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40 クエスト?
しおりを挟むゆさゆさゆさ!
「起きてっ!起きて下さい!」
頭がガクガクするくらい揺さぶられる。
「……ーーふぇ、んええ!?」
なに?なになに!?
どうやらぐっすり眠っていたらしい。目を開けると綺麗な顔の騎士が僕を揺さぶっていた。知らない顔だ。
「起きましたか!?服を着てっ!早く逃げないと!」
え?なに?慌てて上半身を起こして周りを見回すと、何やら焦げ臭い。煙が出ていて何かが燃えているのを理解する。
「火事が起きています!これをっ!」
服を渡された。
あ、今裸じゃんっ!発情期に入ってポイポイと脱いだ服を床に放り投げたままにしていた。それを起こしてくれた騎士は拾い上げ渡してくれる。
急いで着ながら尋ねた。
「もしかして火事?」
「そうですよ。呑気にしている暇はありませんからねっ!」
バシャーと水差しの水を頭からかけられた。せめて一言言ってからかけて欲しいなぁ。慌ててメガネもかける。
騎士は何も言わずに僕の手を引っ張った。
廊下に出ようとして既に火が燃え広がっていた。通路の端にある階段の下から赤い炎が見えている。
「うわっ、火があるっ!」
「………っ、仕方ないっ!」
僕は手を引かれてまた部屋に逆戻りさせられた。どうするつもりだろう?
バンッと窓を開けると、外から夜の空気が入り込み、煙がブワッと押し寄せて来る。
騎士はガシャガシャと鎧を脱ぎだした。そして窓の外にポイポイと放り投げている。下に人がいたらどうするの?
「飛び降りる。」
「ええ!?」
火事は下の階から起きたようで、見下ろすと一階と二階の窓から炎が吹き出していた。パチパチと燃える音と何かが崩れる音、人の叫び声がして、ボウとしていた頭にようやく緊迫感がわいてくる。まだ発情期中なので感覚が鈍かった。
あ、ソヴィーシャ達がいる。水を運んできて建物にかけているようだけど、全然間に合っていない。
叫びながら消化活動をしていた。
「ウハン卿!見つけましたよっ!」
「わっ。」
鎧を脱いで薄着になった騎士が僕の隣に並んで下にいるソヴィーシャに向かって叫んだ。声が大きくてキーンとした!
ソヴィーシャが上を見ている。
「飛び降りろっ!」
ソヴィーシャがすかさず叫んだ。
「よし、君からいけ!」
騎士は僕の背を押した。
「……え?」
無理無理無理。首をブンブン振る。怖いよ!ここ三階だよ!?
「焼け死ぬぞっ!」
「ええ、だって……!」
下にソヴィーシャ達がいる。受け止めるつもりかもしれないけど、それでも怖い!
「はやくっ!」
無理矢理身体を窓の上に押し上げられようとした。
ううっ、心の準備させてぇーーー!
「ヨフっ!」
え?
廊下の方から名前を呼ばれた。騎士と二人で驚いて見ると、ラニラルが廊下から部屋に入ってきた。
「上がって来られたんですか!?」
騎士が叫んだ。
「階段はもう使えません。私が上がると崩れました。」
素早く近付くラニラルに、騎士は何て危ないことをと非難した。さっき廊下から見た時、階段の下から炎が見えていた。そこをラニラルは通って来たことになる。
「ヨフは私が抱えて飛び降ります。貴方から先に。」
ラニラルは冷静に騎士へ先に飛ぶよう指示した。
「………では、お願いします。」
騎士はコクリと頷いて躊躇いなく飛び降りた。
「さあ、我々も。」
ヒョイと片手で抱っこされる。
「え、大丈夫…?」
人間一人分追加で飛び降りるつもり?
「大丈夫です。首にしがみついていて下さい。」
僕は慌ててラニラルの首にしがみついた。ついこの前もジールさんが僕を抱っこして飛び降りた経験があるので、ラニラルも出来るのかなと信じることにした。
ラニラルの片足が窓の桟に乗り上げ、外に向かって飛び降りる。
ひょえっ!!
ビュオッッと風を感じた。
ジールさんは木の枝をしならせながら降りたけど、ここにしなって落下を止めるようなものはない。どうするつもりなのかと思ったら、ラニラルは手に短剣を持っていた。
ガッッ!!と壁に短剣を突き立てる。
ガガガガガーーーッッ!
短剣は建物の壁を切り裂きながら、僕達二人分の重量で落ちていった。
木や石の破片が散らばり、すぐ横を炎の熱が通り過ぎる。
怖くて目を瞑っていた。必死にラニラルの首にしがみつくことしか出来ない。
フワッと浮遊感が襲い、身体を抱き抱えられたと思ったらドンッと身体に衝撃が伝わった。
「ラニラルっ!無事か!?」
ソヴィーシャの叫ぶ声がする。
「無事です。離れましょう。」
冷静なラニラルの声に僕は漸く目を開けた。
ううう、まだ頭がクラクラする。
「こちらにっ。まだ発情期はおさまっていません。すぐに移動しないと。」
ボンヤリと開けた目の中に、焼け落ちようとする建物が見えた。僕がさっきまでいた建物だ。何で焼けてるんだろう?
ラニラルに話し掛けているのはさっき僕を助けてくれた騎士だ。よく見ると金茶色の髪と瞳をしたソヴィーシャやラニラルに引けを取らない美形騎士だった。
うわぁ~、主役級~と思いつつも今は元気が出ない。
「俺はここを離れられない。」
「私が付き添うので大丈夫です。」
ソヴィーシャとラニラルの話が遠くに聞こえる。ラニラルは僕を抱っこしたままどこかに移動を始めた。
「貴方もソヴィーシャの方へ。」
さっきの金茶色の美形騎士にラニラルは火事の現場に戻るよう促した。
「ですが、バハルジィ伯爵子息はアルファですよね?失礼ですが…。」
ラニラルが止まった。
「無用な心配です。」
ピリッと空気が軋む。騎士が息を飲む音が聞こえた。
「わかりました。」
騎士の足音が遠ざかっていく。火事の現場の喧騒が遠のき、夜の闇の中をラニラルがどこかに向かっているのを感じた。
「ラニ………、どこ…?」
息が上がる。どうしよう。ラニラルの匂いがする。スリっとラニラルの首元に鼻を近づけ匂いを求めてしまう。
「………大丈夫ですよ。」
ラニラルは僕の背中を撫でながら急いでいるのが分かった。何でラニラルは夜中に王宮にいたんだろう?僕は王宮の中にあるオメガの使用人が使う使用人棟に泊まっていた。
ラニラルはバハルジィ伯爵家の嫡男だけど、アクセミア公爵家に仕えている。ヘミィネの専属侍従だ。夜に何で王宮にいるの?
「子息っ!」
あれ?ジールさんの声だ。
「テフベル男爵…?」
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「子息もギリギリか?薬は?」
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「そうですか。ではお願いします。」
二人はそんなやりとりをしていた。ラニラルは僕をジールさんに預けた。
なんか、残念。キスの時も思ったけど、名残惜しいという気がした。
僕の閉じた目の上にラニラルの手のひらがそっと乗る。
「また、後で。」
スッとその感触は消えてしまった。
僕を抱っこしたジールさんは、家に帰るぞと言って歩き出した。
手の感触が気持ちいい。もっと触ってて欲しい。
そんな気持ちを持つのはオメガだから?
なんか眩しいなぁ……。この青い光…。不吉な予感しかしない。
ふと目を開けるとそこはジールさんの家の自分の部屋だった。
一週間ボンヤリと発情期を過ごしたけど、結局今回もジールさんに迷惑をかけてしまった。
枕に頭を置いたまま、ゴシゴシと目を擦る。
本来なら天井しか見えないはずなのに、目の前には青いスクリーンが見えていた。
「わぁ、めんどくさー……。」
文字を読んでうんざりした。
『①チュートリアル放火犯を捕まえろ!』
はて、これいったい何のゲームだよっ!なぁにがチュートリアルだぁ!これ絶対駄女神の妹が言ってたやつ!
ヨフミィはムクリと起き上がりスクリーンを読んだ。
なになに?オメガに薬を盛っていた犯人を捕まえよう!報酬、心強い仲間。
…………。
…………うん、とりあえず一旦ご飯を食べに降りよう。まずはそれからだよね!
ベッドから足を下ろすと、ベッド横に置いてあった丸椅子に可愛い花が置かれていた。おお、僕の何もない部屋に花が!花の隣にはオメガ用の高価な抑制剤まであり、ありがたく口に放り込む。
何であるんだろ?ジールさんかな?
トントントンと階段を降りると、ジールさんが植木の世話をしていた。天井にぶら下がっている植物は香辛料代わり使えるハーブだ。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、お世話になりましたぁ~。」
火事から助け出された後、ラニラルによって僕はジールさんに預けられた。そしてジールさんは僕を自分の家に連れ帰り、前回同様仕事を休んで見張ってくれていた。
うう、王宮の使用人棟は火事になったけど、三ヶ月後の次の発情期までには建て直されてるかなぁ。そこが心配。毎回ジールさんに頼ってては申し訳ないよね。
もう昼近い時間でジールさんは昼食を用意してくれていた。
温野菜サラダにヨーグルト。チーズがのったカリカリパン~!そして塩味の効いたスープ。
「うまうま。」
「ゆっくり食べるんだ。」
ふぁい。
「使用人棟なんだがな。建て直すことになったらしい。とりあえず別棟を開けて今までのように使用出来るらしいんだが………。」
だが?何か問題あるの?口いっぱいなので喋れません。
ジールさんの目が遠くを見ている気がするなぁ?
首を傾げてジールさんが続きを話すのを待つ。
「……その時になったら決着がつくだろう。」
うん、とジールさんは一人で納得してしまった。何だろう?なんの決着がつくの?まー、いっか。次の発情期は三ヶ月後だしね。その時には新しい使用人棟出来てるのかなぁ~。
ゴクンと飲み込んで聞きたかったことを尋ねた。
「火事の原因は何だったんですか?」
「ああ、調査中だ。発表されないと俺達にも分からないな。」
そーなのか。王宮の中で起こった火事だしねぇ。慎重に調べてるのかな?でも女神のクエストがねぇ。放火犯を捕まえろって。放火なの?あの火事は放火された火事って聞く前から放火ですよねって言っちゃったら、僕が怪しくない?何で知ってんだよって!
どーやって調べるのさぁ。
「ズズズー。誰が調べてるんですか?」
スープが入ったカップを持ってスープを啜りながら尋ねた。
「…………やっぱり違うのか…?貴族が啜るか?」
「ジールさぁん?」
なにブツブツ言ってるの?
「ヨフ、口の周りに付いてるぞ。」
「おっと。」
ぺろぺろ。何でそこで渋い顔してるの?犬だって猫だって口の周りぺろぺろするじゃん。
「調査は第二騎士団がやってる。」
第二騎士団か~。じゃあソヴィーシャのとこだ。うん、後で聞き込みに行ってみよぉっと!
慌ただしかったがなんとかヨフの発情期も過ぎた。今まで独り身で自由な生活をしていた自分にとって、ヨフの存在は楽しくもあるが不自由でもある。
ヨフの貴族とは関わりたくないという気持ちはジールにもよく理解出来た。今貴族の一員でも、元が平民だと何かと下に見てくるのが貴族だ。
ヨフには誰か平民から上がってきた武官か文官のアルファを探してあげようと思っていたのに……。
レジュノ・リクディーバル王太子殿下、第二騎士団所属ソヴィーシャ・ウハン侯爵子息、宮廷医師と公爵家の侍従を掛け持ちしているリュハナ・ロデネオ伯爵子息、公爵家侍従と公爵閣下の右腕を熟すラニラル・バハルジィ伯爵子息。この四人の存在がヨフの周りに彷徨きだした。
どれもこれも将来有望な高位貴族ばかり。
しかもヨフミィ・アクセミア公爵子息と縁のある者達。
どう見てもヨフをヨフミィと疑っている。いや、むしろ確信している…?
火事で家にヨフを連れ帰り二階に押し込んで、やれやれと息を吐いたのも束の間、王家の馬車が家の前に横付けされた。
中から王太子殿下が出てきて大丈夫だったのかと尋ねられ、大丈夫ですが会わせられませんとなんとか拒否。オメガ専門のオメガ医師を連れてきたから診察しろと強制的に家に入られ、疲れて眠るヨフを診察してもらった。少し擦り傷はあるが元気とのこと。
何かあったらすぐに連絡するように命じられてしまった。
……ヨフは平民の庭師助手なんですが?
翌日は第二騎士団の制服を着たソヴィーシャ・ウハン侯爵子息が、部下と共にやってきた。
事情聴取と言いつつヨフの体調を気にしている様子。見舞いにと花を渡された。王太子殿下が連れてきた医師が診察し元気であることは保証されているので大丈夫だと告げると、あの王子め……と機嫌が急降下していた。
そのまた翌日に宮廷医師リュハナ・ロデネオ伯爵子息がやって来て、身体にいい薬だからとオメガ用の抑制剤や滋養強壮剤を置いていった。彼は礼儀正しく静かに去って行った。
最後に今朝、ラニラル・バハルジィ伯爵子息がやって来た。コイツは来ないんだなと思っていたら、手土産を見て納得した。領地の公爵邸には放牧場があるらしく、卵や牛乳、チーズなどの乳製品、加工したハムや新鮮な肉類を持って来た。今日あたり終わるだろうから食べさせてやって欲しいと手渡される。ヨフの発情期を計ってたんだなと、なんとも言えない気持ちになった。
兎に角四人のアルファがヨフに興味を持っているのだけは確かだ。ご近所にも知れ渡ったことだろう。全員派手だしな。
王宮の中も同じような状況だ。
何かとヨフの周りにはアイツらの存在がくっついている。他のアルファは誰も近付けない状態だ。何も感じていないのは本人であるヨフだけだろう。
全員が最後に言った言葉は「次の発情期に安全な場所を用意するので声をかけるように。」だった。俺にはこの中の誰か一人なんて選べない。というか選んだ所が安全か判断出来ない。
もう自分達で解決してもらうしかない。
「平民アルファは無理だな……。」
目の前で牛乳うまーっ!と口の周りに白い髭をつけているヨフを見ながらジールは呟いた。
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