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44 フブラオ先生だ!
しおりを挟むヨフミィは温室に備え付けられた作業部屋に向かっていた。そこに行けばジールさんに会えるだろうと思ったからだ。
しかし何故か目の前の空中に現れた矢印は違う方向を指していた。
「………むぅ~。どこに連れてくのさ?」
髪を結ぶ暇もなく追い立てられるように出てきたので、長い髪が風に煽られる。一応結ぶ紐は持ってきた。歩きながら結ぼうとするが、風で流される髪を纏めるなんて無理だった。
「私がしてあげましょうか?」
突然声をかけられる。
驚いて振り向くと、懐かしい人が立っていた。
うわぁぁ!フブラオ先生だぁ!
優しく微笑む笑顔は変わらない。歳をとってさらに穏やかさを増したように感じた。
でも今の自分はヨフミィではない。庭師のヨフがどう返事をしたらよいのか迷った。
「さあ。」
近付いてきて手を出された。
「でも………。」
「邪魔でしょう?簡単に結んであげるだけですよ。」
ほら、とフブラオ先生の手が紐を持つ手を握った。そこのベンチに座ってと言われて大人しく座ると、髪は後ろで一つに結んでくれた。軽く大きな三つ編みにしてくれる。
「こうしておけば邪魔にならないでしょう。」
「わぁーー!ありがとうございます!」
喜んでお礼を言うと、フブラオ先生も嬉しそうに微笑んでくれた。
「こんな夜更けにどこに行かれるのですか?王宮の中とはいえ一人では危ないですよ。」
尋ねられてヨフミィは困ってしまった。本当はジールさんがいる庭師の作業部屋に行きたい。というか本当は寝たい。
しかし妹女神のチュートリアルが指す矢印は違う場所を案内していた。
「う、うーん。えーと、あっち?」
あっち?とフブラオ先生は僕が指差した方を見る。
「あちらはこの前火事があった方ですね。」
「そう言われれば!」
放火現場に行けってこと!?でも何しに?チュートリアルの内容はオメガに薬を盛っていた犯人イコール放火犯だ。そいつを捕まえなければならない。なんの力もないヨフミィにどうやって捕まえろと言う気かと思ったけど、もしかしてフブラオ先生が戦力になるってこと!?
それがチュートリアル!?
もうなんでもいいから手伝ってもらおう。
「あのっ!」
ヨフミィはフブラオ先生の服を掴んだ。
「どうしましたか?」
先生ってば相変わらず優しいなぁ。
「手伝って下さい!」
フブラオ先生は一瞬キョトンとしたけど、楽しそうに笑いだした。
「ふふ、いいですよ。何を手伝いましょう?」
ヤッタァーーーー!なんかもう達成報酬で心強い仲間貰わなくてもいいんじゃない!?フブラオ先生が仲間になったぁ!ててーん!
「まさかこう簡単に………。」
るんるんとヨフミィが喜んでいると、フブラオ先生は笑いながら口を抑えて何か呟いている。
「?」
何が簡単なんだろ?
「あ、私のことはフブラオと呼んでくださいね。これでもある貴族家のご子息の家庭教師をしておりますので、フブラオ先生でもいいですよ?」
わぁ、今でも先生なんだ~。つまり僕の時みたいにアクセミア公爵家の双子を教えてるのかな?
「よろしくお願いします~、フブラオ先生!僕はヨフと言います!」
フブラオ先生と呼ぶと、先生はにっこりと笑ってくれた。僕もにっこりだよ!
僕達はさっき僕が指差した方に歩いていた。
「中に着ているのは寝巻きですか?」
「はい、急いで出てきたんです~。」
何気なく尋ねられたのでサラッと答えたら、フブラオ先生に肩をガシッと掴まれた。
「今日は仕方ありませんが、絶対に寝巻きで出るのはおやめ下さい。」
ビックリして目をぱちくりさせる。
「ちゃんとズボン履いてます。上着は外にいつも着ていくやつですよ?」
「そういう問題ではありません。」
力強く否定された。
「…………ちゃんとパンツも履いてます!」
「当たり前です。」
え?着ているものの問題じゃなかったの?裸じゃないんだからいいじゃん~!王宮は正装?でも僕庭師だしなぁ~。庭師のエプロン姿も寝巻きもたいして変わらないと思うんだけど。
「あっ、エプロンつけろってこと?」
「全然違いますねぇ。」
先生の受け答えがだんだん怖くなってきている気がするなぁ。
あっ、矢印がこの前燃えた建物に向かっていた。
「こっち、こっち。」
ヨフミィの案内でフブラオ先生は後ろをついてくる。
火事の現場ってなんか怖いけど、先生がいると心強いなぁ!
建物は割と形を残してはいたが、土台の石も柱も真っ黒になっていた。木材の部分は焼け落ちてしまっている。矢印は建物の外周をぐるりと周り、裏に向かっていた。
裏口?といっても元々あった木の扉は燃えてしまっている。窓のガラスは粉々に落ちて散らばっていた。
「中へ入るつもりですか?ガラスの破片があるので気を付けてください。」
後ろから腕を掴まれ止められた。
でも矢印は中に向かっているんだよねぇ。一階の壁は石と固めた土で造られていたおかげか割と残っている。部屋の形がちゃんとあるのだが、裏口付近の部屋の中に動く人影が見えた。
フブラオ先生も気付いたのか、シッと口を抑えられる。
誰がいるんだろう?
あ、今はチュートリアル中なので犯人!?
チュートリアルは簡単操作。犯人に直接案内されたっておかしくはない。
「フブラオ先生、犯人ですよ。」
コソコソっと囁いて教えた。
「……ん?犯人?」
あ、先生はこの火事が放火って知らないんだった。あとオメガに薬盛ったという情報は誰か知ってるのかな?もしかしてそこから本当は調べなきゃじゃないの?真っ直ぐ犯人捕まえに来ちゃってるの?
ぐっ…、駄女神の妹だしなぁ。
矢印はずっと焼けた部屋の中でゴソゴソしている人間を差し続けていた。
「とりあえず声をかけてみましょう。」
フブラオ先生がスッと前へ出た。
「そこの方はこんな所で何をされているのでしょうか?」
フブラオ先生のよく通る声が夜の闇の中に響いた。部屋でゴソゴソしていた人物が驚いて飛び上がり、中からゆっくりと出てきた。
「あ、あの、わたしはここの管理人をしていた者です。どうしても気になり私物を探しに……。」
あ、ここの管理人さんなのか~。びっくりした。管理人さんは中年のおじさんだった。
「こんな夜中に明かりもつけずにですか?」
僕達も明かりひとつ持ってないけどね。王都も王宮の中も広い道にはずっと街灯がついているので明かりには困らなかったから気にしていなかったけど。
探し物なら確かに明かりは必要だよね?
「どこにあるかは自分の持ち物なのですぐわかりますから。」
管理人さんは落ち着きなく笑いながら答えている。
「何を探していたのですか?」
フブラオ先生は更に質問を続けた。先生は僕を背中に隠して管理人をジッと見ている。
……やっぱりこの人怪しい?
先生の脇から覗き込んでいると、管理人はジリジリと後退し始めた。
「逃げない方がよろしいですよ?」
フブラオ先生、笑って警告しているけどなんか迫力あるなぁ。かぁっこいい~!
先生に忠告されたのに、管理人は反対側に向かって走って行った。
「あ、逃げちゃう。」
慌てて先生の服の袖を掴んで引っ張った。
「大丈夫でしょう。捕まえるはずです。」
誰が?ここには僕と先生と管理人しかいないよ?
追いかけてみましょうと先生が言うので、僕達は逃げた管理人の方へ歩いて向かった。こんなにゆっくりでいいのかな?
そしてその理由を知る。
「あれ……?」
なんと僕がよく知る二人が立っていた。
王宮医師リュハナ・ロデネオから話があるとい言われて時間をとった。
就寝前に時間を作り自分の私室に通すと、リュハナと一緒にラニラル・バハルジィとソヴィーシャ・ウハンもやってきた。ということはあの庭師の青年ヨフ絡みということか。
「………早く入れ。」
リュハナを先頭に入ってきたのは、四人の中で私と交流が続いているのがリュハナだけだからだ。王族はそれぞれ担当の医師がいる。私の担当はリュハナだった。
「あれ?最近までいた子は?」
リュハナが尋ねてきた。
「移動させた。」
ふーんと面白そうにこちらを見てくる。
「結構長かったからお気に入りかと思ってたのに。」
「誰のことなんだ?」
リュハナの言葉にソヴィーシャが不思議そうにしていた。ラニラルには会話の予想がついているのか無感動に立っている。
「髪の白いオメガの子だよ。王太子殿下はオメガの子ばかり侍らすから有名でしょ?」
ソヴィーシャにもようやく理解できて少し嫌そうな顔をしていた。
「お前はアルファかベータばかりじゃないか。」
言い返すとリュハナは悪びれなく笑った。
「オメガの子はね…。期待させたら可哀想でしょう?それに僕はヨフミィ様似ばかりじゃなくていろんな子と遊びたいんだよ。」
「…………私には無理だ。」
ソヴィーシャはそういうの嫌いだもんねぇとリュハナはソヴィーシャを揶揄っている。
「どうせならもうその追い出した白髪のオメガを番に迎えればよいのでは?」
「はあ?嫌だが?」
ラニラルが突っかかってきた。今は気になる存在がいるのに他のオメガはいらない。
「はいはい、喧嘩しないでね!」
リュハナが止めに入ってきた。
「さっさと話をしよう。」
ソヴィーシャも早く終わらせようと口を挟んでくる。
「それで?ゆっくりお茶を飲むつもりではないんだろう?」
特に椅子を勧めもせずに本題に入る。リュハナ達も気にせず立ったまま話し出した。
内容は庭師助手のヨフについてだ。ヨフの故郷でラニラルが調べた内容についてだった。
「殿下もそこまでは調べていると思いますが。」
それはそうなので頷く。勿論配下をやって調べた。態々来たということはそれ以外についてなのだろう。
「ラニラルから十歳の性別判定時の記録がないか調べて欲しいって言われたんだよね。」
「十歳の?」
リュハナは言われた通りヨフがいた家の近くの町にいる医師に手紙を送った。最初は断られていたが、理由をつけてもう一度頼むと漸くその当時の日記の写しを送ってくれたのだ。
「ヨフは六歳の冬に怪我を負って川に落ちたところをジール・テフベル卿の母上が助けたようなんだよ。その医師が通いで治療したらしいんだけど、目が覚めたら記憶がなかったらしい。」
記憶が…?
じゃあ自分達のことは覚えていないのか?
「年齢はテフベル卿の母上が毎年性別検査をしてくれたからわかったみたいだよ。オメガと判定が出た年を十歳にしたんだ。」
「……ヨフの瞳は茶色っぽいとしか書いてありませんが、変わった瞳だと記してありました。」
リュハナの説明の後にラニラルも続けた。
「はっ………、それならばほぼ本人じゃないか。顔を隠す理由は?」
さっさとヨフミィかどうかあのメガネをとってしまえばいい。
「テフベル卿のところに今から行こうと思うんだよ。今日は夜勤で王宮にいるらしいから。」
「では行こう。」
すぐに部屋から出ようとすると、レジュノの私室のドアをノックする音が響いた。
「どうした?」
「ご報告がございます。」
その声にヨフに付けていた護衛の声だと気付く。入るよう命じて報告をさせた。護衛は近付き密やかに告げて立ち去る。
「どうしたんだ?」
レジュノの専属騎士と理解したソヴィーシャが尋ねた。騎士が出てくるようなことがあったのだと緊張している。
「ヨフが王宮に来たらしい。そしてフブラオ・バハルジィと合流して何故か火事のあった建物に向かっていると言っている。」
ラニラルを見たがどうやら父親が来たことは知らなかった様子だ。
「父上が……?」
呟いて何やら考え込んでいる。
「私はいく。」
火事の現場に不審な人物がいると報告を受けた。
「私もいく。」
ソヴィーシャは第二騎士団の隊長だ。気になるのだろう。現場のことも、ヨフのことも。
リュハナとラニラルも当然のように共に移動しだした。
ヨフには自分の王太子直属の配下を付けていた。何かとヨフは人の興味を惹きつけるようで、アルファもベータも声をかける者が多い。なので密かに邪魔をさせていた。
王宮の外に住居があるのも気にいらなかった。しかもテフベル男爵は夜の勤務時は不在になり、ヨフが一人でいる日も多い。
あんな薄っぺらい扉の小さな鍵一つで何故安心できるのか。
常に監視をつけていた。
こいつらもそれを知ってか何も言わない。護衛代わりに都合がいいとでも思っていそうだ。
到着するとヨフとバハルジィ伯爵が建物の中にいる人物に話し掛けていた。ヨフは怖々と伯爵の背中にしがみついて脇から覗き込んでいる。伯爵の堂々とした姿に何やら目を輝かせている。そんな姿も小動物のようで可愛らしい。
ソヴィーシャの指示で第二騎士団の団員と私の配下が周りを取り囲み警戒しているが、バハルジィ伯爵はどうやら気付いているようだ。
不審者が逃げるとさぁ追いかけろと言わんばかりに木や建物の影に隠れていた者達に目配せをした。
私の配下はヨフの為に付けているのであって、不審者を追うのは騎士団の務めだろう。ソヴィーシャの部下が追いかけて行き、それをソヴィーシャとラニラルが追いかけた。
どうやらヨフ達も行くつもりのようだ。
「あれってこの建物の管理人だよね?」
「……さあ、管理人の顔までは知らんが、怪しかったな。」
隠したものを人気のない夜中に探しに来たように見えた。鎮火して数日は騎士団が調べていたので近付けなかったのだろう。誰もいなくなってから来たように見えた。
それもソヴィーシャ達が捕まえたらわかることだろう。
追いつくと、管理人を縛り上げたソヴィーシャと、管理人が持っていた荷物を確認しているラニラル、それから二人に追いついたヨフとフブラオ・バハルジィ伯爵がいた。
周りは明かりを持った騎士団員が増えて騒然となっている。
「あれ?王太子殿下も来たんですね~?」
のんびりとヨフが話しかけてきた。ゆっくりと頷き返しながらヨフの側に立つと、ラニラルの雰囲気が険悪になる。
「近くにいたからな。」
へぇ~とヨフは納得している。何も疑わないのだなと思う。
「調べは任せてヨフは休むべきじゃないのか?」
「あっ、でもぉ~。」
と言いながら何故か何もない場所をチラチラと見ていた。全員でその先を追うが何もないなと怪訝になる。
「何かありますか?」
バハルジィ伯爵が確認すると、ヨフはあわわわと慌てていた。
「えっと、大丈夫っぽい?です。僕もう遅いしジールさんのところに行って休もうかなぁ。」
「だったら空きのベッドを貸そうか?」
リュハナが患者のベッドを使えばと申し出た。
「騎士団の休憩室も使えるぞ?鍵もある。」
ソヴィーシャがそっちの方が安全だと言っている。
「そんなところに寝かせるつもりですか?公爵家が使う執務室に仮眠室があります。そこの方がゆっくり眠れるはずです。」
ラニラルまで言い出した。
「全部却下だ。今日は私が客室を提供しよう。」
ヨフの手を取って歩き出す。
三人がアッと口を開けた。ヨフは状況をつかめずキョトンとしていたが、漸く気付いたのかバハルジィ伯爵を慌ててみた。
「明日の朝お迎えにあがりますね。」
伯爵は困った顔をして見送っている。
「えぇ…?」
ヨフは嫌がるかと思ったが、意外にも大人しくついてきた。
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