じゃあっ!僕がお父様を幸せにします!

黄金 

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38 地面にカキカキ

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 最近上手くいってると思う人ーー!はーいっっ!と心の中で手を挙げる。今の自分はそんな気分だ。
 目の前には可愛い弟がニコニコと笑ってお喋りをしていた。
 弟の名前はルヌジュ・アクセミア。アクセミア公爵家の双子の弟だよ。最近仲良くなって、ルヌジュが王宮の騎士団に来た時には会うようにしていた。
 ルヌジュからは公爵家のことを沢山聞けるので、なかなかいい情報源になっている。
 まずお父様は元気にしていた。父上とは仲睦まじく、仕事以外では一緒にいることが多い。
 双子の兄ヘミィネについては、ルヌジュと仲は良いがいつも一緒にいるというわけではないらしい。同じ学院に在学中ではあるものの、オメガの生徒は定期的に行けばいいので殆ど自宅学習になる。だから一緒に登校ということもない。
 ルヌジュが騎士団に来る時もヘミィネは王都の公爵邸で過ごすことが多いのだという。
 ヘミィネが主人公として鬼畜王子に会うのは秋の舞踏会だろうから、それまで会ってなかったのもその生活の所為なんだなと納得した。
 でもこの前温室で王妃と王太子とお茶会してたよね?

「あれは…、王妃様が王太子と僕達どちらかと婚約させようとしてるんだよ。」
 
 とルヌジュは言った。たまに呼び出されてはお見合いよろしく対面させられるのだという。

「うぇ、あの王妃様、公爵家嫌いじゃなかったの?」

「どーだろ?父上は今お父様が社交界を牛耳ってるから、それを当てにしてるんじゃないかって言ってたけど。王太子の為にも公爵家をバックに付けたいんじゃないかな?」

 あの大人しかったお父様が今ではパーティーに出向けば皆んなして頭を下げるくらい権力を持っているらしい。お父様すごい!
 それにしてもエリュシャ王妃……、恥も外聞もないな。ルヌジュはどうやら父上が昔、王妃がメイド時代に求婚したことを知らないようだった。父上のメンツのためにも黙っておいてあげよう。

「婚約話は進んでるの?」

「ん~~~。今のところ平行線。お父様は僕達の自由意志に任せるって言ってたし、王太子殿下も結局ヨフミィ兄上のこと未だに想ってると思うし。」

 レジュノ王太子がヨフミィ・アクセミアを今でも好きだという話は割と有名な噂だった。なんでも白髪に榛色の瞳をした子を侍らせてはポイするらしい。飽きたらポイっとね。なんか別の意味で鬼畜王子に成長している気がする。そんな内容小説にあったかなとスクリーンを呼び出して読み返してみたけどなかったんだよね。女神にもイエスノー質問したけど、どうやら勝手にそう変わってしまったらしい。
 僕が死亡ではなく行方不明に扱いになってる所為なのかな?

「でもいずれは二人とも婚約して結婚ってなるんだよね?」

 ルヌジュはコクリと頷いた。
 ルヌジュは騎士に憧れつつも恋バナが好きなようで、誰と誰が好きとかいう話をよくする。
 例えばルヌジュは騎士ソヴィーシャが好きで、ヘミィネは専属侍従ラニラルが好きだとか、リュハナは恋人がいっぱいいて遊んでるんだとか。王太子がヨフミィ似の人間を囲うのもその話のうちの一つだ。
 ふんふんと聞きながら小枝を持って地面にカキカキと絵を描いていく。

「これ誰?」

「ん?ルヌジュだよー。」

 隣でルヌジュがププッと笑った。
 今ヨフミィ達は騎士団の訓練場にいた。訓練の途中休憩をしていたルヌジュの側に行って話をしていたところだった。

「僕こんな変じゃない。」

「変言うな。」

 これでも真剣だ!ルヌジュから矢印を描いて、その先にソヴィーシャを描く。

「うぷぷぷ、ソヴィーシャ、頭爆発してる!」

「してないってばぁ!」

 ソヴィーシャからまた矢印を引いて、今度は僕を描く。これが僕とは言えないけどね。

「待って、待って、それヨフミィ兄上?丸の上に転々書いてるのは髪の毛なの?ハゲてるよ!」

「違うってばっ!ちゃんと髪の毛なのっ!ほら、目も口も描けばいいでしょ!?」

「目が顔から飛び出してるってば!」

 二人で違う違うと言いながらカキカキと地面に相関図を描いていった。よくあるよね、こういうの。んでぇ、好き好きーってしてる方の矢印にはハートマーク描いてぇ、王太子とラニラルの間にはバツ印でも描いておこう。
 なかなか良い出来栄えでは?
 
「ふふ、何やってるの?」

 ざりっと足音がして背後から声を掛けられた。二人で飛び上がる。
 振り返るとリュハナが上から覗き込んでいた。
 うわぁ、リュハナだーー!背が高くなったねぇ。綺麗なお兄さんっといった感じだ。温室では双眼鏡越しに見はしたけど、目の前に立つとこちらが恥ずかしくなる程綺麗な顔をしている。まつ毛長いし微笑み方が優しい~。

「あ、リュハナ。もう来たの?」

 リュハナは現在ルヌジュの侍従をしているらしく、ルヌジュには見慣れた顔なのか平気そうだ。

「来るって言ったでしょう?君が最近ルヌジュが言っていた庭師の助手をしてる子かな?いつも仲良くしてくれてありがとうね。」

 リュハナは僕にも優しく語り掛けてきた。うーん、確かにこりゃ女もオメガもリュハナを放っておかない!
 恋人何人いるのかな?気になるなぁ。
 僕はリュハナの顔を描いた場所を小枝で指差した。

「何本線が必要ですか?」

「………………………どーかな?ハッキリ言えるのは八人かな?」

 ちゃんと意味が通じた。現在八股中っと。カキカキと矢印を八本描いた。なんだか太陽みたい~。後光だ~。

「ルヌジュには絵の教師を付けたんだけどねぇ。」

「絵は面白くない。」

「サボるからだよ?」

「うわぁ、分かる~。」

 やりたくなかったらサボるよねぇ。どうやらルヌジュは見た目も中身も父上に似たらしい。可愛いやつめっ!父上が可愛いわけじゃないけどね!
 ヘミィネとも仲良くなりたいんだけど、ヘミィネには会えないんだよね。王宮に来ないから。かと言ってルヌジュに公爵邸に招待して~とは言えないしね?今の僕は平民でたんなる庭師助手だからね。
 チャンスはやっぱり秋の舞踏会かな?

 ルヌジュは帰ることになった。また遊ぼうねと手を振る姿が幼くて可愛い。リュハナの教育は完璧だよ!
 ヨフミィも手を振って職場に帰ることにした。サボりじゃないよ?





 ルヌジュ様を迎えにいくと例の庭師の助手が一緒にいた。最近仲良くなったのだと言って騎士団でよく会っているらしい。
 小さな顔に大きなメガネ。焦茶色の髪はふわっとしていて、前髪は長く伸ばしてメガネにかかり、長く伸ばした髪は頭の両横に纏めて結んで垂らしていた。
 オメガは基本皆美しい容姿をしている。この青年もそうだろうと思うのだが、何故か顔を隠しているように見えた。
 オメガで顔を隠す人間は珍しい。しかもまだ番もいないし結婚もしていないのだという。
 王宮庭園総管理人ジール・テフベル男爵が面倒を見ていると聞いて下手なことをする人間がいないからいいが、後ろ盾がなければ王宮といえどオメガ独りでは危険だ。
 今では王太子殿下に呼び出されたオメガと皆認識している。しかも呼び出したのに王太子は手を出さずに帰したらしい。非常に珍しいことだった。
 それとなくルヌジュ様に王太子と庭師助手の間に何があったのか聞き出させてみたが、特に何もなかったようだ。ラニラルのことを聞かれ、何故か髪の毛を暫く触られたとか……。
 あの青年はオメガだ。
 まさか運命?王太子から見れば何か感じるものがあったとか?
 リュハナから見たらある人物を思い起こさせる。
 小柄な身体。ふわっとした髪、愛嬌のある仕草や話し方。髪の色は違っても、あの子が生きていたらあんな感じだ。髪の色はどうとでもなる。
 レジュノ王太子もそう感じているのか?
 それに、あの絵。

「だけど、なんで……。」

 本人ならば隠れる必要はない。本物なら自分達の前に出てきて、帰ってきたのだと言えば皆んな喜ぶ。

「何が?」

 つい呟いた言葉にルヌジュ様が不思議そうに聞き返した。

「うん?いや、仕事のことだよ。」

 そうなの?とルヌジュ様はすぐに信じた。
 ヨフミィ様と同じ榛色の瞳はクルクルとよく動く。ヨフミィ様もそうだった。性格もどことなく似ている。
 ヘミィネ様とルヌジュ様では、ヨフミィ様に似ているのはヘミィネ様の方だとよく言われているが、リュハナはルヌジュ様の方だと思う。見た目とかではなく性格が。

「手伝えることなら手伝うよ?リュハナは仕事いっぱいしてるもんね!」

「ありがとう。どうしようもない時は頼もうかな?」

 いいよ~とルヌジュ様は笑って返事をした。こういう気軽に人を助けようとするところはよく似ている。
 素直でリュハナによく懐いている。
 ニコニコ笑う姿に先程の様子を思い出した。
 楽しそうに二人でしゃがんで地面に絵を描いていたが、面白いくらいに二人とも下手だった。
 庭師助手から何本かと聞かれて、人間関係を描いているのに気付き咄嗟に恋人の数を答えたら、八本線を描いてリュハナらしき人相画の下に八股男と書かれてしまった。ルヌジュ様は線の上にハートを描いていて二人の息がピッタリだった。
 他には鬼畜王子、クソ真面目、寡黙騎士と書いてあり、なんとなく誰のことかわかるだけに笑いを堪えるのに必死になってしまった。
 そんなところも、まるで……。
 中心に書かれていた謎の人物は今はいないヨフミィ様のことだろうと思う。ルヌジュ様が教えたのだろう。ソヴィーシャが未だにヨフミィ様を待っていることも、ラニラルが魂まで縛られるくらいに心が凍りついているのも、レジュノ王太子が求めすぎて少しずつ歪んでいくのも、ルヌジュ様だから知っていることだった。
 あの子はふわふわしているようでよく人を見ている。そんなところもヨフミィ様に似ているなと思う。
 そしてリュハナから誰にもハートマークの線が伸びていないことに苦笑した。
 そんな鈍いところもよく似ているんだよね。

「鬼畜王子って王太子殿下のことだよね?」

「ん?うん、そう言ってたよ。」

 ルヌジュ様の返事に王太子殿下のことを鬼畜扱いしたのは庭師助手の方だと知る。ルヌジュ様がそんな言葉を使うとも思っていなかったので、庭師助手の方だろうとは思っていたが…。何故鬼畜なんだろう?
 リュハナはぷっと笑った。この国で次期王を鬼畜……?
 リュハナに八股男と書いたことといい、ラニラルにクソを付けたことといい、本当にヨフミィ様のようで楽しくなる。
 そんなことを考えるのは、あの人くらいだ。
 ふ、ともう見えない騎士団の建物を振り返る。
 ………まさか、本当に?

「どうしたの?」

 立ち止まったリュハナに、ルヌジュ様が尋ねた。

「うん。ルヌジュ様はヨフのことをどう思ってるの?」

 ルヌジュ様は勘がいい。何か感じているだろうか。

「うーん……。兄上が生きてたらこんなかなって思う。歳が同じなんだよ。一緒にいて楽しい。」

「…………そう。」

 そうなんだね。




 ヨフミィが騎士団本部を出ようと訓練場の入り口に来ると、柱にソヴィーシャが寄りかかっていた。
 今日も自分を送るつもりなんだろう。最近ルヌジュに会う為に騎士団に来るが、帰りは何故かソヴィーシャが送ってくれるようになった。
 前になんでと訊いたら、ルヌジュは迎えに来たリュハナが連れて行くからだと言われてしまった。今のヨフミィは庭師助手の平民なので必要ないと言ったのに、頑なに送ってくれようとするので断るのは諦めた。

「平民でもオメガには皆んな親切なの?」

「いや、お前の場合はあちこちから頼まれてる。」

 頼まれてる……?はて、誰に?
 
「王宮の中はアルファが多い。特に騎士団にはな。一人で彷徨くのは危ない。」

 そう言われてもピンとこないなぁ。
 ソヴィーシャは何か言いたいことがあるのかモゴモゴしている。子供の頃はもっとお喋りだったのに、小説の通り寡黙に成長してしまったんだなとちょっと残念な気分になる。裏表のないソヴィーシャの話は聞いていて楽しかったのに。
 むぅーと横を歩くソヴィーシャを見ていると、ぱちっと目があった。
 慌てて顔を伏せて前髪で顔を隠す。
 ソヴィーシャが口を開いた。

「……発情期はどうしてるんだ?」

 発情期?あ~、言いにくそうにしてたのはオメガの発情期について聞きたかったからなのか。恋人なら兎も角、アルファからは聞きにくいよね。

「実はそろそろなんです。王都に来た時一度発情期きたんですけど、ジールさんの家は小さくて危ないねって話になったんですよ。」

 オメガは三ヶ月に一度発情期がくるからねぇ。あの時はジールさんに迷惑をかけてしまった。
 しみじみとしていると、ソヴィーシャがはぁ?と強張った声を出した。

「二階の部屋を使ったんですけど、匂いがですねぇ~。少し外に漏れちゃって。ジールさんが一週間休暇を延長して見てくれたんですよ。でもずっとお仕事を休ませるわけにはいきませんからね!次からは王宮の使用人が使うオメガ用の部屋を借りることにしたんです。」

 ちょうど田舎から帰ってきたばかりの時で、ジールさんはまとめて休みを取っていた。その休みを少し伸ばしてくれたのだ。
 
「……………確か、王都に来る前は地方にいたんだよな?」

 そうですよ~と言うと、はぁと溜息を吐かれてしまった。

「王都に来る前はどうしてたんだ?」

「あ、田舎にはアルファもオメガもいないんですよ。なので普通に家の中で過ごしてました。」

 匂いがわかる人がいないなら問題ないよねっ!
 ソヴィーシャからギロリと睨まれる。あ、あれ?怒ってる?

「もうちょっと用心しろ。」

「………大丈夫だよ?」

「いつからなんだ?」

 いつからって発情期がってことかな?

「とりあえず今日から王宮に泊まろうかなって。もう部屋は予約しました。今週くらいかなぁって思ってますよ。」

 答えるとソヴィーシャは今週…、と呟いている。そこに送ってやると言って使用人用の建物まで付いてきてしまった。周りからチラチラと見られているので、変な勘繰りをされてそうだ。ソヴィーシャは貴族のアルファでとても優秀なのだと聞いているから、殆どの人が顔を知っている。

「気をつけろよ。」

「大丈夫ですよ~。」

 なんかそんなに心配されると本気で自分も心配になってくるなぁ。
 ソヴィーシャに見送られて僕は建物に入って行った。










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