだと言った。その中の一人が自分だった。
面白くないと言った人間が直ぐに死んだので連れて来た。そして質問されたのだ。
『どうやったら面白いのか。』
女神にとってこの世界は初めて作った世界らしい。
神様にも一人一人能力の違いや格の違いがあり、この女神は神の中でも中の下。そう強くないということだった。
自分が作った世界の中の一幕を物語にして神様同士見せ合い、面白ければ少し格が上がる仕組みになっているらしい。
より他の神が興味を持つような世界の物語を作らなければ、女神の能力は上がらない。
女神の格が世界の格。
だから女神は自分で物語を作り格を上げようとしたのに、面白くないと言われてしまったのだ。しかも単なる人間にまで!
『面白い話にするから貴方も手伝いなさい。』
拒否権もなく命じられた。
そこで反論したわけだ。
『まず暗い。それから攻め四人が好きだったらしい死んだ兄がどんな人間かも書かれてないのに、話の内容をどう変えたらいいか分からないんだけど!?』
ブチ切れ気味に言い返した。正直、死んだ兄の人格が分かったからといって、ネタが面白くなるか分からない。
ほぼヤケクソで言い返しただけだった。
女神はそれもそうかと素直に納得した。そして予想外の判断をしてくれた。
『じゃあ兄に憑依させてあげるから体験してきて。』
え?
問答無用でヨフミィ・アクセミアに生まれ変わっていた。しかも女神の実力不足により記憶はスポンと飛んでいた。
「ああ……!思い出したーーー!ちょっとっ、いきなり赤ちゃんからとかどういうつもり!?意味わかんないんだけど!?」
「少し間違えただけよ。」
美人は何しても許されると思ってるんだな!?こんちくしょー!
はっ、ちょっと待って?
ヨフミィだよ、今。じゃあ死ぬの確定!?
「まさかこのままだと本当に死ぬの!?」
慌てて尋ねた。
「死んでくれないと困るわね。そういう話なんだから。」
でぇえぇぇぇ!?
「死ぬのなしでいけばいいんじゃないの!?だいたいなんでヨフミィ殺してその弟を主人公にしたわけ!?」
女神はぱぁっと笑顔になった。
「うふふ、だって可憐なショタの泣き顔が好きなんだもの。」
「ぐあーーーっ!ゆるせーん!」
「わたくし的にはぁ、すっごくいい話になったと思ったのよ?なのに皆んなしてっ……!」
なんだろう?よっぽど強烈に酷評されたの?顔が怖いんですけど。爪噛むのやめた方がいいよ?
「主人公変えたら?お父様を主人公にした方がよっぽど面白いと思うよ。」
皆んな可憐で妖精なお父様を見たらイチコロだよ?
「あん、ダメよ。神同士にもルールがあるの。基本設定はもう変えられないのよ。」
なにその設定。
「じゃあその基本設定ってなに?」
「まずわぁ~。」
女神は指を折りながら説明した。
主人公はヘミィネであること。
ヘミィネの兄は死んでいること。
ヘミィネはソヴィーシャ、リュハナ、ラニラル、レジュノの中の誰かと番になること。
この三つだった。
「ヨフミィの死は必須なの!?」
そうよぉーと女神は微笑んでいらっしゃる。
そこでハタと気付いた。自分の姿がまだヨフミィだった。小さな手のひらが見える。ヨフミィの手だ。
「あたし……、いや、僕?はどうなるの?」
「そうねぇ、魂がバッチリ混ざっちゃったから、このまま死んだ兄の中に戻っちゃうわね。」
死んだ兄……、つまり今瀕死状態のヨフミィの中に戻るってこと?そして死が必須キャラだからそのうち本当に死ぬってこと?もう一回死を体験しろと!?
「死にたくない!」
「それは無理なのよねー。」
この駄女神め!
記憶なしでヨフミィになって、てっきり乙女ゲーム仕様世界の転生かと思ってたのに!
あれ?そーいえばこの世界がこの女神の物で、作った話が主人公ヘミィネの暗ショタ陵辱陰気話だとすると、あの王太子妃はなに?
「乙女ゲームじゃなかったの?」
ん?と女神は首を傾げた。
「ああ、そっちは妹が作って放り出したやつよ。」
放り出した?
「元々はわたくしの妹と共同制作だったの。ほら、神の格が足りないと原始時代みたいな世界にしかならないでしょう?だから二人で教材をお手本にして基礎を作ったのよ。」
教材……。世界を作るのに神様は教材を使用するんだぁ。
「はぁ……。」
曖昧な返事しか返せない。
「あっちは妹が教材をお手本に作ってたんだけど、途中で結婚するとか言い出して出てっちゃったの。だから中途半端にあの設定が生きてるのよね。」
なんかもお、よく分かんない。確かに乙女ゲームとしては出来栄えが良くないなぁとは思ったけどね?主人公である王太子妃はポンコツだし、イベントもありきたりだし?インパクトが無いっていうか?あ、作った奴らがポンコツだからか。納得。
「妹も教材主軸に入れてみただけだから面白みがないのよね~。すぐに飽きて放り出しちゃったのよ。私みたいに手を入れて作るべきだわ!」
手を入れて作った渾身の出来が陵辱ショタの陰気話とか才能ないな。
「…何かしら?」
「なんでもありませーん。」
ぐぬぅ…。どうする?このままだとヨフミィの身体に戻って死を待つばかり。しかも後から生まれる弟の運命は変わらない。
「ねぇ、それでどこを変えたらいいか分かったの?」
女神から尋ねられた。
あ、そっか。元々どこを変えたらいいのか聞かれたのか。うーん……。どこをって初期設定から変えたいけど?
「ヨフミィの死を取り消すことは…。」
「とりあえず死んでくれないと話が出来ないわ。」
融通が効かないなぁ!
「あっ、じゃあ、生き返らせるからそれとなく話を良いように作ってくれたら良いわ。」
はい?なにそれ。
「生き返らせれるくらいなら元から死なないように……。」
「それは出来ないって言ってるでしょう?登場人物達からは死んだと思ってもらわないと。その状態からの四人からの愛よ!」
あれは愛されてるとは言わないのでは?
いろいろツッコミたい。
でもまぁ、ヨフミィとしてではなくてモブとして転生し、そこから物語に干渉して話を変えていけばいいのでは?よくある話じゃない?それならやってみる価値はあるかも。
後は何を変えれるかな?ヨフミィに戻る前に出来るだけ女神に何かやらせておきたい。次会えるのはいつか分からないから。
「うーん…、だいたい主人公一人に攻め四人がねぇ……。なんか皆んな幸せを感じないと言うかさぁ。」
自分の好みはハッピーエンドだ。
そりゃー主人公は勿論相思相愛の溺愛がいい。だけど脇キャラにも推しカップルがあった方が好きなんだよねぇ。そこをあえて持ち上げて盛り上がるのが楽しいのだ。前世でも妹とどのカップルがいいかとか話してたのに。この話にはひとっつも推しカップルがいない。レジュノ王子と主人公ヘミィネのカップルすら推せない。
「じゃあ主人公の他に受けを作ればいいの?」
「作れるんなら?」
女神が思案していた。
「あ、ソヴィーシャとリュハナは結婚したんだよね?二人の番は?」
「……………。」
なんで無言?ま、まさか!
小説の中には相手の話が全くなかった。ただ結婚したとだけ書かれていたのだ。
「相手情報ないの!?」
「いーじゃない。そこらへんは作らなくてもいいでしょう?」
分かってないなぁ。そこもあえて出してこそだよ!?
「じゃあヘミィネを双子にしよう。」
「双子?いいわね。それなら出来るわ。」
女神は提案を受け入れた。
「あ、攻めは王子じゃないと駄目なの?」
「別に誰でもいいわ。とりあえずレジュノが好みだったからそうしただけよ。四人の中の一人なら誰でもいいの。」
鬼畜王子が好み、だと…?
女神の性癖が気になる。とりあえずそれならまだ変更の余地がありそう。今のところ受け二人に攻め四人。あと二枚足りなーい。なんちゃって。
「あら、そろそろ貴方起きそうよ。」
「え!?まって、まだ話終わってない!」
受けが足りないでしょー!?
「………これ以上は無理ねぇ。じゃあよろしく頼むわ。あまり頻繁に瀕死にさせられないから上手くやるのよ。」
「ええ!?」
「死んだらすぐに生き返らせるわ。頑張って!」
丸投げ!?
ぐわっと景色が回る。花びらが渦を巻き、女神の姿が遠のいた。
ええーーーー!?ちょっとぉーーーー!!
ぐるぐるぐるぐる景色は回る。
駄女神めぇーーーー!!
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