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31 今できること
しおりを挟むズンっと落ちたような衝撃を受けた。
「ぐぇ………。」
うう、身体が痛い。節々が痛いっていうか、重たいっていうか。本当に死にかけていたっぽい。
あの駄女神、話がある度に人を殺しにこないよね?
起きたのは王都にある公爵家の自分のベッドの上だった。ヨフミィが五人くらい寝転がれそうな大きなベッドだよ。真ん中にちょこんと寝ている自分の姿に、看病しにくくないのかなと思ってしまう。
「ん………?」
うわっ!ビックリしたぁ!
ベッドの脇にラニラルがいた。ベッドに手をついて身を乗り出して固まっている。
「ラ、ラニラル?」
どーしたの?目がまん丸だよ?
「ヨフミィ様………………。」
ラニラルはベッドに乗り上げ、布団から出ている僕の手を握った。
「ヨフミィ様…。」
目がうるうると潤み、身体が震えている。
な、泣いてるーーーーー!?ラニラルがぁ!?
「ラニラル?僕、大丈夫だよ。」
「大丈夫ではありません。一週間も目を覚まさなかったのですよ………?」
うわぁ、そうなの?女神と喋っていたのってちょっとしかなかったのに。
「………僕、死にそうだった?」
「はい、死にそうでした。申し訳ありません……。お守りすると言ったのに、守れずにすみません。」
ラニラルが目を伏せて謝った。ラニラルの所為じゃないのに。全てあの駄女神が悪い!
小説からいくと、ラニラルってずっと死んだ僕を偲んでるんだよねぇ。寒空の中、僕が死んだ湖でずっと立ちすくんでるの。それをヘミィネが影から見守ってるっていうのが定位置みたいな感じでさ。
なんていうか忠誠心が厚いというか。
ヘミィネとやっちゃうのも、悲しすぎて僕とそっくりなヘミィネから甘えられた時、我慢できなくなる感じで手を出しちゃうんだよね。
そんなラニラルだから、きっと今も自分の所為と思って自分を責めてるんだと思う。
「………大丈夫だよ。」
死んでないのにこんなに悲しんでるなら、本当に死んだ時ラニラルは大丈夫なのかな………。
やっぱりどうにかして受けを増やさないと。ラニラルだけの愛しい番を見つけてあげないとね!
起き上がって励ましてあげたいなぁ。
「ちゃんとラニラルの結婚相手見つけてあげるからねっ。」
任せてっ!
「………今そんな話してましたか?」
あ、つい声に出ちゃってた。そんなスンとした顔しないでよ。
僕は大怪我を負っていた。
頭を強打したうえに肋骨三本、右手右足骨折という怪我の所為でほぼ動けず。学院が冬の休みに入るまでに治らずずっと休学していた。
動けないし右手が不自由でご飯や着替えも出来なくて、ずっと誰かしらのお世話になってしまった。
何故か嬉々として世話をしたがる面々が、交代で食事とお風呂と着替えを手伝いに来ている。
レジュノ王子までやってきた。
「はい、冷ましたから口を開けて?」
あ~んと口を開けるとちょうど食べ頃のスープが口に運ばれる。
王子嬉しそう~。小説の中では疲れ果てたヘミィネの口に無理矢理顎を持ってお椀ごとスープを流し込んでたような………。同一人物かな?
「お椀を傾けて口に当ててくれたらゴクゴク~って飲めますよ?」
「………誰がそんな無作法を教えたんだ?」
はい、ごめんなさい。誰も教えてません。前世はそんくらい普通だったんだよ?怖い顔しないで。
「スプーンじゃ何回も運ばなきゃだから王子が大変かなぁって思っただけですよ~。」
えへへと言い訳をすると王子はコロッと表情を笑顔に変えた。
「そんな気遣いは不要だ。ヨフミィは怪我をしているんだから気にする必要はない。」
「あい………。」
アクセミア公爵家はそろそろ領地に帰ることになっていた。冬の帰領は夏ほどは長くない予定だ。だからレジュノ王子は夏の時のように遊びにこない。
それに王子も公務が続くので忙しいと言っていた。
僕は女神の予定通りならばもう王都に戻ってくることはないだろう。僕の死ぬ場所は領地にあるあの湖なのだから。
レジュノ王子とはこれが最後になってしまう。
「今日はプレゼントを持ってきた。」
「プレゼントですか?」
王子はニコリと笑った。扉の近くに待機していた王子の侍従が箱を持ってくる。ベッドに入って座っていた僕の足元にポスンと置かれた。
入っていたのはフワフワの毛皮だった。
「あ、コートですか?」
膝まで隠れるような子供用ロングコートが出てきた。帽子もセットになっていて、垂れ耳まで作ってあった。ラニラルとソヴィーシャがとった兎の毛皮も合わせて作ったらしい。
帽子を被り毛皮のコートを着て見せた。レジュノ王子の笑顔は優しげで、とても小説の鬼畜王子には見えない。
「あの、この前の約束覚えてますか?」
「ああ、将来の番には優しくするというやつか?」
王子様スマイルで頷いてくれた。微笑む王子の手を取り、ギュッと握り締める。
「約束して下さい。必ずですよ。」
レジュノ王子は一瞬怪訝な顔をした。
「………勿論だ。」
「信じてます。」
そうなるよう僕も手伝うから。この王子様にそんな辛い未来を与えたくはない。
はぁ、と溜息を吐く。
死が近いと思うと憂鬱になるよね。あの女神の所為だよ!
生き返らせると言っていたけど、ちゃんと生き返らせれるのか心配だよ。なんかポンコツ感が半端なかったからね。
それにしてもどうやって僕は死ぬんだろう?
怪我はまだ完全に治っていない。歩けないし、今も移動は誰かに抱っこしてもらっている状態だ。
「どうしたんだ?」
同じ馬車に乗り込んだソヴィーシャが尋ねてきた。
今僕達はアクセミア公爵領に移動中。そう遠くもないので移動しても大丈夫だろうということで、馬車の中に態々僕が寝て移動出来るようベッドを入れてあった。お金って無駄にあると変なことするんだね。
ベッドに寝転がりゴトゴトと揺れを感じながらソヴィーシャを見る。
ソヴィーシャも階段で僕の手を掴みきれなかったことを嘆いていた。狩猟大会から二回目の失敗に、ウハン侯爵は僕の学友を辞めさせると言った。
僕の目が覚めて安定してから親子で謝罪に来たのだ。
僕は一瞬辞めさせた方がいいのかもと思った。だってこのまま僕の学友のままだと、僕が死んだ時も近くにいるということになるからね。
だけど今更だなとも思った。今僕の側を離れたとしても、もうこんなに仲良くなったんだから。
ソヴィーシャも辞めるのは嫌だと反対していた。騎士の誓いを守りたいと言って、ウハン侯爵に意見していた。
ウハン侯爵からは、だったら何があっても守りきれと厳しく言われていた。
だからかソヴィーシャの態度は前よりも堅くなったように感じる。大人びたと言うか、騎士として主人を守っているといった雰囲気になった。
子供らしく雑な感じのソヴィーシャが楽しかったのにちょっと残念な気がする。
今のソヴィーシャは小説の中のソヴィーシャに似ていた。寡黙で無駄のない騎士。誰よりも強くて芯のある人だった。
第二騎士団に所属してはいるけど、ヘミィネが困った時はいつも助けに来てくれていた。
ヘミィネの頼れるお兄さんといった感じだ。ヘミィネが泣いている時、ソヴィーシャは優しく慰めていた。でも時々ヘミィネといい雰囲気になって、そこから流されるように二人は関係をもってしまうんだよね~。完全にヘミィネはソヴィーシャに甘えてしまっている感じだった。
ソヴィーシャはヘミィネが自分に好意をもっていないことを理解していた。ただ慰めの延長線上だと理解してその関係を続けていたのだ。
そう考えるとヘミィネは悪い子だよね。そこらへんも生き返ったら教育しなきゃ!
「なんでもないよー。ソヴィーシャってどんな子がタイプ?」
突然の質問にソヴィーシャが目を見開いた。
「急だな?それを聞いてどうするつもりなんだ?」
「ん~。参考にするの。」
参考?とソヴィーシャは呆れている。髪をかき上げブスッとした。少し頬が赤い。恥ずかしい質問だったかな?
寝ている僕の頭をソヴィーシャはワシャワシャと掻き回した。
「とぼけてて頼りない人だよ。」
「へぇ~。変わった趣味だねぇ。」
ソヴィーシャは性格で相手を決めるんだね~。ヘミィネの性格ってとぼけてたっけ?頼りないのは当たってるから、好みではあるのかな?
なるほど~と納得する僕を、ソヴィーシャはまた呆れた顔で見ていた。
僕の乗った馬車はベッドが入っていたので付き添いには護衛役をかって出たソヴィーシャだけ乗っていた。
ラニラルとリュハナも乗りたがっていたけど、ここは公平にくじ引きにしました。僕が作ったんだけどね。あみだくじを。くじ運はソヴィーシャが強かったみたいだ。
なのでラニラルとリュハナは馬に乗って追随してきた。
到着すると僕は真っ先に本邸にある僕の部屋に運ばれた。父上が抱っこでお父様と一緒に部屋に入った。ボロ屋敷は治ってからだと止められてしまった。
「まだ無理は禁物だ。ゆっくり寝るんだぞ?」
「何かあったらすぐに言うんだよ?」
二人がかりで声をかけられる。ポカポカして気持ちが良い。
「はい、大丈夫ですよ。」
二人は優しい両親だ。僕がいなくなってもヘミィネを放置することはないだろう。小説の中でも可愛がられていた。あまり出番はなかったけど、この二人には幸せになって欲しい。
お父様……。可愛くて、妖精さんみたいなお父様。
僕がいなくなっても、父上がいるなら大丈夫かな?
暖炉の火が暖かくて、ウトウトと眠気が襲ってくる。
「おやすみ、ヨフミィ。よく寝るんだよ。」
お父様の落ち着いた声と、父上の頭を撫でる大きな手に瞼が落ちる。
おやすみなさいと言おうと思って口を開きかけたけど、我慢できずに眠りに落ちていった。
領地の屋敷に帰ってきてから数日後、父上とフブラオ先生が僕の部屋にやってきた。
「ジュヒィーが発情期に入ったんだ。それで項を噛んで番にしようと思う。」
父上は態々僕の許可を取りに来た。
「………父上がちゃんと一生お父様だけを愛して守ってくれるなら良いですよ。」
だって僕はこの先お父様の側にいられないかもしれない。父上ならお父様を守ってくれるはずだもん。
「いいのか……?」
「いいですよ。だから早くお父様のところに行って下さい。」
父上は有難うと言って急いで部屋から出て行った。
「ありがとうございます、ヨフミィ坊っちゃま。」
「先生は説得のためについてきたの?」
笑って言うと、先生も笑顔になった。
「説得とは違いますね。私が心配しているのはヨフミィ坊っちゃまが最近元気がないことです。公爵夫人の発情期で一週間ほどヨフミィ坊っちゃまの様子を確認できなくなるので私に用心してくれと公爵様が頼まれたのですよ。」
驚いてしまった。僕の元気がないことに気付かれていた。今の僕は怪我人だし、寝たきりだから少し考え込んでいても気付かれないと思っていた。
僕は確かに元気がない。だってもうすぐ死が訪れる。
弟のヘミィネが生まれる前の寒い季節。湖で死ぬ。そう小説には書かれてある。だからもうすぐなのだ。
死ぬと分かっていて元気ではいられない。
本当は死にたくない。回避して良いなら回避したい。でも僕が死なないと話が始まらないらしい。
女神のお願いを聞く必要はないとは思うんだけど、瀕死の怪我を負った時のように強制的に死ぬ場面が用意されるんじゃないかなと思うのだ。
もしかしたら死ぬ場所は湖じゃなくなるのかもしれないし。
気持ちのいい気分にはなれない。
父上もフブラオ先生も僕の元気がないことに気付いてたんだね。もしかしてお父様や皆んなもかな?
「…………フブラオ先生は回避できないどうしようもないことが起こった時、どうしますか?」
先生ならどうするだろう?それでもどうにかしようと頑張る?それとも黙って耐える?もしかして頭にきて暴れちゃう?
僕はたまに暴れちゃいたい気分になるよ。
フブラオ先生はそんな質問をした僕を黙って見つめていた。
「……私なら、過ぎ去った後に挽回する手立てを考えます。」
過ぎ去った後に……。
「やっぱ、そうかな…?」
心をギュッと引き締める。
それは今から僕が辿る道になるだろう。
「坊っちゃま…。どうしてそのような質問をするのかお尋ねしてもいいですか?」
すごく心配そうにしている。変なこと訊いちゃったな。
「えへへへへ。」
「……いつか話して下さいね?」
そう言いながらフブラオ先生は僕の身体に布団をかけてくれた。
今日は僕の番だよ~と言いながらリュハナが朝からやってきた。
リュハナは今猛勉強をしている。父親であるロデネオ伯爵から医学を学び、学院でも関連する授業を受けていた。
学友三人の中で一番勉強に忙しい。
医学は知識も必要だけど、技術も手に入れなきゃならないからと、あちこちの治療所に顔を出して手伝いもしている。
獣医も極めるからと言って、農家なんかにも顔を出している。アクセミア領地の公爵家敷地内には僕の放牧場もあるので、最近はボロ屋敷に寝泊まりしていたりする。そっちの方が近いからだ。
だから僕の所に来る頻度が一番少なくなってしまっていた。
「忙しいのに大丈夫?」
「ふふふ、平気だよ。自分がしたいことだし、楽しいからね!」
リュハナ見てると明るくなれるなぁ。
小説の中のリュハナも性格は変わらない。一番性格にブレがないかもしれない。
ちょっと違うのは交友関係が広がって、恋人が多かったと言うか…。恋人なのかセフレなのかわかんないけど。
ヘミィネもリュハナには割と言いたい放題言っていた気がする。
リュハナはヘミィネがラニラルのことを好きだと唯一知っていた人物だった。見ていてわかると言っていた。
だからかヘミィネはリュハナにはなんでも喋っていた。
ソヴィーシャも慰め要員ではあったけど、ソヴィーシャの慰めは寡黙で包み込むような抱擁だったのに対して、リュハナはストレスを溜め込まないようなんでも喋らせようとしていた。
好きに喋り、お互い貶し合い、悲しむヘミィネに優しい愛撫を繰り返していた。大丈夫だよと繰り返し繰り返しヘミィネを勇気付けていた。
剣を持ったりするのは嫌いで、戦ったりするのは弱いけど、本当は心の強い人なのだ。
だから最後にお願いするのはリュハナしかいない。
僕も頑張るつもりだけど、冷静に全員を見ることが出来るのはリュハナなんじゃないかなと思う。
「リュハナ、忙しいとは思うんだけど、頼んでもいい?」
僕の着替えを手伝いながら、リュハナは不思議そうにしながらもいいよと返事をした。
「皆んなが変な方向にいかないように見張ってて欲しいんだ。」
「変な方向って?既に三人の方向はおかしいと思うけど。」
「え?三人って?」
「ソヴィーシャとラニラルと王子。」
そ、そうなの?なんで?まだ僕死んでないし、ヘミィネも生まれてないんだけど!?
「それって矯正できるかな?」
リュハナは目をぱちくりとさせた。そしてジーと僕の顔を見ている。
「よく分かんないけど、変なことしそうになったら止めてあげるよ?」
その言葉を聞いてホッと安心した。
「うん、リュハナが頼りだよ。」
「そう?一番頼りないと思うんだけどなぁ。」
そうやって綺麗に笑うリュハナの笑顔は一番頼りになると思った。
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