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71 これで終わり?
しおりを挟む近づくにつれて皮膚が焼かれる。チリチリと痛みを伴う熱気に、早く手鏡を探し出し壊さなきゃと決心する。
このままではラニラルと一緒に焼け死んでしまう。
「具体的にはどうするつもりだったのでしょうか。」
ラニラルと僕は熱気と煙を少しでも塞ぐ為に、口にハンカチを巻いていた。それでも高温になった空気が喉に入り込み、熱い。
「手鏡…。僕の手鏡がどこかにあるはずなんだ。それを壊さないと。」
ラニラルは頷き、空を見上げた。
暗い空を隠す勢いで炎が広がっていた。
ピロリンと音が鳴る。
『報酬、神様の宝剣を受け取ろう!』
この緊迫した空気の中、微妙に明るい文面に笑いそうになる。
前回ペンダントをもらった時はすぐに報酬が出てきたのに、今回は時間差があり遅かった。妹女神様の方も大変な事態になっているのかもしれない。
「ラニラル、宝剣がそこら辺にある?」
僕はラニラルの背中にへばりついていた。前面から押し寄せる熱気をラニラルが自分の身体を使って盾となり、僕を庇ってくれていた。
「前方に剣が現れました。」
ラニラルの動揺した声が返事をした。
「それ取って。」
ラニラルが少し前方に進んだので僕もついて行く。
ラニラルの脇から覗くと、一振りの長剣が地面に突き刺さっていた。
淡く乳白色に光る剣は、本の中に出てくる勇者の剣のようだ。
「……何故こんな所に剣が?」
ラニラルが懐疑的に剣を見ている。まぁ、確かに急にこんな所に剣が現れたら不気味だよね。
「大丈夫。僕じゃその剣は大きいから、ラニラルが抜いて。」
僕が頼むとラニラルは剣の柄を握った。そして勢いよく地面から抜き去る。
剣はリイイィィンと涼やかな音を鳴らした。
「わっ…!」
音が響くと先ほどまで感じていた熱さが和らぐ。
「便利ですね。」
そこは神聖性を感じて感動するとか、不思議がるとかするべき場面じゃないかな?ラニラルの感想は利便性のみなの?
剣のおかげで息がしやすくなった。
焼けて赤くなった肌も元に戻っていく。ラニラルを見上げると、ラニラルの方が酷かった。
「…っ!ラニラル、火傷が…。」
真っ赤になってただれたり水膨れが出来たりしていた。それもしばらくすると剣の威力で元の肌の状態に戻り始めた。
「平気ですよ。」
「……平気じゃないよ。痛かったでしょう?ごめんね。」
ラニラルは何でもないと笑った。
剣はリィンリィンと小さな音を鳴らし続けている。『神様の宝剣』はかなり便利だ。
「手鏡を探しましょう。」
そう言ってラニラルは剣を持っていない方の手で僕の手を掴んだ。
「あの火の足元辺りとかかな?」
炎はゆっくりと僕達に近づいて来ていた。この道の先に炎の中心地がありそうだ。
二人で用心しながら進んでいく。
手鏡はわかりやすくそこにあった。炎の中心地は白く輝き、手鏡が宙に浮いている。手鏡の中に凶悪に顔を歪める駄女神が映っていた。
「あの映っている顔は何でしょうか。」
ラニラルが顔に嫌悪を浮かべて僕に尋ねた。
「……えっと、うーん、駄女神だよ。」
他に言いようがないので正直にそのまま教えた。だって女神様達の名前知らないし。名前があるのかどうかも知らないもん。
「だめがみ?」
あ、ラニラルには通じなかったかぁ。
「えっと、神様。」
「…………神とは醜悪なものなのですね。」
元々の顔は結構な美人さんなんだけどね…。
「あの手鏡を壊せる?」
クエストからいくと、あの手鏡を壊せばいいらしい。僕がおばあちゃんから貰った大事な手鏡なのに。くすん。
ラニラルは僕をチラリと気遣わしげに見た。
「よろしいのですか?」
「うん、仕方ないもん。」
ラニラルは一つうなずき、足を踏み出した。
僕はラニラルの背中にへばりつき、ついて行く。ついて行くしかない。だって神様の宝剣の近くにいないと周りが物凄い高温になってるんだもん。
木は燃え盛り、既に黒い炭になっているし、地面はブクブク泡立っている。湯気のような煙が大気を覆って視界は悪い。多分宝剣から離れたら、僕はチュンと蒸発するに違いない。
神様の宝剣のおかげで僕達の周りは適温が保たれている。
手鏡からあと三歩ほどというところまで近づくと、駄女神の表情がよくわかった。
「お前っ、お前っ!わたくしが目をかけてあげたのに、わたくしに歯向かうつもりなの!?アイツに味方するなんてぇぇぇ!!!」
こ、こ、こ、こわぁいぃぃぃ!
眉間に深い皺を寄せて、目の周りも頬も顎も皺を作り、怒りで顔を歪ませた駄女神の顔が怖い~~~!
もうホラーだよ!
僕はガタガタと震えながらラニラルにしがみついた。
ラニラルは背中にペタッとくっついた僕を見下ろし、手鏡に映る駄女神を冷ややかに睨みつけた。
ラニラルの腕が僕の脇腹に周り、僕の身体は軽々と抱え上げられた。そしてラニラルは僕を片手で抱えたまま、とんっと飛んだ。
神様の宝剣が水平に真っ直ぐ手鏡に届く。
突きの状態で剣の刃先が鏡を割った。
「ギャアァァァァァーーー!!」
金属を擦り合わせたような、地面が割れたような、何とも言えない大気を震わす悲鳴が響いた。
割れた鏡の中に、駄女神の皺くちゃの顔が叫び声を上げながら粉々になり続けている。
「許さない許さないゆるざないぃぃぃ!!」
駄女神の不快な悲鳴が止まない。
「うわっ……!」
耳を塞ぐ僕をラニラルが庇うように抱きしめた。
鏡は粉々になり、目には見えないほどに小さく細かくなっていく。だけど駄女神の悲鳴は反対に大きく響き続けた。
さっきまであった炎は消滅し、高温だった空気は急速に冷え始める。
ラニラルは僕を抱えて、駄女神から離れるように剣を片手に走り出した。
「上を見れますか?」
走りながらラニラルは僕に上を見るように言った。
上…?
僕は上を見た。
キラキラと小さなものが沢山光っている。
さっきの鏡の破片?
破片は上空に舞い上がっていた。駄女神の悲鳴はあの破片の塊から聞こえてきている。
手鏡を壊すだけじゃ駄女神は倒せなかったということ?
だいたい何で駄女神はこんなことを始めたのかわからない。まさか姉妹喧嘩とか言わないよね?
「ヨフっ!」
ラニラルに抱っこされたまま考えていると、僕達が走って向かう先からお父様達が馬に乗って駆けて来ていた。
走っていたラニラルが止まり、僕を地面に下ろす。
お父様はヒラリと馬から降りて僕を抱きしめた。
「……っ、良かった。よかった……、また、また、いなくなるかと…。」
ラニラルと同じで、お父様もあの炎を見て僕がいなくなると思ったようだ。
「大丈夫です。」
「うん……。」
お父様は泣いていた。
お父様は父上と大量の騎士達を連れて来ていた。ダノテ・クゼラ第一騎士団長もいるし、ソヴィーシャやソヴィーシャの父上であるウハン第二騎士団長もいた。公爵家の騎士も王宮の騎士団もごちゃ混ぜだ。
「あの上空に飛んでいる光はなんだ?」
「あそこから炎が出てないか?」
全員、空を見上げて騒ぎ出している。
僕とお父様も見上げると、確かにまた炎が揺らめき、吹き上がろうとしていた。
ピロンと電子音が鳴る。
『悪の女神を殺せ!神様の宝剣で悪の女神を倒そう!
報酬、女神との最後の対話券』
悪の、女神?
えーと、妹女神様のお姉さんのはずだけど、倒しても良いの?
「悪の女神を倒そう…?」
僕が無意識にクエストを読み上げると、抱きしめたままだったお父様がしっかりと聞いていた。
「悪の女神…?あれは神なの?」
「え?あ、はい、そうですよ。あれは、神………?」
お、お父様?
お顔が怖いですよ?
「そう。そうなんだ…?あれが神なんだ?あれが?へぇ…。」
おおおお父様ー?
妖精で天使でたまに小悪魔だったお父様が、大魔王様みたいだよー?
父上が口に手をやって感動してるけど、なんで?
炎を撒き散らしながら、鏡の欠片は僕達の方へ舞い降りてこようとしていた。
さっきまで手鏡から出ていた炎とは違い、かなり威力は小さくなっているけど、それでも炎の塊の大きさは人の三倍くらいはありそうだ。
炎の形は駄女神に似ている。女性のように髪が長く、ドレスを着ている姿は駄女神そのものだった。ただ顔は怖い。
「どいつも、こいつもぉぉぉおぉぉーー!!」
駄女神は叫びながら上空から襲いかかってきた。
「ラニラルっ、神なんか不要だ。切れっ。」
お父様が厳かにラニラルに命じる。
「畏まりました。」
ラニラルは駄女神に向かって神様の宝剣を構えた。
長い刃は下から上へ、駄女神をまず一度切った。駄女神の形をした炎は縦に半分真っ二つに割れる。
ビウゥンッッ!
ラニラルはもう一度上から斜めに駄女神を割った。
「ギッ…ギャアッッ!」
潰れた鳥の鳴き声のような悲鳴をあげて駄女神が暴れる。
炎と手鏡の破片がバラバラと空に散らばった。そしてサラサラと崩れて消えていく。
ピロリン、と軽快な音が鳴った。
『クエスト⑤手鏡を壊しました!報酬にヘミィネの番が決定します!』
ピロリン、とまた連続して音が鳴る。
『おめでとうっ!無事、悪の女神を倒しました!報酬の女神との最後の対話券がもらえます!』
僕はぼやーと青いスクリーンを眺めた。
真っ暗だった空が徐々にスクリーンの向こうで明るくなっていく。
青いスクリーンにはまだ文字が流れていた。
僕はその文字をじーと眺めるように読んでいく。
「ヨフ?どうしたの?」
お父様が僕の肩に手を乗せて心配そうに顔を覗き込んでくる。わぁ、綺麗な薄紫色の瞳~。やっぱりさっきの大魔王なお父様は見間違い?
なんて感動しながらも青いスクリーンから目が離せない!
だって流れている内容が今まで僕が必死に頑張ってきた二十二年間だったから!
この世界に生を受け、たった今、この瞬間までの僕の努力!
「大丈夫ですか?もしや熱気が喉に?喉が焼けたままで話せないのでは…!」
「そんなっ!」
ラニラルとお父様が慌てだしている。いや、さっき僕、喋ったと思うけどね?
ちょっと待って!もう少しで終わりだからさ!
要約しまくった僕の人生はそう長くないんですねと思いつつ、もうそろそろ終わりだなぁと見ていると、最後に不思議なタイトルが。
『恋しい君は僕の兄を愛している』は終了しました。
そして『完』の文字。
「終わり…?」
僕が呟くと、ラニラルとお父様が僕に必死に話しかけていた。
終わり、終わり。
これで終わったということ?終わったの?本当に?
本当に終わったのだろうかという不安と、終わったかもしれないという期待で気持ちがいっぱいになる。
僕はぐらっと目が回った。
あれ、これって、これって…。
僕は気を失ってしまった。
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