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51 真夜中の密会
しおりを挟むアバイセン伯爵家の騒動から一週間。ビィゼト・ノビゼル公爵とノルギィ王弟殿下の働き掛けでアバイセン領は落ち着きを見せてきた。
ノビゼル公爵家が今まで委託していた薬草栽培事業を引き上げると知って、アバイセン領は大混乱に陥ったが、公爵当主を誤認により処刑しようとした罪は重く、アバイセン伯爵は裁判によって処刑が言い渡された。領地の事業も今後続けていけるはずもなく、ほとんどの領民は普通の農業に切り替えていくことになる。今までのような利益は望めなくなってしまった。
アバイセン伯爵の妻と嫡男は別領で豪遊中であった為、こちらも現在投獄されている。次男のヨニアも近くの別荘で呆然としているところを捕まったが、ヨニアはほぼ事業に関与していなかった為、そのうち釈放されるがおそらく国外追放になるだろうと言われていた。
そうノルギィ王弟殿下の手紙には記されている。そして最後に書かれた追記を読んで、ナリシュはフッと笑った。
その様子を見ながらソワソワとしているニンレネイ・ノビゼルをチラッと見ると、ニンレネイはハッとして何か話したそうにする。だが今はまだこの手紙を持って来たノルギィ王弟殿下の部下が目の前で待機していた。
態々学院でナリシュが執務室代わりにしている部屋までやって来て、返事を貰いたいと待っているのだ。
追記、ニンレネイ・ノビゼルと話す機会が欲しい。
ふぅ、とナリシュは息を吐いた。
可哀想に。おかしなやつに目をつけられて。そう同情してしまう。
「返事を直ぐに頂きたいのですが。」
ナリシュは目の前に立つノルギィの部下を見た。ノルギィ王弟殿下の部下はアルファ揃いだ。全員魔力が高く武術にも長けている。剣にしろ弓にしろ秀でた者だらけだ。
それなのに全く戦えないニンレネイに、最近の王弟殿下は執着している。
仕方ないなとナリシュはペンを取った。サラサラと紙に短く返事を書き封に入れて渡す。
ノルギィ王弟殿下の部下はナリシュに礼を言った後、ニンレネイを一睨みして去って行った。
「…………。」
「…………。」
「そう心配せずとも引き渡したりしないよ。」
ナリシュが笑いながら言うと、ニンレネイはあからさまにホッとした。
「……あの、何故俺は睨まれたのでしょう?」
ニンレネイはノルギィ王弟殿下の部下に睨まれ困惑していた。
「………知らないのかい?」
ニンレネイは何が?と首を傾げる。
そんなニンレネイにナリシュは説明した。
ノルギィ王弟殿下の部下は男性アルファで構成されている。ほぼ皆全てノルギィ王弟殿下が見つけてきた人選で、平民貴族かかわらず魔法に長け武芸にも秀でた強者揃いだという。しかもノルギィ王弟殿下の好みで統一されていると言われるほどの美形揃い。
「美形?美しい者しか魔法師団には入れないのですか?」
答えようとしてナリシュは一瞬口を閉ざした。
「…………これを言うのは王族の恥かと思いあまり言いたくは無いのだけどね?」
少し苦笑気味に言葉が吐き出される。
ノルギィ王弟殿下の部下は皆王弟殿下のお手つきで、戦場に出れば誰かしら夜の相手を務めているらしい。
そんな噂があるのだという。
「………は?アルファの、男性ばかりですよね?」
「そうだね。アルファの男性ばかりだね?」
ニンレネイには未知の話だった。だが睨まれた理由は分かった。
しかし相手は王弟殿下。どうやって逃げよう?ニンレネイ自身もアルファの男性だ。王弟殿下の好みがまさかアルファ男性だったとは!
「安心していいよ。私からは君が望まない限り拒否しておくから。」
手紙にもそう書いておいた。
「………あ、ありがとう、ございます……。」
その日ニンレネイはフラフラとしながら家路に着いた。
最近ノルギィ王弟殿下の影に怯えるニンレネイを宥め、夜の王城へとビィゼト・ノビゼルはやって来た。多忙な国王陛下からの呼び出しはいつも深夜近くになる。
ビィゼトがノビゼル公爵位を継承したのは学院を卒業して直ぐだ。それまで嫡男という立場を利用して水面下で様々な事業に干渉し、自分が爵位を継いだら一気に改革してしまおうと努力してきた。その努力は功を奏しノビゼル公爵家は一気に裏の世界から抜け出した。
国王陛下から呼び出されたのはその後だ。
極秘裏に届いた招待状に嫌な予感はした。
何の為に悪事に染まるノビゼル公爵家が見逃されてきたのかも知っていたが、ビィゼトは弟達の為にも汚い仕事はしたくなかった。自分は後ろ暗いことはしたくない!
そんなビィゼトに国王陛下は言った。
「今までの公爵家の功績には感謝するが、我が国唯一の公爵家が王家から離れては困るのだよ。」
ビィゼトの倍は生きるこの国の最高位にいるアルファは威圧も強かった。他のアルファより抜きん出て優れていると言われるビィゼトも、学院卒業したてのヒコっ子と思わざるを得ない。
「しかし……。私は家族に陽の光が当たる場所で生きていて欲しいのです。」
ビィゼトは正直に話した。
「…………では、君の弟達、もしくは君自身が私の子供達の誰かと婚姻を結んでくれないだろうか?」
貴族間では婚姻は政治の道具だ。
「……?現在三男のオリュガがナリシュ王太子殿下の筆頭婚約者候補ですが?」
国王陛下の瞳が細まる。ゆったりと肘掛け椅子に座りビィゼトを眺めた。同じ椅子に座っているというのに国王陛下の椅子はまるで玉座のように見える。
「ナリシュはね………。」
ふと考えるように国王陛下は口を閉ざした。
「………もう少し庇って差し上げても宜しいのでは?」
国王陛下はフフと笑う。ナリシュと国王陛下はそっくりだ。髪色や瞳の色だけでなく見た目や雰囲気も。
「公爵はあの子に同情的だね。だから可愛い三男を側に置いてくれるのかな?」
その話し方は父親としてナリシュ王太子を気に掛ける様子がある。だが父親である前に国の王なのだ。全てを天秤にかけた時、国王陛下が長子を捨てると覚悟したのだろう。一番の要因はリマレシア王妃にあるのだろうが。
「……私も色々な事柄を天秤にかけオリュガを筆頭婚約者候補のままにしておこうと思ったのです。出来れば、オリュガが望む通りにしてあげたい。」
国王陛下はふむ、と頷いた。群青色の目を細め、面白げにビィゼトを見る。
「では私もギリギリまで待とう。そしてナリシュが望んだ時、それに力を貸そうではないか。」
それでもナリシュとオリュガが上手くいかなかった時は、ナリシュは王妃と共に王家から排除し、君が下に生まれたオメガの姫を娶るか、次の王太子になるアルファに四男のノアトゥナを王太子妃として迎え入れるかして欲しいと言われた。
ビィゼトはそれに頷くしかなかった。
ノビゼル公爵家と王家は切っても切れない関係。やはり婚姻を持ち出してきたかと思った。次男のニンレネイをナリシュの側近につけたのは国王陛下から頼まれたからだ。ナリシュにしろ別の王子にしろ、ニンレネイは未来の王を支える存在となるようにだった。
結局この王は国の為になるようにしか決断しない。それが我が子を消すことになろうともだ。
そんな王がまた深夜にビィゼトを呼び出した。
「今回は何の御用でしょうか?」
もう既に何度目かになる呼び出しだ。最初こそ萎縮していたビィゼトだったが、今はもう相手が国王陛下だろうと遠慮がない。
毎度毎度無理難題を言われビィゼトはウンザリしていた。
「最近の君は可愛くないね。」
笑いながらワイングラスを傾ける国王陛下の今日の機嫌はすごぶる良い。
…………嫌な予感がする。
「本日は弟の体調も優れませんので帰っても?」
「ダメだよ。」
座れと国王陛下の目の前の椅子を指差される。
ビィゼトは溜息を吐いて椅子に座った。この部屋は最初に呼び出された頃から内装がほぼ変わらない。国王陛下の私的な部屋で知る者が限られている為、あまり手を加えることがないのだろうが、清掃だけはいつも綺麗になされていた。
ビィゼトの前にも同じワインを国王自ら注ぎ差し出される。
本当に、いやーな予感がする。
渋々そのワインをビィゼトは受け取った。
「君達兄弟は本当に素晴らしいね。」
国王陛下はニコニコだ。あー、嫌な笑い方だ。
「はあ……。」
ビィゼトはワインの香りを楽しみつつ一口飲んだ。
「珍しいことが起こったのだよ。」
「………………はぁー…………。」
気のないビィゼトの返事を気にもせず、国王陛下は話し続ける。何やら話したいことがあるらしい。さっさと要件を言って解放して欲しい。
「王家所有の宝物庫に『盟約の指輪』というのがあるのは知っているかな?」
「存じ上げておりますよ。」
それは昔、ベータの女性を愛した国王が、たった一人を愛し抜きたいとオメガに誘惑されない為に作った指輪だった。そのベータ女性を王妃とし、国王と王妃はそれぞれその指輪をつけた。
指輪には付与魔法が掛けられている。指輪の持ち主はバース性特有のフェロモンの匂いを感じにくくなるというものだった。アルファはオメガの匂いが、オメガはアルファの匂いが。
これでアルファの王はベータの王妃のみを愛し抜くと誓った。誰もがこれで二人は永遠に結ばれるのだと思ったのだが、これは悲劇の指輪となった。指輪には他にも相手としか性行為を行えないという制約までつけられていた。作成を命じた国王陛下の要望通りに作られたのだが、ベータの王妃はこれに悩まされた。産まれる子供はベータばかり。アルファの子供が一人でも産まれれば良かったのだが、五人も産んで一人も出来なかった。
どうかオメガの側妃を娶ってくれと王妃は国王に進言した。このままでは王家は衰退してしまう。ベータの王は軽く見られてしまう。いや、玉座にすらつけないかもしれない。
争いが起こる前に、どうか、と。
泣く泣く王は指輪の魔法を解除して新しい側妃を迎えた。
指輪は『盟約の指輪』と言われ宝物後で管理されることになった。
そんな謂れのある指輪だ。
「初めてノルギィが私に頼み事をしたのだよ。」
「ほぉ…………。初めて……。」
初めてノルギィ王弟殿下が国王陛下に頼み事…。頼み事!?
ガタンとビィゼトは立ち上がった。
「今日はこのへんで……、」
お暇します、と言おうとしてガシッと腕を掴まれた。国王陛下が珍しく満面の笑顔だ。いつもは何を考えているのか分からない含みのある笑顔が、嬉しそうに綻んでいる。
あー、ヤダヤダ。聞きたくない。
「その盟約の指輪が欲しいと頼んだのだよ。」
「その目的は聞きません。」
「君の弟が欲しいそうだ。」
「絶対、ダメです!」
「だが盟約の指輪をあげる約束をしてしまったのだよ。」
「うー、わぁーーーーー!ありえんなっ!」
「ははは、これでノルギィは私達陣営につく。君が弟達の為に真っ白な公爵家を作ろうとした結果だ。」
お前もそれに乗っかったじゃないか!私が学生のうちから動いていた時、誰か知らんが手助けする高位貴族が現れたが、それが後から国王陛下と知り、もう切っても切れない関係が出来上がり今に至る。
「私は可愛い弟達を王族に売り渡す為に努力したわけではない!」
「大事に屋敷に囲って大切にすると言っていたぞ?」
他人事だ!コイツ絶対予想外の幸運な巡り合わせに乗っかろうとしている!
「ニンレネイはアルファですが!?」
「だから盟約の指輪が欲しいんだろう。」
これだから王族はあぁぁぁーーーーー!!!
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