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「俺に触るな!」
ワイアットとミカエルが自宅に戻ると、ミカエルが急に屋敷から出ていくと言い出した。ベラも弟たちも心配して見守っていたが、ワイアットがふたりで話したいと言ってミカエルを自室に連れて行った。
ミカエルがワイアットの部屋に入るのは初めてだが、夫婦の部屋だけあってミカエルの部屋とよく似ている。部屋には物が少なく、すっきりとした印象だ。機能的を重視するワイアットらしい部屋だった。
ワイアットが椅子をすすめるとミカエルは無言でその椅子に座ったが、ワイアットは上着のポケットから綺麗な包装紙に包まれた箱のようなものを机に置いたのだ。
「開けてくれ・・・」
「なんだよこれ?」
「今朝お前を迎えに行くとき買ったんだ。いいから見てくれ」
ミカエルが慎重に箱を開けると、透かしの入った腕輪が入っていた。それもお揃いの腕輪が2本。
「お前、これ・・・・」
ミリューでもシェドでも結婚を申し込む時には相手に腕輪を贈るのが習慣だ。ミカエルは少し驚いたように息を飲んだが、その腕輪をじっと見ている。
「私はミカエルが好きだ。結婚を前提に付き合って欲しい」
「はっ、何の冗談だ。どこの国に暗殺者に求婚する馬鹿がいる」
「ここだ」
「・・・・アンヌに何か頼まれたのか?」
「違う!俺の意思だ」
ミカエルを見つめるワイアットの目は真剣そのもので、嘘が言えない男だとミカエル自身が一番理解していた。男と付き合ったことすらないが、ワイアットが相手だと何故かとてもしっくりくる。
しかし、ミカエルが頭の中でワイアットとリリアンを天秤にかけた瞬間に答えは決まっていた。ミカエルは妹を見捨てられない。自分だけが幸せになることなどできないのだ。
「俺は妹とこの国を出る。もうここに戻らない」
「どこに行く?」
「決めてはいない」
「妹はいつ着く」
「何故そんなこと聞くんだ・・・」
「もう会えないなら、最後にリリアンに会いたい」
「・・・リリアンに会ってどうする」
「リリアンは命を賭けてレイシャル様を守った。それはウエン王子の心を守ったことにもなる。だから、最後にお礼が言いたい」
「分かった・・・会うだけだぞ」
「ああ、それまではこの腕輪を付けてくれないか。その方がベラ達も安心する」
「・・・・・今だけだからな」
「ああ、助かる」
「さあ、ベラが食事を用意している頃だろう。行こう」
「・・・・」
***
「まあ!ミカエルちゃん・・・その腕輪すごく似合っているわ」
「お兄ちゃん、この家に住むならまた一緒に遊べるね」
「お前ばっかりずるいぞ。俺も一緒に遊ぶんだ」
「その前に、親子揃ってお買い物に行きましょう」
「こら、お前達ミカエルが困っているだろう、席に着きなさい。さあ、ミカエルもここに」
ワイアットの父親であるアウアー伯爵が声をかけると、全員が大人しく席に座った。アウアー卿は、ワイアットと同じ騎士だったが、7年前に肩を痛めて今は公爵の仕事を専念している。
ワイアットが不在の間弟たちが喧嘩を始めたことがあった。アウアー卿は全員から言い分を聞きくと、あっという間に喧嘩を収めたのだ。
ミカエルはその光景を眺めていたが、アウアー卿の大きな背中はワイアットとそっくりだった。
「めでたい席だ。みんなで乾杯しよう」
「「「「乾杯!」」」」
食事が始まると、ベラはふたりが結婚したら屋敷を少し改装しようと楽しそうに同意を求めてくるし、弟たちは夏になったら家族と一緒に海に行こうと熱心に話していた。
これが普通の家族の会話というやつなのだろう。ミカエルは幸せを噛みしめながら、この数カ月慣れ親しんだこの家族との時間を決して忘れないと心に思うのだった。
食事が終わるとふたりは自室に戻ったが、みんなが寝静まった頃ミカエルのすすり泣く声が聞こえた。みんなに聞こえないように声を殺しているが、その声は身を裂かれるような辛い泣き声だった。
ワイアットは何度も内扉のノブに手をかけるが、父親がワイアットの部屋に来ると何も言わず首を横に振った。ただそれだけだったが「辛いが見守ってあげなさい」と言われた気がした。
ワイアットは朝まで扉の前でミカエルが泣き止むのを見守り続けたのだった。
ワイアットとミカエルが自宅に戻ると、ミカエルが急に屋敷から出ていくと言い出した。ベラも弟たちも心配して見守っていたが、ワイアットがふたりで話したいと言ってミカエルを自室に連れて行った。
ミカエルがワイアットの部屋に入るのは初めてだが、夫婦の部屋だけあってミカエルの部屋とよく似ている。部屋には物が少なく、すっきりとした印象だ。機能的を重視するワイアットらしい部屋だった。
ワイアットが椅子をすすめるとミカエルは無言でその椅子に座ったが、ワイアットは上着のポケットから綺麗な包装紙に包まれた箱のようなものを机に置いたのだ。
「開けてくれ・・・」
「なんだよこれ?」
「今朝お前を迎えに行くとき買ったんだ。いいから見てくれ」
ミカエルが慎重に箱を開けると、透かしの入った腕輪が入っていた。それもお揃いの腕輪が2本。
「お前、これ・・・・」
ミリューでもシェドでも結婚を申し込む時には相手に腕輪を贈るのが習慣だ。ミカエルは少し驚いたように息を飲んだが、その腕輪をじっと見ている。
「私はミカエルが好きだ。結婚を前提に付き合って欲しい」
「はっ、何の冗談だ。どこの国に暗殺者に求婚する馬鹿がいる」
「ここだ」
「・・・・アンヌに何か頼まれたのか?」
「違う!俺の意思だ」
ミカエルを見つめるワイアットの目は真剣そのもので、嘘が言えない男だとミカエル自身が一番理解していた。男と付き合ったことすらないが、ワイアットが相手だと何故かとてもしっくりくる。
しかし、ミカエルが頭の中でワイアットとリリアンを天秤にかけた瞬間に答えは決まっていた。ミカエルは妹を見捨てられない。自分だけが幸せになることなどできないのだ。
「俺は妹とこの国を出る。もうここに戻らない」
「どこに行く?」
「決めてはいない」
「妹はいつ着く」
「何故そんなこと聞くんだ・・・」
「もう会えないなら、最後にリリアンに会いたい」
「・・・リリアンに会ってどうする」
「リリアンは命を賭けてレイシャル様を守った。それはウエン王子の心を守ったことにもなる。だから、最後にお礼が言いたい」
「分かった・・・会うだけだぞ」
「ああ、それまではこの腕輪を付けてくれないか。その方がベラ達も安心する」
「・・・・・今だけだからな」
「ああ、助かる」
「さあ、ベラが食事を用意している頃だろう。行こう」
「・・・・」
***
「まあ!ミカエルちゃん・・・その腕輪すごく似合っているわ」
「お兄ちゃん、この家に住むならまた一緒に遊べるね」
「お前ばっかりずるいぞ。俺も一緒に遊ぶんだ」
「その前に、親子揃ってお買い物に行きましょう」
「こら、お前達ミカエルが困っているだろう、席に着きなさい。さあ、ミカエルもここに」
ワイアットの父親であるアウアー伯爵が声をかけると、全員が大人しく席に座った。アウアー卿は、ワイアットと同じ騎士だったが、7年前に肩を痛めて今は公爵の仕事を専念している。
ワイアットが不在の間弟たちが喧嘩を始めたことがあった。アウアー卿は全員から言い分を聞きくと、あっという間に喧嘩を収めたのだ。
ミカエルはその光景を眺めていたが、アウアー卿の大きな背中はワイアットとそっくりだった。
「めでたい席だ。みんなで乾杯しよう」
「「「「乾杯!」」」」
食事が始まると、ベラはふたりが結婚したら屋敷を少し改装しようと楽しそうに同意を求めてくるし、弟たちは夏になったら家族と一緒に海に行こうと熱心に話していた。
これが普通の家族の会話というやつなのだろう。ミカエルは幸せを噛みしめながら、この数カ月慣れ親しんだこの家族との時間を決して忘れないと心に思うのだった。
食事が終わるとふたりは自室に戻ったが、みんなが寝静まった頃ミカエルのすすり泣く声が聞こえた。みんなに聞こえないように声を殺しているが、その声は身を裂かれるような辛い泣き声だった。
ワイアットは何度も内扉のノブに手をかけるが、父親がワイアットの部屋に来ると何も言わず首を横に振った。ただそれだけだったが「辛いが見守ってあげなさい」と言われた気がした。
ワイアットは朝まで扉の前でミカエルが泣き止むのを見守り続けたのだった。
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