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番外編
86 誠心誠意の言葉①
しおりを挟む執務室で仕事をしていると、急に王妃宮から呼び出しの使者がやってきた。第一騎士団の騎士だったのだが、呼び出した人間はダノテ・クゼラ騎士団長の伴侶キワーレだという。ついでにヨフミィもいたと言うので、少し考えて行くことにした。
見張りの騎士達から二人は地下の庭園にいるのだと報告を受け降りて行くと、そこには母上がいた。
「母上、テフベル子爵と旧知の仲だというのは存じ上げていますが、相応の距離をとってください。」
注意をすると、母上は心外だと言わんばかりに悲しい顔をする。
母上は自分がこの国の王妃であり、国王の番であることをイマイチ理解していないと思う。
昔のまま、若い頃の感覚で、周囲のアルファは自分に好意を向けているのだと信じているのではないだろうか。
番もいて歳もとっている。いつまでも若いままで夢を見るのはやめてほしい。
絡まれていたテフベル子爵は、私が来たことによりリュハナの助手を連れて早々に出て行ってしまった。
ここの地下庭園もそろそろ片付くだろうし、母上もどうにかすべきだろうと考える。
「まあ、レジュノったら。カティーノルはそんなこと言わないわ。」
私が注意をすると、母上はすぐに父上の名前を出してくる。
「ねぇ、カティーノルって誰?」
「自分の国の国王様の名前くらい覚えとこうよ。」
ヨフミィとキワーレが私の後ろでコソコソと話していた。父上の名前はそんなに知られていないのだろうか。キワーレが書いた本に少し似た名前の国王が出てくるが、最近はそっちの名前の方が本名だと世間に思われ始めている。父上が少しショックを受けていた。
「王妃宮は改修のため立ち入り禁止とします。」
私がそう伝えると、母上は驚愕した。
「そんなっ!」
「母上は父上の宮に移動して下さい。」
父上に押し付けておこう。母上がこんなに無知なのも父上が甘やかす所為だ。責任をとってもらうとしよう。
母上は父上と一緒にいられると聞いて喜んでいた。今まで別の宮で暮らしていたのは、白月草の管理と昔からの慣習の所為だった。このままこの慣習はなくしてしまおう。
使用人達を集めて移動を伝え作業を開始させる。後は母上に任せてヨフミィとキワーレを連れて王妃宮を出ることにした。
「キワーレ、何故、王宮にいるんだ?」
「うわっ!」
唐突に声を掛けられキワーレが叫ぶ。一目散に逃げようとしたがあっさりと捕まっていた。
クゼラ騎士団長が部下の報告を受けて来たのだろう。
「僕が連れてきたんだよ。たまにはいいでしょう?」
ヨフミィが庇っているのを見て、手伝ってやろうと私も補足した。
「たまには友人と出掛けたほうがいいだろう。ずっと屋敷に閉じ込めておくつもりか?」
「…………外にいると思うと心配で心配で!外で泣いているのではと気になるのです!」
病気か?
キワーレは騎士団長に捕まりもがいている。腕に噛み付いているようだが、とても泣くような人間には見えない。
「王宮ならば警備が行き届いているし、騎士団長の管轄ではないか。城下も護衛をつければ問題ないだろう?」
「殿下……!」
キワーレが感動して目を潤ませ私を見ていた。気持ちはわかるが帰ってから大変になるだろうにと少し同情する。
「ひとまずキワーレは連れ帰ります。」
「ええ~~~~!」
騎士団長は私の忠告に渋々了承し、キワーレを連れて去って行った。
「ああ~~~、帰っちゃったぁ。」
ヨフミィだけが残される。
「そろそろフヒィルが遊びに来る。ヨフミィも来るか?」
誘うとヨフミィは行く行くー!と両手をあげてついて来た。
執務室には既にフヒィルが来て待っていた。
「あれ?ヨフミィ様も一緒だったんだ。王妃宮で問題あったって聞いたけど。」
「ああ、うん、実はね……?」
ヨフミィはフヒィルに先ほどの出来事を話し始めた。二人が話している間に止まってしまった処理をしてしまおうと執務机に戻る。
予定通り仕事を終わらせても、二人は楽しそうにまだお喋りを続けていた。
その様子を眺めていると、フヒィルが私の視線に気づいて顔を上げた。そして気まずそうに顔を逸らせてしまう。
その微妙な表情に疑問を覚えるも、理由に見当がつかない。
「フヒィ…。」
ルと声を掛けようとして扉がノックされた。
「誰だ?」
「ラニラル・バハルジィ様がお越しです。」
外から侍従が声をかけてくる。通すよう伝えるとラニラルが入って来た。
「お久しぶりですね。」
「もう少し敬ってもいいんだが?」
ラニラルは相手が私でも気負いなく入って来た。仮にもここは王太子の執務室なのだが。幼い頃からの付き合いだからか、お互いこの姿勢は変わらなかった。
「ラニラルぅ~!」
話に夢中になっていたヨフミィが、ぴょーんとラニラルに飛びついていく。ラニラルは難なくヨフミィを抱き留めた。
ヨフミィの両側に結んだ髪がぴょと跳ね、本当に兎のようだなと思ってしまう。
「私の用件は済みましたので屋敷に戻りましょう。キワーレは帰ったのですか?」
「キワーレは騎士団長に見つかっちゃった。」
「それは残念でしたね。」
二人の世界を作りながら喋っている。
「迎えが来たなら帰るといい。」
目の前で延々と話されても困るので帰るよう促した。
「うん、また遊びに来るね!」
ヨフミィはバイバイと手を振って挨拶をする。
「フヒィルも公爵邸に遊びにきてね。」
立ち上がって扉を開けたフヒィルにもヨフミィは声をかけて出て行った。
一気に静かになる。
「あ、お茶淹れ直しますよ。」
フヒィルが廊下に待機していた侍従に新しいお茶を持ってくるよう伝えた。
私がソファに座るとフヒィルも対面に座る。程なくして新しくお茶とお菓子が運ばれてきて、テーブルに並んだ。
フヒィルは週に二回か三回程度、私の執務室に遊びにくるようになっていた。そして晩餐を一緒に摂って帰るのが習慣になった。遊びに来るのは午後からで、その時ばかりは私も休憩を取るようにしていた。その間はこの部屋に他の人間は入ってこない。邪魔されないよう人払いをしていた。
「ヨフミィ公子が帰って残念でしたね。」
ふとフヒィルが話しかけてきたが、別に残念とは思っていない。だから否定した。
「久しぶりではあったな。今度一緒に公爵邸へ行くか?」
ラニラルの迎えにより話が途中で止まったようだったので、一緒に出かけるならと思い誘ってみた。
私は公務で王宮の外に出ることはあっても、私用で出ることはあまりない。出る必要性がなかったとも言える。
だから今までフヒィルをどこかに誘おうとは思っても、どこがいいのか皆目見当もつかなかった。
なにより王太子という立場ではどこに行こうとも護衛や侍従をつけなければならないし、話が大きくなってしまい動きにくい。
とりあえずアクセミア公爵邸なら行き慣れているし、ヨフミィもいるから行きやすい。ヨフミィとフヒィルは仲が良いし、悪くない提案だと思った。
しかしフヒィルは一瞬口を閉じる。
「………?」
嫌なんだろうか?
「良いですね!じゃあ今度殿下の都合に合わせて行きましょう!」
怪訝に思ったが、フヒィルはパッと顔を輝かせて笑った。
いつものフヒィルだ。フヒィルが楽しみだと言うので、ホッとしてうなずく。
空き時間を調整して、アクセミア公爵へ手紙を出すことにした。
「今度、公爵邸に来るんだってね。」
リュハナの定期検診を受けながら、フヒィルと決めたアクセミア公爵家への訪問について尋ねられた。
「………そうだな。」
リュハナは私の専属医師だ。ラニラルやソヴィーシャよりも会う頻度が高く、幼い頃からの友人達の中では一番話しやすかった。それにラニラルは私を友人扱いしているか疑問だし、ソヴィーシャは護衛対象とみられることが多いので、ラニラルとソヴィーシャの二人は友人というには少し微妙な関係だ。
そういう意味ではリュハナも仕事関係ではあるのだが、リュハナだけは友人として話してくれる。
幼い頃から王族として仕事をしていると、友人らしい友人は出来なかった。心から話せる相手はいない。
父上とも母上とも仲が悪いわけではないが、父上は国王としての責務があり、母上は自分の立場を保つので精一杯だった。私は国王のたった一人の息子として、学ぶことが多く、いつも大人に囲まれて成長した。
だからか普通の貴族家よりも親子関係は希薄だった。
親である前に、子である前に、私は王族であることを自覚して動けと言われて育った。そういう教育だったのだ。
勉強か仕事か。
幼い頃に自ら動いて作った友人はヨフミィだけだった。
白い髪に日差しで色を変える榛色の大きな瞳が可愛くて、溌剌と喋り怒ったり笑ったりする姿に憧れた。
ヨフミィと一緒にいれば、その時間はとても爽やかで明るくて楽しかった。
私がヨフミィに出会った時には既に三人が周りにいたが、一緒にいるうちに溶け込んでいた。
あの時は楽しかった。
ずっと続けば良いと思っていた。
だけどヨフミィはいなくなった。
責めてはいけないと思っても、私達の中心にいたヨフミィがいなくなったことに動揺して、ラニラルを責めてしまった。
私だってその場にいてもヨフミィを助けられたかわからないのに……。
未熟な私はラニラルを責めてしまったから、ラニラルとは一番距離がある。
ラニラルの私に対する容赦ない態度を許すのは、過去の私の負い目があるからだ。
ヨフミィが湖の中に消えた時の状況は後から詳しく聞いたが、私は炎の中を追いかけて、冷たい冬の湖に潜れたかわからない。
その後のラニラルを慰めることも出来ずに、会えば歪み合いばかりしていた。
リュハナのように仲良くとはいかなくても、もう少し関係性が改善できれば良いのだが。
つらつらと考え込んでいるうちに診察が終わった。服を着ているとリュハナも道具を片付けながら話しかけてくる。
「みんなでその日は時間を空けるようにしてるんだよ。」
「そうなのか?」
特に用があるわけではない。なんとなくフヒィルとヨフミィが会う時間を作ってやろうと思っただけだった。また私が動いて話が大きくなってしまったのだろうか。
「レジュノ王太子が出てくることって少ないからね。もうちょっと遊びに来ても良いんじゃない?」
「……そうか?」
そうそう、とリュハナは軽く返事をした。
遊びにとは言われても、要件がないと動きにくい。人はどうやって遊んでいるのだろう。その感覚がわからない。
「王太子殿下ってラニラルとは別の意味で真面目なんだよね。そのくせオメガの子達になんで手を出したの?」
「………。」
返事をしたくなくて黙ると、リュハナは苦笑した。
「フヒィルとは続いてるね。」
「フヒィルとはそんな関係じゃない。」
フヒィルに手を出したことはない。
「そうなんだ?毎週来てるでしょう?」
遊びには来るが、場所は執務室だ。来たらお茶をしながら話をしている。長く私の時間が空けば騎士団の訓練場に行って一緒に過ごしている。
何気なく一緒にいられる存在だった。
「うーん…、確かに今までの子達とはタイプ違うもんね。」
「別にタイプが決まっていたわけじゃない。」
私がヨフミィ・アクセミア公子に好意を抱いていたと聞いた者達が、似たようなオメガを私のもとに送り込んできただけだ。その中でも話しやすい者をそばに置いた。
もしかしたら誰かがそばにいることで、この空虚さが薄まるかもしれないと思って、彼等との未来を模索してみた。
だが思うような人間は一人もいなかった。
全員が私に依存して、私の言葉を全て肯定し、私の空虚さを埋める者はいなかった。
私が欲する人は、もっと違う。
自由で、日差しのように明るくて、私に手を差し伸べるような、安心感を与えてくれる人がいい。
「じゃあフヒィルってどういう関係?」
「フヒィルは……。」
一緒にいたい。
リュハナは私の顔を見て何かを悟ったらしい。
「恋人になってみたら?クゼラ侯爵家のオメガなんだし、レジュノ王太子の婚約者になってもおかしくないよ?」
「……………。」
黙り込むと、リュハナは「うーん」と悩んでいた。
そんな関係を考えてみたことはある。だがフヒィルは騎士だ。騎士であることに誇りを持っているし、常に己を鍛えている。
私の婚約者になれば、騎士ではいられない。
嫌がられてもう私のもとを訪れなくなったらと思うと怖い。
命じれば訪れるだろうが、それはもう今までの何気なく一緒にいられる関係ではなくなるのだ。
「今度公爵邸に来たらみんなと一緒にゆっくり話してみようよ。王宮にいると殿下はいつも仕事ばかりだからさ。」
リュハナから息抜きにおいでと言われて、そうしてみようと思いうなずいた。
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