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62 模擬戦だよ〜
しおりを挟むとん、とん、と宙を蹴りオリュガが高く飛び上がる。身体強化したとしてもあり得ない高さに飛ぶオリュガを、あんぐりと口を開けて生徒達は見上げていた。
「ほら、ほらぁ~~~~?そんな口ポカンしてたら何が入っても文句言えないよ?」
開いた口に投げ込まれる乾パンに、全員目を白黒させている。
オリュガは美しい。スラリとした身体に長い手足、薄茶色の長い髪は高く一つに結えられ動くたびにその四肢に絡まりなんとも言えない色香を感じさせる。大きな緋色の瞳はキラキラと楽しげで、思わず見惚れて対戦中ということも忘れて相手は陶然としてしまっている。
「んもうっ!ちゃんとやろうよぉ~!」
ドガっ、ボコっと相手を蹴り付けながらオリュガは運動がてらに出会ったチームを片付けていた。
あんまり早く退場させるのも気の毒なので、宝石は奪わないことにしている。
「隊長、彼等はちゃんとやってるんですよ。」
イゼアルは前世のアルの時から隊長の特訓に耐えてきた。今次々と地面に倒れる生徒達の心が理解出来る。
「魔力のない世界だと聞いているけど、普通にこれくらい動けたのかい?」
ナリシュ王太子殿下はゆったりと岩に腰掛けてイゼアルを見た。
ナリシュ達のチームは最初見下ろしていた茶色い草が生い茂る平原から移動せず、そこにやってくる生徒達の相手をしていた。
「こちらで使う身体強化というものはありません。ただ生まれながらにそう動けるだけの筋力は備わっていました。ですからあれだけ動けていたのかと聞かれれば肯定します。ですが自分は…というか他の戦争人形でもこれだけ戦える者はいませんでした。」
にこにこと嬉しそうにイゼアルは説明する。
前世の話をナリシュに対して話してから、イゼアルはナリシュに対してもよく喋るようになった。誰にも言えない過去の話に他人と距離を作ってしまっていたのだろう。オリュガが現れた時は兎に角嬉しかったらしい。そして今はナリシュの前でも隠す必要がなくなった為、イゼアルはナリシュに対しても懐いたようによく側に寄ってくるようになった。
「そろそろ昼食にしようか。」
ナリシュが言えば、呼んできますとオリュガの方へ走って行った。
「…………急にイゼアル君と仲良くなりましたね。」
二人を待っているとニンレネイが何でだとばかりに近寄って来た。
「こんな素直に人に懐かれたのは初めてだね。」
ナリシュはアルファだ。アルファは自然と周りを威圧させ畏怖させる雰囲気を持っている。それが王太子ならば尚更だ。好意を持って敬ってはいてもナリシュに砕けた対応をする者はほぼいない。アルファならば対抗心すら抱くところを、アルファのイゼアルはにこにこと話し掛けてくる。
ナリシュは本人が自己申告した通り犬だなと感じた。
ニンレネイもナリシュに対してあまり構えたところがない。ズケズケとした物言いは珍しくはある。ノビゼル公爵家の四兄弟はこういうところが共通しているが、この兄弟達は懐いてるのとは違う。相手が王太子だろうと気にしない豪胆さと、周りに流されない自由な気質がそうさせていた。
「懐く人間を間違っていませんか?」
何故懐くのがお前だと言わんばかりのニンレネイに、ナリシュは笑いながら答えた。
「………犬みたいで可愛いと思うよ?」
「犬扱いはやめましょう!?」
ニンレネイはイゼアル君ダメだよっと叫んでいる。名前を呼ばれたのかと思ったイゼアルが不思議そうにどうしたんですかと尋ねていた。
「お茶入ったよ~。」
戦闘要員ではないノアトゥナがお茶の用意をして待っていた。お昼ご飯は支給された携帯食になる。
パンと焼かれた肉、少々の温野菜が入った箱を全員に配っていく。
ノアトゥナはレクピドが作って持って来てくれたケープを着ていた。その下にはイゼアルがオリュガの戦闘服とお揃いで作ってくれた戦闘服を着ている。真っ白なケープにはノアトゥナ自身で刺繍をつけ小さなレースを織り込んでアレンジしていた。
「お腹すいたねぇ~。ノアトゥナはいいお嫁さんになれるねっ!」
広げた簡易テーブルに昼食とお茶を乗せているだけなのだが、オリュガはノアトゥナを褒めた。
「本当に、変なのには引っかかるんじゃないぞ。大丈夫だとは思うが。」
ニンレネイもノアトゥナを褒め、頭を撫でている。ノビゼル公爵家の兄弟は今日も仲良かった。
「こ、これくらい普通だしっ!」
そう言いつつチラッとノアトゥナはイゼアルを見た。イゼアルは視線が合い何だろうと首を傾げている。ノアトゥナはむぅ~~~と頬を膨らませていた。目まで見開いてプンスカするので、その様子が可愛くてオリュガはグリグリと抱き締めてしまった。
「なにこれ、可愛いねぇ~。」
やめてぇ~とノアトゥナは暴れるがオリュガの力に敵わなかった。
「殿下……。」
それぞれ周囲に他の生徒チームがいないか注意しながら昼食をとっていると、黒の上下に深緑色のコートを着たミリュミカが近寄って来た。気配もなく静かに近付く姿はいつもの侍従とは違う雰囲気を纏っている。
ナリシュは肉の塊に齧り付くオリュガを止めて、ナイフで一口サイズに切って与えていたところだった。
「動いたのかな?」
その問いにミリュミカは静かに頷く。
「食べたら行く?」
モグモグと咀嚼しながら尋ねるオリュガに、ナリシュは笑いながら頷く。
「本格的に動くのは明日だからね?」
オリュガの口元をナプキンで拭いて、ナリシュは笑みを深めた。その穏やかな微笑みの中に隠れ潜む冷徹な意志を感じ取りながら、オリュガはモグモグと口を動かす。ゴクンと飲んでピッと目の前の美しい人の鼻の頭をツンと押す。
「僕にもやらせてよね!それからっ、僕一人で食べれるんだからね!」
そう言いつつコップを口元に寄せられてついついオリュガはコクンと飲んでしまった。
「ちゃんと水分も摂らないと、ね?」
顎に垂れた水もナプキンを当てて服に垂れないようにしてくれる殿下を見て、オリュガはより目になってコップの中身を見ていた。まだ飲めと唇についたコップの縁が傾けられる。
「………ゴクゴクっ、ぷはっ!もうっ、飲めるんだってばぁっ!」
そう言いつつもオリュガはナリシュ王太子殿下に構ってもらえて嬉しそうだ。
「いいなぁ~、絶対オリュガ兄上より先に恋人作れるって思ってたのにぃ~。」
「だんだん殿下の態度が度を超えてきている気がする…。ビィゼト兄上の血圧が心配だ。」
「良かったですね。隊長。」
「…………………。」
そんなやり取りを眺めてそれぞれ違う感想を持ちながら、イチャつく二人を見つつ食事は進んだ。
ネイニィはメネヴィオ王太子殿下に大人しくついて来ながら、今日の模擬戦がどう進むのかを考えていた。
秋に行われる学院のイベント模擬戦は、どの攻略対象者が相手でもゲームイベントが発生する。基本は親密度が高い攻略者が出てくることになる。
目の前のメネヴィオ王太子殿下は親密度が見えない。五人チームの他三人は全く関係ない学生で、攻略対象者ではない。
一番親密度が高い保健医ヨニアは牢の中にいる。
他にもいるにはいるが、成績をキープする為に教師陣を中心に残した為、学生には殆ど攻略対象者は残っていなかった。
最近ナリシュ王太子殿下がオリュガ・ノビゼルにばかり構うので、ネイニィの周りは微妙な空気になっている。
ポイントはできれば貯めておきたいので、真心クッキーを焼いてばら撒いてはいるが、イマイチ反応が薄い気がする。前ほどネイニィを褒め称える様子が減ってきた気がしていた。
ゲームにはこんなシナリオはなかった。
バッドエンドは保健医の親密度を九十以上にしたので発生しないはずなのに、まるでネイニィはバッドエンドに向かっているような気がしてならない。
ネイニィはその感覚にまた襲われて、ゾッと寒気が襲いブルブルと頭を振った。
そんなはずはない!あんなに攻略をしてきたのだ。沢山やっておけば何が起きても大丈夫だと言っていたのに、なんで思い通りにならないのか。
兎に角、悪役令息の位置から逃れなければならない。
黙々と俯いて歩いていると、目の前にメネヴィオ王太子殿下の足があった。いつの間にか立ち止まりネイニィを振り返って待っていたらしい。
メネヴィオ王太子殿下の背後には少し離れてシカヒィーロも待っていた。サマファル国王太子に何かあっては国際問題になる為、メネヴィオ王太子のみ護衛を連れて行くことが許可されていた。
シカヒィーロは本来リマレシア王妃の侍従だがアバイセン伯爵領で一番能力を発揮したことでそのまま護衛としてメネヴィオ王太子殿下の側に置くようにしたらしい。リマレシア王妃はメネヴィオ王太子殿下のことをいたく気に入っていた。
「ネイニィはやはりナリシュ王太子殿下と一緒が良かったのかな?」
聞かれてネイニィは笑顔を作る。
「もちろんです。」
当たり前だ。だけど最近のナリシュ王太子殿下は悪役令息オリュガの側にばかりいる。学院に来てもどういうわけかナリシュ王太子殿下に会えない。気付けば悪役令息の側にいて、周りの生徒達は口を揃えて仲睦まじいと噂している。
筆頭婚約者候補はネイニィなのに………。
「……………ヨニアは嫌だったのかな?」
「え?」
何故ヨニア?メネヴィオ王太子殿下とヨニアはほんの少し会ったくらいだ。アバイセン伯爵領で会った時は、メネヴィオ王太子殿下は認識齟齬のマントを被り身分を隠していた。ヨニアはメネヴィオ王太子殿下と会ったことすら気付いていない。何故今ヨニアの名前が出てくるのかが分からなかった。
「いや、いいんだ。それより別行動を取りたいんだっけ?」
ネイニィはメネヴィオ王太子殿下に少しでいいから別行動を取らせてもらうよう頼んでいた。
「はい、フィナゼ先生のお手伝いをしようと思います。」
「聖魔法の教師だね。いいよ。参加はするけど率先して宝石集めをするつもりはないから。」
「ありがとうございます。」
ネイニィがお礼を言うと、シカヒィーロ達を連れてメネヴィオ王太子殿下は去って行った。
くるりと方向転換してネイニィは一旦中央広場に移動した。フィナゼ先生を手伝うという話は嘘ではない。手伝うのはフィナゼ先生の方になるだけだ。
魔法理論教師フィナゼ・ロビトーは攻略対象者だ。
ネイニィが一年生の時から聖魔法を教える先生で、本来ならこの先生のもとで魔法を学び力をつけていくことになる。
保健医ヨニアは一緒に治療をしていく先生だが、フィナゼ先生は魔法を鍛えてくれる先生だ。本来なら何も知らずに学院に入学したネイニィは、フィナゼに個別特訓してもらうことで魔法のアビリティを上げることができる。ポイントを使わずともフィナゼ先生に教わればいいのだが、それだと時間を取られるのでネイニィは入学した時点でポイントを使ってある程度上げてしまっていた。
だからフィナゼ先生には授業でしか教わっていないし、個人特訓も受けていない。
それにフィナゼ・ロビトーというアルファはあまり近寄りたくはない攻略者の一人だった。
フィナゼ・ロビトーは子爵家に生まれた。そしてロズノセムテ侯爵家に八歳で奉公に上がっている。その時リマレシアは十六歳で、まだ王家に嫁いでいない為、リマレシアが学院を卒業して王家に嫁ぐまでの間、フィナゼはリマレシアがいる屋敷で働いていた。
勿論ネイニィはフィナゼのその時の過去をゲームをクリアしたことがあるので知っている。
八歳から十歳になるまでの間、フィナゼはリマレシアの侍従見習いとして側に付いていた。そしてリマレシアは幼いフィナゼをオモチャと思っていた。
貴族は領地に発生する魔獣の討伐を行い領地に被害が及ばないようにする必要がある。ロズノセムテ侯爵家も勿論私兵を所有しており対処していた。
リマレシアはよく魔獣を一匹捕えさせては、そこにフィナゼを放り込んでいた。
フィナゼは魔力が多く幼いうちから魔法に長けていた。それを知っていたから死ぬことはないとフィナゼと魔獣を対峙させていたのだろうが、八歳のフィナゼにはとてつもない恐怖だった。
フィナゼは今でもその時の恐怖が消えていない。フィナゼはリマレシアを憎んでいる人間だ。
フィナゼの攻略では親密度九十五パーセントを超えるとその穏やかな性格が一変して残酷になる。
魔法理論教師フィナゼ・ロビトーは聖魔法を教える教師だが、本当は聖魔法を封じる研究をしていた。それは密かに行っていた為、そうとは知らない学院はフィナゼが聖魔法を研究していると聞き、聖魔法の教師になるよう声を掛けている。
フィナゼは自分の生徒を使って密かに研究していた。
聖魔法は使えても魔力が少ない生徒を使って、聖魔法を封じる為の薬を作っていた。徐々に聖魔法が薄れても、魔力自体はあるので他の魔法を教えそちらを伸ばしてやるように動いていた。
悪役令息ノアトゥナはまさにその実験対象になっていた。徐々に聖魔法が使えなくなっていくノアトゥナは、聖魔法が強いネイニィに嫉妬して最後は憎悪に変わる。
今回開催される二年生時の秋の模擬戦の段階では、ノアトゥナはまだ少しは聖魔法を使えていた。
ノアトゥナにとって希少な聖魔法を使えるということは、自分の自慢でもあった。だが学院に入学するとさらに上をいくネイニィがいる。そのことに常に苛立ちを感じていた。
一つ歳は上ながらも立場的には男爵家の子供であるネイニィをノアトゥナは虐めていく。ネイニィが王太子殿下の筆頭婚約者候補であってもそれは変わらず、周りに気付かれないよう密かに人を雇い虐めていくようになる。
模擬戦では聖魔法を使える者は、中央会場で請われれば治癒を行うよう言われている。
ノアトゥナは次々と治癒を行うネイニィを見て癇癪を起こし問題行動をとる。
フィナゼと共に怪我人の対応に追われていたネイニィに怪我を負わせてしまうのだ。
この時攻略対象者がナリシュ王太子殿下や保健医ヨニアだと起こらないイベントだが、攻略対象者がフィナゼ先生だと悪役令息としてノアトゥナが出てくる。
だからネイニィは今回の模擬戦では魔法理論教師フィナゼといることにしている。
「先生っ!」
中央会場で待っていたフィナゼにネイニィは手を振って走り寄った。
フィナゼ先生のステータス画面を開く。
親密度六十五。
本当はもう少し上げたがったが、何故かこれ以上は上がらなかった。一年生時から個人訓練を受けていない所為だろうと思い仕方ないと諦める。
「お待たせしてすみません。」
フィナゼは笑って頷いた。
「ああ、大丈夫だよ。」
その返事にネイニィはフィナゼ先生の腕に抱き付く。早く悪役令息ノアトゥナを表に引っ張ってこないと。
ネイニィは焦っていた。
何一つ思い通りに進まない攻略に、何が正解なのか分からなくなっていた。
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