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番外編
80 甘えん坊に絆されて
しおりを挟むカンッ、ガガッッ、ギンッーー!
と空気を裂く音に、ハラハラと王太子付き補佐官達が顔を青ざめさせて見守っていた。
「フヒィル副隊長! 相手は王太子なんだぞっ!」
誰かが自分に叫んで注意するが、レジュノ王太子を相手に手加減なんて不可能だ。
王太子の細身の身体に似合わない重い剣戟を躱し、角に置いてあった人型を相手に向かって投げた。木を掘って出来た人型は、実物大の大きさで投げれるような重さではない。それを片手で掴み投げつけた。
対戦相手のレジュノ王太子は、飛んできた人型を長剣で真っ二つに叩き割る。
そのままレジュノ王太子の長剣は地面にめり込むだろうと予測していたのに、力技で剣はグンッと持ち上がり、突きの姿勢で眼前に迫ってきた。
「くっっーー!」
かろうじて躱して自分の剣を横に薙ぐと、王太子は軽々と後方へ飛び退る。
「どうした?息があがったのではないのか?」
レジュノ王太子の剣呑な瞳を睨みつけ、体勢が整う前にと剣を振る。
お互い同じ剣を使ってはいるが、レジュノ王太子の剣は重く早い。それが悔しい。どうしても持って生まれた体格差は補えない。だからこそ人一倍訓練を続けているのに、王太子はそれを上回ってくる。
まだ負けたことはないけど、勝てているわけでもない。
手加減はされていない……、と思う。
乙女みたいなピンクの瞳をしているくせに、なんでこんなに威圧感が半端ないんだ!
「くそっ、これでも食らえっ、ピンクめっ!」
地面スレスレに回し蹴りをすると、レジュノ王太子は飛んで回避した。空中ならば避けられまい!
剣を下から突き上げる。
レジュノ王太子の冷静な表情は全く崩れない。
上から王太子の剣が振り下ろされた。自分の剣は身体を捻って躱されてしまうし、王太子の剣が迫り来る。
慌てて身体を転がし避けた。避けつつ落ちていた木の盾をレジュノ王太子の方に構える。
ズンッー!!
盾の内側に銀色の切先が見えて、パッと手放した。
レジュノ王太子の剣に盾が突き刺さり、王太子の動きがようやく止まる。
お互い荒く息を吐きながら、こめかみに流れる汗を手の甲で拭った。
「誰がピンクだ。」
あ、聞かれてた。
「お許しを。」
笑いながら許しを乞うと、レジュノ王太子殿下は溜息を吐きながら剣を下ろした。
「今日はここまでにしよう。」
「了解でぇす。」
パタパタと兵士や侍従達が走り寄り、剣を受け取りレジュノ殿下の汗を拭いたり替えの着替えを渡したりしている。
そして着替え一式をレジュノ王太子殿下に手渡すと離れていった。ここ最近これがいつもの流れになっていた。
疲れて地面に座り込んでいると、ガシッと手首を掴まれ立たせられた。そして掴まれたままひっぱられていく。
「汗を拭け。」
汗拭き用の布を渡されるので、遠慮なく使わせてもらう。殿下が受け取った着替え一式は、殿下用と俺用との二組だ。
訓練場から出て小部屋に入ると、大きな窓が一つある。窓の外は少し高台になり、街が見下ろせた。レジュノ王太子はここが気に入っているのか、訓練の後はこの部屋で休憩をとっていた。そして俺にはこの部屋で着替えろと言うのだ。
殿下は簡易鎧を外し上着を脱いだ。殿下は忙しい合間を縫って鍛錬を欠かさないので、身体は鍛えられている。細身でも逞しい身体に羨ましいと眺めてしまった。
「汗拭きましょうか?」
「いい、お前も早く拭け。」
そう言いながら着替えず上半身裸で近づいて来た。
俺の頭に乗っていた汗拭き用の布をワシャワシャと掻き混ぜる。
「自分でしますよ。」
「してないだろう。風邪を引くから拭いておけ。」
はぁ…。と大人しく拭かれた。あまりこういった扱いを受けたことがないので対応に困る。
「うーん。」
「悩むのではなく感謝すべきだろう。」
確かに。相手は主君だ。仕えるべき尊い方に、自分の頭を拭かせてしまった。というかここ最近ずっとこの調子だ。
冷たいようで意外と世話焼きだなと思う。
基本白っぽい髪のオメガを囲い込むのだと噂が立っていた殿下だが、なんで長続きしなかったんだろう?オメガはこうやって世話されるのが好きなはず?
「うーん…?」
「なんだ?」
言いたいことがあるなら話せと桃色の瞳が言っている。睨むのは良くないな。
「いやぁ、意外と殿下って優しいところがあるのに、なんで過去のオメガ達と続かなかったのかなぁと。」
婚約にすら進まなかったと聞いている。婚約どころか恋人扱いすら…?
「ああ……、面白くなかったんだ。」
面白くなかった!
恋人の基準が面白い?
確か王太子殿下はヨフミィ公子に想いを寄せていると聞いていた。ヨフミィ・アクセミアが庭師のヨフだったということは、今や誰もが知っている。
あのヨフミィだ。
確かに、面白い。かなり変わっている。
「面白いかぁ…。好きになる人の基準が面白いとは。笑えるネタを用意するのが大変ですよね。」
「…誰が用意するんだ?」
「え、王太子殿下の寵愛を得ようと我策するオメガとか、貴族家とか?」
「………。」
あれ、黙っちゃった。
「だって、純真無垢を演じるオメガにはなかなか難しい課題だと思いません?なんにも出来なーいって小食ぶってナヨナヨと泣いていた演技を笑いに変えるんですよ。軌道修正が大変。自虐ネタがいいかな?演技力ってどこで鍛えたらいいんでしょうね~。」
「……大丈夫だ。既に天然がいるから。」
「ヨフミィ様はもう可能性ゼロですよ?」
「ヨフミィじゃない。」
誰だよ?
「残念でしたねー。」
俺の頭を拭き終わった殿下は、着替えの上着を着ながら目線だけでなんのことだと先を促してきた。
俺も鎧を外し、服を着替えながらお喋りを続ける。
「失恋じゃないですか!」
あ、楽しそうに言ってしまった。怒るかなと殿下を見たが、殿下は呆れたように溜息を吐くだけだった。
そして窓から外を眺められるように置いた長椅子に座る。長身の殿下が寝転がれる様に置かれた長椅子は、壁から壁までぴっちりついて長い。
殿下は高く一つにまとめて結んでいた髪を解いた。
外から風が吹き、長い金の巻毛がふわりと流れる。
くん…と甘い匂いがして、なんの匂いだろうと考える。葡萄っぼいな。
俺の髪を拭いてくれたので代わりに拭いてあげるために近寄った。椅子に放りなげられていた布を手に取り、レジュノ王太子殿下の頭に被せる。
布越しに髪の合間に指を入れて汗を拭いていった。
「殿下の髪って巻毛だから絡まないようにするの大変そうですね。」
最初こうやって拭きましょうかと言って世話をするようになったのだが、今では当たり前になった。
そして殿下はいつも大人しく髪を拭かれている。
今も目を閉じて俯いていた。
「失恋しても大丈夫って言ってましたよ。」
「……誰がだ?」
「兄上です。」
「当てにならん。」
確かに!
おかしくなって笑っていると、殿下も小さく口元が笑った。
「拭きましたよ。」
終わりを伝えると、殿下は目を開けて座れと椅子を叩いた。やけに端っこを指示するなと思いつつ座ると、殿下はコロンと寝転がった。
「俺の腿を枕にしても固いですよ?」
「……いいんだ。」
どうやら眠たいらしい。徹夜で仕事をするくせに訓練も欠かさないから疲れるんだよ。
ウトウトと微睡む桃色の瞳を見下ろしていると、殿下の視線が俺に合わさった。
「どのくらい寝ますか。」
「………夕方まで。」
珍しい。今日の訓練は昼食後すぐだった。夕方までと言うなら結構時間がある。分刻みのように仕事を熟す王太子殿下にしては余裕があるんじゃないだろうか。仕事に一区切りついたのかな。
考えていることがわかったのか、殿下はふと笑った。
「一緒にいる時間を増やそうと思ったのに……。睡魔に負けそうだ。」
「無理したんですか?まさか徹夜じゃないですよね?」
「………仕方ないだろう?」
「何がですか?」
殿下はコロンと俺の方を向いた。横向きになって本格的に寝始める。目を瞑り、小さく拗ねたように呟いた。
「遊びに来いと言うのに……、来ない……。」
………!
「……え、それって、まさか俺のことですか?」
殿下がうなずいたように見えたが、どうだろう?
スウと寝息を立て始めてしまった。
「えー……。社交辞令じゃなかった?」
考えてみれば、殿下は訓練場に来た時、前まで訓練相手は別の隊の隊長クラスが相手をしていた。だけど最近は自分としか訓練していない。
毎回何かしら差し入れがあるし、騎士や兵士達にも十分に用意されているから、自分だけ特別とは感じていなかった。
でも思い返してみると、以前はそんなことしていなかった。
これはどう解釈したらいいんだろう。
とりあえず遊びに来て欲しかったのは理解した。今後は定期的に遊びに行くようにしよう。ただどのタイミングで行けばいいのかが全くわからなかった。
起きたら聞いてみよう。
それにしても殿下が起きるまで暇になったなぁ。
そっと殿下の頭を下ろして、俺の腿の代わりにクッションを置いてみるか?
「……んん、……う…。」
モゾモゾと殿下は動いて、俺の腰に腕を巻きつけがっしり掴まれてしまった。
動けない……。
これじゃ上掛けをかけてあげることすら出来ない。お手上げだ。
肘掛けの上に置いてあった上着をとって殿下の身体に被せた。開けた窓を閉めて、身体が冷えないようにする。
「うーん。寝顔は子供っぽい。」
いつもは不機嫌な顔が、穏やかに目を閉じて幼く見えた。
俺が遊びに行くのを執務室で待ってたとか…?
いやいや、まさか。
しかし待ってたのなら罪悪感を感じるなぁ。
うーん…………。
レジュノ・リクディーバル王太子殿下といえば、冷静沈着で決断も早い。次期国王としての能力は高く、現王より期待が高い。幼い頃は我儘で、王妃の実家の身分が低いことを考えるとその地位も危ぶまれていたが、レジュノ王太子は自分の力で能力を示して見せた。
アクセミア公爵家との仲も良く、それを踏まえてほとんどの貴族家はレジュノ王太子をおしている。
冷たく見えがちな態度も、最終的には相手の立場を考えて動いているし、関係を持ったというオメガ達も、後の待遇はよく考えられている。どこかに嫁ぎたいと言えば嫁ぎ先を用意し、商売をしたいと言えば手を貸し今も継続を続けている。決して悪いようにはしていないので後々まで問題になったこともない。
かと言って優しいばかりでもなく、冷徹な面もあり、いらないと思えばバッサリ切るところもある。だからこそ逆らう人間は数を減らし、継承順位が下の王族達も表立って対立していない。今回王太子と王妃に冤罪をかけようとしたダジィル王弟殿下が捕まったことにより、さらにその数は少なくなったことだろう。
ダジィル王弟殿下は他国に婿に行く決断をしたらしい。なかなか情勢が厳しい国への出国は恐ろしいほど早く、誰も見送りには出なかった。
その采配もレジュノ王太子殿下が処理していた。
王族としては望ましい姿だなと思う。
「疲れないのかな…。」
いや、疲れてるよな?
こうやってここで寝てしまうくらいだし。
「う………。」
窓から入る光が眩しかったのか、殿下は少し顔を顰めた。
そっとカーテンを閉める。
閉めてまた殿下を見下ろすと、殿下の目が薄く開いていた。桃色の瞳が睫毛の隙間から見えて、焦点が合わずぼんやりとしている。
「………殿下?」
「うん。」
小さく返事が返ってきた。
殿下の口元が微笑み、寝ぼけた瞳がふわりと笑う。
えー……、誰だろう。これ。
寝ぼけてる……、よな?
こういう時って寝ぼけて返事したりする奴いるよなぁ。
「俺に遊びにきて欲しいんですか?」
ぽやぽやと瞳が彷徨い、殿下はこくっとうなずいた。
…………素直だ。驚きだ。いつもの高圧的な雰囲気が皆無だ。
「一緒にいたい。いつも…、つまらない。」
つまらない?
確かに王太子の仕事はつまらなそうだけど。
「一人は……、寂しいから。」
うとうとしながらレジュノ王太子殿下は小さく喋っている。
ち、小さな子供みたいだな……!
「えっと、俺が遊びに行くから寂しくありません。」
殿下は笑って寝てしまった。
くー、と寝息を立てている。徹夜しすぎだろう。いや、徹夜してでも時間を作って騎士団に来たのか?
まさか、俺に会いに?
ドキッと胸が鳴り顔が赤くなる。
「………あれ?」
ちょ、あれ?
レジュノ王太子殿下が小さな甘えん坊に見えるんだけど?
これは、あれ……?
あれーーーー?
「そ、そんな、バカな。まさか、王太子相手に…。」
ドキドキする心臓を手のひらで押さえて、完全に絆されてしまった自分を自覚してしまった。
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