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しおりを挟む最初は木材が主だった輸送も建物の骨格ができ始めると、建物に必要なレンガや窓や屋根の建材が輸送されるようになった。移住してきた人の中には多くの大工や職人も含まれていた。食べて行けなくなった職人を雇い保護してきたのもオーロラ商会だ。今では食品や生活用品、衣服や医療品まであらゆるものが港に届く。
陛下は新しい街の名前を『シノン』と名付けた。シノンはレイシャルの母親の名前だ。
何もなかった平野には、いつくかの広場・市場・学校・病院などが急ピッチで建築が進んでいる。この町を象徴する中央広場にはオーロラ商会のシンボルでもある白ユリを持った少女の像が完成した。その像が見つめるのはオーロラ商会の新たな事務所だ。
移住した人々の家もすでに完成したが、海も望めるこの場所には真っ白な壁の家がいくつも建ち並んでいる。目にも鮮やかな青い屋根が特徴だ。その建物はシェドの景色に良く馴染んでいた。
シェドでもミリューでも見かけない建築方法に興味を持ったウエンは早速家の中を見学させてもらうことにした。
「ほう・・・」
入口の間口が広く解放感がある。室内も外壁と同じ白に統一され、床は一般的な石材ではなく木材で作られていた。石材だと運搬に時間がかかり、大量に輸送するのが困難だったからだという。
でも、その木の持つ暖かさがまた白い壁に合っている。どの家も6人程度を想定しているようだ。
ミリューの人々がシェドの暑い夏に順応できるよう、大きな窓は風通しがいい。そして、白い壁は熱が家に籠りにくいという。
「よく考えられているな」
この街を考案したハード男爵が嬉しそうに説明をしてくれた。
「この青い屋根も熱がこもりにくい素材で、青色にしたのはシェバの美しい海をイメージしたからです」
「海の青か・・・ああ、とてもシェドの景観に合っている」
「ありがとうございます。ミリューではうだつの上がらない設計士でしたが、レイシャル様のお蔭でこんな大きなプロジェクトを任されるなんて夢のようです」
「本当に、レイシャル様には感謝していますの」
ハート男爵夫人は、薄っすら涙を拭いて喜んでいた。ふたりば親同士が決めた政略結婚だったが、男爵家は貧しく食べるものに困ることもあったが、2歳年上の夫人は家庭教師などで家計を助けていたという。
「やっと、妻を楽にできます・・・」
まだ、24歳と若いハート男爵が夫人を労わるように肩を抱けば、夫人も夫に微笑み返した。
「この事業が終われば、貴方はミリューに戻るのか?」
「いえ、この国に骨を埋めるつもりです。まだ、両親にも話していませんが・・・」
「ああ、それは有難い。優秀な設計士がこの国に増えて嬉しいよ」
「この家でしたら、子供が沢山産まれても大丈夫そうですしね」
アンヌがまたお節介を焼きだしたようだ。アンヌの言葉に夫人がほんのり顔を赤らめた。
「旧市街にはもう行きました?ミリューにはない建物もありますから一度行ってみるべきです」
「まだ、どこにも観光していなくって・・・」
「まあ、これから貴方たちが住む国ですよ。今度私が案内しましょう」
「本当ですか?嬉しいです・・・」
アンヌと夫人が旧市街の名物は・・・今催している劇場は・・・と世間話で盛り上がっているのを横目に、私はハート男爵に外壁について説明を受けている。
「女性は逞しいですね。この国に移住することは私が決めましたが、それを聞いた妻はさっさと準備を始めて荷造りを終えました。逆に私が何を持って行くかいつまでも悩んでいると、そんなものはシェドでも売っていますよと妻に窘められましたよ・・・。妻の逞しさに頭が上がりませんよ」
「ああ、本当に女性は強いな」
今まで一切会話に入ってこなかったミカエルも「うちの妹も怒ったら怖い」と口をはさんできた。護衛たちも同じように頷いている。
オーロラ商会の事務所が建つ中央公園までメインストリートを歩くと、まだ空き家の方が多いがすでにミリューから移り住んだ家族が生活を始めていた。女性たちは移住した初日から食事を作り、日常の生活をこなしているのだ。庭には壁と同じ真っ白な洗濯物が風を受けてなびいていた。
食材を売る店や生活用品を売る店も営業を始めている。全員が移住すれば、さぞかし活気に満ちた街にになるだろう。その光景を想像しウエンは胸が熱くなるような気がした。
数年後ハート男爵はシノンの設計が評価され、建築の三大巨匠の一人として数えられようになる。
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