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【第八章】ショートシナリオ集パート②

8-15【ミノタウロス討伐依頼】

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時間は昼を少し過ぎたぐらいだろうか。

太陽が燦々と輝いて良い天気だ。

俺はサザータイムズの町を出て隣村のヒュンダイ村にやって来ていた。

いろいろな作物の畑が広がる平和そうな村である。

この村がミノタウロスの脅威に脅かされているなんて想像もできないな。

そのぐらい和やかな景色だった。

俺は依頼人が住む家を目指した。

依頼人は村長の息子の嫁さんらしい。

そしてここがその村長の家である。

平屋だが屋敷も敷地も広くないか。

なんか村一番の長者さんが住んでそうな豪邸ですがな。

俺は植木の柵に囲まれた敷地内に入ると広い庭を横切って屋敷を目指した。

俺が屋敷の玄関前に辿り付くと中から一人の老人が出て来る。

額は随分と後退していて腹はデップリと出ているが、身形はかなり良い。

表情は厳ついが、裕福な生活を過ごしているのは見て分かった。

玄関から出て来た老人と俺は鉢合わせになるが、老人は俺の来訪に気付いていたようだ。

屋敷の窓から見ていたのだろう。

「お客さんかね?」

「村長の息子の嫁さんに会いたい」

「用事は?」

「サザータイムズの町で依頼書を見た冒険者だ」

「ワシが村長だ」

「俺はアスランだ。娘さんは居るのかよ?」

「あんた、一人か? パーティーの仲間は?」

ちっ、話が噛み合わないジジイだな。

俺は異次元宝物庫から黄金剣を取り出すと、切っ先を老人の顔に向けた。

相手に俺の実力を計らせるための名刺代わりだ。

「俺はソロ冒険者だ。これで俺の実力が分かるだろうさ」

ぶっきらぼうにしゃべっていた老人は、異次元宝物庫と黄金剣に驚いたのか目を丸くさせていた。

まあ、一般人ならこれだけ自慢気に見せ付ければ、俺の実力にも納得してくれるだろう。

「失礼しました……。とりあえず中へ……」

「急に丸くなりやがったな」

俺は招かれるままに屋敷に入った。

屋敷内は素朴だが裕福なのは一目で分かる。

一つ一つの家具が高価なのが察しられた。

そして、パンダの剥製が置かれている。

パンダだ!!

パンダの剥製があるよ!!

やっぱりゴーレムだよね!?

俺が驚いていると、村長が促す。

「こちらに腰掛けながらお待ちを──」

俺は言われるままにソファーに腰を下ろして寛いだ。

すると村長さんは屋敷の奥に「お客さんだ」と声を張る。

それから村長さんは、腰かけている俺の膝の上に腰を下ろした。

「どっこいしょ」

「えっ、なんで!?」

なんでこのジジイは俺の膝の上に腰を下ろすんだ!?

もしかしてこの村の習慣か!?

来客の膝上に腰かけるのがマナーなのか!?

分からん……。

分からんぞ……。

そんな感じで俺が混乱していると、屋敷の奥から御盆でお茶を運んで来た娘さんが俺たちの状況を見て驚きの声を上げる。

「何してるの、お父さん!?」

「ほえ?」

良かった、やっぱりこれは異常なのね。

駆け寄って来た娘さんは、お茶をテーブルに置くと俺の上に腰かけている爺さんを退かした。

「す、すみません、我が家のお父さんが失礼しました!」

「い、いえ、慣れてますから……」

「少々お待ちを……。さあ、お父さん、お部屋に帰りましょうね~」

「サチコさん、飯はまだかの~」

「お父さん、お昼ご飯なら、さっき食べたでしょう」

「そうだったかの~」

サチコさんと呼ばれた女性が爺さんの手を引いて屋敷の奥に連れて行く

「サチコさん、マイ・ワイフはどこ行ったかの~?」

「お父さん、お母さんなら、さっき食べたでしょう」

「そ、そうだったかの~……」

えっ、食ったの!?

そしてしばらくすると爺さんを屋敷の奥に連れて行った娘さんが戻って来る。

年ごろは二十歳半ばを過ぎているだろうか?

平凡そうな女性で、もうそろそろお肌の曲がり角が近そうな年齢に窺えた。

三十が近そうだと言う意味だ。

「すみません、お客様。お父さんは、最近激しくボケてしまいまして……」

「認知症ってやつだな」

「お父さんをヒールの魔法で治療したけれど手遅れで……」

「なるほど。ボケはヒールで治らないのね」

「それで、どちら様でしょうか?」

「サザータイムズの酒場でミノタウロスの退治依頼を見て来たんだが」

「お一人ですか……?」

また、このやり取りか~……。

「俺はソロ冒険者だ……。はぁ~……」

俺は溜め息のあとに異次元宝物庫から黄金剣を取り出すと奥さんの眼前に向けた。

奥さんは驚いている。

うん、こんどからこれをテンプレとして使おうかな。

俺の実力を示すには分かりやすいようだ。

「し、失礼しました……」

「分かってもらえればけっこうだ」

「それでは寛いで下さい。お茶でもどうぞ」

俺はソファーに腰を下ろした。

奥さんが俺の膝上に腰を下ろさないかと警戒したが、残念ながらそれはなかった。

彼女は俺の前のソファーに腰を下ろす。

ちっ、天丼はなしかよ。

詰まんないな……。

「私の名前はアンリと申します」

「あれ、サチコさんじゃあないの?」

「あれは夫の前の奥さんの名前です。父はボケていて、私を前妻のサチコさんと間違えているのですよ……」

「それは大変ですね……」

ボケ老人の介護って大変だな……。

それより旦那さんは再婚か~。

何度も結婚できるって凄いな~。

スカル姉さんなんて、一度も結婚できないのにさ。

まあ、それはさて置いてだ。

「話を戻そう。俺の名前はソロ冒険者のアスランだ」

俺はお茶を一口啜ってからアンリさんに訊いた。

「で、ミノタウロス退治だって?」

「はい……」

奥さんはうつむきながら暗く沈んだ。

「どこに居るんだい。サクッと倒したいんだが」

「それが……」

なんか話が暗そうだな。

もう被害者が沢山出てるのかな?

「話をすると少し長いんですが……」

「構わないよ。ちゃんと聞くから話してくれないか」

「では……」

奥さんは俺を真っ直ぐに見詰めると勇気を振り絞って話し出す。

「私は三つ先の村から、この村に嫁入りしたんですが」

「嫁入り?」

なに、それが何か関係あるのかな?

「私には、故郷の村に残して来た兄さんがいたのです」

ん~、過去形だな。

「私たち兄妹は、小さなころに両親を亡くして大変苦労して育ちました。兄さんと私は八歳ほど年齢が離れていたので、幼かった私を育ててくれたのは、ほとんど兄さんでした」

あー、なんだか話が長そうだな。

そう言ってたか……。

まあ、居眠りしないように気を付けよう。

「そんな兄さんは働き者で、父が残してくれた畑を一人で耕し、私が嫁に出るまでは酒も女もやらずに、私のためだけに働いてくれました。そのかいもあってか私は、ヒュンダイ村の村長さんの息子さんに認められ、結婚まて辿り着けました」

「へー、良かったね~。玉の輿じゃん」

でも話が長いな。

「そして私は嫁に出たのですが、するとここ数年で兄さんの様子が変貌しまして……」

「お兄ちゃんが遊び人になったとか?」

「違います……」

「じゃあ、どう違うのさ?」

「村の人の話だと、兄さんはここ一年間は、畑も耕すに、寝てばかりだったとか……」

奥さんは残念そうに語る。

「それがここ数ヶ月は姿を消して、それから山でミノタウロスが見かけられるようになったとか」

「それで?」

「ミノタウロスの目撃例が兄の家の裏山だったために、村の人々は兄がミノタウロスに殺されたのではないかと……。もしくは──」

「もしくは?」

「怠惰にまみれた兄がミノタウロスに変貌してしまったのではないかと噂しております……」

あー、お兄ちゃんが殺されたとか、ミノタウロスになっちゃったとかのパターンだね。

よくありそうな話だな。

「でえ、冒険者を雇って、そのミノタウロスを退治してもらいたいと?」

「はい……。まだ被害らしい被害は周辺の村には出ていないのですが、もしも兄さんがそのミノタウロスに殺されているのなら、村に被害が出るのも時間の問題ではないかと言われております……」

まあ、殺されたか変身したかは分からないが、どちらにしろミノタウロスの討伐は絶対なのね。

「分かりました。お引き受けします」

最初っから引き受ける気満々だったんだけどね~。

「ありがとうございます……」

アンリさんは、涙目で俯いていた。

兄が変貌したか殺されたかは分からんが、この人の兄が、もう手遅れなのは間違いないだろう。

そりゃあ育ててくれた兄の話だもん、泣きたくもなるよね。

そんな話をしていると、部屋の隅に置かれていたパンダの剥製が動き出す。

やっぱりゴーレムか。

そして、こちらに歩いて来たパンダゴーレムが俺の膝の上に腰を下ろした。

「えっ、なんで!?」

「す、すみません、この子も壊れていまして!!」

こいつもかい!!

やっぱり天丼かよ!!


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